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没落の王女  作者: 津南 優希
第三章 その先の未来へ
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隠していることなどありません

 私はイーラス・マクウェイン。

 この西の大国プロントウィーグルの第一王子、アレクシス様の侍従兼護衛です。


「では、以上が今後3ヶ月以内の王宮での催しになります。それ以外での各国の催事につきましてはお手元の資料をご覧ください」


 執事長、侍従長、侍女長などが集まるこの会議は、月に1度の定例になっています。私がここに参加するようになって、もう1年以上が経ちました。

 元々騎士団で魔法士をしていた私は、最初のうち、この場に王子付きの侍従として参加することにひどく抵抗を覚えたものですが……慣れとは怖いものです。

 今ではすっかり普通のこととして、侍従の顔で座っていることが出来るようになりました。


 今回は既に決まっている王宮の予定表の他に、世界各国の大きな催事について書かれた半年間の予定表が配られていました。

 細かいことから大きなことまで、色々覚えておかなくてはいけないのが侍従の仕事です。成り行きでなった職業とは言え、既に王子に生涯を捧げてお仕えしようという覚悟がある今、全力でこの仕事に取り組むことにやぶさかではありません。

 王宮の予定は既に頭に入っているので、私はその他の催事について目を通しました。

 来月10月から半年間の予定表に、どこで何があるのか、プロントウィーグルがどう関わるのか、誰が参加するのかなど細かい資料が添えられています。


(去年よりも北の催しが増えたような……こっちは新しく入ってきたイベントか。中立地帯では……ん?)


 おおむね予想通りの予定表に、ひとつ見慣れない項目がありました。

 それは東西南北のどこにも属さない、いわゆる中立地帯と呼ばれる島で行われるイベントでした。


「傭兵大会……? 聞いたことありませんね」

「ああ、それは2年に1回しかないからね。イーラス君は知らなくても当然かな。傭兵達の腕比べみたいな大会でね、うちからも審査員が出ることになっているよ」


 私の呟きに、横から侍従長がそう教えてくれました。

 このイベント、ちょっと気になります。


「侍従長、この大会とやらには……傭兵が参加するのですか?」

「ああ、年齢制限があるみたいだけど……基本的には傭兵であれば誰でもエントリー出来るはずだよ」

「……王子は、このイベントのことをご存じでしょうか?」

「え? アレクシス様がかい? どうだろうね……知っているかもしれないが、王族が関わるような行事じゃないからね。知らなくても不思議はないと思うよ」

「……そうですか」

「これが、何か気にかかるのかい?」

「いえ……」


 私は予定表に視線を戻して、うーんと唸りました。

 対外的にはいつもと変わらない我が主、アレクシス様ですが、実はちょっと思い悩まれていることがあるのを知っています。

 「傭兵」に関わることなのですが……私以外誰もその事実を知りません。


(このイベントのことは……王子には黙っていた方が良さそうですね)


 会議が終わり、私は王子の自室へ足を向けました。

 午後からの予定は、北からの使者の接待に、騎士団長との剣の稽古、冬物の衣装を仕立てるための採寸が入っていたはずです。

 頭の中で細かいタイムスケジュールを反芻(はんすう)しながら、私は近衛兵に挨拶して王子の自室に入りました。


「ただいま戻りました……」


 部屋の中には同じ王子付きの侍従仲間が二人いるだけで、王子の姿がありません。


「王子はどちらへ?」

「イーラス殿、モントペリオルからの使者様ですが、ヒートウィッグ様が対応されることになったので、王子は騎士団長との稽古を早めにされると……先ほど練習場に行かれました」


 ヒートウィッグ様は第二王子でアレクシス様の弟君にあたるお方です。

 我が主ほどではないもののなかなかに出来たお方で、人当たりも良いことから外交には向いていると成人前からこういったことにはよく駆り出されておいでです。


「お一人で行かれたのですか?」

「一人で良いと……後でイーラス殿が戻られたら、伝えて欲しいと言われました」

「そうでしたか、分かりました」


 私はそのまま部屋を出て、練習場に向かいました。

 訓練中の騎士達とは別の練習場から、真剣で打ち合う音が聞こえてきます。騎士団長のシャダール様と、立ち会い稽古をしていらっしゃるアレクシス様が見えました。

 魔法士であった私には剣のことはよく分からないのですが、大変な努力家である王子はこの半年ほどの間にもかなり剣技が洗練された気がします。

 西の大国一と言われた剣の使い手であり、師であるシャダール様が、もう持てあましているようにも見えるので、その実力は相当なものだと言わざるをえません。


(それでも……まだまだだと、仰るのですが……)


 半年ほど前に会った、とある傭兵剣士に実力の差を見せつけられてから、王子は毎日ストイックに剣の稽古を続けてらっしゃいます。

 ご自分で気付いておられるのだか、おられないのだか、傭兵であるその女性剣士にご執心のようなのです。

 ここで「傭兵大会」なるものがあるなんて知ったら、彼女が現れるかもしれないとか言って、またお立場も忘れて中立地帯の島まで行きかねません。

 品行方正で非の打ち所のない方であるのに、たまにすごく常識から外れたことをなさるので、こちらも気が気ではないのです。

 思えば私が侍従になったのも、そんな王子の暴走を止めるため、という理由からでした。


(傭兵大会は10月頭……もう少しの間黙っていれば、その後気付かれたとしても間に合わなくなるでしょう)


 中立地帯までは高速船と馬を使っても最低10日はかかりそうな旅程です。

 もう9月も中頃を過ぎようとしている今、後1週間も黙していれば事は穏便に流れると思われました。




 次の日の朝食の後、自室で書類に目を通されていた王子が私を呼ばれました。


「イーラス、何か私に隠していることがないかい?」


 笑顔での唐突な問いに、私は思わず視線を泳がせました。


「王子、何故そのようなご質問をされるのでしょう?」

「うん、昨日の定例会議の後に侍従長と話したパルラが、なにやらイーラスが気にかけていることがあるらしいと、私に教えてくれたんだ」

「パルラが……」


 私の身の回りの世話を焼いてくれる侍女で、アレクシス王子のファンクラブ会員No.17だと自慢している、あのパルラが……ものすごく、嫌な予感がします。


「隠していることなど、ありません」


 そう、私はただ黙っているだけで、聞かれたことについて隠している訳でも嘘をついている訳でもないのです、断じて。

 王子はさわやかな笑顔のまま、書類の中から一枚の紙をつまみ出して私に見えるように持ち上げられました。


「これ、私ももらったんだ」


 王子が手にされているのは『世界各国催事予定表~今年度後期版~』と書かれた、あの予定表でした。

 この先の王子の言動を予想して、私はよりいっそう嫌な予感がしました。

 

「もしかして、イーラスが私に隠しておきたかったのは、この部分じゃないかと思って」


 トントン、と指で「傭兵大会」の項目を叩くと、王子はいたずらっ子がするような目で私を見られました。


「私がいきなりいなくなるのと、予定を組んで一緒に向かうのと、選ばせてあげるよ、イーラス」

「……」

「どちらがいい?」

「……急ぎ調整して、中立地帯への視察予定を入れたいと思います」


 黙っていた私への仕返しでしょうか……王子はたまにお人が悪いです。

 しかしもうこうなったら自分が同行出来るよう、予定を組むしかありません。

 私は心の底からため息をつきました。


「楽しみだね、傭兵大会」


 既にどっと疲れの出て来た私のことなど見えないかのように、濃い緑の目を輝かせて、王子がうれしそうにそう仰いました。


理想の王子像を地で行くかと思いきや、たまにすごく非常識なアレクシスに振り回される侍従イーラス。

第2章はじめの方の土竜討伐編にも出ています。イーラス語りの短編はこの2点。


「私のご主人様2 ~その1~」 https://book1.adouzi.eu.org/n5502fb/

「私のご主人様2 ~その2~」https://book1.adouzi.eu.org/n5579fb/


次回は、飛那姫達のいる東の国に話を戻します。

(明日月曜日は所用につき更新なしの予定です)

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