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没落の王女  作者: 津南 優希
第三章 その先の未来へ
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失われた国が蘇る日

 飛那姫と最後に別れてから3ヶ月以上が経った。

 季節は冬から春になって、この西の国も、1年で一番気持ちの良い季節を迎えている。


(とうとう、正式に世に知れるか……)


 玉座に座った父王は、東の大国から届いた書状を手に、あごを撫でていた。

 紗里真は今日、復国するのだ。

 私は複雑な気持ちでそれを眺めていた。


 この短期間で、大国を再建するなどという大事業を成し遂げた彼女に、せめて「よく頑張ったな」と声をかけてやりたい。ふと、そんな気持ちになる。

 そんな小さな願いすらも、もう叶わないのだろうけれど。


「東の大国の復活は、我が国にとっても喜ばしい。修喜王が生きていたのならなお良かったが……武力の王でないという点がどう出るかは、先を見なければ分からぬだろうな」


 書面を見た父上が、この先を思案するようにそう言った。


「武力に関して、先代に劣ることはないと思いますよ」


 私は、思わずそう進言した。

 女王ということで武力がないと想定するのだろうが、そんなことはない。

 飛那姫の強さは、私がよく知っている。彼女ならば、立派な武力の王になれるだろう。


「何を言ってるのだ、アレクシス? 私は新しい王になった彼の幼少期を知っている。武芸よりも学問に秀でた人物だったはずだ」

「えっ?」


 耳を疑った。

 彼? 紗里真の新しい王は……男?


「新しい王には、王女がなったのではないのですか?」

「何だアレクシス、どこにそんなことが書いてあるのだ?」


 いぶかしそうな顔の父上から、書状を手渡される。頭から読んでみたが、確かに新しい王の名前には「蒼嵐」とあった。


 飛那姫は確か、兄がいると言っていた。

 継承権の証である神楽を、王子である兄に譲ったのだろうか。


「何か勘違いではないのか? どこからそんな話を仕入れてきたのだ」

「……いえ、そうですね。勘違いでした……」


 不思議そうに私の顔を眺めた後、父上は続けた。


「5月には復国祭があるそうだ。私が直接赴くかとも考えたのだが……アレクシス、お前どうだ? 東に行ってみたくはないか?」

「私が、ですか……?」

「無理ならばヒートウィッグに行かせても良いが、どうする?」


 混乱して停止しそうな思考を、無理に動かして考える。この動揺は、現状が想像していたものとずれているからだけではない。

 何故、王が飛那姫ではないのか……まさか、彼女に何かあったのだろうか。

 紗里真に行けば、分かるかもしれない。彼女ともう一度、顔を合わせることが出来るかもしれない。


 しかし。


「少し、考えさせて下さい……」


 私の口から絞り出せた言葉は、それだけだった。


「そうか。復国祭には最低3日間の滞在期間がいるだろう。2週間程度の旅程も必要になる。予定の調整が取れるのなら、お前達の誰かに頼もうと思う」

「承知、しました……」


 書状を握る手に、知れず力がこもった。



-*-*-*-*-*-*-*-*-*-


 当時2階だった私の部屋は、庭園を見渡せる3階に移った。


 大国の王女にふさわしい調度品は、兄様が用意してくれたものだ。

 私の趣味を外れたものは、一つもない。椅子にしてもキャビネットにしても、明るい基調で気品があるものばかりだ。

 浮き彫りや挽き物加工など凝った意匠の作品を、よくこの短期間で集めたものだと思う。

 これが素直に感心するところなのか、呆れるところなのかは、判断に難しいけどな……


 大きな鏡台の前で侍女が二人、私の髪を結い上げている。

 髪の毛なんて適当にしばっておけばいいのに、とか言わずにいられるだけの忍耐が、私にも身についたらしい。


 城の中ではすっかり「姫様」呼ばわりだ。私が好むと好まざるとに関わらず、昔の暮らしに戻りつつある。

 でもこの城の中に、父様や母様はもういない。令蘭も、先生も、3人の大臣も。

 慣れた人の少ないせいか、傭兵暮らしが長かったせいか、まるで人の家のように感じてしまうのは、仕方ないことなんだろう。


 美威は城にほど近い場所に家を借りた。

 遊びに行こうと思えばすぐに行ける距離なので、ヒマを見つけてはちょこちょこ出入りしている。

 王になっていたらこうはいかなかっただろう。今のところ、なんとか顔を合わせることは出来る。

 一緒に世界を見に行くことはもう出来なくなってしまったけれど、会えばいつでも傭兵の私に戻れるようで、兄様には感謝してもしきれない。


 でも美威はそろそろ、レブラスのところに送り出してやらなくちゃいけないだろうな。

 いつまでも自分だけの拠り所(もの)として、側にいて欲しいなんて、言えない。

 あきらめとともに、そこから目をそらしたくなる自分がいた。


 ふと、窓の外に目を向けた。鳥待ち月の空には、雲一つ浮かんでいない。

 今日は紗里真の復国を祝う、記念すべき一日だ。

 この澄清(ちょうせい)が、新生紗里真の行く末を顕すものであってほしいと、願わずにはいられない。


 今頃は、北、南、西の3大国に『紗里真復国』の正式な報せが届いていることだろう。

 アレクは、もう書状を見ただろうか。


「王になる」なんて宣言して決別してきたのに……紗里真の王が私でないことを知って、どう思っただろうか。

 あいつにはやっぱり無理だったか、とか呆れられてるかもな。

 思わず自嘲気味にふふ、と笑ってしまった。


「姫様、どうかなさいましたか?」


 侍女の言葉に、自分が一人でなかったことを思い出す。

 少し気まずくなって、真面目な顔を作った。


「いえ、なんでもありません」


 そんな間に、編み上げた頭のてっぺんにティアラが乗せられて、ピンで固定されていく。


御髪(おぐし)が整いました。衣装の仕上げをいたしますので、どうぞこちらへ」


 大きな鏡の前で、用意された衣装の最終仕上げがなされる。今日は王女としてみんなの前に立つことになるので、完全な王族の正装だ。

 フリルとレースをふんだんにあしらった、プリンセスラインのロングトレーンドレス。

 花びらを思わせるボリューム満点のトレーンは薄紅色。

 綺麗だとは思うけど、重たいし、動きにくいし、正直ちょっと憂鬱だ。


「姫様、お綺麗ですわ」

「本当に素敵ですわ」


 肩から後ろに流す軽いローブを留めながら、侍女達がため息をもらす。


 久々にここまで飾り立てられた気がする。これで歩くのか……

 しかし、と鏡の中の自分を見て思う。

 成長したんだなあ、私。

 こうやっておとなしく着飾ってる今の姿を令蘭が見たら……泣くかな。

 子供の頃に大好きだった、侍女の姿を思い出したら、なんだか自分が泣きたくなってきた。


 部屋の扉がノックされる。護衛兵と侍女が言葉を交わすと、笑顔の兄様が入ってきた。


「飛那姫、時間には早いけれど迎えに来たよ。みんな待っていることだし、行こうか」


 私を見てほわわ~ん、とした表情になってしまった兄様を、少し呆れた目で眺める。

 そんな顔をしていたら、国王として(あつら)えた、せっかくのゴージャスな衣装が台無しだ。

 そもそも兄様には、重厚感というか、いわゆる威厳が圧倒的に足りない。

 これだけすごい人なのに何でなんだろう……不思議すぎる。


 せめて人前では、もうちょっと取り繕ろうように言ってやらないとな……

 侍女達ももう分かっているのか、クスクス笑われているし。


 城門前広場が見渡せる2階のバルコニーが、今日の復国宣言の舞台だ。

 いつもは会議室になっているここも、会議卓が片付けられて控え室のようになっている。

 

「あー、あー。あ、まだスイッチ入れないでね」


 手に細く長い筒状の魔道具を持った兄様が、横でスタンバイしている侍従達に指示を出している。

 防災や緊急連絡のために城下町中に設置された、声を届ける魔道具。今日は最終テストを兼ねて、紗里真復活の宣言に使うらしい。

 兄様が新しく開発した魔道具でどんどん便利になっていく城下町を見ていると、この先の紗里真が、どの大国よりもハイテクになっていくだろうことは容易に予想出来た。


 バルコニーの向こうには、たくさんの騎士。

 それに、城門向こうには民が押し寄せているのが見えた。

 それを見ても兄様に、緊張感はない。

 人前に出ても特に何も感じないのは、私達兄妹共通の特徴なのかもしれない。


「さて、時間だよ飛那姫」

「はい」


 差し出された手を取って、笑顔で応える。

 私は王にはならなかったけど……紗里真は空白の10年を経て、今日復活する。

 これで、大きな戦争がなくなるんだ。

 アレクの国でも、ルドゥーテの国でも、誰も殺し合わずにすむ。


 穏やかな兄様の横顔を見上げる。

 この人が私の兄様で良かったと、心から思う。

 これからは兄様を支えて、この国のために生きていこう。


「飛那姫、二人で紗里真を蘇らせよう。次こそ、永く……いい国にしようね」

「はい、兄様」


 抜けるような青空の下。

 割れんがばかりの歓声が、私達を迎えた。

「復国」は限りなく造語に近いアレですね。

良いのです、造語だらけ猫毛だらけ灰だらけで。

あ、「鳥待ち月」は造語ではありません。


最近描写を削るのに疲れてきたのか、文章がくどくなりがちです。読みにくかったらすみません。

読者の皆さんは、どのような文体がお好きですか?

ほどほどにくどいのが、私の文体(小説)の着地点な気がしてきています。

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