まだ足りない
「あああ~っ! もう! 何で盾から出ちゃうかなあぁ……!」
騎士隊長らの号令で、騎士隊は一斉に動き始めた。
足早に絶界の盾から出て行ってしまう騎士達を止めるすべもなく、私は恨めしげに唸るばかり。
舞台上で飛那ちゃんと対峙してるのは、南の国で出会った魔剣の少年ネモだ。
東に来てるって話は聞いていたけど……こんなイベントやってる中に飛びこんでくるなんて、頭がどうかしてるとしか思えない。
とにかく、絶界の盾が間に合って良かった。
騎士達は、周囲から舞台上の飛那ちゃんと少年を取り囲む形で展開していった。
魔法士がいくつか攻撃魔法を放ったけど、あっさり交わされてる。
次の瞬間、黒い剣を構えたネモが狙ったのは、精鋭隊の一番隊長、マキシムさんだった。
「危ないっ……!」
ふいに襲いかかってきた黒い斬撃を、彼は奇跡的に自分の剣で受けとめることが出来た。
「ぐあっ……!」
尋常でない手応えだったのは、見ていた私にも分かった。マキシムさんの体はそのまま後ろに吹っ飛ばされていった。
私の展開している盾に勢いよくぶつかって、その場に倒れ込みながらも、手をついて堪える。
大丈夫、大怪我じゃない。でも痛そうだ……
黒い魔剣の少年が追撃しようとするのを、背後から飛那ちゃんが斬りかかって止めた。
舞台の上と下とを行ったり来たりする、剣の打ち合う音が聞こえてくる。目で追うのも難しい様なスピードで、もう何をどう戦っているのか、本人達にしか分からないレベルだ。
あれじゃどれだけたくさん騎士がいたって、横から手なんか出せやしない。
役に立たないのなら、せめておとなしく盾の中にいてくれれば良かったのに。
そう思わずにはいられない。
盾から出てしまった騎士達は、もう守ってあげることが出来ない。まぁ確かに、王族を戦わせて、騎士が安全圏で見物って訳にはいかないんだろうけど……いっそ盾を全部解除して、もう一度張り直そうか。
そう考えて、ふと、あの黒い剣で斬られかけたことを思い出した。
うん、無理。
私、あんな速さについていけない。盾を再構築する前に、私自身が斬られる自信がある。
私が狙われるのが、飛那ちゃんにとって一番まずいだろうことを考えると、安易なことは出来なかった。
「待ってよ……あと少しだけ、煉獄に血を吸わせてから戦おう?」
「ふざけるな!」
すぐ先で、ネモと飛那ちゃんが戦っている。激しく数度打ち合うと、ネモは飛那ちゃんから距離を取るように地面を蹴った。同時に、剣を振るったのが分かった。
「……貴様っ!」
飛那ちゃんの怒号とともに、近くにいた騎士が数人、腕や足から血を吹くと悲鳴をあげて倒れていく。
斬られた……!
すぐに救護の魔法士が駆け寄っていったけれど、大丈夫かどうかここからは分からない。
楽しんでいるようにしか見えない彼の姿に、ただただ嫌悪感が走った。
血を吸って黒い煙をあげる魔剣。ネモの笑い声は、飛那ちゃんを逆上させるのに十分と思えた。
「弱いね……心が。守るものなんてない方が、ずっと強くいられるのに。お姉さんそんなに強くても、弱点だらけじゃないか」
「何とでも言え……」
横薙ぎの一閃は青い光だった。
近くにいる騎士達を十分に気遣ったとは言えない、激しい一撃。
今度はネモが吹き飛ばされて、かなり向こうの方で私の盾にぶつかった衝撃があった。
「私の目の前で、もう誰も……この国の人間を、その剣で殺させたりしない!!」
飛那ちゃんの叫んだその言葉は、一種の誓いだろうと思えた。
この国で過去に起きた、魔法剣と魔剣にまつわる凄惨な事件のことを、知る人は少ないけれど。
彼女と黒い剣の、因縁の戦いはまだ続いている。
「ああ……やっぱり、まだ足りないみたいだ……もう一度出直そうかな」
ネモが、ふらりと立ち上がって興ざめたように呟いた。
「馬鹿かお前、簡単に帰れると思うなよ」
「え? でもお姉さんは僕に帰って欲しいでしょ? それともここで死人が続出するまで戦い続ける? 僕はそれでもかまわないけど……」
「誰も殺させないって、言っただろ?」
ここで逃げられたら困る。でも、このまま戦われても困る。
どうしたらいい?
「姫様っ!!」
そう叫んで騎士隊の中から現れたのは余戸さんだった。
集まる騎士達が、飛那ちゃんの周りに盾のように立ちふさがった。
「ダメだ余戸! 私の前に出るな!」
「ご命令とあっても、そういう訳にはいきません!」
「そうだっ!」
余戸さんの言葉に同意した声が、ネモの背後から飛んだ。
少年の体がすっ、とひねって交わした斬撃が、地面に穴をうがった。
「……マキシム!」
「こいつがなんだか知らないが、やられっぱなしでいられるかよ!」
ネモは少し後退して、飛び出てきたマキシムさんの剣を連続で受け流した。
体格は大人と子供なのに、あしらわれているのは明らかにマキシムさんの方だった。
「マキシム! 下がれ!!」
飛那ちゃんの声と同時に、マキシムさんが横凪の剣閃を受けてはじき飛ばされるのが見えた。
騎士達の中に突っ込んでいって、何人かと一緒に転倒する。
「……?」
すぐに追撃するかと思ったネモは、何故かその場に立ち尽くしていた。
不思議そうに、自分の左腕を眺めてから、眉をひそめる。
その場所には、赤い液体がべったりとついていた。
血……? にしては、なんか変だ。ちょっとテカテカしたような赤色で。
「なんともないみたいだけど、気持ち悪いな……なにつけたの?」
視線の先、立ち上がるマキシムさんにそう、尋ねる。
セリフから、どうやら彼に何かされたらしいことが分かった。
「魔法士隊! 捕らえよ!!」
余戸さんの声で、ネモの足下から木の根のような触手が噴出した。
地属性の束縛呪。そこそこの魔法士達がいるらしい。
わずかに期待したものの、束縛の触手はネモにたどり着く前に全て刈り取られて地面に落ちた。
「……死にたい人達ばかりでおかしな国だね。でも、皆殺しはまたの機会にしておくよ」
そう言うなり、目の前にいるネモの気配が薄れた。
高く跳躍した体が、上空でゆらりと歪んだ気がして。私の盾を越えていくのが分かった。
「逃がすなー!!」
「追えーっ!!」
騎士達が一斉に飛んだ影を追いかけようと方向転換したことで、鎧がガチャガチャと鳴り響いた。
そんな音をかき消すくらいの大音量で、魔力を乗せた鋭い声が飛ぶ。
「追うな!!」
絶対的な、逆らうことを許さない、強さを持った一言。
騎士達の全員が、走りかけた足を止めた。
青い剣を携えたまま、険しい顔の飛那ちゃんが言った。
「誰も、追うな……死ぬぞ」
その言葉に動きを止めた騎士達の、ごくりとつばを飲み込んだ音が、聞こえた気がした。
魔法剣VS魔剣。なんとか更新。
西の大国組の出番はありませんでしたね。
次回は、混乱の復国祭が終わった直後の話を、主人公語りで。
くどいようですが、GW中、更新は遅めになります……




