悪魔的美麗傭兵と盗賊団の娘
岩陰に隠れているこの大浴場は、オアシスから沸いた鉱泉を引いてきて湧かしている贅沢風呂だ。
気温が低くなってくる夜に入ると、なんとも気持ちがいい。
あたしはいつものように脱衣所の垂れ幕をくぐったところで、友達の顔を見つけた。
「リザ、これから入るの?」
「うん、今日はちょっと遅くなった」
すでに湯から上がって帰ろうとしていた友達二人が、あたしの顔をじろじろ見ながらおかしそうに笑った。
「なに? なんか顔についてる?」
「そうじゃないのよ、あんた、今回は大変だと思うわよ」
「は?」
「あれは無理だよ。勝てるとこないって」
ポンポンとなぐさめるようにあたしの肩を叩くと、笑いながら友達二人は行ってしまった。
なんなんだろ、一体。
あたしは脱衣所で服を脱いでカゴに入れると、自分用の手桶とタオルを持った。
大浴場の戸をガラガラ開けて、洗い場に足を踏み入れた瞬間、友達の言っていた言葉の意味を理解した。
(あの女……!)
洗い場に、ファミリーの人間じゃない女が二人いた。
薄茶の髪の女と、黒髪の女。
仲良く背中の流しっことかして、楽しそうにしてる。
頭んとこのお手伝いさんから聞いた。マルコはあの薄茶の髪の女にベタ惚れなんだって……
あーっ! 考えただけで頭にくる! あの浮気者!
まだあたしが小さかった頃、「俺がリザを一生面倒見る」って約束したくせに!!
たまに町に出てひっかけた女がついてくることはあったけど、自分から連れてくることはなかったのに……まさか、あの女が本当の本気で好きなんじゃないよね?!
実はあたし、今日一日、あの女の行動を隠れて観察してた。
我ながら完璧な隠密行動だったと思う。あの女は、ライバルに情報収集されてるなんて、夢にも思ってないだろう。
大体からして、美人に性格のいいやつはいない。
あの女もどんな性悪だろうと思ってたんだけど……しつこくまとわりついてくる、チビ達を追い払うでもなく遊んでやったり、砂漠馬の手入れしてるおっちゃん達の手伝いしてやったり、遠目から見てても悪い奴には見えなかった。
ちょっと予想と違うじゃないか……あれ、ただの客だったらあたしだって歓迎したと思うよ。
でも! もしマルコがあの女を嫁にするとか言い出したらと思うと……あの綺麗な笑顔は悪魔にしか見えなかった。
ああ、どうしよう。あの女、実力でここから排除したい……!
入口の壁に隠れて様子を覗っていたあたしは、あることに気付いた。
洗い場で体を流し終わって、お湯に浸かろうと立ったあの女達が歩いて行く先。
そこは温泉成分のせいで、めっちゃ滑るゾーンだ。あたし自身、何度か転倒したからよく知ってる。
(そのまま転んじゃえ……!)
暗いかもしれないけど、ささやかな復讐にそれくらい願ってもいいだろう。
でもつるっといったのは薄茶の髪の方じゃなくて、黒髪の方だった。しかも、滑った瞬間に隣にいた例の女に掴まれて引っ張り上げられたから、結局転ばなかった。
「何やってんだ、本当にトロくさいな」
「トロくさいは余計よっ、滑るんだもん、ここ!」
助けられた方は礼も言わないで怒ってる。あっちの方が性格悪そう……
ああでも惜しい! ハデに転ぶところ見たかったのに!
いつまでも隠れているわけにもいかないので、あたしはこそっと洗い場の隅に移動した。
横目であの女と連れを見ながら歩いてたら、足下を見るの、忘れてた。
右足の下にぬるっとした感覚があって、あっと思った時には勢いよく滑ってた。
(げっ……)
人を呪わば穴二つ。誰かがどこかでそんなこと言ってた気がする。
一瞬体が宙に浮いた気がして、加速度がついたまま、あたしは洗い場の床に嫌と言うほどお尻を打った。我ながらすごい転び方だったと思う。
尻もちの音と、持っていた手桶がカコーン! と跳ねる音が、大浴場内に響き渡った。
これは、ちょっと、本気で痛い。
「う、うぎぎぎ……!」
あたしは叫び声をなんとか飲み込むと、涙目で堪えた。
情けない……何やってんだろ、あたし……
「おい、大丈夫か?」
かけられた声に顔を上げると、薄茶の瞳と視線があった。
例の女だ……! 完全に見つかってしまった上に、ものすごく無様なところを見られてしまったじゃないか。無念すぎる……
女は、尻もちをついたあたしに手を差し出してきた。
「立てるか?」
それ、まるで子供を見るような目じゃないか? あたしはもう15なのに、失礼だゾ!
あたしは目の前に立つ女をじっと眺めた。
マルコが胸の大きい女を好きなことくらい知ってる。
あたしは自分の胸元に視線をやった……自分で言うのもなんだけど、これ、貧相って言葉がぴったりじゃないかな。
もう一度、薄茶の髪の女を見てみた。
すごい大きいわけじゃないけど、めっちゃ形いいし、胸だけじゃなくてくびれてるとこはくびれてるし、肌は真っ白で艶々だし……なにこれ?
コイツ、実は人間のフリした悪魔かなんかじゃないの?
こんな完璧なプロポーションを前にしたら、あたしでなくってもすごい敗北感覚えると思う。
いや! あたしはまだ発展途上で! これから大きくなるんだから!!
「立てないほど痛かったか?」
無言で叫んでるあたしの心の中のことなんか知らずに、女は私の手を取って引っ張り上げた。
え? 何? すごい力なんだけど。この見た目でなんで??
ひょいっと起こされてしまって、私は目をまん丸にしたまま、その手を振り払った。
「だ、誰が起こしてくれって言ったよ?! あんたなんか、あんたなんか……」
美人で、スタイルが良くて、大人っぽくて、オマケにあたしにまで優しくしてくれて……
敵うところが、何もない。
「みじめだ……」
「は?」
「あたしが、女としてみじめだって言ってんの!!」
「……はあ。胸のことか?」
「はっきり言うな!」
やっぱり失礼な女だ!
あたしは涙目をごしごし手の甲で拭った。
「ねえねえ、あなたマルコの婚約者って本当?」
黒髪の方が、興味深そうにキラキラした目であたしに尋ねてきた。
「本当だよ!」
「年いくつなの?」
「15だよ! ていうか、あたしに話しかけるな! 特にお前! 敵だからな!」
「え? 私が? なんで?」
びしっと構えたあたしの指を見ながら、薄茶の髪の女は困った様に首をかしげた。
くっ……コイツ、ひとつひとつの挙動が美麗すぎる! 女のあたしでもドキドキするって、おかしくないか?!
「あんた……マルコの女なんだろう?!」
「……ちょっと待て。誰が、誰の女だって?」
「あんたが、マルコの」
「冗談キツいぞ……ひどい誤解もいいとこだ」
「へっ?」
本気で嫌そうな顔をして否定する目の前の女に、私は目をぱちぱちした。
「マルコが、あんたにベタ惚れだって聞いたんだけど……?」
「あいつがどう思ってるか知らないけど、私の方は一切そういう気はない。むしろ大迷惑だ」
「え? え?」
どういうこと?
「じゃあ……あんた、マルコの女じゃないの?」
「断じて違う。この先そうなるつもりも毛頭無い」
言い切った女を見て、あたしは肩の力が抜けるような気がした。
なんだかよく分からないけど、もしかしてあたしの勘違いだったのかな……?
「リザさんでしょ? 私達、傭兵としてお仕事しに来ただけなのよ」
黒髪の方が、なんだか楽しそうにそう言った。
「そう、仕事が終わったら出て行くし、お前の婚約者を取ったりしないから、心配しないでいい」
薄茶の髪の女も、ため息交じりにそう言った。
傭兵として……仕事をしに……じゃあ本当に、誤解だったのかも。
「えっと……あの、ごめん。あたしの勘違いだったみたいで」
なんだか恥ずかしくも申し訳なくなってきて、あたしはひとまず謝った。
直視するのに、こっちが恥ずかしくなってしまうほど美麗なプロポーションの女は、あっさり「いいよ」と言ってくれた。
「あんなのが婚約者じゃ大変だろうけど、頑張れよ」
しかも、応援してくれた。
普段から「もうやめとけ」とか「脈ない」とか「勘違い」とか、マルコに関して仲間内でさんざん言われてるあたしにとって、その言葉はすごくうれしく感じた。
この女、もしかしたらいいヤツなの?
ライバルでないなら、仲良くしてやってもいいかもしれない。
あれ? でもマルコはやっぱり、この女のことが好きなのかな??
うーん……
(まあ、いいか)
仕事が終わって出て行くのなら、お客さんとして普通に接していればいい。
ほっとして緩んできた頬を押さえつつ、あたしはじんじんするお尻の痛みに耐えていた。
マルコ12歳。「(盗賊団のトップになって)俺がリザを一生面倒見るから」
就職先の社長気分で言った台詞が、プロポーズとして受け取られていました。
次回、エアーズ盗賊団にまたも行方不明者。しびれを切らしたマルコが動きます。




