2日早いパーティー
大分長い時間を、師匠の墓の前で過ごしていた気がする。
吐き出すだけ吐き出したら、少しだけすっきりした。
もう弱音は吐かないし、泣かない。泣いたって何にもならないから。
「よっしゃ。頑張ろう……!」
ポーズだったとしても、最後まで通せばそれが真実だ。
そう思いながら、東岩の魔道具屋に帰宅した。
扉を開ける前から、良い匂いが漂っているのは分かっていた。
大好きな杏里さんの料理の匂い。夕飯には、まだ少し早い気がするけれど。
「……ただいま」
ぎこちなくそう呟いて、カランカランと鳴る扉を引き開ける。
中央に花の飾られたテーブル。その上に色んな料理が並んでいるのが目に付いた。
杏里さんと美威が楽しそうに話しながら、温かいお皿を運んでくる。
「飛那姫、おかえり」
私を見つけた杏里さんが、愛おしむような眼差しで、そう声をかけてくれた。
「ただいま、杏里さん……久しぶり。すごいごちそうだね」
「そうだよ、ちょっと時間がなくて品数は十分じゃないけどね。いっぱい食べていってよ。みんなでお祝いしよう」
「お祝い? なんかいいことあったの?」
そう尋ねたら、杏里さんの背中から「うにゃあ」と、猫みたいな声が聞こえてきた。
なんだ??
「よしよし……そろそろおんぶに飽きたかしらね。飛那姫、私もう一品持ってくるから、この子見ておいて」
目を丸くしている私の腕の中に、ぽん、と小さい赤ん坊が投げ込まれた。
「え……? えっ?!」
「首座ってるから、普通に抱いてて大丈夫だよ」
もう4ヶ月になるからね、と言って杏里さんは忙しくキッチンに引っ込んでいってしまった。
呆然としたまま、腕の中の赤ん坊を見下ろす。
そうだよな……あれから大分時間が経って……
忘れていたわけじゃないけど、そりゃもう生まれてるよな。
「飛那ちゃん、おかえり。ね、可愛いよねその子。名前、鈴ちゃんだって」
「美威……赤ん坊の服とか、お土産もっと持ってくるんだった……」
「出産祝い、うっかりしてたわね。杏里さんに欲しいもの聞いてみたら?」
「ああ……」
抱え込んだ柔らかい赤ん坊と、目が合った。
「……りん?」
「……あーあ」
きょとんとして私を見上げる目が、ふわっとした形を作った。
杏里さんによく似た黒目に黒髪。ふわふわでもちもち……
ずぎゅんときた。
やばい。超絶に可愛い。
「可愛いっ! 鈴、お姉ちゃんが着る服全部買ってあげるぞ!!」
「飛那ちゃん、国費は私用で使わないって言ってなかった……?」
横から美威が呆れた目になる。
いや、それはそうなんだけど。私もう傭兵として働けないしな。
出産祝い、どこから出そう……
「蒼嵐さんみたいにならないでねー」
苦笑する美威の後ろに、見知った笑顔が現れたのはその時だった。
「僕みたいに、なんだって?」
「きゃーっ!」
美威の悲鳴が魔道具屋の中に響き渡った。
戸口に立っていたのは、他ならぬ噂の主、兄様だった。
行き先は伝えてきたけど、どうしてこんなところに??
鈴がちょっとぐずぐず言い出したので、慌てて揺らしながらポンポンしてやる。
「美威、鈴がびっくりするだろっ、うるさいぞ」
「だ、だって、蒼嵐さんが……え? なんでここにいるんですか?! しかもそんな正装で……めちゃ浮きますよ?!」
「弦洛先生に連絡もらったんだ。飛那姫の誕生日パーティーと聞いたら、僕が参加しないわけにもいかないと思ってね。間に合って良かった」
(えっ?)
奥から戻ってきた杏里さんが、兄様を見て微笑むと会釈する。
そうか、私のいないところで色々頼んでたから、兄様ももう顔見知りなのか……
いや、それよりちょっと待て。誕生日パーティーってなんのことだ?
「ただいまー!」
カランカラン! と派手な音を立てて、風托と弦洛先生が入ってくる。
「料理も役者も揃ったみたいだね。夕飯には少し早いけど、始めようか」
そう言った杏里さんの顔を、穴の開くほど見つめている自分がいた。
聞いてない。誕生日パーティーだなんて。
「……2日早いけどね。明日の朝には帰っちゃうんだろう?」
「き、聞いてないよ……パーティーの話なんて……」
「言ってないからね」
「こういうの、苦手なんだけど……」
「あの時も、2日早いお祝いだったね」
そう言った杏里さんの目が、一瞬遠いところを見て悲しげに揺れた気がした。
それはきっと、8年前のことを言っているのだと思った。
過去の私がこの場所を捨てて、一人出て行ったことを思い出しているのに違いなくて。
ズキリと、胸が痛む。
でも、杏里さんはすぐに優しい笑顔になった。
そして。
「生きていてくれて、ありがとう飛那姫」
穏やかな声で私に言った。
「杏里さん……」
あの日から、苦しいことも、悲しいこともたくさんあったけれど。
こみ上げてくる想いは、それを知っているからこそ、真逆のものだって分かる。
今ここにこうしている奇跡を、どうやったら言葉にすることが出来るんだろう。
泣かないって、さっき決めたばかりなのに。
こんなの反則だ。
ぺたり、と頬に小さくて温かい感触が触れた。
「あうー」
熱くなってきた目頭を落として、屈託のない笑顔と視線を交わす。
こうやって、大切なものがまた増えていくんだな。
「飛那姫」
兄様が、私の背中を優しく押した。
「飛那姫姉ちゃん、ここに座るんだよ!」
風托が、一番角の椅子を引いてくれる。
「飛那ちゃん、せっかくのお料理、冷めないうちにいただかないと失礼よ」
美威が、そう言って笑う。
どうしてなんだろう。
こんな風に、失えない幸せほど、簡単に消えてしまいそうな気がするのは。
でも、それでも、今はあの日の自分に言ってやりたい。
生きていれば、辛かったことが全部吹き飛ぶくらい、うれしいこともあるんだよ、って。
「うん……ありがとう」
やっとのことでそれだけ言って、私は泣きそうな笑顔のまま席に着いた。
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背後で閉まった魔道具屋の扉の音に、小さくため息をもらした。
今日は朝からずっと外にいて、慣れない戦闘までして激しく体が疲れている。
パーティーの間、なんとか顔には出さずにいられたようで良かった。
店の裏に駐まっているのは僕の改良馬車、韋駄天1号だ。
作っておいて良かった。これがなかったら、一日で西渡との往復は難しかったろう。
この韋駄天は厳密に言えば馬車ではないので、馬は必要としない。
手綱の代わりに、車輪を動かす制御装置を付けてある。
御者になる魔法士2名の魔力で、およそ500kmくらいの距離を走行……いや、飛行も可能な大型魔道具なのだ。
後はこれに省エネな盾でもつけられたら完璧なんだけれど。
今は便利道具の開発より、他にやらなくちゃいけないことがいっぱいだ。
「蒼嵐様、大分お疲れのようですが、お体は……」
外で待機していた余戸が、そう声をかけてくる。
「大丈夫だよ、問題ない」
刺された余戸ほどじゃないよ、と言ったら気まずそうな顔をされた。
昔、妹がお世話になったこの魔道具屋は、すごく小さくて、でも温かい世界で、今の飛那姫にとっても大切な場所だ。
パーティーが終わるまで一緒にいたかったけれど、僕がいると気を遣うこともありそうなので、一足先においとますることにした。
正直に言えば、本当に疲労困憊なので、そろそろ限界だっていうのもある。
今日のところは、みんなに囲まれて幸せそうな妹を見れただけで、良しとしよう。
衣緒の開けてくれた馬車に乗り込むと、崩れるように座席に座り込んだ。
昼間、戦闘で大分魔力を消費したからか、まだ頭が痛い。
余戸と衣緒が乗り込んできて扉を閉めると、ゆっくりと馬車が動き出す。
「姫様には、魔剣のことを……?」
「まだ話してないよ。この場では無粋だと思ったからね」
飛那姫には、少しでも幸せな時間を増やしてあげたい。
そう思いながらも、今日目の前で亡くなった人達のことを思い出すと、胸が痛む。
西渡の王と、大臣一人、ボルドカッツの対戦相手、侍従2人に執事1人。
被害は大きかった。
あの後、少年の姿はどこにも見つけることが出来ず、手がかりも途絶えたままだ。
ぼくの攻撃ですぐ近くを流れていた川に落ちて、そのまま下流まで流されたのじゃないか、というところで話がついたけれど。
どうにも釈然としない。
あの黒い魔剣の少年は一体何故、飛那姫に執着しているのだろう。
対峙してみて、どれだけ異質で危険な存在なのかはよく分かった。
このまま放置しておくことが出来ないことだけは、確かだ。
「飛那姫を、守らなくちゃね……」
「「はい」」
僕たちを乗せて次第に速度を上げる韋駄天は、闇を抜けて、大国への道を駆けていった。
2日早い、お誕生日パーティーでした。
当日、城でもきっと蒼嵐がやりますが……飛那姫の希望で割愛される可能性が高いです。
次回、3度目の正直でプロントウィーグルからお届けします。




