庭園での再会(後編)
怒っている、とは言ったが、腹が立っているのは、あくまで自分自身にだ。
そう補足しようと思ったところで、ふと彼女が困り顔なのに気が付いた。
インターセプターの背中から段々ずり落ちてきている彼女の、同じ高さになった目線が、なんとなく泳いでいるように見える。
どうやら、私が本気で怒っていると思っているようだ。
……これはもしかすると、牽制のチャンスではないだろうか。
少しのいたずら心も沸いてきたので、私はそのまま誤解を解かないことにした。
「私は、君を助けたかったんだ。力になれることがあれば、手伝いたかった」
わざと恨みがましい口調で伝えると、飛那姫は申し訳なさそうな小さい声で謝罪してきた。
「だ、だからあの時は……ああ言えばいいと思ったから、仕方なかったというか……嘘でも嫌なこと言って、悪かったって」
「謝罪はいらない。お互い様なのだろう?」
「うっ……そ、そうだよ。お互い様だっ」
「だが今後も同じようにされては困る。だから、ひとつ約束して欲しい」
「? 約束?」
「この先、何か困ったことがあれば、私には虚勢を張らず、助けが必要だと言ってくれないか」
真剣に、そう伝えた。
これは本心だ。
「え……あー、うん。分かった……」
「よく聞こえないな」
「っ分かったって言ったの! 次からそうするから、もういいだろっ!」
「ああ、分かってくれたんだな。少なくとも私には、助けて欲しいときには素直に助けを求められると、そういうことでいいのだな?」
「いいよ! くどい!」
「じゃあ、早速聞かせてもらおうかな」
「……ん?」
「今まさに、助けが必要なのだろう?」
飛那姫は一瞬あっけにとられた後、苦虫を噛み潰したような顔になった。
「アレク……もしかして、怒ってる?」
「さっき言ったはずだが?」
マジで怒ってるのかよ……と、唸った彼女に思わず吹き出しそうになったが、我慢だ。
ここで言質を取っておくことは、今後必要だと思えた。
「あの、アレク。これ、外して」
「その言い方は少し違うんじゃないか?」
「……」
「分かったと、言ったように聞こえたが……もしかしてまだ理解が不十分だったかな?」
「お前っ、なんか意地悪くないか?!」
「怒っているからね」
「~っ」
こんなふざけたやり取りが出来るのが、楽しいと感じる。
赤くなったり青くなったりした後、飛那姫はあきらめたようにうなだれた。
「た……けて」
「もうちょっと、聞こえるように言って欲しいな」
「……っ助けて! って言ったんだよ! バカ!」
最後に余計な二文字がついていたが、私は大分満足した。
白いロープに手を伸ばして、縄を解くようなイメージで光系魔法をかけると、ロープはパラリと緩んで消えていった。
支えを失った体がずり落ちるのを両腕で受け止めて、抱え上げる。
「これからも、そういう風に言うといいよ」
微笑んで視線を合わせたら、白い頬が真っ赤になった。
彼女の言うとおり、私は意地が悪いのかもしれない。怒っているというのは嘘にしても、相当に気が晴れたことがその証拠だ。
こんなにうろたえた彼女を見ることは珍しいので、今まで散々悩んでいた分、もう少しだけこの状態を眺めていたいという気分になる。
「……は、放せっ! 一人で立てる!!」
彼女はすぐにジタバタして、ぴょんと飛び降りてしまったけれど。
「……服装は、それでいいのかい?」
驚いたことに、彼女の装いは傭兵の時と変わらなかった。
「城下町に行くときはこれでいいんだっ! 大体、アレクに言われたくない!」
「そうしていると、王族だったと言うのが嘘のように感じられるな。ああ……そうだ。紗里真の再建おめでとう、飛那姫」
「……お前……なんか、やっぱりいつもよりイジワルいぞ?」
他意はなかったのだが、そんなコメントが返ってきた。
周囲にはよく品行方正だとか温和だとか言われているが、別に私は聖人ではないのだが。
そんな私の背後で、コホンと咳払いが聞こえた。
「恐れながら……アレクシス様は大変にお優しい方ですが、たまに少々意地の悪い真似をなさる、とだけ申し上げておきます」
おそらく、ずっと話しかけるタイミングを伺っていたのだろう。
疲れた顔でそう言うと、イーラスは深々と頭を下げた。
「私は消えますので、どうぞごゆっくり。庭園の入口に控えておりますので、ご用があればお呼びください」
カツ、カツ、と石畳を響かせて歩いていってしまったイーラスを、しばらく二人で無言のまま見送っていた。
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「……庭園、随分と整っているな」
ぽつりと、隣に立つアレクが言った。
なんだか夢見心地でぼけっとしていた私は、それで我に返った。
「え? ……あ、ああ。私も整備は急がないでいいって言ったんだけど、兄様が城と同時進行で直すって聞かなくて……私が、ここ好きだったから」
「そうか、綺麗な庭園だったものな」
懐かしそうに周りを眺めるアレクに、違和感を覚えた。
「……まるで、見たことがあるみたいだな?」
「見たことがあるんだよ、君がまだ小さい頃に」
「……え?」
「私も忘れていたんだ、ここへ来たことを……衝撃的だったんだよ、小さい頃の飛那姫……」
「え?!」
「はじめて会った時、君は足を滑らせて私の目の前に落ちてきたんだ。断片的な記憶だが、君のことは覚えている」
そう言って、アレクは父王の視察について、子供の頃にこの国へ来た時のことを話してくれた。
「君はまだ小さかったから、覚えていないだろうけれどね」
「ほ、本当に覚えてないよ……え、私何歳だったんだろう……? 西の大国に関することで覚えてることなんて、もらったお菓子がおいしくてうれしかったくらいしか記憶にない」
「本当か? 国に帰ったらまた贈ろうか?」
「え? いいのか?」
小さい頃から、甘くておいしいお菓子には目がない。
傭兵をやっていると、びっくりするほどおいしい食材に出会えることもある。でも、一流の料理人が作る芸術的な料理とはまたちょっと違うのだ。
お菓子なんかまさにそうで、小さい頃は良かったと思う一つに、おいしいスイーツがいつでも食べられた、というのがある。それでなくても甘いものはウェルカムだ。
にこにこ笑顔になった私を見て、何かを思い出したようにアレクは言った。
「ただ……これは西の国の風習なんだが。女性にあらためてお菓子を贈ることは、相手に好意があると伝えるためにあるんだ。それでもかまわないだろうか?」
「何だそれ? 別に……」
かまわないけど、と言おうとしてはたと我に返った。
え? それって、公に知れると立場的にまずいんじゃないのか?
「……裏でこっそり送ってもらえれば、公にはならない、かな?」
「やはり公になると困るか?」
少し落ち込んだように反問されて、あわてて首を横に振った。
「いや、私じゃなくてアレクが困るだろ?」
「私は別に困らない」
ええっと……それはどういう意味だ?
考えるのに、少し時間がかかった。
「飛那姫……まさか、忘れてしまったのか? 私はあれでも、一大決心の上に告白したつもりだったのだが」
あ、やっぱりそういう意味で開き直るってこと?
理解した瞬間に、心臓が変な音を立て始めた。
ちょっと待て。何動揺してるんだ私……誰かに告白されるなんて、別に、珍しいことじゃないはずなのに。なんだか無性に恥ずかしい。
「……わ、忘れてない、けど」
「ああそうか、確か、聞かなかったことにすると言われたものな……」
「いや、だからそれは違うって……」
しどろもどろに返すと、アレクは腕を伸ばして私の左手を取った。
絡めた指先が顔の高さまで持ち上げられて、手首にしていた白銀のバングルが、月明かりに光る。
「……つけていて、くれたんだな」
「……あ……」
うれしそうに細められた濃緑の瞳が、その手越しに見えた。
あれから肌身離さずつけていたのがバレてしまったようで、もっと恥ずかしくなった。
「っ人からもらったものは粗末にしちゃいけないだろ?! あとデザイン! 好きだったから!」
何もそこまで力いっぱい言い訳しなくても良かったと思う。余計に気まずくなった私とは逆に、アレクは楽しそうに笑った。
「そうか、気に入ってもらえて良かった。君の行動のおかげで、身分の違いに悩んだり、不本意な婚姻を結ばなくても良くなったからな。これはほんのお礼だよ」
「……そ、そっか? 良かったな」
「君に言われた『大嫌い』と、『関わるな』も嘘だと言うことで了解した」
「……うん?」
「つまり、私はもう、何も遠慮しなくてもいいということじゃないのか?」
アレクが、綺麗な笑顔のままそう言った。
握られたままの手が軽く引き寄せられて、指先に温かい息が触れた。
あ……挨拶! 挨拶だよね?!
すっかり狼狽した私が何かを言う前に、小さい噴水広場にあった街灯から、突然音楽が流れ出した。
心臓が飛び出そうなほどびっくりして、思わず手を引っ込める。
城内アナウンス担当のウグイス嬢の声が、スピーカーから響いてきた。
『……ゲストの皆様、本日のご来国、誠にありがとうございます。歓待式後の夜のお茶会は21時まで開催しておりますので、どうぞこの後もお立ち寄り下さい。既にお部屋にお戻りの皆様、後ほど、各お部屋に少しばかりのお飲み物を運ばせていただきますので、どうぞそのままお部屋でお待ち下さいますよう、お願い申し上げます。夜半にご用の際は、各階に控えております執事にお申し付けくださいますよう、重ねてお願い申し上げます……城内放送でした。ありがとうございました……』
チャララーン、と放送終了のメロディが流れた。
何故このタイミングで城内放送……?
「……兄様?」
ふと思い当たって呟くと、私は肩を落とした。そうだ、間違いない。
まさかどこかで監視でもしてるんだろうか……
「部屋でお待ち下さい、のところが強調されていたのは、気のせいかな……?」
アレクがそう言ったけど、多分気のせいじゃないだろう。
「あのさ、アレク。悪いこと言わないからさ、生きてこの国を出たかったら、早々に部屋に戻った方がいいよ」
「……物騒なことを言うね」
「うん、私のことになると、たまに物騒になる人がいるんだよね、身内に」
真面目に答えると、アレクは我慢出来なくなったように笑った。
「……分かったよ飛那姫、ひとまず仲直りだ」
優しく伸ばされた手を見て、ほっとする。
ああ、良かった。
傭兵ではいられなくなったけれど、私達はまた、こうして会うことが出来る。
すまきにされたものの、ちょっとだけ、美威に感謝してもいい気になった。
「うん、仲直り」
私も笑うと、差し出されたその手をとった。
うーん……2話に分割するかどうか迷うほどの文字数になりました……
インターセプターは出番がありませんが、ちゃんといます。
くどいようですが、このお話はハイファンタジーで……恋愛ものじゃないです。多分。
話によって温度差がすごいのは、そういうものだと思ってご容赦くださいね。
次回は、復国祭当日……の直前話。
明日更新出来なかったら、明後日になります!




