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没落の王女  作者: 津南 優希
第三章 その先の未来へ
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伝わる言葉

 この世界には、東西南北に分けられた大陸に、それぞれ4つの大国がある。

 

 北の大国、モントペリオル。

 南の大国、グラナセア。

 西の大国、プロントウィーグル。

 そして東の大国、紗里真(しゃりま)


 このうち東の大国だけは、何年も前にあった大殺戮事件をきっかけに、滅んでしまった。

 あれは本当にゾッとするような凄惨な事件で、はるか南の国に住んでいる俺のところにも大ニュースとして飛び込んできたのを覚えている。

 国を乗っ取られて一度名前が変わったはずだけど、俺の記憶にある東の大国は「紗里真」という王国だ。


 そんなバカでかい国の王族が、今俺の目の前に二人座っている。


 今聞いた話が本当なら、飛那姫ちゃんとお兄さんはその紗里真王国の生き残りってことになる。

 それで、このおっさん達は騎士団の精鋭隊だった、と。

 うん、話が急すぎて理解に苦しむけど、飛那姫ちゃんが普通でない理由が分かった気がするな。


「姫様。姫様はあの、鮮血の31日をどのように生き延びられたのか……それだけお聞きしてもよろしいですか?」


 余戸、というおっさんがためらいがちに飛那姫ちゃんにそう尋ねた。

 鮮血の31日は、紗里真王国が滅びた日のことだ。

 城の中の全員が血を吐いて死んだって噂だったけど、本当のところがどうだったのかは分からない。


「……城内の水に毒が入れられた日、私は朝から何も口にしていなかったんだ。あの日は私の誕生日で……兄様のいない誕生日を、どうしても祝う気になれなかった。だから意地になってパーティーには行かない、何も食べないし飲まないと言い張ってた。そのおかげで、私は毒を口にしなかったんだ」


 飛那姫ちゃんは少し迷ったような顔をした後、そうやって説明してみせた。

 淡々と喋ってるけど、すごい内容じゃないか……これ。


「なんと……ではその後の綺羅の襲撃があった時は、お一人で逃げ延びられたのですか?」

「父様や先生が、玉座の間にあった脱出口から私を逃がした。生きろと言われて……一人で何も出来ずに逃げた。そこからはある人に世話になって、2年間剣を教えてもらっていたんだ」

「国を離れても剣ですか……姫様らしいと言えばらしいですが……」

「ああ、そうだ余戸、衣緒。父様の神楽は今私が受け継いでいるよ」

「聖剣神楽をですか?!」


 飛那姫ちゃんはそう言うと、テーブルの上にいつもの青く光る剣を顕現させた。

 何もない空間に、青くて細かい光が集まったかと思ったら剣が出てくる。

 いつ見ても不思議だ、魔法剣。


「おお……!」

「国宝は失われていなかったのですね……!」


 おっさん達は感動してテーブルの上の長剣に見入っていた。


「昔みたいに手合わせ、してくれるとうれしいんだけどな」

「ご冗談を、姫様」

「この剣気、我らでは相手になりますまい」


 剣の話で盛り上がっている飛那姫ちゃんとおっさん達をよそに、お兄さんだけが真剣な顔で魔法剣を見ていた。

 食い入るように、じっと。


「どうかしました?」


 物腰の柔らかそうな人だと思ったのに、気付けばあまりにも表情が硬い。

 俺が尋ねたことで、飛那姫ちゃんもお兄さんの様子がおかしいのに気付いたみたいだ。


「兄様?」


 飛那姫ちゃんがいぶかしげに声をかけると、お兄さんは魔法剣から目を離さずに額に手を添えた。

 表情から察するに、困惑、してるのだろうか。


「いや、この剣……どこかで、見たことがあるような気がして」

「神楽は……父様の剣です、兄様。覚えていますか?」

「分からない。ただ、知っている気がする……いつもそうなんだ。どこかで見たはずなのに、そこから先がぷっつり途切れてる。きっと知っているはずなのに、たぐり寄せられないんだ。もっと強くそうやって感じられるものがあればいいのに、思い出そうとすると記憶が薄くなる」

「兄様……」

「ごめんね、覚えていなくて」

 

 そう言うお兄さんに、飛那姫ちゃんは魔法剣を消すと、困った様に笑ってみせた。


「いいんです、兄様が生きていてくれただけで」

「僕も、妹は死んだって聞かされていたから……生きていてくれて良かった」


 俺には兄弟がいないけど、兄や妹という存在に憧れたことはある。

 この兄弟は、小さい頃仲が良かったんだろうな。


「せっかく訪ねて来てくれたんだから、ゆっくりしていってね」


 そう言って微笑むお兄さんは、いかにも温和な好青年に見えた。

 腕力があるようには見えないけど賢そうだし、妹と違っていきなり暴言吐いたり人を殴ったりとか想像出来ない雰囲気だ。

 俺は隣の美威ちゃんに、こそっと耳打ちした。


「ね、飛那姫ちゃんのお兄さんてさ、全身凶器で口を開けば悪口雑言、人を人とも思わないような暴挙に平気で出る飛那姫ちゃんとは真逆な感じの人だよね」

「……確かにその通りだけど、毎度そこまでされてるのはマルコだけだと思うよ」

「え? 俺特別扱い? うれしいんだけど」

「あんたのそのポジティブ過ぎる発想って、長所でもあり最大の短所でもあるわよね……」


 いや、兄弟でこれだけ性格違うってすごいな、ってことを言いたかっただけなんだけど。

 なんでか俺の短所の話になってるぞ。


「ところで、姫様方がここを訪ねられたのは、魔道具についての話があったからではなかったですか?」

 

 余戸のおっさんがそう言ったことで、俺と美威ちゃんははたと思い出した。

 そうだ、そう言えばもともとその話でここに来たんだったよ。


「はい、そうなんです。魔道具を作ることについてお聞きしたくて……あの、もしかして、飛那ちゃんのお兄さんが『東の賢者』なんですか?」


 美威ちゃんが、そう尋ねた。


「うん、一応そんな通り名で呼ばれているけれど。そうか、僕に聞きたいことがあって来てくれたんだね」


 お兄さんが噂の賢者だったとは。

 賢者って言うと、じいさんのイメージがあるだけに、若すぎて意外だ。


「魔道具にはそれ程詳しくないけれど、答えられることがあれば答えるよ」

「あ、じゃあ教えて欲しいことがあるんです。私は魔法士なんですけど、将来自分で魔道具を作ってみたいと思ってるんです。傭兵の身分で、学校に通わずに独学で魔道具製作の技術を手に入れる方法ってないでしょうか?」

「独学で……か」


 美威ちゃんの質問に、お兄さんは少し考えてから口を開いた。


「僕の意見だけで言うと、魔道具を作るのに必要な知識を、独学だけで極めるのは難しいと思う。文献や専門書である程度までは勉強できるけれど、実際に作るには本に載っていない細かい技術や道具が必要になってくるからね。こういう物を作ろうと考えた時にも、地域ごとに取れる原料によって作成過程の選択肢は星の数ほど出てくるし、一番大事な原料の知識はその地方に独自のものが多くて、口伝も多い。魔道具を作るには本では分からないことが多いんだ」

「じゃあ、やっぱり学校に通うしかないんですか?」

「基礎からちゃんと学ぶには学校もいいけれど、ある程度の知識を持っているのならどこかの工房に弟子入りするのが一番てっとり早いんじゃないかな。技術職だから、一朝一夕に手に入るものではないけれど、詳しい人から直接学ぶのが一番の近道だと思うよ」


 スラスラと説明されて、美威ちゃんは納得したようだった。

 傭兵をやっている以上、どこかに住み込みで弟子入りとかは現実的でないんだろうけど。

 参考にはなったみたいだ。


「飛那ちゃんのお兄さん」

「蒼嵐でいいよ」

「蒼嵐さんも、魔道具を作ったりするんですか?」

「ああ、うん。僕も自分で使う範囲の物は作ったりするけれど……たとえば」


 お兄さんは立ち上がって壁の柱に取り付けてる四角い箱の扉を開けた。

 美威ちゃんも椅子を立って、それをのぞき込みに行く。


「これは僕の作った半径100Mをカバーするオリジナルの盾なんだ。生命体でない異形は通さないけど、人間は通すように作ってある」

「ええ? そんなことが出来るんですか?」

「うん、ここに仕掛けがあってね……」


 なにやら難しい話が始まったみたいだな。

 専門用語が多すぎてさっぱり分からない。魔道具にはそれ程詳しくないとか言ってたけど、あれは嘘だろう。


 俺は美威ちゃんの座っていた椅子を引いて、飛那姫ちゃんの隣に移動した。

 さっきまで泣いてたからまだ目が赤いんだけど……泣いてても泣いた後でも、顔が醜くならないってすごいよな。

 

「……なんだ?」


 じーっと見てたら、飛那姫ちゃんが睨んできた。

 おっさん達がお茶を煎れに行ったから、今が話すチャンスなんだよね。


「いや、お兄さん、会えて良かったね」

「……うん」


 うん、だって。かわいすぎる。


「飛那姫ちゃん、色々大変だったんだね」

「別に。関係ないだろマルコには」

「関係大アリですよ、飛那姫ちゃんのことは俺にとって最重要事項だから」

「……お前さ、全身凶器で口を開けば悪口雑言、人を人とも思わないような暴挙に平気で出る私の何がそんなにいいの?」

「あ……聞こえてました?」


 まずい、さっき美威ちゃんへ言ったこと、聞かれてたみたいだ。

 飛那姫ちゃん、地獄耳。


「もちろん、そんなところも含めて全部好きなんですよ」


 俺はヘラヘラ笑って返したんだけど、飛那姫ちゃんは嫌そうな顔もせず、真面目な顔で俺を見ていた。

 あれ? なんか、いつもと反応が違わないか?


「私が、人殺しでもか?」

「え?」


 飛那姫ちゃんの口から物騒な言葉が出て来た。

 これ、多分本気の顔だね。返す言葉を選ばないと、傷つけるかもしれないな……

 でもうまい台詞なんて、急には思い浮かばない。


「……俺、過去は振り返らない男なので。今俺の目の前でそうするって言うなら止めると思うけど……すんだことを掘り返しても誰もトクしないのでは?」


 俺は、とりあえず思うがままに言ってみた。

 よく考えないで反射で喋るからいつも失敗するんだけど、苦手なんだよね、深く考えるの。


「それに、飛那姫ちゃんにはその時にそうしなきゃいけない事情があったんでしょ? 罪悪感があるからそんな風に聞いてくるんだろうし、俺は飛那姫ちゃんが平気で人を殺すヤツだとは思ってないですよ」

「……」

「あ、出来れば俺のことも殺さないでね?」

「……ホント、変なヤツ」


 飛那姫ちゃんはため息をつくと、呆れた目で俺を見た。

 いや、違う違う。肝心なことを言ってなかった。


「だからつまり、傭兵でも王女でも人殺しでも、大好きですよ」


 そうさらりと伝えたら、薄茶の目がちょっとひるんだような気がした。

 ん? いつものバカを見るような目はどこにいったのかな??


「……マルコのくせに」


 ぽつりとそう言って、飛那姫ちゃんは目をそらしてしまったけど。

 なんとなく、はじめて俺の言葉が彼女に届いた気がした。


口では生きていてくれただけで~と言いながら、自分を思い出して欲しい飛那姫。

マルコには出生から何から色々バレて、腹いせに嫌われそうなことを言ってみたら、カウンター食らいました。


次回は、まだ東の塔に滞在してます。

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