Das Wunderkind Is Still Under Studying(3-6)
クルスバッハ大佐がとっさに拳銃を抜き、「たった一人の侵入者」たるアイン嬢に銃口を向けた。
いや、向けようとした。
でも彼の手が銃把に触れる前に、その右目には深々とナイフが突き刺さっていた。大佐は自分に何が起こったかも理解せぬまま、仰向けに倒れて死んだ。
状況から推測するしかないが――アイン嬢がナイフを投げ、その一投で彼を即死させたのだろう。僕の目には、アイン嬢はその可憐で清楚な立ち姿のまま、特に何もせずつっ立っていただけにしか見えないのだが、起こったことから考えると、それしかあり得ない。
アイン嬢の戦闘力を目の当たりにしたフィッツ伯は、完全に押し黙っていた。
そして何度も言葉を発しようとして口を開いては、また閉じる。
気持ちは、わかる。圧倒的な技量というものは、人間を無口にする。
と、そこに別の足音が響き渡り、そしてもう一人の女性が姿を現した。マーショヴァー卿だ。
「フィッツ伯。無駄な抵抗は止めてもらおう。
と言っても、あなたの配下はもう全滅してしまったが」
マーショヴァー卿の姿を見て、フィッツ伯がようやく言葉を発した。
「マーショヴァー! 傀儡皇帝の犬!」
「的確な罵倒だが、それを言うとあなたは“ただの負け犬”ということになってしまわないかな、フィッツ伯。
私がこの場に来たのは、伯爵位に対する表敬であると同時に、3つほどお伝えすべきことがあるからだ。
1つ。エーデシュ少尉に対するこの度の犯行は、不問とする。いまさらこんなチンケな犯罪をあなたの罪状にプラスしたところで、何の意味もない。
2つ。フィッツ家の家督は、あなたの息子が継承する。フィッツ家は罪を問われない。
3つ。あなたには名誉ある死が用意されている。裁判はない。安心してほしい」
フィッツ伯は怒りと絶望で顔の色を白黒させながら、それでも震える声で、「この魔女どもめが」と悪態をついた。
いや、レインラントの英雄たる彼は、この絶望的な状況で、それ以上のことをした。
「名誉ある死、だと!? ふざけるな!
俺は、貴様ら魔女の書いた脚本には、決して乗らん!」
そう言い放った彼は懐から短銃を抜くと、それを自分のこめかみにつきつけた。
そして、銃声。
僕は惨劇から目を背けようとして、薬物のせいで目をとじることもできず――それゆえに、目の前で起こったことをすべて、見届けた。
伯爵が持っていた銃は、彼が引き金を引く前に突如弾き飛ばされ、床に転げ落ちた。
銃声は、その後。湖の方から、かすかに聞こえてきたものだ。
伯爵は右手を抑えて、うずくまっている。
……馬鹿な。
状況が指し示すのは、プレツェン湖からの狙撃。ろうそくの灯りしかないこの状況で、狙撃手は正確に伯爵の短銃を撃ち落とした。
でも、それはあり得ない。保安上の理由からプレツェン湖はその全域が皇帝の所領であり、勝手にボートを出せば反逆罪だ。
ということは、狙撃手はプレツェン湖の対岸から撃った、ということになる。
その距離、およそ600メートル。
うずくまった伯爵に対して、マーショヴァー卿が声をかける。
「貴様の望みなど、聞いてはいない。
貴様はもう、死人なのだ。意思もなければ、自由もない。
せいぜい伯爵位を汚さぬよう、最期くらいは綺麗に踊れ」
かくして、すべての抵抗を諦めたフィッツ伯がアイン嬢に拘束されて去って行くと、入れ替わりのようにレイチェル女史が姿を現した。
彼女は僕の脈をとり、眼球運動を確認し、不随意運動による反射を確認してから、「15分以内にちゃんとした施設で手当をしないと死ぬわね」と宣告した。
……クソッ。
せっかく救出にきてもらったというのに、現実はいつだって残酷だ。
プレツェン湖畔から帝都市街地まで、どんなに急いだって30分はかかる。つまり僕はもう、助からない。
でも、マーショヴァー卿もレイチェル女史も、まるで動揺を見せなかった。
マーショヴァー卿が「ベラ!」と叫ぶと、「お呼びですか?」と、おどおどした感じでベラ嬢が姿を見せる。
そんなベラ嬢に向かって、マーショヴァー卿は言い放った。
「この男は、あと15分で死ぬ。レイチェルとこの男を連れて、10分で帝都の医療施設まで行ってほしい。できるな?」
なんだその無茶ぶりは! と驚く僕を眼中にも入れず、ベラ嬢はほっとしたような顔で「その程度でしたら」と頷くと、椅子の上でなおも全身を痺れさせている僕を、軽々と担ぎあげた。
そうだ。そういえばベラ嬢は確か、「乗馬が得意」で、「実験的なオートバイ部隊の経験もある」んだった。
ああ、神様。
これから何が起こるのかあまり考えたくありませんが、彼女らが「できる」と言うからには、彼女らは成し遂げてしまうのでしょう。
願わくばこれが僕にとって、限界を越えて刺激的な体験になりませんよう……どうか――神様。




