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没落の王女  作者: 津南 優希
第三章 その先の未来へ
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彼の事情と私の事情

「は?! なにそれ? 政略結婚てやつか??」

「そうとも言うな。つまらないだろう?」


 事もなげに言ったけど、それは今後の人生に関わる大きな問題だよな?

 私の不整脈もいよいよおかしな事になってるし、さらりと流していい話じゃないな、これ……


「破談にすると家や各方面に多大な迷惑がかかるんだ。彼女を受け入れた場合も、獅子身中の虫を抱えることになるから、どうしたら良いのか迷っていてね」

「はあ……結婚ね……アレクって何歳なの?」

「22だ」

「焦って結婚しなくてもいい年じゃないか!」

「これでもずい分長いこと、その話題から逃げてきたんだけどね」


 その年で早く結婚しろと言われるなら、アレクの家はかなり身分の高い貴族なのかもしれない。

 プロントウィーグルの、仮に精鋭隊あたりにいたら、相当な確率でいいとこのお坊ちゃんだもんな……親が決めた相手と結婚なんて、当たり前の話なのかもしれないけど。


「苦手な人と結婚するなんて、人生捨てるようなもんじゃないか。家のために結婚しろって、親に言われてるわけ?」

「いや、父は私の好きにすればいいと言っているよ。ただ、迷惑がかかるのを分かっていて、感情だけでは動けないだろう?」

「それは……まあ」


 そんな時までお人好しか。

 自分の人生がかかってるようなことなのに、周りに迷惑だからとかで結婚までしちゃうわけ?


「でも私は、そういう考え方……好きじゃない」

「飛那姫はそうだろうね。でも仕方ないんだ。私個人よりも優先するものがあるだけの話だよ」


 仕方ない。悟ったような、あきらめきったような口調。

 何でこんなにモヤモヤするんだろう。理不尽を飲み込んでも自分以外を優先しようだなんて、そんなのまるで……


「分かった風なこと言って、自分を騙してるだけじゃないのか?」


 そう言う私の声が、尖った感じに響いた。


「否定は出来ないな。政治的なしがらみとか、義理とか、そういうものが一切なければ私だって本当に好きな相手を選びたいと思うからね」

「え? 好きな相手……いるのか?」


 思わず聞き返してしまったら、アレクは少し黙り込んだ。

 ……いるんだ。


「じゃあ余計にあきらめてどうするんだよ! バカ!」

「いや、あきらめるもなにも……仕方ないんだ」


 二度目の「仕方ない」に何かのスイッチが入ったようだ。熱のようなものが頭に沸き上がってくるのを感じた。

 その言葉は嫌と言うほど身に染みた、一番嫌いな言葉だ。


「仕方ないとか言うな! 本当にやりたいことも逃げたいこともあるくせに……人のために我慢して受け入れて、この先ずっと過ごすのか? アレクはそれでいいのか?!」

「……それは……だが、そういう問題じゃないんだ」


 苦く笑うアレクの顔に、私の中の何かがますます勝手にしゃべり出す。


「そういう問題だってあるんだよ! 誰かのために死ぬほど頑張ったって、報われなかったり、もっと悪くなったりすることだってあるんだぞ? そんな時にお前は自分のした選択に後悔しないでいられるのか?」

「……どうかな。分からない」

「分からないじゃないよ。アレクが人のために動ける人間なのは知ってる。でも、結婚なんて大きなことを、自分の幸せを抜きにして選ぶなんて、ダメだろ……?!」


 言いながら、違う、と思った。

 後悔しないように選べだなんて……好きに選べないって分かってるのなら、そんな無責任な台詞をぶつけること自体、間違ってる。

 理屈抜きに感情だけで言葉を並べてしまったのは、自分の姿と重ねたからだ。

 アレクまでそうやって、理不尽なことを受け入れるのかと思ったら、やり切れなかった。


「飛那姫、少し落ち着け」

「落ち着いてるよっ!」

「君こそ、何かあったんじゃないのか? いつもと様子が違うぞ?」


 今は私がお前の将来を心配してるところなのに、こんな時まで人を気にかけるなんて、馬鹿がつくお人好しなのか?! 


「違くないっ! いつも通りだ!」

「それは嘘だな。私の話にそんなに感情的になるなんて、明らかにおかしい」

「おかしくなんか……ない」


 いや、ちょっと待て。感情的になっているのは確かだ。

 アレクにとって大きな悩みを打ち明けてくれたのに、この態度はおかしいかもしれない。

 本当はもっとちゃんと話を聞いて、落ち着いた慰めの言葉でもかけてあげるのが大人の対応ってものじゃないか?

 その位のことを考えられるだけの、わずかな冷静さはあったようだ。


「飛那姫?」


 気遣うような声かけに、うまく見つからない返事を探す。


 違うんだ。ただ、何かをあきらめることに慣れているような顔が、悲しかったんだ。

 私ならともかく、アレクにまであきらめて欲しくなかった。いつも人を優先してしまうような人間だからこそ、アレクだって幸せにならなきゃダメなんだ。

 そんな言葉を飲み込んだ。


「……ごめん」


 事情もよく聞かずに、私の感情を押し付けすぎたことに気が付いた。

 彼の置かれた立場を自分と重ねてしまうなんて……馬鹿みたいだ。冷静になって考えれば、私が口を出すような問題でもないのに。

 一気に頭が覚めて、自己嫌悪の波が襲ってきた。私はくるりと、体ごと広場の外を向いた。


「私が馬鹿だった。言い過ぎた……」

「謝る必要なんてない。大丈夫か?」


 頭のすぐ後ろで聞こえた声に、私はますます反対方向を向いた。

 なんで私の心配なんだ? 大丈夫かなんて、聞く相手を間違ってる。

 私は強いし、どんなに苦しくたって負けないし、心配も同情もいらない。


「飛那姫、こっちを向いてくれ」

「……やだ」


 今は、顔を見られたくなかった。

 ポーカーフェイスでいられるか、いまいち自信がなかったからだ。


「何か怒ってるか?」

「怒ってない」

「じゃあ……質問を変える」


 アレクの手が掴んだ私の肩が、くるりと向きを変えた。


「なんで、そんな顔してる?」

「……っ」

「何か、辛いことがあったんじゃないのか?」


 目の前にある濃緑の瞳が、心配そうに私を見ていた。


「辛くなんか、ないっ」

「それも嘘だな。本当は、私の悩みなど聞いてる場合じゃないんだろう? 顔に書いてある」

「えっ?」


 私はペタペタと自分の顔を触ってみた。どこに書いてあるって??

 心が耐えられなくなりそうな時、感情にフタをして無表情で取り繕うのは、私の十八番だ。美威相手じゃあるまいし、そんなに不安が顔に出ている訳が……

 私の様子を見ていたアレクが、フッと仕方なさそうな笑みをこぼした。


「私で良かったら話を聞くぞ?」


 話せるわけ、ない。

 西の大国の騎士だって分かった以上、アレクにも無関係な話じゃない。

 半永久的に戦争を無くすために、今の暮らしを全部捨てて、大国の王になるかどうか迷ってるなんて、言えるわけがない。


「わっ私のことはいいんだ! 今はアレクの話だったろ?! はぐらかすな!」

「はぐらかしたわけでは……」

「とにかく! 自分の幸せのことも、もうちょっと頭に入れて考えろって話だよ……」

「自分の幸せか……」


 意味ありげにそう呟くと、アレクは私の肩から手を放した。

 冷たい北風に晒されて、触れていた場所がやけに寒く感じた。


「だが私にも守らなくてはいけないものがあるからね。結局はそれを優先することになるだろう」

「……自分の気持ちに嘘をついても、か?」

「……君にそれを問われると、辛いな」


 濃緑の瞳の中に、私の顔が見えた。

 そんな哀しそうな目で見られると、なんだか落ち着かない。


「何? 言いたいことがあるなら、言いなよ」

「……そうだな。うん……ありがとう飛那姫、私の悩みに真剣に答えてくれて」


 それはアレクが言いたかったこととは、別のことのような気がした。


「……どういたしまして」

「それで、君の方の悩みはなんなんだ?」


 私はうっと唸って、すぐさま頭の中で別の話題を探した。


「そ、そんなことより、そうだ! アレク、騎士なんだろ? 騎士団の話とか、城の話とか聞かせてくれないか?」

「それはかまわないが……また唐突にどうしたんだ? 騎士団の話なんて……飛那姫、まさか」

「?」

「騎士になりたいのか?」


 的外れな質問来たよ……

 何となく気が抜けて、肩が落ちた。


「そんなワケないだろ……ただ、噂になってるじゃんか。王太子が北の縁談を断ると戦争になるって。騎士団の動きはもう戦争に向かってるのか?」

「意外に情報通なんだな……この国の人間でない、君は知らないことだと思っていたが」


 そう言って、アレクはそっと私から視線をそらした。


「騎士団は、戦いの準備をしてはいないよ。戦争には、ならないと思う」

「マジか? 騎士のお前が言うのなら確かなんだろうけど……軍事機密だから言えない、とかじゃないだろうな? 精鋭隊クラスなんだろ? アレクは」

「……飛那姫。騎士団や城の内部のことについては、私も詳しいことを話してやれないんだ。この話はやめよう」


 言いにくそうに、アレクが答える。


「……そっか。そうだよな、ごめん」

「せっかく会えたんだから、もっと楽しい話をしないか」


 そう言って笑ったアレクの顔は、やっぱりどこか哀しげな色を浮かべていた。

 どうした? とは、もう聞けなかった。

近いようで遠い2人の話でした。


次回、インターセプターに捨てられたマルコがリベンジバトル……にはならないかな。

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