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月の猟犬  作者: ふじやま
1st episode:Das Wunderkind Is Still Under Studying
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Das Wunderkind Is Still Under Studying(2-7)

「来たね。どうやらボクは、賭けに勝ったみたいだ」


「ありがたいですね。

 僕もあなたが賭けに勝つことに、有り金をまるごと賭けたものですから」


「で、君は内務省外事8課特別工作班の一員たるボクの手下になってくれる?」


「それは無理です。

 僕はもう、シュネー嬢の手下ですんで。

 たとえ僕が皇帝陛下の手下であったとしても――というか僕はまさに公僕であり皇帝陛下の忠実なる下僕なんですが――あなたは僕を奪い取り、自分の手下にするでしょう。

 でもあなたは、シュネー嬢から僕を奪うことだけは、しない」


「根拠は?」


「ありません。でも僕は、それに賭けました」


「僕の勝ちに全財産賭けてたのに、こっちの勝負には何を賭けたっての?」


「魂を焦がすような賭けがもう1回できる権利と、この美しい脚本の彼方を舞台上で見届ける権利を」


 〈魔弾の射手〉は、心底楽しそうに、クツクツと笑った。

 その口元から、紫煙が漏れる。


「まぁ、仕方ないね。

 今回は、シュネーに譲るよ。

 君はなかなか勝負強そうだから、ボクが欲しかったんだけど」


「すみません」


「君が謝ることじゃないし、シュネーが謝ることでもない。

 そういう手札が巡ってくることだって、あるさ。

 受け取った手札に向かって文句を言うのは、博徒としては最低だ」


「そんなものなんですか」


「そんなものだよ。

 さて、それより仕事の話をしよう。

 君は今日以降も、内事2課の副課長として働くように。

 クラマー中佐のように、謹厳実直に、レインライント軍人の鑑となるような、誠実な働きをみせてほしい、とのことだ」


「え……ですがそれは」


「内事課ビル内部では、レイチェルとトリーシャが君を護衛している。

 外に出たら、ベラも監視に加わる。ここまでガードされて死ぬなら、そりゃもう君が悪いよ。100%、君の責任だ。不運も何もあったもんじゃない」


「でも、僕は手洗いで……」


「ねえ。なんで君が内事課のトイレで死ななかったか、考えたことある?

 なんであんな暴行事件があったのに、医務室に警察局の内部査察官がいなかったと思う? 普通なら、あんなひどいリンチ事件が起きたら、まずは意識が戻った君を内部査察官が尋問するよね?」


「……あっ」


「ディテールに関しては、ご想像にお任せするよ。

 万が一にでも君の良心が咎めるといけないから言っておくと、君を襲った連中は死んでない。まだ。

 これでいい?」


「ええと、じゃあ僕がここに来た意味って」


「ない、かもね。君が今からでもボクの手下になるっていうなら、話は別だけど。

 君はね、もっとシュネーを信用しなよ。

 彼女の脚本は、完璧だよ。信じて、乗っかりな。

 乗っかって、死んだら、役者の責任だ。

 つまり、何もかも君が悪い」


(――じゃあ、なぜあなたは、そこにいる(・・・・・)んですか?

 僕がいま立っている場所は、本来はあなたが立っているべき場所ですよね?

 どう考えてもあなたはシュネー嬢にとって最高の役者であり、シュネー嬢はあなたにとって最高の脚本家なはず。

 なぜあなたは、そんな演出家めいた仕事で満足してるんですか?)


 僕は発作的に聞きたくなったその一言を、無理やり心の奥底に押し込める。

 そこはおそらく僕なんかが踏み込んではいけない場所だし、きっとこの思いはアヘンチンキが生み出した一時的な妄想だ。


 だからその代わりに、僕は無理やり「ここに来た意味」を作る。


「最後にひとつだけ、聞きたいんですが。

 アガトニークというのは、偽名ですよね?」


 アガトニークは、古代の聖人の名前だ。意味としては「良き勝利」とでもなるだろうか。確かに、博徒(ギャンブラー)には相応しい名前かもしれないし、非合法組織(マフィア)の幹部が聖人の名を名乗るというのもよくある話だ。

 でもいま目の前にいる、野犬のように痩せこけ、プロメテウスの炎のような煌めきを瞳に宿した女性に、アガトニークという名はあまりにも――フィットしない。


 自称アガトニークは、僕の指摘を聞いて、またクツクツと笑った。口の端から、紫煙がけぶる。


「またその質問? 

 初対面でいきなり『あなたは、何者ですか?』って、そりゃもう大笑いするしかなかったよね。いきなり、核心の核心を突く質問してくるんだもん」


 僕は照れ笑いを浮かべる。

 確かにあれは核心を突く質問だったが、まったくの偶然でもあった。

 しかるに、その「偶然である」ということが、彼女のテンションをさらに上げたのだろう。


「そうだねえ。ボクにアガトニークなんて名前、まるで似合わない。

 我ながら、妙な偽名を選んだものだなって思うよ。

 でも、こんな場所で本名を明かすほど、ボクも馬鹿じゃないんでね」


「では、シュネー嬢は、あなたをなんと呼んでいるんですか?」


 ほんの一瞬、〈魔弾の射手〉が身を凍らせた。

 それから彼女はクツクツと笑うと、ポツリと一言だけ呟き、それから夜の街へと消えていった。


 なるほど。


 アガトニークなんていう抹香臭い偽名よりも、あるいは〈魔弾の射手〉なんていう武張った二つ名より、ずっと彼女らしい名前だ。


 僕は口の中で、彼女が呟いた名を唱えてみる。


「ソーニャ」


 うん。


 やっぱりこのほうが、彼女らしい。


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