表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
没落の王女  作者: 津南 優希
第三章 その先の未来へ
220/251

庭園での再会(後編)

 怒っている、とは言ったが、腹が立っているのは、あくまで自分自身にだ。

 そう補足しようと思ったところで、ふと彼女が困り顔なのに気が付いた。


 インターセプターの背中から段々ずり落ちてきている彼女の、同じ高さになった目線が、なんとなく泳いでいるように見える。

 どうやら、私が本気で怒っていると思っているようだ。


 ……これはもしかすると、牽制のチャンスではないだろうか。

 少しのいたずら心も沸いてきたので、私はそのまま誤解を解かないことにした。


「私は、君を助けたかったんだ。力になれることがあれば、手伝いたかった」


 わざと恨みがましい口調で伝えると、飛那姫は申し訳なさそうな小さい声で謝罪してきた。


「だ、だからあの時は……ああ言えばいいと思ったから、仕方なかったというか……嘘でも嫌なこと言って、悪かったって」

「謝罪はいらない。お互い様なのだろう?」

「うっ……そ、そうだよ。お互い様だっ」

「だが今後も同じようにされては困る。だから、ひとつ約束して欲しい」

「? 約束?」

「この先、何か困ったことがあれば、私には虚勢を張らず、助けが必要だと言ってくれないか」


 真剣に、そう伝えた。

 これは本心だ。


「え……あー、うん。分かった……」

「よく聞こえないな」

「っ分かったって言ったの! 次からそうするから、もういいだろっ!」

「ああ、分かってくれたんだな。少なくとも私には、助けて欲しいときには素直に助けを求められると、そういうことでいいのだな?」

「いいよ! くどい!」

「じゃあ、早速聞かせてもらおうかな」

「……ん?」

「今まさに、助けが必要なのだろう?」


 飛那姫は一瞬あっけにとられた後、苦虫を噛み潰したような顔になった。


「アレク……もしかして、怒ってる?」

「さっき言ったはずだが?」


 マジで怒ってるのかよ……と、唸った彼女に思わず吹き出しそうになったが、我慢だ。

 ここで言質(げんち)を取っておくことは、今後必要だと思えた。


「あの、アレク。これ、外して」

「その言い方は少し違うんじゃないか?」

「……」

「分かったと、言ったように聞こえたが……もしかしてまだ理解が不十分だったかな?」

「お前っ、なんか意地悪くないか?!」

「怒っているからね」

「~っ」


 こんなふざけたやり取りが出来るのが、楽しいと感じる。

 赤くなったり青くなったりした後、飛那姫はあきらめたようにうなだれた。


「た……けて」

「もうちょっと、聞こえるように言って欲しいな」

「……っ助けて! って言ったんだよ! バカ!」


 最後に余計な二文字がついていたが、私は大分満足した。

 白いロープに手を伸ばして、縄を解くようなイメージで光系魔法をかけると、ロープはパラリと緩んで消えていった。

 支えを失った体がずり落ちるのを両腕で受け止めて、抱え上げる。


「これからも、そういう風に言うといいよ」


 微笑んで視線を合わせたら、白い頬が真っ赤になった。

 彼女の言うとおり、私は意地が悪いのかもしれない。怒っているというのは嘘にしても、相当に気が晴れたことがその証拠だ。

 こんなにうろたえた彼女を見ることは珍しいので、今まで散々悩んでいた分、もう少しだけこの状態を眺めていたいという気分になる。


「……は、放せっ! 一人で立てる!!」


 彼女はすぐにジタバタして、ぴょんと飛び降りてしまったけれど。


「……服装は、それでいいのかい?」


 驚いたことに、彼女の装いは傭兵の時と変わらなかった。


「城下町に行くときはこれでいいんだっ! 大体、アレクに言われたくない!」

「そうしていると、王族だったと言うのが嘘のように感じられるな。ああ……そうだ。紗里真の再建おめでとう、飛那姫」

「……お前……なんか、やっぱりいつもよりイジワルいぞ?」


 他意はなかったのだが、そんなコメントが返ってきた。

 周囲にはよく品行方正だとか温和だとか言われているが、別に私は聖人ではないのだが。

 そんな私の背後で、コホンと咳払いが聞こえた。


「恐れながら……アレクシス様は大変にお優しい方ですが、たまに少々意地の悪い真似をなさる、とだけ申し上げておきます」


 おそらく、ずっと話しかけるタイミングを伺っていたのだろう。

 疲れた顔でそう言うと、イーラスは深々と頭を下げた。


「私は消えますので、どうぞごゆっくり。庭園の入口に控えておりますので、ご用があればお呼びください」


 カツ、カツ、と石畳を響かせて歩いていってしまったイーラスを、しばらく二人で無言のまま見送っていた。



-*-*-*-*-*-*-*-*-


「……庭園、随分と整っているな」


 ぽつりと、隣に立つアレクが言った。

 なんだか夢見心地でぼけっとしていた私は、それで我に返った。


「え? ……あ、ああ。私も整備は急がないでいいって言ったんだけど、兄様が城と同時進行で直すって聞かなくて……私が、ここ好きだったから」

「そうか、綺麗な庭園だったものな」


 懐かしそうに周りを眺めるアレクに、違和感を覚えた。


「……まるで、見たことがあるみたいだな?」

「見たことがあるんだよ、君がまだ小さい頃に」

「……え?」

「私も忘れていたんだ、ここへ来たことを……衝撃的だったんだよ、小さい頃の飛那姫……」

「え?!」

「はじめて会った時、君は足を滑らせて私の目の前に落ちてきたんだ。断片的な記憶だが、君のことは覚えている」


 そう言って、アレクは父王の視察について、子供の頃にこの国へ来た時のことを話してくれた。

 

「君はまだ小さかったから、覚えていないだろうけれどね」

「ほ、本当に覚えてないよ……え、私何歳だったんだろう……? 西の大国に関することで覚えてることなんて、もらったお菓子がおいしくてうれしかったくらいしか記憶にない」

「本当か? 国に帰ったらまた贈ろうか?」

「え? いいのか?」


 小さい頃から、甘くておいしいお菓子には目がない。

 傭兵をやっていると、びっくりするほどおいしい食材に出会えることもある。でも、一流の料理人が作る芸術的な料理とはまたちょっと違うのだ。

 お菓子なんかまさにそうで、小さい頃は良かったと思う一つに、おいしいスイーツがいつでも食べられた、というのがある。それでなくても甘いものはウェルカムだ。

 にこにこ笑顔になった私を見て、何かを思い出したようにアレクは言った。


「ただ……これは西の国の風習なんだが。女性にあらためてお菓子を贈ることは、相手に好意があると伝えるためにあるんだ。それでもかまわないだろうか?」

「何だそれ? 別に……」


 かまわないけど、と言おうとしてはたと我に返った。

 え? それって、公に知れると立場的にまずいんじゃないのか?


「……裏でこっそり送ってもらえれば、公にはならない、かな?」

「やはり公になると困るか?」


 少し落ち込んだように反問されて、あわてて首を横に振った。


「いや、私じゃなくてアレクが困るだろ?」

「私は別に困らない」


 ええっと……それはどういう意味だ?

 考えるのに、少し時間がかかった。


「飛那姫……まさか、忘れてしまったのか? 私はあれでも、一大決心の上に告白したつもりだったのだが」


 あ、やっぱりそういう意味で開き直るってこと?

 理解した瞬間に、心臓が変な音を立て始めた。

 ちょっと待て。何動揺してるんだ私……誰かに告白されるなんて、別に、珍しいことじゃないはずなのに。なんだか無性に恥ずかしい。


「……わ、忘れてない、けど」

「ああそうか、確か、聞かなかったことにすると言われたものな……」

「いや、だからそれは違うって……」


 しどろもどろに返すと、アレクは腕を伸ばして私の左手を取った。

 絡めた指先が顔の高さまで持ち上げられて、手首にしていた白銀のバングルが、月明かりに光る。


「……つけていて、くれたんだな」

「……あ……」


 うれしそうに細められた濃緑の瞳が、その手越しに見えた。

 あれから肌身離さずつけていたのがバレてしまったようで、もっと恥ずかしくなった。


「っ人からもらったものは粗末にしちゃいけないだろ?! あとデザイン! 好きだったから!」


 何もそこまで力いっぱい言い訳しなくても良かったと思う。余計に気まずくなった私とは逆に、アレクは楽しそうに笑った。


「そうか、気に入ってもらえて良かった。君の行動のおかげで、身分の違いに悩んだり、不本意な婚姻を結ばなくても良くなったからな。これはほんのお礼だよ」

「……そ、そっか? 良かったな」

「君に言われた『大嫌い』と、『関わるな』も嘘だと言うことで了解した」

「……うん?」

「つまり、私はもう、何も遠慮しなくてもいいということじゃないのか?」


 アレクが、綺麗な笑顔のままそう言った。

 握られたままの手が軽く引き寄せられて、指先に温かい息が触れた。


 あ……挨拶! 挨拶だよね?!


 すっかり狼狽した私が何かを言う前に、小さい噴水広場にあった街灯から、突然音楽が流れ出した。

 心臓が飛び出そうなほどびっくりして、思わず手を引っ込める。

 城内アナウンス担当のウグイス嬢の声が、スピーカーから響いてきた。


『……ゲストの皆様、本日のご来国、誠にありがとうございます。歓待式後の夜のお茶会は21時まで開催しておりますので、どうぞこの後もお立ち寄り下さい。既にお部屋にお戻りの皆様、後ほど、各お部屋に少しばかりのお飲み物を運ばせていただきますので、どうぞそのままお部屋でお待ち下さいますよう、お願い申し上げます。夜半にご用の際は、各階に控えております執事にお申し付けくださいますよう、重ねてお願い申し上げます……城内放送でした。ありがとうございました……』


 チャララーン、と放送終了のメロディが流れた。

 何故このタイミングで城内放送……?


「……兄様?」


 ふと思い当たって呟くと、私は肩を落とした。そうだ、間違いない。

 まさかどこかで監視でもしてるんだろうか……


「部屋でお待ち下さい、のところが強調されていたのは、気のせいかな……?」


 アレクがそう言ったけど、多分気のせいじゃないだろう。


「あのさ、アレク。悪いこと言わないからさ、生きてこの国を出たかったら、早々に部屋に戻った方がいいよ」

「……物騒なことを言うね」

「うん、私のことになると、たまに物騒になる人がいるんだよね、身内に」


 真面目に答えると、アレクは我慢出来なくなったように笑った。


「……分かったよ飛那姫、ひとまず仲直りだ」


 優しく伸ばされた手を見て、ほっとする。


 ああ、良かった。

 傭兵ではいられなくなったけれど、私達はまた、こうして会うことが出来る。

 すまきにされたものの、ちょっとだけ、美威に感謝してもいい気になった。


「うん、仲直り」


 私も笑うと、差し出されたその手をとった。

うーん……2話に分割するかどうか迷うほどの文字数になりました……

インターセプターは出番がありませんが、ちゃんといます。

くどいようですが、このお話はハイファンタジーで……恋愛ものじゃないです。多分。

話によって温度差がすごいのは、そういうものだと思ってご容赦くださいね。


次回は、復国祭当日……の直前話。

明日更新出来なかったら、明後日になります!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ