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月の猟犬  作者: ふじやま
1st episode:Das Wunderkind Is Still Under Studying
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Das Wunderkind Is Still Under Studying(3-2)

 中佐の爆弾発言に、すぐさまセベッソン大尉が噛みつく。


「中佐。それは内務2課が、ウチらに喧嘩を売るってことですかね?」


 中佐は喧嘩腰になったセベッソン大尉の声を冷たい瞳で受け止めると、つまらんとばかりに切り返した。


「そうは言っていない。繰り返すが、これは酒の席での、たわごとだ。

 大尉だって、ブレンターノ捜査官の異常性には気づいていたのだろう? 君が外事3課の上層部に提出した書類は、私も読ませてもらった。君は武闘派に見えて、なかなかインテリジェントだ。感心した」


 強烈な切り返しを受けて、セベッソン大尉が黙りこむ。


 しかし、どういうことだ?

 ブレンターノ捜査官は、潜入していたマフィアにその正体を密告され、捕らえられ、拷問され、殺された。

 そして「自分を密告したのはクラマー中佐だ」とするブレンターノ捜査官の告発については、警察局上層部に消えたきり、有耶無耶になっている。

 クラマー中佐は、ブレンターノ捜査官の、何を知っている?


「セベッソン大尉のアプローチは、大変に面白い。犯罪捜査に数学を持ち込むというのは、私にとっても新鮮な驚きがあった。

 興味半分で私自身でも確認してみたが、確かにブレンターノ捜査官が潜入捜査で華々しい成果を挙げれば挙げるほど、犯罪組織(マフィア)の検挙率は下がっていった。数ポイント程度の変化とはいえ、見逃せない変化だ」


 なるほど。常識的に考えて、マフィア・ファミリーに潜っている捜査官が成果を挙げれば挙げるほど、マフィアの検挙率は上がるはずだ。だがそれが逆に下がっているのであれば、潜入捜査官がマフィアにガセネタを掴まされているか、さもなくばもっと積極的に警察局を裏切っている可能性が浮上する。


「……恥を承知で種明かししますが、実はそれは、俺の仕事じゃありません。資料課の主みたいになってる俺の兄貴が、こういう酒の席で俺に話してくれたんですよ。えーと、なんだったかな、そうそう、『統計的に見て異常だ』とかなんとか言って」


 なんともはや、セベッソン大尉は実に裏表のない好漢だ。せっかく内事2課の課長が褒めてくれてるんだから、自分の手柄にしてしまえばいいのに。

 同じ感想は、クラマー中佐も抱いたようだ。中佐の厳しい顔が、ほんのすこしだけ緩んだ。僕には分かる。あれは「笑った」のだ。


「ですがねえ、兄貴にゃ悪いが、ブレンターノが殺された状況を調べれば調べるほど、兄貴の説は何か違うんじゃないかって思うようになったんですよ。

 兄貴はね、統計の数字に1ポイント単位? っていうんですか? まあそういうデカイ単位で変化が出ている以上、想像を絶するレベルでの癒着が起きてるって言うんですよね。

 でもそうなると、ブレンターノが裏切り者として殺されたってのが、そもそもおかしい。だって兄貴が主張するくらいにブレンターノがどデカい『水漏れ』を起こしてるってなら、マフィアどもはブレンターノを殺しますかね?」


 熱弁するセベッソン大尉に向かって、僕はちょっとした思いつきで、口を挟んでみる。


「それこそ、外事3課さんがブレンターノ捜査官に託したっていう、身代金っていうか、保険がわりの麻薬。あれが直接の原因になったのでは? 2000万ターラーは、潜入捜査官1人を殺すには十分すぎる動機に思えますけど」


 言いながら、これってどう見ても外事課の「保険」システムに対する批判になってるよなって思ったけど、まあ仕方ない。

 でもセベッソン大尉は軽く肩をすくめるだけだった。


「マフィアどもが帝都で取り引きしてる麻薬の末端価格を合計すると、ブレンターノに持たせた麻薬なんてミジンコみたいなもんだ。トータルは2桁上だぞ?

 だから『ブレンターノは、持っていた麻薬のせいで、自滅した』ってセンは、消しちまうことはできんが、ちと弱いんだよ」


 うむむ。そうか――最低でも10億ターラー以上、おそらくは40~50億のカネが動く世界があって、その利益をより効率化する鍵のひとつがブレンターノ捜査官だったとすれば、2000万ターラーの麻薬で話がこじれて殺されたというのは、微妙にしっくりとこない。十分にあり得る状況ではあるんだけど、その、なんだ、どうも、座りが悪い。

 だがそこに、クラマー中佐は巨大な爆弾を落とした。


「まさにそれが、ブレンターノ捜査官の――というか、彼を主軸として作られた計画の、狡猾なところだ。

 諸君らはブレンターノ捜査官の死後も、彼に翻弄されている」


 セベッソン大尉と二人で、思わずクラマー中佐を凝視する。


「ブレンターノ捜査官を、潜入捜査官だと考えるから、その矛盾に行き当たる。

 ブレンターノ捜査官は、生粋のマフィアだ。

 我々は、マフィアが送り込んできたスパイを、『ブレンターノ捜査官』として採用し、潜入捜査官として再びマフィアたちの元に送り返してしまった。

 それが、真に起こっていたことだ」


 臓腑をえぐるような、重たい驚愕。

 そんな、馬鹿な。


 だって――だって……。


 いや……じゃあ――もしかしたら……それは――

 ブレンターノ捜査官を殺したのは――


「ブレンターノ捜査官は、その遺体に刻まれていた通り、裏切り者だった。

 ただしマフィアの、ではない。

 我々警察局の、だ。

 そしてそれゆえに、ブレンターノ捜査官は死んだ」


 その言葉を聞いたセベッソン大尉と僕は、怪物を見るかのような目で、クラマー中佐を見つめ続けることしかできなかった。


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