城下壁を直せ
「甚五郎をギルドに戻して、城下壁を直せだって???」
大工ギルドの商談室に入った私は、「頭」と呼ばれる古参の大工の前に座っていた。白髭に白髪なのに、ご老体と呼ぶのをためらうくらいマッチョで元気なじいさんだ。
「ああ、甚五郎は城大工だったんだろ? 人手が足りないなら役に立つんじゃないか?」
私がそう言うと、頭は鼻で笑って手を振った。
「城大工だろうがなんだろうが、信頼がモットーのウチのギルドに嘘つきはいらねえよ」
「だから、それは今話した通り妖精の呪いで……」
「二枚舌だかなんだかしらねえが、嘘つきは嘘つきだ。そいつに騙された人間は一人や二人じゃないんだぞ?」
私の座っているソファーの後ろで、甚五郎は申し訳なさそうにうなだれていた。
情けねえな、もっとなんか言い返してやれよ。
「大体な、余所者がいきなり来て城下壁を直してくれだなんて、意味が分からねえ。お前ら一体何者なんだ?」
「……城下壁が壊れると、町が困るんだろ?」
「だから、それが余所者には関係ないって言うんだ」
「余所者じゃない」
私や美威が若いからか、馬鹿にした態度でうるさいジジイだな……
職人のジジイってのは、みんなこうなのか?
「とにかく、今は人が足りてねえんだ。城下壁の整備なんて、でかいヤマに人を割けるほど大工もいねえから、悪いがそのほら吹きを連れて帰ってくれ」
「ちょっと待て、こっちはちゃんと依頼しに来たんだぞ?!」
「依頼? あのな、ここの城下壁が一周何Kmあるか知ってるのか? 13kmあるんだぞ?! よしんば人手が回せたとして、どこにそれだけの修繕費があるってんだ? 冗談も大概に……」
ドン! と音を立てて、目の前のテーブルに重たそうな布の塊を置いたのは美威だった。
「……飛那ちゃん、そこどいて」
あ、怒ってらっしゃる。
私がソファーの端に移動すると、頭の前に美威が座り込んだ。冷えた笑顔が怖い。
「私達、商談に来たんです。ここで帰れとおっしゃるなら帰りますけれど……詳しい依頼内容も報酬内容も聞かずによろしいんですか? 見たところ経営も大分困窮していそうなこちらのギルドにとって、大変魅力的な案件だと思うんですけれど」
「ほう、報酬内容ね……城下壁の修繕費をお前さん達が払うって? 全部直せってなら、普通に豪邸が建つくらいの金額が必要だが、それが用意出来るって言うのか?」
美威は笑顔のまま、テーブルの上に置いた塊から布を取り去った。
そこから出て来たのは、宝物庫から持ち出した金塊のひとつだ。頭は目を瞠って、テーブルにかじりついた。
「こりゃぁ……金地金じゃねえのか?!」
「5kgです。もうひとつ同じものがありますから、それは修繕が一段落したところでお渡しします。現在のレートで計算してくださってかまいませんけれど、足りますよね?」
「足りるも何も……これだけあれば材料代と賃金払っても、おつりが出る。出て行った大工達も何人かは呼び戻せるかもしれねえ……」
あっけに取られている頭の前に、美威は何枚かの紙を並べて見せた。
「これが工事依頼の内容です。確認してください。いくつか条件もあるので、きちんと読んでくださいね」
「……条件の一番上にある、『余計な詮索をしない』ってのは、なんだ?」
「私達がどこから来て、なんで城下壁を直して欲しいのかとか、そういうことの全てです」
「……あんたらにメリットはあるのか?」
「もちろん、あります。でも詳しくはお話しませんので」
頭がおとなしくなった。
グッジョブ美威。
「それじゃ、2日以内に城下壁の現状報告と予定する修理箇所と見積もりを作成してください。あ、抑えられる部分のコストは抑えてくださいね。修繕後にきちんと仕事がされたと判断出来れば、その後の維持管理も依頼する予定があるので、どうぞよろしく」
「人を集めるにも少し時間がかかるが……急ぎ取りかからせてもらおう」
おお、話がまとまった。
でもそうか、やっぱり人が足りないんだな。
「人手が必要なら、私達からも一人出すか。大工じゃないが、雑用くらいは出来るだろう。こいつに報酬はいらない」
そう言って私は、後ろでぼけっと立っているマルコを指した。
「え? 俺?」
「働いてくれるよな? マルコ?」
極上のスマイルで頼むと、マルコは二つ返事で了承した。
単純なヤツ。
その時、窓の外から鳥の羽ばたきらしき音が聞こえてきた。
開けた窓から青い光の塊が部屋の中に飛び込んで来る。羽の裏だけが純白の、見たこともない青くて綺麗な鳥が羽ばたいていた。
大きな青い鳥は、ホバリングしながら茶色い透き通った瞳で私を見つめた。
「……もしかして、伝書鳩なんじゃない?」
美威が後ろから、そう言った。
メンハト? って……こんなにでかかったっけ?
私が腕を差し出すと、鳥はふわりとそこにとまった。
凜としたシルエット。美しい艶の冠羽、1M以上ありそうな長いしだり尾。派手な鳥だな……
ふっと鳥は消えて、一枚の手紙が現れた。本当に私のメンハトだったみたいだ。
「飛那姫ちゃんのメンハト……本人と同じで、目立ちすぎじゃないかな?」
「私もはじめて見たけど……こっそり手紙送るとか、絶対無理ね」
何か色々コメントしたそうな後ろの二人は置いておくとして。手紙の送り主はもちろん兄様だ。
封筒から取り出した便せんに、私は目を走らせた。可愛い妹へ、という出だしに続いて、短い手紙が書かれていた。
「『城下壁を直すのなら、土工ギルドにも協力を仰いで同時に周囲の沿道も整備してもらうといいよ。メンハトのテスト飛行をかねて。兄より』だって……そうか、沿道か。さすが兄様」
「さすがって言うか、私はなんで蒼嵐さんが城下壁修理のことを知ってるのかが気になるわ……」
乾いた笑いを浮かべる美威の背後で、マルコが青い顔をしている。
確かに、どうやって知ったんだろうな。
気にはなったけど、兄様の言うとおり、大工ギルド経由で土工ギルドにも沿道の整備を依頼してもらうことにする。ひとまずはこれでいいかな。
今私が出来ることなんて限られてるけど、これだけでも少しは残っている人の役に立てるだろうか……
翌日から始まった修繕前調査は、城の北側から始まって、周囲が13kmもある城壁をぐるっと順番に確認していくというものだった。
城下壁の上から人をぶら下げて確認しなくてはならない箇所は、マルコの魔力で作るロープが役に立っているみたいだ。へえ、雑用の役にしか立たないはずが、思わぬ効果だ。
身軽なマルコはもしかして、大工仕事にも向いているかもしれない。
甚五郎は喋らないようにするということで、ギルドに戻してもらった。よく働いて少しは信用が戻ればいいと思う。
しかし、王女でいた時も、傭兵になった時も、この城下町をのんびり歩いて回る日が来るなんて考えてもいなかった。
(紗里真は、まだここにあるのかな……)
今の自分が、国を統治することについて考えを巡らせてみた。
民草の生活を知っている私は、もしかしたらいい政治が出来るかも……いや、無理だな。絶対。
神楽の継承で王位が決まる紗里真の事情を知った今でも、私は兄様に紗里真を治めて欲しかったと思ってしまう。
国がなくなった今となってはもう、叶わないことなんだろうけど。
城の騎兵隊がいないので、城下壁外の警備は傭兵の仕事だ。
私も美威も町から雇われた傭兵の中に混ざることにした。大した報酬はもらえないので美威は不満そうだったけど、城下町の外から来る異形達を追い払いつつ、修繕が済むしばらくの間、大工達の安全を守っていければいいと、私はそんな風に思った。
世の中金があれば大抵のことはナンとかなります。
ナンともならないことも、多少はあります。
元国民に対して少しだけ貢献した飛那姫。
次回は、西の国から。あの人が出ます。




