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没落の王女  作者: 津南 優希
第三章 その先の未来へ
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白い使い

 南の地方とは言え、北西に近いこの辺りは夜の野宿も大分厳しくなってきた。

 残り少なくなった薪を火にくべながら、前に座る美威がひとつ身震いして、フードをかぶり直す。


「マルコがいないと不便ねぇ……別れ際にまた飛那ちゃんを追うって豪語してたけど、今すぐ薪拾って来てくれないかしら」


 美威が呟いた言葉に、私は野菜を切っていた手を止めた。

 正直、その名前は聞きたくない。


「あいつを頼るな。もう一生合流しなくていい」

「またそんなこと言って。マルコ可哀想~」


 違う。そうじゃない。まな板の上の野菜を鍋の中に投げ込みながら思う。

 可哀想なのは、あいつの時間をこれ以上私に費やすことだろう。誰とも特別に親しくなるつもりがない私につきまとったって、時間の無駄にしかならない。

 もし私が、家族と美威以外に大切な人を作る気になるとしたら、美威がそういう人を見つけてからだ。

 美威が私から離れて、それこそ家族を持つようにでもなったら……そういうことは、その時にまた、考えればいい。


「飛那ちゃんもお年頃なんだから、いい加減男の人にも目を向ければいいのに」


 だって、大切なものが増えるとどれを護っていいか分からなくなるから、怖いじゃないか。

 また目の前で失ってしまうんじゃないか、無力を思い知ることになるんじゃないか。そう、怯えながら生きていくのは嫌だ。

 だから私は、目の届く範囲の一人だけでいい。美威の他に特別な人間なんて要らない。

 心底そう思ってるのに……何でお前がそういうこと言うかなあ……


「男なんてまっぴら御免だ。近寄られるだけで吐き気がする」

「飛那ちゃんなら黙って座ってるだけで引く手あまたなのに、もったいない」


 黙って座ってって……見た目で寄ってくる男が一番イヤなんだが。

 整いすぎた容姿ってのも、時に疎ましく感じるんだぞ? 人の気も知らないで好き勝手言いやがって……


「もうお前、少し黙ってろ」

「はいはい……線香花火っ」


 消えかけた火に薪を投げ込んで、美威が追加で火をおこす。

 ふてくされたように口をとがらした顔を見て、私も面白くない気分になる。

 なに怒ってんだ。全く。


 頭の上には雲一つない星空が広がっていた。この分だと明日も晴れそうだから、次の町には順調にたどり着けるだろう。

 砂漠地帯を抜けてからは馬車も馬も使ってないから、進みが遅い。


 まだ南の国の領土内にいるのは、マルコが追ってくる事を考慮した訳じゃない。

 この季節にここにいるのは必然だ。これ以上北に向かうと、野宿しにくくなるからな……

 もう11月も終わろうとしている頃、寒さは冬に向けて更に厳しさを増していく。


 ふと思い出して、私は懐を探った。一枚の手紙を取り出して広げる。


「蒼嵐さんからの?」

「ああ、昼間来たヤツ。まだ全部読んでなかったから」


 もうこんなに寒くなってきたのに、まだ東には帰ってこないのかという内容から始まった手紙を、苦笑いで読み始める。


 このところ、兄様も私関連で色々あったらしい。

 ほら吹き甚五郎が来たので、妖精の呪いを解いたという話。

 マルコのお父さんに、弦洛先生の薬を送ることになったという話。

 その薬の件で使いに出した余戸に、風托が稽古をつけてもらった話。

 最後は、心配だから早く帰っておいでと、いつもの調子で締めくくられている。


「手紙って、今まで縁なかったけど……こういうの、悪くないよな」

「そうね」


 好きな人の文字を目で追うだけで、温かい気持ちになれる。それが自分を想って書かれたものならなおさらだ。

 私は大分増えてきた兄様の手紙を、なめした皮で出来た手紙ケースにしまった。



-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-


 翌日。ここは南の大国グラナセアからずっと北に進んだ、小さな町。

 海を越えればすぐ西の国にもたどり着くくらい、砂漠地帯からは遠ざかってしまった。

 予定通りお日様の高い内にたどり着いた私達は、いつものように宿を探しているところなんだけど。


 少し前を歩いて行く飛那ちゃんは、相変わらず道行く人にちらちら振り向かれている。

 端麗な容姿だけじゃない、彼女の持ってるオーラがどうしようもなく人を惹きつけて、振り向かせるのよね。引力とでも言うのかしら。

 人の視線を煩わしいとか、鬱陶しいとか、そんな感想でしか受け止められない飛那ちゃんだけど、本当にもったいないと思う。


 あんなに壁を作って周りを見ないんじゃ、本気で彼女のことを想ってくれる人が出て来ても、気付かない気がする。

 最近、私は飛那ちゃんを見ていてそう思うようになった。多分、マルコのせいかな……

 バカでコソ泥だけどいい奴なのに、半年も一緒にいてあれだけ好意を寄せられて、全く歩み寄る気がないのには、ある意味感心してしまうくらい。


 飛那ちゃんが私を大切にしてくれてるのはうれしい。私だって誰よりも彼女を大事に思ってる。

 でも、幼い頃のトラウマと切り離せないものから成り立っているからこそ、彼女は私に対して必死になるんだと思う。

 依存なんて言葉では片付けられない、根深い負の感情を感じずにはいられないのよね。

 そんなものにずっと縛られてて、この先、飛那ちゃんは幸せになれるんだろうか……


 なにより私は、自分の存在が彼女にとって心地のいい足枷になっている自覚がある。もしこれで、私がいきなり死んじゃったりしたら、彼女はどうなっちゃうんだろうか。

 私は先日の黒い魔剣を持った、不気味な男の子のことを思い出して、暗い気持ちになった。


「美威?」


 ヒラヒラと目の前で振られた手のひらに、私ははっとなって視線を上げた。


「どうした? 調子悪いか?」


 心配そうに、薄茶の瞳が私を見ていた。

 今は私が、飛那ちゃんの心配をしているのに。この人はいつもいつも、人の気も知らないで……私の心配ばかりしている。


「なんでもない。考え事してた」

「そうなのか?」

「お昼ご飯、どこで食べようかな、とか。おやつは甘いものとしょっぱいものと両方ね、とか」

「ああ……ならいい」


 ちょっと呆れた目になると、飛那ちゃんはまた歩き出した。

 バカね、と私は小さく呟いた。

 

「……ん?」

「何かしら……」


 前方から不思議な魔力を持った存在が近づいてくるのを感じて、私と飛那ちゃんは足を止めた。

 変なものじゃない。澄んだ空気みたいな、妖精とも違う、綺麗な魔力。


 レンガ道の真ん中を、人の間を縫って、一匹の大きい犬が走ってくる。白くて毛足の長い、高貴な雰囲気の犬だ。

 不思議な魔力は、間違いなくその犬が放っているものだった。


 走って来た白い犬は私達の前で止まった。人なつっこい顔をして、金色の目で飛那ちゃんを見上げると「ワン!」と鳴く。挨拶をしているようにも思えた。

 犬は私達に向かって、首輪についている薄黄色の布袋を見せるように、首をそらしてみせた。


「何だ?」

「取れって言ってるみたいじゃない?」


 飛那ちゃんはしゃがみ込むと、犬の首輪についている布袋をほどいて外した。その隣についていた、青い髪飾りに気付いて、目を丸くする。


「これって……」

「あれ? それ、飛那ちゃんの髪飾りじゃない?」


 なんで、この犬の首輪についてるの??


「って、ことは……」


 飛那ちゃんが高そうな布を使った布袋を開く。それ、西華蘭織(せいからんおり)よね。

 取り出した薄く上等な紙に、綺麗な文字が並んでいるのが見えた。

 もしかして手紙? 誰から??


「ええと……『時間が出来たので、予定通りそちらに向かおうと思うがかまわないだろうか。会えたら是非手合わせ願いたい。無事に手紙を受け取ることが出来たら、返事を書いてこの子に渡してくれないだろうか』……ああ、やっぱりアレクか」

「え? 誰それ?」

「ほら、サンパチェンスの土竜討伐の時一緒だった騎士の……話したろ? この間傭兵大会にもいたんだよな」


 私の知らない間に、飛那ちゃんの交友関係が広がってた。

 しかもこれ、男性よね? ちょっとびっくりだわ。


「そうか、お前アレクの犬か。まさか西の国から来たのか?? よく私の居場所が分かったなー」


 飛那ちゃんはそう言って、白い犬の頭を撫で回した。

 犬はうれしそうに目を細めて、飛那ちゃんの手をペロペロなめた。


「さっきそこで干し肉買ったんだけど、食べるか?」


 酒のつまみに、と言って買ったばかりの干し肉を取り出すと、飛那ちゃんは犬に差し出した。少し匂いを嗅いでうれしそうにくわえると、犬はぺろりと平らげた。お腹空いてたのかしらね。


「手紙か……兄様にもらった便せんがあるから、それでいいか」


 蒼嵐さんに持たされた無駄に高そうな紙を荷物から取り出すと、飛那ちゃんは道端のベンチに座って短い返事を書いた。


『手紙受け取りました。手合わせ望むところ。お使いできるなんて、随分賢い犬だね。でもちょっと大変そうだから、次なんか連絡するならメンハトにするといいよ。同梱しておくから。』


 飛那ちゃんは手紙を書き終わると、これも蒼嵐さんから持たされたメンハトの玉を一つ、自分の魔力で宛名登録して一緒に布袋に入れた。元通り、首輪に結わえ付ける。


「本当にここから帰れるのか? 道中気をつけてな」


 ワン! と鳴くと犬は元来た道をまた走って行ってしまった。

 あれ犬……なのよね?


「あっ、飛那ちゃん、あの犬、髪飾り持って行っちゃったよ?!」


 お気に入りの髪飾りだったはずだ。最近はしてるの見なかったけど、犬が持っていたなんて。


「ああ、いいんだ。あげたヤツだから」

「え? 犬に?」

「いや、飼い主の方に」

「え??」


 意味が分からない。


「傭兵大会の時に、私の魔力が移ってるものが欲しいって言われて。他に何も持ってなかったから、あれあげたんだよ」

「え? え?」

「どうやって私を探すつもりなんだろうと思ってたけど……多分あの犬、私の魔力を辿って来たんだな。距離を考えると、マルコよりよっぽどすごいんじゃないか?」

「……あのー、飛那ちゃん?」

「なんだ?」


 ちょっと、状況を整理させて欲しい。

 初耳過ぎて、私今、軽く混乱してるわ。


「一言で言うと、自分に辿り着く為の道しるべとして、お気に入りの髪飾りを犬の飼い主にあげたってこと?」

「……そうなる、のか?」

「相手、男性よね?! マルコには「追いかけてくるな」って睨んでたくせに……」

「アレクは、そーゆーんじゃない。お互いに、剣で一目置いてるだけだ」

「……えええ?」


 なんだろう、それ。

 もしかして私、色々気付いてなかった?

 蒼嵐さん以外の男の人と、自然に手紙のやり取りしちゃったり、メンハトあげちゃったりするんだ?

 性別的には飛那ちゃんにとって「近寄るだけで吐き気がする」存在のはずなのに、驚きの警戒心ゼロだ。

 一体どんな人なんだろう……


 手紙の内容を考えるに、近々会いに来るってことよね。

 教養のありそうな文字に、高そうな便せん、布袋……意外と、身分の高い人だったりして。


 そんなことなんて、飛那ちゃんは全く考えてないみたいだ。

 今ここにいない盗賊の青年の顔を思い浮かべて、まだ見ぬ手紙の主のことを考えて、私はなんだか複雑な思いがした。


インターセプターの見た目は、サルーキを長毛種にした感じでしょうか。アフガンハウンドとはちょっと違う気がします。


次回は、傭兵らしくギルドのお仕事に出かけます。

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