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月の猟犬  作者: ふじやま
1st episode:Das Wunderkind Is Still Under Studying
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Das Wunderkind Is Still Under Studying(2-3)

 外事3課のセベッソン大尉から得た情報は、困ったことに、実に状況を上手く説明するものだった。

 セベッソン大尉は、「信頼できる筋からのタレコミ」により、クラマー中佐が〈魔弾の射手〉によって拉致監禁されたという情報を得たという。そして事実、クラマー中佐は昨晩自宅に戻っていない。

 こうなると僕としては、自分が〈魔弾の射手〉から受けた脅迫を、まるまる素直に喋るしかない。「僕と僕の家族のため」という〈魔弾の射手〉の言葉は、彼女がクラマー中佐を確保したことにより、現実のものとなったのだ。


 と、ここまで情報共有が進んだところで、セベッソン大尉から更にツッコミが入った。


「念の為に聞いておくが、エーデシュ少尉、あんたには中佐以外に家族と呼べる者がいるか? あんたの年齢なら、結構いそうだが」


 なるほど、もっともな疑念だ。

 だがここにおいても、僕はやや特殊な事情を有している。


「両親も、その祖父母も、既に他界しています。

 僕はラーツケバ村の出身ですので」


 ラーツケバ村と聞いて、セベッソン大尉の表情が曇り、今までの強情さとは打って変わった素直さで「すまん、悪いことを聞いた」と謝罪してきた。

 ラーツケバ村は、人口50人くらいの小さな小さな村だった。だがある夜、一人の村人が銃を手に殺戮を開始。夜が明けるまでに46人が殺された。犯人は夜明けとともに駆けつけた軍隊によって射殺され、僕を含めた生存者5人は新たな人生を受け入れるほかなかった。


「幸運なことに、妹もあの虐殺を生き延びました。

 でも妹の心はひどく傷ついていて、今はリハビリを兼ねて大聖堂付属の修道院で暮らしています――おそらく一生、修道院から出られないでしょう」


 セベッソン大尉が苦虫を噛み潰したような顔になる。だが同時に彼は、僕の妹の安全も確信したようだ。

 大聖堂に押し入って修道女を誘拐したり殺したりすれば、死後その魂は永遠の地獄をさまようどころでは済まない、とされる。一方、〈魔弾の射手〉が幹部を務めるストラーダ一家(ファミリー)は、信心深さという点では表裏なくピカイチの一家だ。無垢な修道女を殺すどころか、傷つけでもすれば、〈魔弾の射手〉と言えども血でその贖いを求められるだろう。そして悲しいかな、僕の妹はおそろしく「壊れやすい」。


「とはいえ修道院の中にいる限りは、妹はかなり落ち着いた日常生活を送れているそうです。一生を修道院で過ごすというのは、今の彼女にとってそこまで不幸だとも思いません。

 僕の家族については、こんなところです。ですから〈魔弾の射手〉は己の言葉を実行に移したと考えるのが、一番しっくりきますね」


 セベッソン大尉は、しばらく沈思黙考していた。だが、やがて不機嫌な熊のように、低い唸り声をあげる。


「だが、それでは辻褄が合わないぞ。

 〈魔弾の射手〉は、なぜお前と2日後に再会することを約束したんだ?

 あまりにも無意味な約束じゃあないか」


 そこは僕も不思議に思っていた。

 中佐が誘拐されれば、タレコミがあろうがなかろうが、2日以内には発覚する。

 謹厳実直なレインラント軍人を絵に描いたような養父が、遅刻どころか、無断欠勤する。異常なんてレベルじゃあない。絶対に、内事2課は大騒ぎになる。

 そして一旦誘拐が発覚してしまえば、警察局は〈魔弾の射手〉を(あらゆる犠牲を払ってでも)逮捕ないし殺害すべく、万全の体制で例の酒場に待ち伏せと包囲を仕込む。


「普通に考えれば、2日後の夜に例の酒場を包囲させることで、我々の戦力を分散させたいと思っている。彼女は同じ時間帯に、まったく別の計画を実行に移す予定であり、それを妨害される可能性を少しでも低くしたい。

 ……それが最も妥当な説のように思えます、が」


「しっくりこねえな」


「ええ」


 これは一度、角度を変えたほうがよさそうだ。


「別の面から考えてみませんか。

 そもそもなぜ外事3課は、クラマー中佐がブレンターノ大尉殺害事件に関与していると考えたのですか?

 中佐が麻薬の横領と横流しにも関与しているというのも、僕にしてみるとあまりに唐突すぎて、想像が追いつきません」


 セベッソン大尉は「毒を食らわば皿までだな」とつぶやくと、外事3課が得ていた情報を明かしてくれた。

 それによると、外事3課はブレンターノ大尉が非常に危険な状況にあることを、察知していたという。彼が潜入捜査官だという密告が、潜入先のマフィアに対してなされたという情報が、外事3課のもとに届いていたのだ。そしてブレンターノ大尉もまた、密告によって自分の身元が割れているのではないかという疑惑を抱いていた。

 だが百戦錬磨の大尉は、それをピンチと捉えなかった。逆に誰が密告者かを突き止めるチャンスと考え、内事課と外事課はもちろん、様々な協力機関および個人的なコネに対してそれぞれ微妙に異なる個人情報を提供したのだ。

 結果、内事2課に提供した情報が、ブレンターノ大尉に対する「疑惑」として戻ってきた。大尉はこの段階でクラマー中佐が密告者であることを確信し、潜入捜査を切り上げようとしたが、時既に遅く非業の死を遂げた。


 ブレンターノ大尉がこれほどまでに大胆だったのには、理由がある。彼は万が一が起こったときの身代金として、外事3課が押収した麻薬を預かっていた。ブレンターノ大尉のような凄腕を失うくらいなら、麻薬をくれてやったほうがマシ――外事3課はそう判断したのだ。

 そしてそういうことなら、末端価格で2000万ターラーという金額も、理解できる。ベテランの潜入捜査官を育成するコストを考えれば、2000万でも安いかもしれない。

 だがブレンターノ大尉は死に、2000万ターラー相当の麻薬も消えた。


 なるほど。確かにこれは、クラマー中佐がブレンターノ大尉を潜入捜査先の犯罪組織(マフィア)に密告し、密告の見返りとして大尉が持っていた麻薬を得た、と考えるしかない。


「だから俺たちとしては、クラマー中佐が〈魔弾の射手〉に拉致られたと聞いて、これは逃げるつもりだと確信した。

 お前が脅迫されたってのも、中佐を逃がすためのカバーストーリーと考えれば辻褄があう。

 だがそれだと、パーツが1つ余っちまう」


「2日後の、最後のチャンス。

 これがどうしてもはみ出してしまう」


「そういうこった」


 ふうむ。でもここまで来ると、別のことが気になる。というか、セベッソン大尉はなぜそう考えないのだろう? 疑問のままに、僕は質問を切り出す。


「常識的に考えれば、〈魔弾の射手〉が持ちだした『2日後のラストチャンス』は、ただのブラフ。あるいは気分でなんとなく口にしただけ。

 そう考えるべきだと思うんですが、セベッソン大尉はなぜここに拘るんです?」


 僕にしてみると当然の問いを、セベッソン大尉は鼻で笑って却下した。


「俺はこの5年、〈魔弾の射手〉とつきあってきた。

 あいつは天才で、狂人だ。

 あいつにとって、すべては賭けなんだよ。

 逆に言えば、あいつの提案のすべては、なんらかの賭けになってる。つまり、必ずなんらかの意味がある。

 こんなことは言いたかねえが、おそらく俺たちの合同捜査ごっこは、本当に起こっていることの、一番大事なところを捉えられていない。だから、ヤツが示したパーツが余る。

 俺にはな、聞こえるんだよ。〈魔弾の射手〉の、笑い声が。

 『まずはテーブルについてよ。そうでなきゃ、ボクとの賭けを始める権利すらないよ?』ってな」


 このとき僕は、さすがにそれはセベッソン大尉の思い込みだろう、と考えていた。

 だがその見込みの甘さを、僕はすぐにこの身で味わうことになる。


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