兄妹喧嘩
薄茶色に光るふんわり軽やかな髪。
同じ色の大きくて透き通った瞳。
どこまでも透明感のある、白くて丸い頬に、通った鼻筋。
桜色の花びらみたいな唇。
たおやかな妖精を思わせるような肢体。
幼い頃の私を形容する賛辞は、まだまだあった気がする。
「完璧な美少女ぶりね、飛那ちゃん」
「いや、これはこれで超絶に可愛いんだけど……俺はやっぱり元のナイスバディの方が……」
美威とマルコの好奇の目にさらされて、私は居心地悪くちょこんと椅子に座っていた。
「うるさいな……人ごとだと思って……」
余戸のいれてくれたココアを飲みながら、私は頬をふくらませた。
大体なんでココアなんだ、中身は大人だぞ。まあ、好きだけどさ、甘いココア。
目の前に座っている兄様はニコニコご機嫌で私を見ている。
「いや、昨日遅くまで作業してて……今朝方ココに置いたんだよね。どうせ梱包しなきゃいけないし、今日引き取りに来るし、もう置いておけばいいやと思って……まさか飛那姫が食べちゃうとは思ってなかった」
例のアメ玉もどきが詰まったガラス瓶を手に、兄様がそう説明した。
一粒で10歳見た目が若返るという薬の効果は、3時間くらいで切れるらしい。本当に若返った訳じゃなくて、そう見えるように肉体に錯覚を起こさせている状態(?)だそうなので、副作用も何もないって話だ。
「まぁ、おかげで兄様が私を思い出してくださったから、良しとしますけど……」
腑に落ちない部分はあるものの、結果オーライだろう。
「このままの方が絶対可愛いよ、飛那ちゃん」
「うんうん、飛那姫は世界一可愛いよ」
美威の言葉に、兄様が相づちを打つ。そうだった。兄様はこういう人だった。
さすがにもう子供ではないのだから、「世界一可愛い」はやめて欲しいなぁ。
「ところで……」
兄様はマルコに向き直って笑みを深めた。
「マルコ君だったね? 君は、僕の妹とどういう関係なのかな?」
「え? 俺ですか? 俺はもちろん飛那姫ちゃんの将来の……」
マルコがそこまで喋りかけたとき、余戸と衣緒の二人が、横からマルコの頭を抱え込んで壁際に引きずっていった。
元精鋭隊の騎士二人が相手じゃ、マルコも身動き出来ないだろうけど。何やってんだ。あれ。
「ひとまず、当たり障りのない回答をお願いします……!」
「返答によっては、社会的に抹殺される可能性がありますよ……!」
何かコソコソ話してるけど。
「蒼嵐様、彼は護衛兼下働きとして姫様達に同行している従者だそうです」
「え? 俺が?」
初耳だな。いつからそうなったんだ。
まぁ、どうでもいいけど……
「そうか。それじゃ飛那姫は今、どこに住んでいるんだい?」
兄様はひとまず納得したらしく、マルコを視界から消して私に尋ねてきた。
「住んでいるところはありません。傭兵なので」
「傭兵……?」
「言いませんでした? 今は美威と世界を見て回っています」
「傭兵って言うと、ギルドから請け負った仕事で生計を立てているという……あの、どちらかと言うと強面のおじさん達が多い、職業のことかな?」
「はい、そうです」
兄様は笑顔を貼り付けたまま、固まってしまった。
なんだろう、不穏な空気を感じる。
「なんだか大変そうな暮らしだね……定住するところもないんじゃ、疲れないかい? 飛那姫は、もうここに住めばいいんじゃないのかな?」
「え?」
「この塔だけでは狭いだろうから、この周囲をあと3ヘクタール位更地にして、新しく屋敷を建ててあげるよ。侍女もつけるし、欲しいものがあれば僕に言ってくれればいい」
ぽかーんとしているのは美威とマルコだ。余戸と衣緒は困った薄笑いになっている。
ああ、記憶が戻ってくれたのはいいけれど、兄様は私に対してものすごく過保護で、甘いんだったよ……すっかり忘れてた。
「お気遣いありがとうございます、兄様。でも私、傭兵を辞める気はないんです。美威と旅を続けるのが楽しいので」
「でも、傭兵って命を落とすこともある危ない職業だろう? 旅行もいいけれど、若い女性が二人で危険じゃないのかな」
「危険なこともありますけど、大丈夫です。私、強いので」
「飛那姫が強いのは知ってるけれど、そういうことを言ってるんじゃないんだ。傭兵じゃなくて、もっと他に職業を選ぶことだって出来るだろう?」
「傭兵以外の職業に就くことを、考えたことはありません」
そこまで話して、私は飲み終わったココアのカップをテーブルに置いた。
おかしい。なんか、兄様から無言の圧力を感じる。私は浮かんだ疑問を口にしてみた。
「兄様。兄様はもしかして、私が傭兵であることに反対されているのですか?」
「反対というか……結果的にはそういう言い方になるのかもしれないけれど、もっと安全で落ち着いた暮らしをして欲しいだけだよ」
「私は、傭兵を辞める気はありませんから」
ピリッとした空気が応接室内に走った。
「飛那姫、僕は……心配してるんだよ。もう17歳だろう? 世の中には悪い輩があちこちにいるのに、飛那姫みたいな可愛い子が狙われない訳はない。僕が近くにいれば護ってあげることも出来るけれど……」
「私は、誰かに護られるほど弱くはありません。大体、兄様より私の方が強いです」
「いや、そりゃ腕力では敵わないけれど、僕だってこの7年で大分強くなったんだよ?」
「兄様の魔力が増えたのは分かりますけど、美威だって魔力量で言えば王族並みですし、魔法には困っていません。とにかくもう子供じゃないんですから、兄様に護ってもらわなくても大丈夫なんです!」
7歳に戻ってしまったこの姿で言っても説得力があまりないんだけど、なんかだんだんイライラしてきた。
「そんなこと言って、旅の途中でものすごく悪い男とか、異形とか、竜とか出て来たらどうするの??」
「全部斬り伏せます!」
「飛那姫、僕の言うことも少し聞いて……」
「聞きません!!」
私が今どうして美威と組んで傭兵をしてるのかとか、なんで旅を続けてるのかとか、何にも知らないくせに。
傭兵を辞めろだなんて……美威との旅をやめろだなんて……
「兄様のバカ! 分からず屋!」
そう叫んでぴょんと椅子から降りると、私は扉を開けて部屋から飛び出した。
もう! 兄様のバカ! 過保護バカ!!
「飛那姫!」
後ろから呼び止める兄様の声が聞こえたけれど、完全無視だ。
私はそのまま玄関を開け放して、外へと飛び出して行った。
昔だったら「はい」って聞いてただろう可愛い妹が反抗期のようです。
7年間の空白を埋めるためには、お互い成長が必要でしょう。
次回は、妹が迷子です。




