僕の存在意義
「兄様、私今日は東塔の点検に行ってきます。大工を5人ほどお借りしますね」
世界一美人な僕の妹が、そう言って廊下を去って行く。
妹が西の国から帰ってきて、2週間程が経過した。
まだ城に居住を移すまでには至らないけれど、民の協力もあって、城内部の内装は整ってきている。
妹も毎日、そこまで手を出さなくても……と思うほど意欲的に働いていた。
紗里真の再建に向けて、全ては順調に流れているように見えた。
「う~ん……」
妹の後ろ姿を見送って、僕は一人唸る。
西の国から帰ってきた妹は、どうにもカラ元気な気がしてならない。
それはあの肌身離さず付けている白銀のバングルに原因がないだろうか。
これは兄の勘だ。
あれは怪しい。
一体誰からもらったものなのか……
そうだ、美威さんならきっと知っているに違いない。
「バングルですか? 飛那ちゃんの大事な人から贈られたものですよ」
蔵書整理中の美威さんは、本から目を上げずにそう答えた。
「大事な人って……漠然としてるから、もうちょっと具体的に教えてもらえると、うれしいんだけれど?」
少しうろたえた僕の声を気に留めるでもなく、本から目を離さない美威さんの指が次のページをめくる。
「具体的にって、何を知りたいんですか?」
「ひとまずは性別、年齢、身分、出身地、現住所、氏名、職業、職歴、学歴、家族・親族・交友関係、趣味嗜好、素行くらいでいいんだけれど」
「私は身辺調査員じゃないですよ……」
本から面を上げた美威さんは、残念なものを見るような目で僕を見上げた。
「察してあげてくださいよ。飛那ちゃん、王様になるためにあのバングルをもらった人と、泣く泣くお別れしてきたんですよ」
「泣く泣く?!」
「身分の高い人ではあるんですけどね。飛那ちゃんが王様になっちゃったら、結局はもう、会うことも出来ないからって」
「そ、それはもしかして恋人とかそういう……」
「察してあげてください」
「……」
なんてことだ。嫌な予感が当たった。
でもまさか、泣く泣く別れてきたとは思ってなかった。
大丈夫なんだろうか、飛那姫……
「誰からもらったかは、飛那ちゃんに直接聞いて下さい。飛那ちゃんが教えるのなら、私からもどういう感じの人なのか、客観的に答えることは出来ます」
さすが妹の親友。
切り返しに隙がないというか、有無を言わせないというか……
美威さんからすると、僕は王族でなく、あくまで親友の兄という立場らしい。
「分かったよ。どうもありがとう」
とりあえず一旦引き下がると、とぼとぼと蔵書室を出た。
「蒼嵐さんが、王様になればいいのに……」
ぽそっと、後ろからそんな呟きが聞こえてきた。
「美威さん、どういうこと?! 僕が王になれば何がいいんだい?!」
「察してください」
振り向いた僕に、冷たい声でそう言うと、美威さんはまた本に目を落とした。
ど、どういうことだ??
飛那姫の大事な人……思い当たる節はある。
そう、遠見の本で見たときに、親しそうにしていた剣士風の長身の男。
あれが一番怪しい。
あの男が、仮に飛那姫の恋人だったとしよう。
泣く泣く別れた? 飛那姫が王になった後に、伴侶として迎えることが出来ない低い身分ってことかな? 美威さんは身分の高い人って言っていたけれど……それはどの程度を指すんだろうか。
遠見の本で見たときの、嬉しそうな妹の笑顔が思い出される。
余戸の言っていた、「好意のある相手」の言葉も、今なら納得がいく。
そうか、別れてきたのか……
素直に「良し!」とは思えなかった。
最近の妹が弱っている原因を知って、一番ショックなのは僕だ。
もしかすると、飛那姫は王になりたくなかったのかな?
王にならなければ、恋人と一緒にいられた、とかなのか……?
(……僕、恨まれたりしてないよね?)
神楽の有無からすれば、王位継承権は飛那姫にある。
今まで死んだと思われていた紗里真の王族が生きていたことを知らしめる為にも、神楽の存在は不可欠だ。
だから自然、王には飛那姫がなるのが良いだろうと思った。
でも、飛那姫自身がそれを望んでいなかったとしたら?
大国再建の提案があったことで、王になりたいんだろうな、と思い込んでしまったけれど……僕はちゃんと意思確認を出来ていただろうか。
飛那姫が王になれば、他国にお嫁に行ってしまうなんてこともなくなる。
僕はずっと妹の側で、政治を助けていける。
そのことに舞い上がっていて、見えていないことがあったなんて。
「なんてことだ……」
妹の意思は改めて確認するとしても、これは早急に別の選択肢を用意してやらなければいけない案件じゃないだろうか。
「ねえ、衣緒」
僕は後ろをついてくる衣緒に、どんよりした声をかけた。
「はい、蒼嵐様」
「飛那姫が王にならないことを望んでいるとしたら、どうしたらいいと思う?」
「……姫様が、王を望まれない、ですか?」
「うん。その場合、紗里真再建は白紙撤回……って訳にはいかないよね。三竦みの件があるから」
「それはもちろんそうですが……」
「はあ……飛那姫、戦争を起こしたくないから、無理して紗里真の王になろうってことだったのかなぁ」
「では、蒼嵐様が王になれば丸く収まるのでは?」
「え? 僕?」
「はい」
「……」
そういう手もあるか。
でもそれって、僕がすごく大変に……いや、そもそも政治は僕が全部動かす予定だったし、遡れば僕の役割なんだったか。
生前の父様と、王位についての話をしていたことを思い出す。
いずれ王位は僕に譲って、神楽の継承による王位決定は撤廃しようと話していたことを。
父様は、飛那姫は心根の部分はともかくとして、自由すぎる性格が王に向かないと言っていた。
(確かに……)
大国に神楽があることが分かれば、復国には問題ないかな……一度周囲を納得させてしまえば、後はなんとでもなるかもしれない。
どこかで、神楽の存在をアピールするような場を作って。
飛那姫が本当に望むようにしてやれたら……
「飛那姫の、望むように……」
それは、あれかな?
飛那姫をお嫁に送り出すようなことに、直結したりしないかな?
(それだけは嫌だ……!)
「蒼嵐様?」
「べ、別に選択肢を用意しつつ、飛那姫の意思確認をしつつ、もうちょっと考えてみようかな」
「そうですね」
それがよろしいかと思います。と、衣緒がさわやかな笑顔で答えた。
こうして僕は、「妹を王にする」計画と、「妹を王女に戻す」計画の二つを並行して進めることになったのだった。
宝物庫で新しく認証システムのテストをしているとき、意思確認のチャンスはやってきた。
妹が、どうしてこの作業を急ぐ必要があったのか、と聞いてきたのだ。
「そうだね、僕も飛那姫が西から帰ってきた時は、ゆっくり変えていこうと思っていたんだけれど……」
「じゃあどうして……」
「うーん、理由は複数あるんだけれど、大きいものではこれかな」
思い切って、白銀のバングルについて聞いてみた。
「え?! 兄様、どうして……? アレクのこと、美威から聞きました?」
妹の頬が赤らんで狼狽するのを見たら、全部分かった気がした。
分かりたくなかった……
悪い虫が寄ってくるのなら全力で排除するところだけれど、妹が望んで手を伸ばすのなら、阻止できるはずもない。
それが、僕にとって望ましくない結果につながったとしても。
僕は兄として、妹の幸せを最優先しなくてはいけない。
決めた。王には僕がなろう。
それで三竦みは成り立つし、飛那姫も自由にしてやれる。
胃は痛いけれど……
次の日、蔵書室で美威さんと会った僕は、西の大国の王太子の話を聞いた。
西のプロントウィーグルの第一王子……何か嫌なことを思い出しそうな響きだ。
身分が低いのかと思っていたら、まさかそこまで身分の高い人間だったとは。
それが、飛那姫の想い人か……
「美威さん、僕間違ってないよね? 飛那姫、幸せになれるよね?」
「少なくとも蒼嵐さんはいい仕事したと思います。後は飛那ちゃん次第じゃないですか?」
美威さんは本から顔を上げて、満足そうにそう言った。
「そうか……正直、可愛い妹を誰かに託すことになるかもしれないとか、考えただけでも僕の人生においてこれ以上無い最悪の事態なんだけれど、覚悟を決めたよ」
「ええ、ちょっと意外でした。蒼嵐さんなら、どんな手段を使っても飛那ちゃんを手元に置いておくだろうと思ってたので」
「僕が海より深く飛那姫を愛しているのは事実だけれど、なにか誤解しているみたいだね。僕の存在意義はね、妹の望みを叶えることにあるんだ。それが美味しいお菓子を食べたいというものでも、滅びた国の再建であっても、どんなに不本意なことでも……飛那姫の望みは、僕が全て叶えるよ」
そう言った僕を目を丸くしたまま見ていた美威さんは、手にしていた本をパタンと閉じた。
何とも言えない表情になって、小さくため息をつく。
「蒼嵐さんを見ていると……天は与える者には二物も三物も与えるけれど、やっぱり完璧な人間はいないんだなあって、しみじみ思います」
「哲学……かな?」
「いえ、事実です」
妹の親友は、いい笑顔でそう答えた。
近頃、蒼嵐の出番が多いですね。
一見普通の人に見えて中身が規格外なのは、妹と同様です。
次回は、紗里真復国。




