Das Wunderkind Is Still Under Studying(2-6)
僕は夜の街をさまよって、いつしか〈魔弾の射手〉と初めて出会ったバーにたどり着いていた。いやはや、我ながらあの痛みを押して、よくこれほど歩いたものだ。アヘンチンキを飲み干して30分ほどで体を苛む痛みは消え去ったので、今では自然に行動できるが、痛みが消えるまでは何度も気を失うかと思った。
それでも僕は、あのバーに、行くしかなかった。
なにせこんなに大量のヒントをもらったのだ。気づかないほうがどうかしてるし、気づいた以上は脚本家の指示に従うしかない。だってこの先の物語がどうなるのか、僕だって知りたいし、その舞台に立っていたいから。
考えてみれば、話は簡単だ。レイチェル女史は、「明日の仕事のために」痛み止めがいる、と言った。じゃあ明日の仕事って何だ? と考えると、そも「明日」というのは0000時で切り替わる「日付」という概念に支配されているというシンプルな事実に行き当たる。
あとは簡単な逆算だ。〈魔弾の射手〉は、「2日後の夜」と言った。僕は馬鹿正直にそれを2日後の2000時あたりと考えた。でも2日後の0000時だって、「2日後の夜」だ。
もちろん、この言葉遊びには、外事3課も気づいている可能性はある。
だがそれはほとんど無視できる可能性だ。外事課が持っているシステムが、この単純な気づきを許さない。
外事課は、その名の通り、レインラント帝国外の諸勢力との間で発生する諸問題を解決するための組織だ。その職務は海外における諜報や情報収集はもちろん、諸外国の諜報員に対するカウンターなどが含まれる。
だが近年、外事課の仕事は急激に増大した。海外から流入してくる不法移民、越境する犯罪組織、海外植民地における犯罪などなど、その活動の基準をレインラント国内に固定できなくなったのだ。
かくして彼らは、部局内での統一を取るために、忌々しくもグリニッジ標準時を使ってすべての記録を管理することにした。
結果、彼らの「日」に対する概念は、あくまで数学的なものになった。
彼らにしてみれば、1日とは24時間を意味し、従って2日後とは48時間後のことだ。よって、例えば25時間後とは1日と1時間後であって、そこに「2日目の夜」が含まれ得るという発想を、彼らの単位系は許さない。
だから極めて高い確率で、「2日後の夜」という指定は、外事課を出し抜き、内事課の僕だけを所定の時刻に所定の場所へ導く暗号となる。
そう、そしてこれが最大のミソだ。
〈魔弾の射手〉が仕掛けた言葉遊びによる暗号に、外事3課が気づく可能性は、決してゼロではない。それに彼らとの合同会議の席上で僕がその可能性に気づいて、彼らと認識を共有するという展開もあり得る。
つまりこの仕掛けは、完璧からは程遠い。シュネー嬢なら、絶対に書かないような脚本。
だからこれはきっと、〈魔弾の射手〉の、賭けなのだ。
〈魔弾の射手〉が負ける可能性も秘めた、純粋な確率の勝負。
しかるに、この際どい賭けは、僕の賭けでもある。
アヘンチンキを摂取した直後、誰にも相談することなく、最重要容疑者のリストに名前を連ねる〈魔弾の射手〉ことアガトニークに会う。他の警察局員にこんな現場に踏み込まれたら、僕のキャリアはお終いどころか、人生が生物学的に終わる。
それでも、僕はこれに賭けるしかない。
内事課のビルにいてすら、僕はちょっとした誘拐と拷問の対象にされてしまうのが現状だ。こんな状態で明日――というかもう今日だが――1日を耐え抜けるだろうか? しかも今日は現場に出て捜査もする予定がある。移動の途中で拉致られたら、絶対に助からない。
要は、このままでは、僕は今日中に死ぬ。
だから僕は、〈魔弾の射手〉が言う「ラストチャンス」に、全額を張るしかない。
ああ、それにしたって、これはどういうことなのか。
シュネー嬢の手による緻密かつ完璧な脚本の上を歩いていたら、突如、〈魔弾の射手〉の手による技術を介入させる余地がない賭けが出現する。
まるで、脚本家と役者が――性格から好みから思想から、何から何まで真逆なのに、互いを深く尊敬し、心の底から信頼しあう2人の演劇人が――互いの技術と誇りと理想をぶつけあってるようじゃないか。
そしていま、僕は例のバーの、入り口にたどり着いた。
深呼吸を、2つ。
それから僕は、運命の扉を開く。
店内では〈魔弾の射手〉が、たった一人でタバコを吹かしていた。




