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没落の王女  作者: 津南 優希
第三章 その先の未来へ
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甘くないデート

 夢にまで見た飛那姫ちゃんとのデートは、全然甘くなかった。

 ちょっとは予想してたけど、ある程度は彼女に合わせようとも思っていたけど、それにしてもこの内容はひどい。

 なんだこれ、聞き込み調査か? そうじゃなかったら、俺に対する嫌がらせに違いない。


 突然西の大国までやって来たと思ったら、国勢がどうだの騎士団の構成だの、なんでつまらない話ばっか聞いて回ってるんだろう……

 日中は、そんなこんなで散歩しながらの聞き込みで終わってしまった。


「飛那姫ちゃん、俺お腹減ったよ。おごるからどこかでうまいもの食べよう」


 夕食の時間を過ぎていることに気付いていなかったのか、彼女は広場の時計を見上げて「ああ、そうだな」と言った。

 そして向かった先はいつも通り。


「大衆酒場ですか? 出来ればもうちょっとお洒落なバーとか……」

「聞き込みにはここが一番だ」


 聞き込みじゃなくて、デートだよ!

 俺の存在って一体……とほほだ。


 暖かい室内に入って上着を脱ぐと、飛那姫ちゃんはカウンター前の座席に腰掛けた。

 隣に座った俺は、メニューを手に取った彼女を横からまじまじと眺めてみる。相変わらずの隙のない美人だ。元王族だって分かった今、このオーラにも納得がいく。

 東の国でいうところの夏や、暑い南の国では良かったな。こんなに厚手のハイネックなんて着てると、見目麗しい造形が隠されてしまう。

 女の子特有のまあるい曲線こそ、男のロマンなのに。残念だ。


「おい、早く頼め」


 メニューでばしん、と顔面を叩かれて我に返った。

 カウンター越しに、マスターのおっさんが「ご注文は?」とオーダー表を構えている。


「あ、じゃあ同じものを」


 見とれているとあっという間に時間が過ぎてしまう。気を付けねば。

 なにしろ再会してはじめての二人きりの時間なのだ。有効に使いたい。


「現国王? 人格者だよ。若い時分は少々破天荒なところもあったけどな」

「国家としてはうまく機能しているように見えるものな。あとは騎士団のことだけど……」


 有効に使いたい……のに。

 西の大国のこととか、どうでもいいから! 俺と会話してください!


 ウィンナーをもぐもぐやりながら、ちょっとふてくされてみた。カウンターに頭を転がした俺にようやく気付いたのか、飛那姫ちゃんは「おい」とまたメニュー表で頭を叩いてきた。


「なんでしょう?」

「なんで寝てるんだ? 酔うほど飲んでないだろ?」

「ヒマだからです」

「店に失礼だから寝るな」


 理不尽!


「あのねえ、飛那姫ちゃん……あんまり俺を邪険にしない方がいいですよ?」

「なに?」

「俺が飛那姫ちゃんの能力にとって、天敵なの、忘れちゃったのかな~?」

「覚えてるよ。だから、警戒レベルを上げて指一本でも触れたら始末することにしたんだ」

「いや、冗談に聞こえないから……」

「本気だ」

「……」


 本気のわけはないってことぐらい分かってるんだけど。

 せっかくのデートで、最後までこの塩対応はいただけない。

 俺はため息交じりに懐から財布を出すと、「マスターお勘定ー」と、会計を済ませた。


「何だ? お前帰るのか?」


 席を立った俺を見上げてきた薄茶色の目は、本気だ。


「俺が、飛那姫ちゃんを置いて一人で帰るわけないでしょ?」


 俺は片手に彼女の上着、もう片方の手で彼女の手首を掴むと、そのまま引っ張って店を出た。

 ちょっと慌てた様子の彼女をあえて振り返らず、店の階段を降りて通りを歩く。


「マルコ! 触れたら殺すって言ったよな?!」

「ご自由にどうぞ。飛那姫ちゃんに殺されるなら本望ですー」

「……~っ!」


 魔力撹乱の能力がバレてる以上、取り繕う必要はない。この程度なら遠慮なく使わせてもらおうと思う。

 反則技とも言える魔力ドーピングがなければ、男の俺に敵うほどの筋力はない彼女だ。

 怪我をするほど殴られたこともないし、飛那姫ちゃんが俺に多少の情が沸いてることくらい知ってるし、半殺しにするのだって無理に決まってる。そう、結局のところ俺は安全なのだ。


 苦虫を噛み潰したような顔の飛那姫ちゃんを振り返ると、俺は笑顔で提案した。


「個室のあるお洒落なバーとかで飲み直そう?」

「断る。お前、酒が入るとタチが悪いぞっ!」

「失敬な、しらふです。そんなに飲んでないし、弱くもないよ」


 うーん、ものすごく嫌そうな顔でついて来られるのって、結構傷つくな……本当に前以上にとりつくしまもない感じだ。なんかあったのか?

 そう思いながらも手を引いて歩いていたら、向こうから白い塊が向かって来るのが見えた。塊からは、奇妙に透き通った魔力を感じる。

 わふわふ言いながら、長い毛が地面をバウンドして人混みを抜けてきた。


「何だ? あれ……」

「あっ」


 白い塊は犬だった。俺の前で急ブレーキをかけると、金色の瞳で見上げてくる。

 なんか、唸ってるし、睨まれてないか?


「インターセプターじゃないか?」


 飛那姫ちゃんが横からそう言うと、白い犬は途端にキラキラした目で「ワン!」と吠えて尻尾を振った。

 おい、俺との対応が違いすぎるぞ、犬。


「何? 飛那姫ちゃんこの犬知ってるの?」

「ワン!」


 犬は俺と飛那姫ちゃんの間に割り込んでくると、俺の足を前足の爪でひっかいた。


「いてっ!」


 地味に痛いぞ犬!

 気を取られて力が緩んだ隙に、飛那姫ちゃんは俺の手を振り払った。


「天罰だな、マルコ」

「いや、俺そんなに悪いことしてないと思うんだけど……」


 グルルル……と唸ってる犬の目が、ちょっと本気だ。

 俺、動物に嫌われることあんまりないのに……なんで最初から敵意むき出し?


「インターセプター、またおつかいなのか?」


 しゃがんでうれしそうに白い毛並みを撫でる飛那姫ちゃんに擦り寄ると、犬はワン! と一声鳴いて彼女の持っている上着を引っ張った。


「な、何? もしかしてついてこいって言ってる?」


 ちょっと進んでは振り返る犬を見て、飛那姫ちゃんは歩き出した。

 なんなんだあの犬……ここ掘れワンワンとかか?

 首輪してるから飼い犬なんだろうけど。感じ悪いし、何よりデートの邪魔すぎる……ちゃんとつないでおけ! 飼い主の顔が見てやりたいっ!


「飛那姫ちゃん、待って!」


 俺も仕方なく彼女の後を追った。

 あんな犬を追っかけてなんか行かなければ良かった。

 俺がそう後悔するのは、ほんの数分先のこと。

とにかく色んなものを見ておきたい、飛那姫の聞き込み調査に同行中のマルコ。

甘さはいりません。


次回は、ちょっぴり時間軸を遡ったところから。アレクシス語りでお届けします。

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