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没落の王女  作者: 津南 優希
第三章 その先の未来へ
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2日早いパーティー

 大分長い時間を、師匠の墓の前で過ごしていた気がする。

 吐き出すだけ吐き出したら、少しだけすっきりした。

 もう弱音は吐かないし、泣かない。泣いたって何にもならないから。


「よっしゃ。頑張ろう……!」


 ポーズだったとしても、最後まで通せばそれが真実だ。

 そう思いながら、東岩の魔道具屋に帰宅した。


 扉を開ける前から、良い匂いが漂っているのは分かっていた。

 大好きな杏里さんの料理の匂い。夕飯には、まだ少し早い気がするけれど。

 

「……ただいま」


 ぎこちなくそう呟いて、カランカランと鳴る扉を引き開ける。

 中央に花の飾られたテーブル。その上に色んな料理が並んでいるのが目に付いた。

 杏里さんと美威が楽しそうに話しながら、温かいお皿を運んでくる。


「飛那姫、おかえり」


 私を見つけた杏里さんが、愛おしむような眼差しで、そう声をかけてくれた。


「ただいま、杏里さん……久しぶり。すごいごちそうだね」

「そうだよ、ちょっと時間がなくて品数は十分じゃないけどね。いっぱい食べていってよ。みんなでお祝いしよう」

「お祝い? なんかいいことあったの?」


 そう尋ねたら、杏里さんの背中から「うにゃあ」と、猫みたいな声が聞こえてきた。

 なんだ??


「よしよし……そろそろおんぶに飽きたかしらね。飛那姫、私もう一品持ってくるから、この子見ておいて」


 目を丸くしている私の腕の中に、ぽん、と小さい赤ん坊が投げ込まれた。


「え……? えっ?!」

「首座ってるから、普通に抱いてて大丈夫だよ」


 もう4ヶ月になるからね、と言って杏里さんは忙しくキッチンに引っ込んでいってしまった。

 呆然としたまま、腕の中の赤ん坊を見下ろす。


 そうだよな……あれから大分時間が経って……

 忘れていたわけじゃないけど、そりゃもう生まれてるよな。


「飛那ちゃん、おかえり。ね、可愛いよねその子。名前、(りん)ちゃんだって」

「美威……赤ん坊の服とか、お土産もっと持ってくるんだった……」

「出産祝い、うっかりしてたわね。杏里さんに欲しいもの聞いてみたら?」

「ああ……」


 抱え込んだ柔らかい赤ん坊と、目が合った。


「……りん?」

「……あーあ」


 きょとんとして私を見上げる目が、ふわっとした形を作った。

 杏里さんによく似た黒目に黒髪。ふわふわでもちもち……

 ずぎゅんときた。

 やばい。超絶に可愛い。


「可愛いっ! 鈴、お姉ちゃんが着る服全部買ってあげるぞ!!」

「飛那ちゃん、国費は私用で使わないって言ってなかった……?」


 横から美威が呆れた目になる。

 いや、それはそうなんだけど。私もう傭兵として働けないしな。

 出産祝い、どこから出そう……


「蒼嵐さんみたいにならないでねー」


 苦笑する美威の後ろに、見知った笑顔が現れたのはその時だった。


「僕みたいに、なんだって?」

「きゃーっ!」


 美威の悲鳴が魔道具屋の中に響き渡った。

 戸口に立っていたのは、他ならぬ噂の主、兄様だった。

 行き先は伝えてきたけど、どうしてこんなところに??

 鈴がちょっとぐずぐず言い出したので、慌てて揺らしながらポンポンしてやる。


「美威、鈴がびっくりするだろっ、うるさいぞ」

「だ、だって、蒼嵐さんが……え? なんでここにいるんですか?! しかもそんな正装で……めちゃ浮きますよ?!」

「弦洛先生に連絡もらったんだ。飛那姫の誕生日パーティーと聞いたら、僕が参加しないわけにもいかないと思ってね。間に合って良かった」


(えっ?)


 奥から戻ってきた杏里さんが、兄様を見て微笑むと会釈する。

 そうか、私のいないところで色々頼んでたから、兄様ももう顔見知りなのか……

 いや、それよりちょっと待て。誕生日パーティーってなんのことだ?


「ただいまー!」


 カランカラン! と派手な音を立てて、風托と弦洛先生が入ってくる。


「料理も役者も揃ったみたいだね。夕飯には少し早いけど、始めようか」


 そう言った杏里さんの顔を、穴の開くほど見つめている自分がいた。

 聞いてない。誕生日パーティーだなんて。


「……2日早いけどね。明日の朝には帰っちゃうんだろう?」

「き、聞いてないよ……パーティーの話なんて……」

「言ってないからね」

「こういうの、苦手なんだけど……」

「あの時も、2日早いお祝いだったね」


 そう言った杏里さんの目が、一瞬遠いところを見て悲しげに揺れた気がした。

 それはきっと、8年前のことを言っているのだと思った。

 過去の私がこの場所を捨てて、一人出て行ったことを思い出しているのに違いなくて。

 ズキリと、胸が痛む。


 でも、杏里さんはすぐに優しい笑顔になった。

 そして。


「生きていてくれて、ありがとう飛那姫」


 穏やかな声で私に言った。


「杏里さん……」


 あの日から、苦しいことも、悲しいこともたくさんあったけれど。

 こみ上げてくる想いは、それを知っているからこそ、真逆のものだって分かる。

 今ここにこうしている奇跡を、どうやったら言葉にすることが出来るんだろう。


 泣かないって、さっき決めたばかりなのに。

 こんなの反則だ。


 ぺたり、と頬に小さくて温かい感触が触れた。


「あうー」


 熱くなってきた目頭を落として、屈託のない笑顔と視線を交わす。

 こうやって、大切なものがまた増えていくんだな。


「飛那姫」


 兄様が、私の背中を優しく押した。


「飛那姫姉ちゃん、ここに座るんだよ!」


 風托が、一番角の椅子を引いてくれる。


「飛那ちゃん、せっかくのお料理、冷めないうちにいただかないと失礼よ」


 美威が、そう言って笑う。


 どうしてなんだろう。

 こんな風に、失えない幸せほど、簡単に消えてしまいそうな気がするのは。


 でも、それでも、今はあの日の自分に言ってやりたい。

 生きていれば、辛かったことが全部吹き飛ぶくらい、うれしいこともあるんだよ、って。


「うん……ありがとう」


 やっとのことでそれだけ言って、私は泣きそうな笑顔のまま席に着いた。



-*-*-*-*-*-*-*-


 背後で閉まった魔道具屋の扉の音に、小さくため息をもらした。

 今日は朝からずっと外にいて、慣れない戦闘までして激しく体が疲れている。

 パーティーの間、なんとか顔には出さずにいられたようで良かった。


 店の裏に駐まっているのは僕の改良馬車、韋駄天(いだてん)1号だ。

 作っておいて良かった。これがなかったら、一日で西渡との往復は難しかったろう。


 この韋駄天は厳密に言えば馬車ではないので、馬は必要としない。

 手綱の代わりに、車輪を動かす制御装置を付けてある。

 御者になる魔法士2名の魔力で、およそ500kmくらいの距離を走行……いや、飛行も可能な大型魔道具なのだ。

 後はこれに省エネな盾でもつけられたら完璧なんだけれど。

 今は便利道具の開発より、他にやらなくちゃいけないことがいっぱいだ。


「蒼嵐様、大分お疲れのようですが、お体は……」


 外で待機していた余戸が、そう声をかけてくる。


「大丈夫だよ、問題ない」


 刺された余戸ほどじゃないよ、と言ったら気まずそうな顔をされた。


 昔、妹がお世話になったこの魔道具屋は、すごく小さくて、でも温かい世界で、今の飛那姫にとっても大切な場所だ。

 パーティーが終わるまで一緒にいたかったけれど、僕がいると気を遣うこともありそうなので、一足先においとますることにした。

 正直に言えば、本当に疲労困憊なので、そろそろ限界だっていうのもある。

 今日のところは、みんなに囲まれて幸せそうな妹を見れただけで、良しとしよう。


 衣緒の開けてくれた馬車に乗り込むと、崩れるように座席に座り込んだ。

 昼間、戦闘で大分魔力を消費したからか、まだ頭が痛い。

 余戸と衣緒が乗り込んできて扉を閉めると、ゆっくりと馬車が動き出す。


「姫様には、魔剣のことを……?」

「まだ話してないよ。この場では無粋だと思ったからね」


 飛那姫には、少しでも幸せな時間を増やしてあげたい。

 そう思いながらも、今日目の前で亡くなった人達のことを思い出すと、胸が痛む。

 西渡の王と、大臣一人、ボルドカッツの対戦相手、侍従2人に執事1人。

 被害は大きかった。


 あの後、少年の姿はどこにも見つけることが出来ず、手がかりも途絶えたままだ。

 ぼくの攻撃ですぐ近くを流れていた川に落ちて、そのまま下流まで流されたのじゃないか、というところで話がついたけれど。

 どうにも釈然としない。


 あの黒い魔剣の少年は一体何故、飛那姫に執着しているのだろう。

 対峙してみて、どれだけ異質で危険な存在なのかはよく分かった。

 このまま放置しておくことが出来ないことだけは、確かだ。


「飛那姫を、守らなくちゃね……」

「「はい」」


 僕たちを乗せて次第に速度を上げる韋駄天は、闇を抜けて、大国への道を駆けていった。

2日早い、お誕生日パーティーでした。

当日、城でもきっと蒼嵐がやりますが……飛那姫の希望で割愛される可能性が高いです。


次回、3度目の正直でプロントウィーグルからお届けします。

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