Das Wunderkind Is Still Under Studying(3-1)
厳戒態勢。共同警備の威力と役所における敵の意味。肩透かしか、力みすぎか。帰還と勝利。ハッピーエンド。または了承できないハッピーエンド。20kgの重荷。蚊帳の外での慰労会。ビールの美味しい飲み方について。酒の席。統計。偽装。政治とは何であって、どこから来て、どこに行くのか。75点が目指されるべき50点の解答。誤解と理解。8課の魔女。一人。
夜が明けて、僕は何事もなかったかのように、内事2課での仕事を再開した。
合同捜査の方針は変わらず、第1にクラマー中佐の捜索、第2に消えた麻薬の捜索。また、外事3課も3日後に大規模な麻薬取引があるという情報は掴んでいたので、この取引現場を押さえる(ないし取引そのものを不可能にする)のも重点目標として確認された。
ちなみに、セベッソン大尉的には「その取引の現場に、クラマー中佐がブレンターノ大尉を殺して奪った麻薬を持って姿を見せるはず」らしい。僕としては「そんなに簡単な話か?」と思いもするが、詳しく説明しようとするとフント・デス・モナーツのことや、アガトニークことソーニャ嬢のことを語らねばならなくなるので、黙って大尉の推理に同意することにした。
ともあれ、僕らは帝都じゅうを厳格にパトロールし、捜索し、違法行為に遭遇したときは容赦なく取り締まった。その翌日も、厳重な警備とパトロールは続く。
帝都は目に見えて緊張感に包まれ、犯罪は激減した。もっとも、外出する市民の数も露骨に目減りしはじめているので、こんな戒厳令じみた警備はどこかで終わらせるしかないだろう。実際、そろそろ財務省から「いつまでやるんだ」というお手紙が届き始めている。
僕は内心で焦りつつも、財務省からのお手紙を完全シカトして、警備とパトロールを継続した。これについてはセベッソン大尉からも「結構いい根性してるじゃねえか」というお褒めの言葉を頂き、実際そのあたりから大尉(というか外事3課)との連携もスムーズになった。
これはアレだ。財務省という共通の敵ができたから、内事2課と外事3課が協調した。そういうパワーシフトだ。
ちなみにセベッソン大尉は、途中から「どうも悪党どもがざわついてやがるな」と言い出し、外事3課だけの独立チームを作って動かしていたようだ。もっともその成果は夕方の会議で共有してもらえたので、こちらとしても文句はない。報告を聞くと、海外から入り込んでいる犯罪組織の動向に関する調査を行っていたということで、そういうことなら餅は餅屋にまかせておくのが一番だ。
内事2課では、セベッソン大尉とは真逆の感触を抱く局員が多かった。僕は一度、メジャーな犯罪組織の幹部たちと会見を持ったが、誰も彼もが驚くほど大人しく、文句をいいつつも協力を約束してくれた。口約束に過ぎなくとも、彼らが積極的にこちらと協調しようというのは、これまではあり得なかった動きだ。
そんなこんなで、ついに麻薬取引があるという日になった。
僕はセベッソン大尉と入念に打ち合わせをして、犯罪組織の動きを徹底的にマークした。驚いたことに各種犯罪組織のボスもこれには協力的で、彼らは一様に僕に向かって「確かに俺達は悪いこともするが、ヤクだけはいかん」と何度も繰り返した。
その日は夜になってもパトロールが続き、翌日の昼頃まで警戒態勢は続いた。でも結局、麻薬の取り引きが僕達の網にかかることはなく、また犯罪組織のボスたちによる急ごしらえなネットワークも、取り引きの情報を察知できなかった。
なんとも拍子抜けな結末ではあるが、僕達の警備が取り引きを阻止した、ないし警備の厳重さのあまり取り引きを諦めたと考えるのが自然だろう。
とはいえ、これで捜査が終わったわけではない。なにしろクラマー中佐は未だに行方不明だし、消えた麻薬も見つかっていないのだから。
だがとりあえず今夜ばかりはしっかり休んで、明日からの捜査再開を皆で誓うことをもって、その日最後の合同捜査会議は解散とあいなった。
そしてその合同捜査会議が、事実上、最後の合同捜査会議となった。その翌日、クラマー中佐がひょっこりと戻ってきたのだ。クラマー中佐は例の消えた麻薬(きっちり2000万ターラー相当)も回収しており、中佐は英雄として歓呼をもって迎えられた。
もちろん、クラマー中佐は、ひどく怪しい。露骨に怪しい。
だが中佐が提出した完璧な捜査記録を見た人はみな――セベッソン大尉ですら低く唸ったっきり――「中佐の勝ちですね」と言って降参するしかなかった。
かくして、事件は幕を閉じた。
麻薬取り引きは阻止され、消えた麻薬は奪還された。
ブレンターノ大尉の仇を討つことはできなかったものの、勇敢な潜入捜査官の遺志は警察局全体が受け継ぎ、帝都の平和は守られた。
合同捜査班は1週間後の打ち上げを約束し、互いの健闘を讃え合いながら解散となった。
めでたし、めでたし。
■
……いやいやいや。ちょっと待った。
この物語は、何もかもがおかしい。
世間に流布している噂(ソースは主にイエローペーパー)によれば、中佐はわざと〈魔弾の射手〉に誘拐され、ストラーダ一家のアジトに捕虜として潜入した後、アジトから麻薬を盗み出して脱走した、ということになっている。でもこれはいくらなんでも無茶苦茶だ。
そりゃあまあ、クラマー中佐は、我が養父ながら、とても有能な人物だ。でも、2000万ターラー相当の麻薬って、それだけで重量として20kg弱ある。いくらクラマー中佐が鍛えぬかれた身体を維持しているからといって、敵地のど真ん中から逃げるにあたって、20kgの荷物をわざわざ持って行こうと思うだろうか?
中佐の報告書によれば、実際はもっと地味かつ周到な話だった、ことになっている。
クラマー中佐は長年の努力を通じてストラーダ一家の内部に協力者を浸透させていた。メイドや庭師、コックといった雇われ技術者たちが、養父の手下となっていた、というわけだ。
彼らを通じてストラーダ一家がどこからか2000万ターラー相当の麻薬を確保したという情報を得た中佐は、一家のアジトへの潜入を企図したが、それを察知した〈魔弾の射手〉によって逆に拉致監禁された――けれどそのアジトは中佐が仕込んだ協力者たちの巣でもあり、中佐は労せず麻薬を奪って脱出できた、と。
で、この公式見解についても、僕はこれが嘘っぱちだと断言できる。
だって〈魔弾の射手〉――つまりフント・デス・モナーツのソーニャ嬢が話に絡んできてるあたりで、もう何もかもが嘘まみれで確定だ。どういう経路かは不明だが、ブレンターノ大尉が持っていた麻薬がストラーダ一家のアジトにまでたどり着き、それをソーニャ嬢が盗み出して、中佐に与えた……それが本当に起きたことなんじゃないだろうか。
まあ、たとえそれが事実だったとしても、中佐が捜査報告書に「協力者である〈魔弾の射手〉によって、当該の麻薬は奪還されました」と書くわけにはいくまい。残念な話だが、警察局内部にも犯罪組織の影響下にある者はまだまだ多いと思われる(僕を襲った連中が良い例だ)。万が一にでも〈魔弾の射手〉が潜入捜査官だとバレれば、ソーニャ嬢は第2のブレンターノ大尉となる。
それは、分かるのだが。
ともあれ、今のままでは、僕は絶対に納得できない。
シュネー嬢の完璧な脚本に乗って動いたはずなのに、僕には何が起こっていたのか、さっぱりわからなかった。
むしろ、一時的に内事2課の権力を握った立場で、ありったけの情報収集をした結果、あの最後の3日間には「何も起きなかった」という結論を出すしかなかったのだ。
これは、どう考えても異常だ。潜入捜査官が殺され、警察局の内事2課課長が(狂言とはいえ)誘拐され、膨大な量の麻薬とカネが動いていたはずなのに、「結局、何も起きなかった」? そんなことがあり得るものか。
まったく、ストレスが溜まる。
あれだけいろいろあったのに、自分だけは蚊帳の外。
さすがに文句のひとつも言いたくなる。
そんなこんなでイライラしてたこともあって、週末に入れていた外事3課との合同捜査打ち上げパーティには、わりと期待していた。僕は「酒とは一人で静かに飲むべき」派だけど、パーティはまた別勘定だ。首尾一貫してないって言われるかもしれないけれど、好き嫌いなんてそんなもんでしょ。
かくして警察局OBが経営する大型ビアホールを借りきって土曜の午後イチから始まった(勤務時間の差があったり、日曜は早朝から教会に行くから夜更かしはダメって局員がいたりするので、必然的にこういう長時間の宴会になる)打ち上げでは、久々に僕も痛飲した。
陶器のジョッキでビールを飲んで、カリーブルストやアイスヴァインをつまみ、ビールを飲んで、少し身体が冷えたなと思ったらストレートのジンで身体を温める。するとまたビールが美味しく飲めるという塩梅だ。
そんな無茶な飲み方をしていたので、日が暮れる頃には、僕はだいぶ出来上がっていた。乾杯の頃にはなんとなく席が分かれていた内事2課と外事3課の局員たちだけど、肝っ玉も太けりゃ体格も太めな女将さん(ちなみにこの人が警察局OB)に背中をバンバン叩かれながら乾杯を繰り返すうちに、もうグダグダに入り混じって盛り上がっているので、この店を打ち上げ会場に選んだ僕としては内心で鼻が高い。で、その手のちっちゃな満足感が、さらに酒を進ませる。
だから、クラマー中佐とセベッソン大尉が、ノンアルコールを片手に真剣な表情で話し合っているのを見たとき、僕は迷わず冷やかしに行くことにした。
養父が真剣な顔で話しているところを茶化しにいくなんて、普段の僕なら決してあり得ない。でもこのときの僕は、それくらいには酔ってた。
しかるに、「お二人とも、飲みましょうよ!」とかなんとか喚きながら会話に割り込んだ僕は、養父と大尉にギロリと睨まれて、すぐに自分がしでかしたことに気づく。
軽くひとつ、咳払い。
でも僕を睨みつけた養父は、ふっと息を吐くと、お盆に大量のジョッキを乗せて近くを歩いていた女給さんから、ジョッキを2つ掠め取った。
「ナギーの言葉が、正しい。大尉も、飲め」
セベッソン大尉も(もちろん僕も)、中佐の砕けた物言いに少し驚いたようだったが、「佐官殿からのご命令とあっては致し方ありませんな」とかなんとかおどけながら、ジョッキを受け取った。そして「乾杯」という簡にして要を得たクラマー中佐の号令に従って、杯をあわせる。
……って、もしかして、くだけた場で養父と飲むのは、これが初めて? うわ、考えれば考えるほど、初めてだ。
常在戦場なんて言葉を口に出す必要を感じないくらいに常在戦場を実践している養父は、そもそも酒を飲んでいる場面に出くわすことのほうが圧倒的にレアだ。
僕の記憶が正しければ、養父が仕事以外で酒を口にしたのは、僕と妹がクラマー家に引き取られて3年目の冬。養父の奥方が、長年に渡る闘病の末に亡くなった、その夜だけだ。
そんな感じで僕がややしんみりとしていると、養父が――いや、クラマー中佐が口を開いた。
「今から言うことは、酒の席での、たわごとだ。
セベッソン大尉も、エーデシュ少尉も、適当に聞き流せ。
無論、私のたわごとに物申したいなら、自由に口を挟んでもらって構わん。所詮は無礼講の場だ」
僕はジョッキを手にしたまま、思わず顔をしかめる。
クラマー中佐は、何かとんでもない情報を共有しようとしている。その内容がヤバすぎるから、「酒の席の雑談」という体裁をとった。そのための、乾杯だ。くっそ、結局これも仕事の酒じゃないか!
でも中佐の第一声を聞いた僕は、酔いが吹っ飛びそうなくらいに驚くことになる。
ジョッキを右手に持ったまま、クラマー中佐はこう宣言したのだ。
「故ブレンターノ潜入捜査官は、警察局を裏切っていた」




