Das Wunderkind Is Still Under Studying(4-5)
「まずは序章の開幕だ。
ある夜、クルスカ・ファミリーに対して、ストラーダ一家から大規模な麻薬の買い付けの申し出がなされた――という噂が、帝都の裏社会に流れた。
この噂について、ストラーダ一家は肯定も否定もしなかったし、帝都におけるストラーダ一家の代理人を務めるアガトニークも、特にコメントしなかった。クルスカ・ファミリーも同じだね。
でもま、いつのまにかこの噂は、『そういう動きがある』ってことで、確定情報になっていった」
そういう情報戦は、フント・デス・モナーツの面々ならお得意だろう。それこそソーニャ嬢自身がアガトニークとして「実はあなただけに言うんだけど」みたいな感じで麻薬取引の話をする、とか。
「それとほとんど同じタイミングで、クルスカ・ファミリーに対して寄せられる密告の件数が急増した。しかも、ブレンターノを刺す密告ばかりが集まってくる。
これまでは彼らが抱き込んだ警察局の人間からの密告だけだったんだけど、どうやらそういう密告で小遣いが稼げると知った連中が、自分も小遣い稼ぎをしたいと思い始めたらしいんだ。
そう――例えばその手の腐敗警察局員が親しくしてる娼婦とか、その手合いからの密告だね。彼女らはクルスカ・ファミリーに対し、『あのブレンターノっていうの、警察局外事3課の捜査員だって聞いたわよ』『警察局の超お偉いさんも、ブレンターノを助けてるってさ』みたいな密告を、次々に届けていく」
それは、つまり。
「ともあれ、本来、こういう密告に対しては無敵のポジションにあるブレンターノだけど、密告が増えすぎたことで、困った状況に陥った。
ブレンターノにまつわるやけに正確な密告が急増してるっていう危機的状況は、脳筋セベッソンみたいな外事3課の真面目な局員たちにも伝わったからだ。
彼らはブレンターノの安全を確保すべく、まずはブレンターノに潜入捜査を切り上げさせようとした。ほとぼりが冷めるまで、おとなしくしろってやつだね。さすがにここまで常識的な判断に対しては、外事3課上級顧問たるフィッツ伯も『やめろ』とは言えない。
でもブレンターノは、いまここで潜入捜査官という地位を失うわけにはいかない。しかも実は、諸般の事情あって、ブレンターノ的にはこの『危機的状況』が好都合でもあった。
だからブレンターノはフィッツ伯にかけあって、潜入捜査官のマニュアル書かれている『自分のカバーが密告によって割れそうなときの対処』の中でも、最も長く現場に踏みとどまれ、かつ状況を劇的に変化させ得る選択肢を選んだ。
つまり、自分に対する新たな密告の発生源が、警察局内のどこにあるか、把握しようとしたわけだ。密告の発生源が特定できれば、フィッツ伯がその根を断てるかもしれない。そうなれば、ブレンターノが潜入捜査を継続することだってできる」
それが、ブレンターノが死の直前に仕掛けた、「様々に特徴づけた自分の個人情報を、警察局内部のあちこちに伝える」というアクションか。
「そしてここで突如、衝撃的な第2幕が始まる!
ブレンターノは何者かに殺害され、その死体には残忍な方法で『裏切り者に死を』と刻まれた。
で、この衝撃の第2幕をもって、このたびのシュネー劇場はほぼ完結だ。あとはスタッフロールみたいなものだね。密告体質は浄化され、悪は自ら滅びる。めでたしめでたし」
へ? いや、それは。
フント・デス・モナーツがここでブレンターノを殺しても、そんなことで、警察局内部にはびこった密告体質の根絶は……。
――いや。いや、いける。確かにいける。
この手で、ブレンターノという“毒”は、自壊する。
なんてことだ。
これが、シュネー劇場。
これが、完璧な脚本。
嘘でもなく、真実でもなく。
ただ1つの綺麗な物語が、現実を射抜く。
僕は感動のあまり、思わず自分の推測を口に出す。
「なるほど――確かにその一手で、なにもかもが変わります。
ブレンターノの死体には、『裏切り者に死を』というメッセージが刻まれていた。
警察局で働く僕はこれを聞いて、ブレンターノが裏切り者で、それゆえに死んだ――つまりブレンターノがマフィアにとっての裏切り者であることが露見し、マフィアによって殺されたと考えた。
でもこれをクルスカ・ファミリー、あるいはフィッツ伯の側が見たら、どう考えるか。ブレンターノは裏切り者で、それゆえに死んだ――つまりブレンターノが警察局にとっての裏切り者であると露見し、警察局によって殺されたと考えるでしょう。
この短い一文は、読み手がどの立場に立っているかで、180度意味が変わる。そしてブレンターノを誰が殺したかという推理も、読み手の立場によって180度変わります。
そしてブレンターノの関係者は、彼を巡って誰もが小さな陰謀を企み、誰もが小さな秘密を抱えている。だからこそ、相互に矛盾する2つの解釈が、同時に現実を規定してしまえる。
すごい。こんな手が――こんなことが、可能だなんて」
ソーニャ嬢は、興奮した僕の言葉を聞いて、小さく拍手。でもシュネー嬢はどうやらいささかご機嫌斜め。きっとこの部分こそを、ソーニャ嬢に語ってほしかったのだろう。しまった。やってしまった。
「ここから先は、ボタンの掛け違いが連鎖する、コメディだ。
ボス・クルスカは、手塩にかけて育て、そして立派に成長した孫であるブレンターノを警察局に殺され、カンカンだ。
なにせ孫を惨たらしく殺され、死体を穢されたんだ。ボス・クルスカ本人の気持ちがどうであれ、怒り狂って復讐を叫ばなきゃ、マフィアのボスとしての沽券に関わる」
改めて、思う。シュネー劇場の恐ろしさのひとつが、ここにある。
シュネー劇場に招かれた演者たちは、「立場上、なさねばならないこと」をすることで、シュネーが書いた脚本のままに踊ってしまう。彼らに「それをしない」という選択肢は、あるようで、ない。
「かくしてクルスカ・ファミリーは一致団結し、ブラザーの仇討ちを誓った。
なかでもブレンターノに対する密告を要求する仕事を担当していたメンバーたちは、必死だったろう。彼らがカモにしてきた警察局が、ブレンターノを殺したんだからね。『油断があったんじゃないか』とか、『予期できなかったのか』とか、上から責められたであろうことは容易に想像できる。
『いいかテメェら、これが俺たち最後のチャンスだ。ブレンターノの兄貴を殺ったクソマッポを、俺たちがブチ殺す。そうでもしなきゃ、ボスは俺たちを八つ裂きにするぞ』ってな感じかな」
これもまた、期せずして選択肢を奪われた人々だ。
「一方で、警察局内部の密告屋は、ブレンターノの死を知り、自分の密告が効果を発揮したと確信する。彼らにとってみれば、ブレンターノはクルスカ・ファミリーが排除したがっていた裏切り者で、それがついに裏切り者として死んだ、というわけだ。
まあ、中には今更、罪悪感に震え上がった人もいるだろう。そういう人は、そういう人で結構。緊急の対処は必要ない。後でゆっくり、お仕置きだ。
問題は、ブレンターノの死がチャンスに見えちゃうくらい、イカれちゃった連中だ。『俺の密告で、ついにブレンターノがくたばったんだから、クルスカ・ファミリーは俺に何らかの報酬を寄越すべきだ』くらいのことを思っちゃう、もう救いようのない連中だね」
自業自得とはいえ、彼らを待ち受けていた苛烈な運命を思うと、ため息が出る。腐りきっているとはいえ、彼らは僕の同僚なのだ。
「結果、華麗なる人間劇場が幕を開ける。
ブレンターノ兄貴の仇討ちを誓うクルスカ・ファミリー一同が煮えたぎった魔女の釜みたいになってるところに、警察局のカモがわざわざ自分からやってきて、こう訴えるわけだ――『おめでとう、あのブレンターノをついに殺ったんだな! ボスから褒美をたんまりもらってるんだろう? 俺にもその分け前があっていいと思わないか!? つうか何もないってならこっちにも考えがあるぞ? 警察舐めんなよ!?』。
まったく、これこそ帝国歌劇場の大劇場、伝統ある大ステージの上で演じられるべき、希代のコメディだと思わない?」




