忘れられた妹
ショックだ……
まさか鉄壁の要塞である飛那姫ちゃんに、好きな男がいたなんて。
全然そんなそぶりがなかっただけに、ショックがでかい。
会っていきなり飛びつくほど、会いたかったってことだよな。
「落ち着かれてください」
「少しは鍛えられませんと……女性一人受け止めきれないでどうするのですか」
東の賢者のところの下働きらしいおっさん達が、尻餅をついたままの男に向かってそう言った。
そうだよ、ちょっと顔がいいからって、女の子を抱き止められないくらいひ弱でどうするんだ。
飛那姫ちゃんの好きなタイプは絶対強い男だと思ってたのに……
完全草食系じゃないか! さすがに納得いかない!
「妹君ですよ、蒼嵐様」
そうだよ! いくら妹だからって!
……え? おっさん達、今なんて言った?
「……妹?」
飛那姫ちゃんにかじりつかれている男自身も、目を丸くして聞き返した。
聞き間違いじゃないよな、今、「妹」って言ったよね?!
「えええええ?! 飛那ちゃんの、お兄さん?!!」
美威ちゃんが横からでかい声で叫んでくれたので、俺は叫ばずにすんだ。
なんだ、好きな男じゃなかったのか……
俺は心底ほっとして、まだオロオロしている飛那姫ちゃんの兄を眺めた。
髪の色は似てるけど、飛那姫ちゃんの方が薄いな。
言われてみれば顔立ちも少し似てる。
飛那姫ちゃんのお兄さんって言うと、ものすごく強そうで怖そうなイメージあるけど……真逆すぎる。どう見ても非力な文系だ。
運動能力、妹に全部持っていかれたのかな……
「兄様……兄様……」
当の飛那姫ちゃんは、杏里さんに会った時と比較にならない位、感情むき出しでぼろぼろ泣いていた。
なんか、東に来てからこんな姿ばかり見てる気がする。
慰めてあげたいけど、悲しいかな、俺の出る幕じゃないんだよな。
「ええ、と……僕、どうしたらいいのかな? 余戸……」
飛那姫ちゃんをどう扱っていいか分からないようで、お兄さんはおっさん達に助けを求めた。
「ひとまず、説明が必要でしょうな。姫様にとっては、お辛い話になるかもしれませんが……」
そう、この強そうなおっさん達、飛那姫ちゃんのことを「姫様」呼びなんだけど。
何? もしかして飛那姫ちゃん、いいとこの家の子かなんかだったの?
俺にも説明カモン!
そういえば、俺以外にもこの状況を分かってなさそうな顔をした人がいた。
俺は隣に立ったまま、困惑した顔で飛那姫ちゃんを見ている美威ちゃんに尋ねた。
「美威ちゃん、これ、どういう状況なのか分かる?」
「ううん……でも確か、飛那ちゃんのお兄さんて亡くなったはずじゃ……」
「え?」
それって、死んでたはずの兄と再会ってこと?
それじゃあ、あんなに泣くのも無理はないか……
「あんな飛那ちゃん、はじめて見た」
美威ちゃんが、複雑そうにそう言った。
ああ、うん。飛那姫ちゃん、美威ちゃん以外に甘えることないもんね。
杏里さんと会った時だって、きっとそう思ったんだろうけど。
これはまた、ちょっと……大分彼女らしくないものな。
「兄様……私です、飛那姫です……分かりませんか?」
飛那姫ちゃんはそう言うと、少しだけ体を離してお兄さんと向き合った。
あれ? なんか飛那姫ちゃんキャラ変わってないか?
すごくしおらしく見えるのは、錯覚かな??
「7年も経ってしまったから、分からない……?」
「あ、いや……そうじゃないんだ。僕……」
飛那姫ちゃんに至近距離で見つめられて、お兄さんはすっかりうろたえていた。
いや、妹だろ? なんでそんなに赤くなってオロオロするかな。
「僕、昔の記憶がないんだ……」
お兄さんのその言葉で、飛那姫ちゃんが目を見開いたまま硬直した。
今確かに「記憶がない」って聞こえたけれど……
それってもしかして、飛那姫ちゃんのことを覚えてないってことか?
「ひとまず……中に入りましょうか」
しーんとなってしまった空間に、髪の短い方のおっさんがそう口を開いた。
飛那姫ちゃんはそっとお兄さんから離れると、立ち上がって目元を拭った。
「……ごめんなさい、いきなり飛びついたりして……痛かったですか?」
「いや! 全然大丈夫! こちらこそ、なんかごめん……」
ささっと立ち上がると、お兄さんもローブについた草を払った。
正面に立った自分より少し高い位置にあるお兄さんの顔を、飛那姫ちゃんはまぶしそうに見上げた。
「兄様……本当に、生きていたんですね……」
飛那姫ちゃんはそう言うと、両手をお兄さんの顔に伸ばした。
潤んだ目でじっと見つめられて、お兄さんはそのまま固まってしまった。
「私のこと、全然覚えてないんですか……?」
「え、ええと……その……」
飛那姫ちゃんからすると、感極まってるだけなんだろうけれど……
その状態で見つめ合ってる姿は、端から見ていると、なんか、あぶない。
お兄さん耳まで赤いし!
飛那姫ちゃんを妹だって覚えてないなら、これ、ただ美女に迫られてるだけの構図にならないか?!
ぐわぁーっ! うらやましい!
俺も飛那姫ちゃんに、両手でほっぺ挟まれたい!
「ストップ! ストーップ!!」
俺はとうとう、横からドクターストップを入れた。
これ以上見ていたら、いくら兄相手でも俺のガラスのハートが砕け散る。
「お言葉に甘えて、まずは中でお話を聞かせてもらいましょう」
飛那姫ちゃんは、お兄さん以外の存在なんかすっかり忘れていたという風に、提案した俺を振り返った。
一瞬の後に、はっと我に返ったようだ。
ささっとお兄さんから離れると、美威ちゃんのところに逃げていった。
「ごめん……ちょっと、あんまり驚いて、色々思い出したから……」
そう言って飛那姫ちゃんは、美威ちゃんの後ろに隠れてしまった。
うん、俺の心の平穏の為に、飛那姫ちゃんは美威ちゃんにくっついているといいよ!
「では、中でお話しましょう。どうぞ、お入りください」
おっさん達が入口を開けて、俺達を塔の中へと招いてくれた。
見晴らしの塔。
東の賢者の住まい。
まさかこんな展開が待っているとは……
一体ここへ何しに来たのか、俺はその時にはすっかり忘れてしまっていた。
生きていた兄と突然再会して、幼児退行気味な飛那姫にびっくりな美威とマルコ。
蒼嵐の脳内も大変なことになっています。
次回は、マルコ以外に語ってもらいましょう。




