Das Wunderkind Is Still Under Studying(3-3)
僕は必死で考えをまとめ、中佐に反論を試みる。
「で、でも、それはあり得ません。
他国のスパイが警察局に入職するくらいなら、あり得るかもしれない。
事実、外事課が時折、外国勢力が警察局に送り込んだ工作員を検挙してます。
だけど、潜入捜査官ともなると、身辺調査の精度がまるで違う。
まさに『そんなこと』が起こらないようにするために、綿密な調査が、何度も何度も繰り返されるじゃあないですか!」
実際、僕が潜入捜査官に憧れながらも、自分には縁のない世界だと諦めていたのは、僕の身元調査はもはや不可能だからだ。むしろ、親から隣人までまとめて殺されて、親族と言えば心に傷を負った妹のみという状況は、「そんな怪しい奴を潜入捜査官などに採用できるか」という材料にしかならない。
僕の熱弁に、セベッソン大尉もまた、何度も頷く。
けれどクラマー中佐は涼しい顔で、僕の反論を一蹴した。
「ブレンターノは、帝都に巣食うマフィアの1つ、クルスカ一家の出身だ。
父親はクルスカ一家の幹部で、母親はボス・クルスカの次女」
それを聞いて、僕はクラマー中佐が絶対の自信を持って、この「酒の席の話」をしていることを確信する。
これは推測や憶測ではない。調査報告だ。
「ブレンターノは、産まれたその瞬間から、一般家庭に預けられた。
ブレンターノという苗字も、その一般家庭のものだ。
彼はブレンターノ家で、ブレンターノ家の次男として、優れた軍人にして誠実な警官となるべく、清く正しく育っていった。自分のルーツと忠誠、そして血の絆がどこにあるのかについては、その魂に刻まれた上で。
だからブレンターノの身元を洗っても、平凡な中産階級の家に産まれ、軍と警察局にあこがれて育った次男坊、という情報しか出てこない。
だが彼は、生粋のクルスカ・ファミリーだ」
そんな。そんな、ことが。
絶句する僕らを睥睨しながら、クラマー中佐はすべてを自分の目で見てきたかのように、滔々と報告を続ける。
「潜入捜査官の座を勝ち取り、故郷に凱旋したブレンターノは、クルスカ・ファミリーだけではなく、大手ファミリーのほとんどから温かく迎え入れられた。
当然のことだ。ブレンターノはあくまでマフィアであり、クルスカ・ファミリーのために動く。他のマフィアにしてみれば、クルスカ・ファミリーないしブレンターノと良好な関係を構築することには、大きなメリットがある。
ブレンターノとしても、それは変わらない。彼が『優秀な潜入捜査官』というカバーを作り上げ、維持するためには、自分が潜入する先のマフィア一家と仲良くなるのが一番だ。
かくしてブレンターノは潜入捜査官として飛び抜けた実績を挙げ続け、そうやってブレンターノが警察局内部での存在感を高めるのに比例して、マフィアたちはよりフレッシュで正確な警察局内部情報を得られるようになった」
セベッソン大尉は、目を白黒させながら、この抗いようもなく隅々まで調べぬかれた情報に、抗弁しようとする。当然だ。ブレンターノ捜査官は、彼の同僚だったのだから。
「中佐、待ってくださいよ。
なるほど、中佐がそこまで裏を取ってる以上、それは事実なのかもしれない。
だが、だったらなんで、中佐はブレンターノを告発しなかったんです?
中佐のことだ。どうせ、証拠も固めてるんでしょ? 警察局上層部だって、それを見りゃあ――ブレンターノが……ヤバイって……ことを……」
必死で抗弁するセベッソン大尉だったが、途中から黙りこんでしまう。
僕にも、その理由は分かる。
これは、セベッソン大尉に見える範囲に限ってすら、おそろしく微妙で、とんでもなく危険な――それこそ僕らの職業生命ではなく、生物学的生命に関わるような――ネタなのだ。
警察局には、ブレンターノ捜査官を告発するどころか、積極的に擁護しようとする連中もいたに違いない。少なくとも書類上は、ブレンターノ捜査官は、次々に困難な潜入捜査を成功させ、英雄的とも言える成果を挙げている。彼の上司筋はもちろん、同僚にとっても、彼は手柄の量産装置なのだ。
そしてまた、まったく別の理由で、ブレンターノ捜査官を擁護する警察局上層部も、いたのだろう。これだけの情報を集めていたクラマー中佐が、告発しても勝ち目がないと判断するくらい、上にはブレンターノ捜査官を守る勢力が存在するのだ。
鉛のように重たい沈黙が落ちた。
僕らはいま、警察局全体を巻き込んだ巨大な疑獄のカーテンに、手をかけようとしている。何の準備もなくその緞帳を開けば、死ぬのは僕らだ。
そんな重たい空気を、クラマー中佐はさらに重くした
「言ったとおり、これは飲みの席の、与太話だ。
いいかね。私としても、警察局きっての優秀な潜入捜査官だったブレンターノ大尉が、よりによってマフィアが忍び込ませたスパイだった、などということはあり得ないし、あってはならないと確信している。もしそんな事実があったとしたら、警察局の権威に関わる問題だ。
だから当然、かような状況を生み出すにあたって、警察局の各局員が関与している可能性も皆無だ。
万が一、警察局がそんな腐敗を許す無能な集団であったなら、帝都の市民は警察局を侮り、犯罪者はより気軽に犯罪を犯し、外国勢力はもっと遠慮なく工作員を潜入させてくるだろう。そうなれば帝都の治安はゆるやかに崩壊し、敗戦で揺らいだ帝国の威信はさらに揺らぐ。これによって最も苦しむのは、無辜の市民たちだ。
私は、そんな事態は、絶対に回避すべきだと考える」
酸素不足を起こしたかのようなセベッソン大尉が、喘ぎながら、クラマー中佐を問い詰めようとする。
「だから――だからあなたは……。
いや、あなたともあろう人が、自分で手をくだすはずがない。
だから、あなたは、ブレンターノを――」
何者かに、暗殺させた。
でもクラマー中佐は、その厳しい髭面をミリ単位で動かして、笑顔のようなものを作ってみせた。
「セベッソン大尉。君の解答を採点すれば、50点だ。
合格点には、いささか遠い。
君が外事3課の課長に就任するまでに、75点は取れるようになってほしい」
50点? つまりこれは、ブレンターノ殺害事件の、半分しか説明していない、と?
とまどう僕らを前に、クラマー中佐は手元のジョッキを一気に干した。
「そろそろ失礼せねばならん。明日が早いのでな。
セベッソン大尉。今度、君の兄上を、個人的に紹介してほしい。
内事2課の課長が資料課の主に会いに行ったとなると、いろいろ面倒な勘ぐりをする者も増えるのでな。私はともかく、君の兄上にご迷惑をかけたくない」
困惑しっぱなしのセベッソン大尉がギクシャクと頷くと、中佐は満足したかのように敬礼し、僕らの答礼も見ずに帰っていった。
かくして僕らは、到底自分たちでは処理できないほど大量の極秘情報を抱えたまま、なおも続く宴席の場に取り残された。




