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月の猟犬  作者: ふじやま
1st episode:Das Wunderkind Is Still Under Studying
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Das Wunderkind Is Still Under Studying(2-2)

 アガトニークに会った翌朝、僕は昨晩の接触をクラマー中佐に報告すべきだと決心しながら職場に向かった。これはもう、自分の職責の一部のようなものだ。

 悩むとすれば、同じことをフント・デス・モナーツにも伝えるべきかどうか、というところだろう。シュネー嬢には伝えておいたほうがいい気もするし、なんとなく彼女たちは僕の置かれた状況を僕よりもしっかりと把握しているような気もする。


 そんなことを考えながら内事2課のオフィスに入った僕は、部屋に入るなり強面の男たちに襟首を掴まれる。

 一体何がと思う間もなく、男は僕に向かって怒鳴り立てた。


「クラマー中佐が昨晩から行方不明だ。

 中佐には外事3課の証拠品倉庫に保管されていた、押収麻薬の横領と横流しの嫌疑がかかっている。

 ブレンターノ大尉殺害にも、クラマー中佐が関与した可能性が高い。

 言え! クラマー中佐はどこにいる!」


 よく見ると、男の着ている制服は、外事3課のものだ。

 つまり彼らはブレンターノ大尉の情報を、内事2課が漏らしたと考えている、というわけか。で、行方不明になったクラマー中佐を探している、と。

 バカバカしい。

 クラマー中佐に至急の要件があるのは、僕のほうなのに。


「クラマー中佐が昨晩から行方不明だという事実自体、僕は初耳です。

 それより僕はクラマー中佐に急ぎ報告すべき案件があります。

 そちらこそ、クラマー中佐を不当に監禁しているのでしたら、いますぐ解放してください」


 わざと彼らを挑発するような言葉を選ぶ。

 案の定、彼らは撃発したけれど、残念なことに怒りに任せて僕をぶん殴るほどの間抜けではなかった。残念。一発でも殴れば現行犯逮捕してやるのに。


 ともあれ襟首を締め上げる手が緩んだので、僕は自分の席に向かう。


 席に座って、水筒に入れてきた炭酸水を一口飲むと、少し落ち着いた。

 そして落ち着きを取り戻した僕は、自分が恐ろしく危うい状況にいることを意識した。


 クラマー中佐が姿を消した。

 外事3課はブレンターノ大尉殺害とクラマー中佐の関係を疑っているが、中佐は大尉殺害事件に関してフント・デス・モナーツに命令を発したばかりだ。しかもその過程で僕が死んでも構わないという覚悟で。

 と、いうことは、クラマー中佐を誘拐したのは――誘拐であってほしい――大尉殺害事件を起こした側、さもなくば事件を捜査されたくない側の陣営だ。


 そこまで考えて、僕は違和感に気づく。


 そうだ。おかしい。自分は今、妙な思考の誘導をされていなかったか?


 僕は無意識に、クラマー中佐が誘拐されたという前提に立った。そして「誘拐であってほしい」とまで思った。

 だが普通に考えれば、クラマー中佐はもう死体だ。ブレンターノ大尉を殺す連中が、中佐殺しを恐れる理由など何もない。

 だのになぜ僕は「中佐が誘拐された」と確信した?

 答えは簡単、外事3課の連中が「中佐が行方不明」「クラマー中佐はどこにいる?」と、中佐が生存していることを前提に質問してきたからだ。


 つまり、あの外事3課の連中は、クラマー中佐が誘拐されたという確信があるか、さもなくば内事2課にクラマー中佐の生存を刷り込もうとしている。


 そんなことをして、外事3課にどんなメリットがある?

 通り一遍に考えれば、外事3課は我々内事2課に「中佐救出作戦」を立案させ、そうやって我々が時間を空費している間に、次の手を打つ……そんなところだろう。


 だがこのアイデアは、今の僕にしてみると、どうにも座りが悪い。

 1週間前までの僕なら、違和感など感じなかっただろう。なにせ相手はにっくき外事課だ。あいつらなら、どんなことでもやる。

 けれど今の僕は、外事課と内事課の対立が出来レースであることを知っている。末端ではかつての僕のように対立を真面目に捉えている者もいるが、上は――少なくともクラマー中佐レベルまで行けば――外事課と協調関係にあったはずだ。

 となると、外事課がクラマー中佐を消し、内事課を混乱させるとともに主導権を握ろうとしているという推理は、根底から崩壊する。


 つまり、いまも必死で内事2課の局員に聞き込みをしている外事3課の連中は、真剣にクラマー中佐の行方を探しているのだ。特にこれといった企みも、策略もなく。


 だとしたら、ここは僕が胸襟を開いて話すべきだ。

 我々は帝国警察局として、協力してこの事態にあたるべきなのだから。


 僕は席を立つと、顔を真赤にして聞きこみを続けている外事3課の連中の横に立つ。しかるに聴取が一段落したところで、馬鹿正直な質問をぶつけた。


「質問させてください。

 なぜ外事3課は、クラマー中佐が生きているという前提で話を進めているのですか?

 状況から考えると、常識的に言って中佐はもう死んでいるはずです。

 僕だって、ブレンターノ潜入捜査官が死んで、同時に大量の麻薬が消えたことは知っている。そして皆さんは、このホットな状況に、クラマー中佐が深く関与してると主張する――にも関わらず、クラマー中佐の死体じゃなく、行方を探すなんて、クレイジーとしか言いようがない。

 お願いです、教えてください。

 なぜ外事3課は、クラマー中佐の生存を確信しているんですか?

 我々内事2課も、当然ながら中佐の生存を熱望しています。

 この点において、僕らの利害はぶつかっていないはずです」


 外事3課の連中は、しばしむっつりと押し黙った。

 だが少しして、一番年かさの局員が、口を開いた。


「外事3課のセベッソン大尉だ。

 君の主張は、正しい。ここは情報共有といこう。

 ただしクラマー中佐は救出対象ではなく、最重要容疑者として扱うのが、大前提だが。それを飲むか?」


 かかった。僕は勝利を確信する。

 セベッソン大尉は僕をただの若造と踏んだ。僕に何の権限もないと思ったからこそ、こんな提案をしてきたのだ。ヒラの局員が「飲みます」と言ったところで、その言葉には何の意味もない。


「飲みます。

 申し遅れましたが、僕は帝国警察局内事2課副課長、ナギー・エーデシュ少尉です。これ以降内事2課は、クラマー中佐を、ブレンターノ大尉殺害事件及び麻薬横領疑惑の最重要容疑者として、捜査することを宣言します」


 案の定、外事3課の連中はポカンとした顔。

 それからようやく、絞りだすように声を出した。


「――そうか。貴様がエーデシュ少尉。クラマーの隠し剃刀か。

 こいつは、してやられた。さすがだ。さすがだよ。

 まさか大恩ある自分の養父を売ってまで、俺たちの情報を引きずり出すとはな」


 それはご愁傷様でした。


「僕は自分に対する養父の愛情を確信していますが、それはそうとして、養父がここにいて、僕が誘拐されていたのであれば、養父は僕と同じことをしたでしょう」


 実際、似たようなことは数日前にやられたばかりだ。


「そんなことより、合同捜査を始めましょう。まずは情報共有から。

 急ぎ会議室を用意します。誰か、203会議室を用意してください」


 苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる外事3課の連中を放置して、我ら内事2課は合同捜査本部の設立を開始した。

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