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没落の王女  作者: 津南 優希
第三章 その先の未来へ
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兄の不在理由

「エトック、これをやろう」


 どさどさっと目の前に積まれたファイルの山に、僕は頬をひくつかせた。

 そのままの表情で、机の前に立つ4歳年上の兄を見上げる。


「ヒートウィッグ兄上……何ですか、これは?」

「お前の目は節穴で出来ているのか? ここに5月度文官報告書と書いてある」


 ゴトン、と角印の入った重厚な黒檀の箱を追加で置きながら、兄上がいつもの涼しい顔で言った。

 珍しく自室にまで訪ねてきたと思ったら、予想通りろくな用事ではなかった。

 銀髪と薄青い目は僕とそっくりだけれど、この理知的かつ自己中心的な兄と血が繋がっているとは思えないことが度々ある。


「私は予算関連その他を引き受けたからな、施設関連と騎士団の分はお前に任せる。今日明日中に目を通して必要なものには判を押せ。ああ、問題のある書類は避けて取っておくといい」

「任せるって……僕が書類仕事苦手なの知ってるでしょう?! なんでこんなに大量に……」


 ファイルの一つをつまみ上げて抗議すると、兄上は眉間にしわを寄せてため息を吐いた。

 お説教の気配を感じて、身構える。


「エトック、いつまでもそんなことを言ってるから子供のままなのだとそろそろ自覚しろ。兄上はお前を甘やかしすぎだ。私がここを出たら、お前が兄上をサポートしていかなくてはいけない立場になるのだぞ? その時にも書類仕事が苦手だからと断るつもりか? 武力ばかりを鍛えていて脳ミソが育たないから、そんな甘ったれたセリフが出てくるのだ。兄上の10分の1でもいいから努力をしろ、努力を」


 うぐっと僕は喉の奥で唸った。

 口ではこの兄には絶対に敵わない。それは確かだ。


 ヒートウィッグ兄上は剣の腕も僕より立つくせに、政治に関しても一国を回せるくらいの度量と知識を持っている。

 小国としては大規模な、同じ西のランセルに既に婿入りが決まっているけれど、そこで国王になったら恐怖政治でもするつもりじゃないだろうかと、ひそかに思っている。


(恐怖政治……似合いそう)


「聞いているのか? エトック」

「はいはい、聞いてますよ。分かりました。やればいいんでしょ、やれば」

「ただやる気になっただけでは不十分だ。書類内容を忠実かつ正確に把握し、責任を持って明日の昼までに処理しろ」

「さっき明日中にって言いませんでしたか?!」

「気が変わった。そんなやる気の無い態度では、間違いだらけで修正しなくてはいけない事態になることが目に見えているからな。ただでさえ山積みな公務の上に、私の仕事を増やすなよ。それでなくともお前には普段から心労が絶えないのだから」


 ぐうの音も出ないくらいに言い返されて、僕はうなだれるしかなかった。

 アレクシス兄上だったら、絶対にこんなことは言わない。

 つい先日も、ゆっくり覚えればいいと励まされながら、僕の少ない書類仕事を手伝ってもらったばかりだ。

 ……本来なら、僕が手伝わなきゃいけないんだけれど。


 本当は分かっているのだ、僕だってもっとちゃんと、苦手な公務を覚えていかなくちゃいけないことくらい。

 でも目の前に仁王立ちになっている、この兄から面と向かって言われると、正当性がありすぎて余計に腹が立つ。

 人当たりが良くて社交に向いているとか言われているけれど、外面がいいだけじゃないか。

 実の弟に対してはこの仕打ち。理不尽だ。


「アレクシス兄上、いつ戻られるんだろう……急な視察でも入ったのかな?」


 助けを求めたい気分で先日急に出かけてしまった頼れる兄の名を出すと、ヒートウィッグ兄上は難しい顔で「視察ではない」と答えた。

 僕は詳しいことを聞いていないけれど、兄上は事情を知っているようだ。


「視察じゃないなら、また北関連でなにかトラブルでも?」


 モントペリオルはこのところめっきりおとなしくなった。

 でも兄上の眉間のしわを見る限り、面白い事態ではなさそうだと予想出来るから、それくらいしか思い当たることがない。


「いや……東に住む武の女神に関わることだ」

「え?」


 ということは。


「紗里真の、飛那姫王女ですか?」

「お前にしては理解が早いな」


 褒めているのか、けなしているのか……まあいいや。


「あの方がどうかしましたか? 兄上とは知り合いだったようですが……」

「難敵と戦闘の末、意識不明の重体だそうだ」

「え?! 嘘ですよね?!」

「そんなつまらぬ嘘をついたところで、私になんのメリットもないだろう」

「だって……」


 復国祭で見た、青い魔法剣が思い出された。

 武の女神という二つ名にも納得の、凄まじい剣気だった。あまりに尋常離れした戦いに圧倒されて、あの黒い剣との間には誰も入り込む余地すらなかったというのに。


「女性なのに、人間とは思えない強さでしたよ。あの方が負けるなんて……やはり黒い剣との戦闘で?」

「そう、聞いている。兄上がその報告を受けたときに、私もちょうど側にいたからな。あんなに心穏やかでない兄上を見たのは、母上が亡くなった時以来だった」

「……」


 紗里真の復国祭から帰ってきてすぐ、アレクシス兄上が紗里真の王女宛に贈るお菓子を見繕って欲しいと頼んできたのは記憶に新しい。

 その意味するところを考えると、兄上の行動としてはものすごく意外だったけれど、同時にうれしくもあった。

 もしかしたら、近い将来にあの王女が、この西の大国にやってくるなんてこともあるのかもしれない。いつも自分以外のことばかりを気にかけている兄上にも、本当の意味で理解者が出来たのかもしれない。そう思ったらうれしかった。

 それなのに……


「彼女は、助かるんですか?」


 怖かったけれど、聞かずにはいられなかった。

 ヒートウィッグ兄上も、僕と同じ気持ちなのかもしれない。

 暗い顔で、答えた。


「倒れてからもう3週間経つと聞く。見込みは……薄いだろうな」

・長男アレクシス)温厚なしっかり者タイプ。常に己より他人を優先。

・次男ヒートウィッグ)合理主義で理屈っぽいタイプ。マイペース。

・三男エトックワール)甘えん坊で人なつっこい奔放タイプ。自分可愛い。


プロントウィーグル三兄弟。三者三様です。


次回、訪問者があります。

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