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没落の王女  作者: 津南 優希
第三章 その先の未来へ
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悪魔的美麗傭兵と盗賊団の娘

 岩陰に隠れているこの大浴場は、オアシスから沸いた鉱泉を引いてきて湧かしている贅沢風呂だ。

 気温が低くなってくる夜に入ると、なんとも気持ちがいい。


 あたしはいつものように脱衣所の垂れ幕をくぐったところで、友達の顔を見つけた。

 

「リザ、これから入るの?」

「うん、今日はちょっと遅くなった」


 すでに湯から上がって帰ろうとしていた友達二人が、あたしの顔をじろじろ見ながらおかしそうに笑った。


「なに? なんか顔についてる?」

「そうじゃないのよ、あんた、今回は大変だと思うわよ」

「は?」

「あれは無理だよ。勝てるとこないって」


 ポンポンとなぐさめるようにあたしの肩を叩くと、笑いながら友達二人は行ってしまった。

 なんなんだろ、一体。


 あたしは脱衣所で服を脱いでカゴに入れると、自分用の手桶とタオルを持った。

 大浴場の戸をガラガラ開けて、洗い場に足を踏み入れた瞬間、友達の言っていた言葉の意味を理解した。


(あの女……!)


 洗い場に、ファミリーの人間じゃない女が二人いた。

 薄茶の髪の女と、黒髪の女。

 仲良く背中の流しっことかして、楽しそうにしてる。


 (かしら)んとこのお手伝いさんから聞いた。マルコはあの薄茶の髪の女にベタ惚れなんだって……

 あーっ! 考えただけで頭にくる! あの浮気者!

 まだあたしが小さかった頃、「俺がリザを一生面倒見る」って約束したくせに!!


 たまに町に出てひっかけた女がついてくることはあったけど、自分から連れてくることはなかったのに……まさか、あの女が本当の本気で好きなんじゃないよね?!


 実はあたし、今日一日、あの女の行動を隠れて観察してた。

 我ながら完璧な隠密行動だったと思う。あの女は、ライバルに情報収集されてるなんて、夢にも思ってないだろう。


 大体からして、美人に性格のいいやつはいない。

 あの女もどんな性悪だろうと思ってたんだけど……しつこくまとわりついてくる、チビ達を追い払うでもなく遊んでやったり、砂漠馬の手入れしてるおっちゃん達の手伝いしてやったり、遠目から見てても悪い奴には見えなかった。

 ちょっと予想と違うじゃないか……あれ、ただの客だったらあたしだって歓迎したと思うよ。


 でも! もしマルコがあの女を嫁にするとか言い出したらと思うと……あの綺麗な笑顔は悪魔にしか見えなかった。

 ああ、どうしよう。あの女、実力でここから排除したい……!


 入口の壁に隠れて様子を覗っていたあたしは、あることに気付いた。

 洗い場で体を流し終わって、お湯に浸かろうと立ったあの女達が歩いて行く先。

 そこは温泉成分のせいで、めっちゃ滑るゾーンだ。あたし自身、何度か転倒したからよく知ってる。


(そのまま転んじゃえ……!)


 暗いかもしれないけど、ささやかな復讐にそれくらい願ってもいいだろう。

 でもつるっといったのは薄茶の髪の方じゃなくて、黒髪の方だった。しかも、滑った瞬間に隣にいた例の女に掴まれて引っ張り上げられたから、結局転ばなかった。


「何やってんだ、本当にトロくさいな」

「トロくさいは余計よっ、滑るんだもん、ここ!」


 助けられた方は礼も言わないで怒ってる。あっちの方が性格悪そう……

 ああでも惜しい! ハデに転ぶところ見たかったのに!


 いつまでも隠れているわけにもいかないので、あたしはこそっと洗い場の隅に移動した。

 横目であの女と連れを見ながら歩いてたら、足下を見るの、忘れてた。

 右足の下にぬるっとした感覚があって、あっと思った時には勢いよく滑ってた。


(げっ……)


 人を呪わば穴二つ。誰かがどこかでそんなこと言ってた気がする。

 一瞬体が宙に浮いた気がして、加速度がついたまま、あたしは洗い場の床に嫌と言うほどお尻を打った。我ながらすごい転び方だったと思う。

 尻もちの音と、持っていた手桶がカコーン! と跳ねる音が、大浴場内に響き渡った。


 これは、ちょっと、本気で痛い。


「う、うぎぎぎ……!」


 あたしは叫び声をなんとか飲み込むと、涙目で堪えた。 

 情けない……何やってんだろ、あたし……


「おい、大丈夫か?」


 かけられた声に顔を上げると、薄茶の瞳と視線があった。


 例の女だ……! 完全に見つかってしまった上に、ものすごく無様なところを見られてしまったじゃないか。無念すぎる……

 女は、尻もちをついたあたしに手を差し出してきた。


「立てるか?」


 それ、まるで子供を見るような目じゃないか? あたしはもう15なのに、失礼だゾ!


 あたしは目の前に立つ女をじっと眺めた。

 マルコが胸の大きい女を好きなことくらい知ってる。

 あたしは自分の胸元に視線をやった……自分で言うのもなんだけど、これ、貧相って言葉がぴったりじゃないかな。

 もう一度、薄茶の髪の女を見てみた。

 すごい大きいわけじゃないけど、めっちゃ形いいし、胸だけじゃなくてくびれてるとこはくびれてるし、肌は真っ白で艶々だし……なにこれ?

 コイツ、実は人間のフリした悪魔かなんかじゃないの?


 こんな完璧なプロポーションを前にしたら、あたしでなくってもすごい敗北感覚えると思う。

 いや! あたしはまだ発展途上で! これから大きくなるんだから!!


「立てないほど痛かったか?」


 無言で叫んでるあたしの心の中のことなんか知らずに、女は私の手を取って引っ張り上げた。

 え? 何? すごい力なんだけど。この見た目でなんで??

 ひょいっと起こされてしまって、私は目をまん丸にしたまま、その手を振り払った。


「だ、誰が起こしてくれって言ったよ?! あんたなんか、あんたなんか……」


 美人で、スタイルが良くて、大人っぽくて、オマケにあたしにまで優しくしてくれて……

 敵うところが、何もない。


「みじめだ……」

「は?」

「あたしが、女としてみじめだって言ってんの!!」

「……はあ。胸のことか?」

「はっきり言うな!」


 やっぱり失礼な女だ!

 あたしは涙目をごしごし手の甲で拭った。


「ねえねえ、あなたマルコの婚約者って本当?」


 黒髪の方が、興味深そうにキラキラした目であたしに尋ねてきた。


「本当だよ!」

「年いくつなの?」

「15だよ! ていうか、あたしに話しかけるな! 特にお前! 敵だからな!」

「え? 私が? なんで?」


 びしっと構えたあたしの指を見ながら、薄茶の髪の女は困った様に首をかしげた。

 くっ……コイツ、ひとつひとつの挙動が美麗すぎる! 女のあたしでもドキドキするって、おかしくないか?!


「あんた……マルコの女なんだろう?!」

「……ちょっと待て。誰が、誰の女だって?」

「あんたが、マルコの」

「冗談キツいぞ……ひどい誤解もいいとこだ」

「へっ?」


 本気で嫌そうな顔をして否定する目の前の女に、私は目をぱちぱちした。


「マルコが、あんたにベタ惚れだって聞いたんだけど……?」

「あいつがどう思ってるか知らないけど、私の方は一切そういう気はない。むしろ大迷惑だ」

「え? え?」


 どういうこと?


「じゃあ……あんた、マルコの女じゃないの?」

「断じて違う。この先そうなるつもりも毛頭無い」


 言い切った女を見て、あたしは肩の力が抜けるような気がした。

 なんだかよく分からないけど、もしかしてあたしの勘違いだったのかな……?


「リザさんでしょ? 私達、傭兵としてお仕事しに来ただけなのよ」


 黒髪の方が、なんだか楽しそうにそう言った。


「そう、仕事が終わったら出て行くし、お前の婚約者を取ったりしないから、心配しないでいい」


 薄茶の髪の女も、ため息交じりにそう言った。

 傭兵として……仕事をしに……じゃあ本当に、誤解だったのかも。


「えっと……あの、ごめん。あたしの勘違いだったみたいで」


 なんだか恥ずかしくも申し訳なくなってきて、あたしはひとまず謝った。

 直視するのに、こっちが恥ずかしくなってしまうほど美麗なプロポーションの女は、あっさり「いいよ」と言ってくれた。


「あんなのが婚約者じゃ大変だろうけど、頑張れよ」


 しかも、応援してくれた。

 普段から「もうやめとけ」とか「脈ない」とか「勘違い」とか、マルコに関して仲間内でさんざん言われてるあたしにとって、その言葉はすごくうれしく感じた。


 この女、もしかしたらいいヤツなの?

 ライバルでないなら、仲良くしてやってもいいかもしれない。

 あれ? でもマルコはやっぱり、この女のことが好きなのかな??

 うーん……


(まあ、いいか)


 仕事が終わって出て行くのなら、お客さんとして普通に接していればいい。

 ほっとして緩んできた頬を押さえつつ、あたしはじんじんするお尻の痛みに耐えていた。


マルコ12歳。「(盗賊団のトップになって)俺がリザを一生面倒見るから」

就職先の社長気分で言った台詞が、プロポーズとして受け取られていました。


次回、エアーズ盗賊団にまたも行方不明者。しびれを切らしたマルコが動きます。

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