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没落の王女  作者: 津南 優希
第三章 その先の未来へ
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北の大国の侵入者

 私達は連絡ソリの過酷さをナメていた。


 道中はなんの修行かと思うほどの、凍える寒さ。

 いや、もう寒いなんて通り越してる。雪と氷の世界は綺麗なだけではなかった。

 やっと目的地のモントペリオルに到着したけど、体の末端は感覚がなくなっているようだった。

 途中休憩が何回かあったとはいえ、寒空の中を10時間も走り続ければ誰でも疲労困憊になるよな。おかげで、予定よりは大分早く着いたけど……


 簡易な幌のついたソリと、それを引いてきた不思議な馬のような鹿のような生き物を振り返って、私はため息をもらした。

 さすがの私もぐったり疲れた。というか、病み上がりにこの旅程はキツい。


「さっ、寒いぃぃ……」


 現在気温はマイナス8度。美威はロングコートにロングブーツ、毛皮の帽子にミトンと完全防備なのにガタガタ震えている。無理もないか。


「そんだけ皮下脂肪がついてても、寒いもんは寒いんだな」

「さらりと失礼なこと言わないのよっ! 氷点下なんだから寒いに決まってるでしょ?!」

「そうだな、私もちょっと頭痛い」

「え? 大丈夫? 風邪ぶり返したとか」

「いや……まあ大丈夫だ。さっさとそれ届けて、どっかで温かいもんでも食おう」


 調子が悪いとか、寒いとか言ってる場合ではない。

 ただでさえ昼が短い北の国だ。もうすっかり日が暮れている。どんどん気温が下がっていく野外でこのまま突っ立ってたら、凍死確実だろう。


 見上げたモントペリオルの城下門は巨大だった。グラナセアの比じゃない。中心部分だけが開くようになっているようだが、全体がとにかくでかい。ちょっとした城並の高さがある。

 城壁の頑丈さも他の大国に抜きんでているし、立っている護衛兵も数が多い。城壁の上にも多くの見張り兵が見えて、物々しい感じすらあった。

 アレクの言うとおり、余所から来た人間を警戒しているのだろうか。


 いつものように、私達は検問の列に並んだ。ほとんどが連絡ソリに乗ってきた人達だ。

 順番が来て、美威が兵士に言った。


「ブルクハルト様へ南の特産品を収めに来ました」


 配達人から聞いた合い言葉は、確かにそれだったはずだ。

 その台詞を聞いた門兵は、ぴくりと眉を上げると隣の男に何か耳打ちして、城下門脇の扉から窓のない部屋に入って行った。


「それはご苦労様だったな。あそこの扉から中に入ってくれ。運んできたものを受け取ろう」


 城下門の横にある部屋は兵士の控え室だろうか。

 兵士が入っていった、円筒形の門柱にある扉を示されて、私達はその扉をくぐった。


 中はがらんとしていて、隅っこにテーブルと椅子が2つあるだけ。

 そして、たくさんの兵士がいた。みんなこちらを向いているのが異様で、美威がちょっとひるむ。

 目配せすると、美威は周囲に気付かれないよう、自分の体周りにだけ盾を展開した。


「遠いところご苦労。運んできたものを渡してもらおう」


 偉そうなヒゲの兵士が一人、前に出て来て手を差し出した。

 私は荷物から文書の封筒を取り出すと、目の前に持って見せた。


「報酬、30万ダーツって聞いてるけど」

「ああ、そういう約束だったな。ちゃんと用意してあるぞ。さあ、それを渡してもらおうか」


 ずい、と出された手を見て、私はそこに封筒を置いた。

 封筒を受け取った男は、すぐに開封して中身を確認する。満足したように頷いて、そのままきびすを返すと奥の部屋に向かって歩き出した。


「始末しろ」


 それが合図だった。

 部屋の中の兵士達が一斉に金属製の筒を構えた。小さい爆発音が狭い部屋の中に続けて響き渡る。

 とっさに魔力で動体視力を上げた私は、向かってくる弾を沈み込んで全て交わすと、背後の扉を蹴った。こんな部屋の中で神楽を振るったら、死人続出だ。冗談じゃない。


「美威! 先に出ろ!」


 絶界の盾を展開していた美威はもちろん無傷だ。

 私の言葉に、「ブーツが重くて走りにくいのよっ」と文句を言いながら、外へ走り出る。

 やっぱりこんなことだろうと思った、と思いつつ城下門の開いている箇所を確認する。兵士がたくさん立っているが、突破できるだろう。

 どのみち城下門は一飛びで飛び越せる高さではないから、町へ入るには正規のルートを使うしかない。


「飛那ちゃん! どっち行けばいいの?!」

「町中に決まってるだろ! 今から引き返したらのたれ死んじまう!」


 キン! と冷たい空気を振るわせて神楽を顕現する。


「そこ通してもらうぞ!」


 兵士の控え室から飛び出た私達を見ていたのだろう。城下門前の兵士達は、既に攻撃を迎え撃つ体勢で剣を構えていた。

 私は武器を狙って、横一閃に剣を薙ぎ払った。高い金属音が重なって、兵士達の持つ剣が折れていく。


「てっ、敵襲ー!!」


 武器を失った兵士達に当て身を食らわせて、美威が突破する道を作る。

 浮遊呪文で門の中へ滑り込んだ美威の後を追って、私も町中へ駆け込んだ。

 けたたましいサイレンの音が雪の大地に響き渡る。腹の底から揺さぶられるような大音量だった。


「こんなこったろうと思ったよ!」

「いやーっ! 報酬の30万がーっ!!」

「お前、高額報酬に目がくらんで考えなしに仕事請けるの、そろそろなんとかしろ!」


 美威は上空を飛んで、私は屋根伝いに跳んで、なるべく町の奥まで移動した。

 大きい町だ。モントペリオルを訪れたのは3度目だが、白い雪に覆われたこの季節は、どこもかしこも家が白い。

 市場らしき広場から外れたところにある酒場を見つけて、私と美威はそこの前に降りた。


「とりあえずメシ食ってからどうするか考えよう。ダッシュで食うぞ」

「賛成」


 正直あまり食べたくなかったけど、お腹が空いていた美威は二つ返事で酒場の入口に向かった。

 何食わぬ顔で中に入って、一番早く出来る温かい料理を、と注文する。ついでにホットミルクを二つ頼んで、やっと一息ついた。

 とにかく兵士達に見つかる前に食べて、隠れるところを見つけないといけないだろう。このままでは、私と美威VS北の大国の戦争になってしまう。洒落にならない。


「そうだ、メンハト送っておこう。配達終わったからね」


 律儀な美威は、配達人に「モントペリオル到着。配達終わりました。城下門で始末されそうになったので逃げ出したけれど、ちゃんと届けましたよ。予定していた30万ダーツも受け取れませんでした」と書いた手紙をメンハトに乗せて飛ばした。

 その通りだけど、恐ろしい内容の手紙だ……受け取った配達人は、自分が来なくて本当に良かったと思うことだろう。


「で、どうしようか。これから」

「宿に泊まるわけにはいかなくなっちまったな……どこかで一泊して、明日の朝明るくなってから動くことになるだろうけど、少なくともウルクマルタン方面に戻るのに、ソリがいるだろう?」

「連絡ソリにはもう乗れないだろうね。そもそも、どうして私達が追われなきゃいけないわけ? もう本当に疲れたんだけど……」

「殺されそうになって逃げたとは言え、兵士叩きのめして不法入国だからなぁ。だからあの文書は胡散臭いって言ったんだ」

「まあね、こうなることは半分予想出来たけど」

「予想出来るなら請けるなよ?!」

「30万もらえる確率はゼロじゃないのよ?! そこにかけてもいいでしょ?!」


 意味が分からん。もうなんか本当に頭痛いぞ。

 

 美威は運ばれてきたスープと、野菜と肉の入ったシチューみたいなのがご飯にかかった料理をおいしそうに食べ始めた。

 私も一口食べてみたけど、うまいとかまずいとかじゃなくて、食が進まなかった。無理矢理口に運んで、なんとか半分くらいまで胃に入れる。


「珍しいわね、飛那ちゃんが残すなんて……おいしいと思ったんだけど」

「うーん、なんかあんまり食欲ない」


 そこまで話した時、にわかに外が騒がしくなってきた。

 複数の人間が走る音。


「もう来たか……」

「マスター、ごちそうさまー。お代、ここに置いておきますー」


 私達は上着を着直して、席を立った。

 酒場の入口に立った途端、バタン! と勢いよく扉が開く。


「不法入国した2人組を追っている。中をあらためさせて……」


 そう言いながら入ってきた先頭の兵士を手刀で倒すと、私と美威は外に飛び出た。

 すぐに他の兵士が集まってきて、呼び子の笛を鳴らしている。


「いたぞー!」

「中通りを東の方向だ! 追えーっ!!」


 飛んで逃げるって分かってるんだから、きっと魔法士も応援に駆けつけてくるだろう。

 騎士団が出たって、私と美威のタッグに敵う敵はそうそういないけど……多勢に無勢ってこともある。このまま朝まで逃げ続ける訳にもいかないし。


(どうするか……)


 ひとまず兵士達の集団を巻いて、白い道路に降り立った私は、美威を振り返った。

 通りに出る前に路地で地面に降りた美威が、こちらに向かって走ってくる。


「……?」


 一瞬、美威が2人いるように見えた。錯覚……だよな?

 そういやさっきから視界がぼやっとしてるし、なんだか体もフワフワしてる。


「飛那ちゃん?!」


 浮いたような感覚の後、私はその場に膝をついた。

マイナス5度を下回ると、ダウン着てようが毛皮着てようが寒いのです。

ソリなんか乗ったら、体感温度は更に下がります。

作中では12月まっただ中。春はまだ遠いです。


明日は前章と第2章の改稿作業に専念しますので……次の更新は早くて火曜日になります。

本日もご愛読に感謝。

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