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没落の王女  作者: 津南 優希
第三章 その先の未来へ
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私のしたいこと

 綺麗なものだけを見て、生きていくことなんて出来ない。

 ちっぽけな私が願ってもどうにもならないことなんて、いくらでもある。


 それでも私達はこの世界で自由を手に入れた。

 好きな時にどこにでも行けるし、何をしていてもいいし、壁にぶつかってもお互いがいればなんとかなる。

 そうやってこの7年間、美威と二人で生きてきた。


 なんの変哲も無い幸せを夢見て、穏やかな時を願うのが悪いことだとは思わない。

 でも、それが唐突に自分のこととして降ってきたら、どれだけ快適な生活が待っていたとしても、受け入れるのは困難だ。

 流れの傭兵って職業は、私が剣士として日々戦いの中にいたいという希望と、美威にもっと色んな世界を見せてやりたいという希望を、両方叶えてくれる。

 不便でも、危険でも、傭兵である限りは同じ方を向いて美威と一緒にいられる。

 いずれは旅を止める時が来るかもしれないけれど、今はまだその時じゃない。

 兄様がなんと言おうと、この生活スタイルを変える気はない。


 地平線の向こうに沈んでいく夏の赤い太陽をぼんやり見ながら、私はうとうとしかけた頭を小さく振った。


(いつまでもここにいる訳にはいかないか……)


 少しは頭が冷えた。

 ちゃんと兄様に話をして、分かってもらわなくては。7歳から17歳の姿に戻った今の私の気持ちを、ちゃんと理解してもらわなければ。

 そう思って太い幹に預けていた体を起こしたら、私の体重以外の重さがのしかかってきて、枝先がしなった。

 隣を見上げたら、兄様が静かにそこに立っていた。


「兄様……」

「飛那姫、迎えに来たよ」


 たった今ちゃんと話し合おうと思ったのに、顔を見たら話すべき事を忘れてしまったみたいだ。

 ぷいっとそっぽを向いてから、これじゃ子供と変わらないじゃないかと、自分で馬鹿馬鹿しく思う。


「美威さんから色々聞いたんだ……ごめんね。僕の考えが足りなかった」


 思わぬ謝罪の言葉に、私は兄様を振り返った。

 話し合う前に放棄してしまったのは私だ。私のためを思って、ここで暮らせばいいと言ってくれた兄様は何も悪くなかったはずなのに……


「……私も、勝手に飛び出してしまって、ごめんなさい」


 謝るのは苦手だけど、悪いと思う気持ちを素直に口に出したら心が軽くなった気がした。


「飛那姫は悪くないよ」


 そう言って兄様は小さい頃みたいに頭を撫でてくれた。

 その仕草にちょっと泣きたくなった。

 でも我慢した。最近泣きすぎて涙腺が緩みっぱなしだから、この辺で元に戻しておかないといい加減まずいと思う。


「みんながいるから聞けなかったけれど……父様と、母様の話を聞いてもいいかな……礼峰先生や、みんなのことも知りたいんだ。僕がいなくなった後、何があったのか……もちろん、飛那姫が辛くなかったらでいいんだけど」

 

 隣に座った兄様に頷いてみせると、私は当時のことを話して聞かせた。

 振り返るのも、知るのも、辛い話なのはお互い様だ。

 つっかえながらも話して、全部話し終わったら、もうほとんど日は沈みかけていた。表情は暗かったけど、聞き終わった兄様は落ち着いていた。


「……あの高絽先生が……にわかには信じられないけれど、分かる気もするな」

「兄様、私からも聞きたいことがあります。城下町がどうなったか……民や残った兵士達がどうなったか、ご存じですか?」


 私はずっと気に掛かっていたことを口にした。

 私があの国から逃げたのは、一度ではなくて二度なのだ。一度目は全てを置いて。二度目は、そこにまだ兵士や民が残っていると知っていて、置いて逃げた。

 聞いたところで自分が許せない気持ちに変わりは無いだろうが、知りたかった。

 今更案じているなどと言うのは、おこがましいと承知で。


「城にはもう誰も住んでいないと聞いているよ。城下町は綺羅の支配下にあった時よりはマシになったみたいだ。統治されてはいないものの、他の大きい街と似たような感じで、みんな過ごしているらしい。ただ、住んでいる人の数は大分減ったと思う」

「そう……ですか」

「実のところ、僕も城を見に行ったことはないんだ。記憶がなかったのに、何故か足を踏み入れるのが恐ろしく感じられて、今まで行けなかった。今度……ちゃんと見に行くよ」

「……はい」


 そう言ってもらえて、少し肩の荷が下りた気がした。


「兄様、私……旅は続けます。ここに住むことは、美威が傭兵を辞める時にまた改めて考えてもいいですか? 兄様のことも大事だけれど、今はまだ美威と一緒にいたいんです」


 私は、言わなくてはいけないことを兄様に伝えた。


「美威さんは今の飛那姫にとって、とても大切な人なんだね」


 うらやましいな、と笑って言うと、兄様は立ち上がって手を差し出した。

 私が重ねた手を引っ張り上げる力はちょっと頼りなかったけど、優しい昔のままの兄様の笑顔が、私の好きにすればいいよと言ってくれている気がした。


「旅を続けてもいいから、疲れたらいつでもここに帰っておいで。あと、僕が言うのもなんだけど……行方不明になるのはダメだよ」


 冗談めかしたそんな台詞が聞ける日が来るなんて、思ってなかった。

 私はじんわりうれしくなって、微笑んだ。


「はい、兄様」

「暗くなってきちゃったけど、散歩しながら帰ろうか。昔みたいに」


 大木から降りた私達は、今度は楽しい話をしながら塔へ続く道を戻った。

 兄様と離れていた長い年月は、この少しの時間で全て取り戻せるほど簡単なものではなかったけれど、それでも距離は縮まった気がした。

 私の住むこの世界には、美威がいて、兄様がいる。

 今はもう、それだけでいい。


 塔にたどり着いた私達は、一緒に玄関をくぐった。

 出迎えてくれた美威が、私と兄様を見てうれしそうに笑った。


美威のおかげもあって、兄様と仲直り出来ました。

すれ違った時に言葉を尽くしたり、相手の立場から物を見たりするのは、とても大切なことだなぁ……と思います。


次回は、兄様に見送られて次の目的地へ……まだ東にいます。

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