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CALLAIS  作者: ねこじゃ・じぇねこ
傀儡の館の死人使い

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5.人形たちの弱点

 一度気づいてしまえば、次からはそうとしか見えなくなるものだ。

 少女が呼び出した人形たちは、少女が今も抱えている道化師の人形ほか、この館に飾られている作品たちとは明らかに違った。

 全員、元は本物の人間だ。

 どのような経緯で、どのようにして、だなんて考えたって分からない。

 はっきりと分かる事は、彼らがもう生き返らない事と、少女の操り人形でしかないこと。

 そして、真正面から戦おうとしても、先ほどと同じ。

 キリがないということだった。


 人形たちに指示を送ると、少女は遠巻きに私を見つめていた。

 そんな彼女を目掛けて進もうにも、人形たちは彼女を守ろうと動き出す。

 さっきと同じだ。

 胴体を破壊しても、腕や足を破壊しても意味がない。

 銃も効かねばナイフも効かない。

 対魔物用武器が通用していない。

 ならば、どうすればいいか。

 理解できたことが二つある。

 一つは、人形ではなく本体を仕留めなくては意味がないという事。

 そしてもう一つは、それが異常なほど難しいという事。


 彼らは生き物じゃない。

 傷つけても、脅かしても、怯んだりはしないのだ。

 それに数で勝っている。

 抗戦しながら私は子供の頃にペリドットに教えられた事を思い出し始めていた。

 戦いに勝つ方法は、相手の命を奪ったり、弱らせたりすることだけではない。

 状況によっては遠くへと逃げ果せたり、逆に追い払ったりして、相手の目的を達成させないという事こそ勝利となる事だってある。

 この状況はどうだろう。

 ここで勝つとはどういう結果をさすだろう。

 戦いながら、私は探った。

 この人形たちを破壊してしまうことが私の勝利なのか。

 いや、そうではない。

 一つ一つ苦労して破壊するよりも、もっと違う方法があるはず。


 人形たちは私を捕らえようと接近してくる。

 捕まればこの戦いは終わる。

 アンバーは取り返せないし、私の行く末も少女の気持ち一つで変わるだろう。

 だから、まともに相手をするわけにはいかなかった。

 それが理解できているだけでも、状況は少し違ってくる。

 人形たちもまた、先ほどよりも苦戦している。

 あっという間に捕まった時が嘘のように、しぶとく抵抗することが出来ていた。

 うまく私を捕らえることが出来ないためだろう。

 少女はどこか苛立ち気味に手を動かして、新たな人形をさらに呼び出した。


「無駄よ。大人しく捕まった方がいい。そうすれば、悪いようにはしないから」


 少女がそう言うと、人形たちはむくりと起き上がり、移動し始めた。

 ぐるりと取り囲まれ、緊張感が増していく。

 持久戦では私の方が不利かもしれない。

 相手は疲れたりしない人形なのだから。

 だが、だからと言って諦めるなんて選択肢はなかった。

 ここで私が諦めれば、アンバーはどうなる。

 見捨てるわけにはいかない。

 どうにかして、彼女の居場所を聞き出さねば。

 だが、根性だけでは勝負には勝てない。

 愚直であればあるほど、敗北の兆しは現れるものだ。

 闇雲に人形たちの包囲網を潜り抜けようとしたその時、一体の人形が私の腕をぎゅっと掴んできた。


 ──しまった。


 そう思った時には遅く、信じられないほどの力で捻じ伏せられた。

 猛獣のような、いや、それよりも強いかもしれない。

 生き物じゃないからこそ発揮できる力なのだろうか。

 だが、加減を知らないその力に抑え込まれているうちに、段々と気が遠くなっていった。

 このままでは殺される。

 少女にその気があるかどうかは関わらず、加減を知らない人形たちが私の肉体を破壊するだろう。

 だが、そんな危機感が増した時の事だった。

 シャアっという声が聞こえたかと思うと、私を抑えていた人形の腕がだらりと床に落ちたのだ。

 何が起こったのか一瞬分からず茫然としていると、傍にあの黒猫が着地してきた。

 猫の視線に倣ってみて、私は気づいた。

 力を失った人形の腕に、切れた糸が繋がっている。

 糸。

 そう、操り糸だ。


「これは……」


 その存在に気づいたからだろう。

 他の人形たちの体にも、何本かの糸がきらりと光って見えた。


「そうか。操り人形だ」


 銃も、ナイフも、ボディを狙っては意味がない。

 彼らは生き物ではなく人形なのだ。

 操る者がいなければ動けない。

 そして、その指示を伝える糸が必要なのだと。

 それを、この猫は教えてくれたのだろうか。

 そこに不思議なものを感じつつも、今はともかくこの機会をものにする方が先だった。

 ゆらりと立ち上がり、構えるのは銃ではなくナイフ。

 ただの糸じゃないだろうけれど、猫が千切ることの出来たような糸だ。

 対魔物用の油で手入れをしているそのナイフならば、もっと通用するかもしれない。

 勝機が見えた途端、絶望感はすっかり消え去った。

 少女がいくら増援を呼んでも怖くはない。

 ナイフだけを頼りに手当たり次第に人形たちの糸を切ってしまえば、期待通り、彼らの動きはぴたりと止まり、床に崩れ落ちていった。

 やっぱり、これが弱点だ。


「そんな……」


 少女が絶句する。

 だが、すぐにまた睨みをきかせ、新たに人形たちを呼び出した。

 本当にキリがない。

 けれど、恐れる必要はない。

 ナイフだってたった一本ではないし、銃よりもずっと長く戦える。

 落ち着いて人形たちの糸を切り続けていると、いよいよ少女の顔は青ざめていった。


「いや……そんなの認めない……」


 そしてまた彼女は人形を呼び出そうとした。

 だが、新たな人形は現れなかった。

 どうやらあちらもまた無限ではないらしい。

 ナイフの矛先を向け、私は彼女に告げた。


「静かに暮らしているだけの君を、出来れば傷つけたくはない。だから頼むよ、私の相棒を返してくれないか」


 それは脅しではなく懇願だった。

 こうしている間にも、アンバーは館の何処かに隠されてしまっている。

 最後に見た彼女の様子を思い出すと、不安で仕方なかった。

 満月の日でもないのに狼になってしまった彼女。

 私の呼びかけをまるで無視して、少女に従って何処かへ消え去ってしまった彼女。

 彼女はちゃんと、もとに戻るのだろうか。

 思考が悪い方へとばかり傾こうとする。

 その状況でなんとか希望を失わないように心を保とうとする私に対し、少女はわなわなと震えながら叫んできた。


「嫌だ!」


 それは、駄々をこねる子供そのものだった。


「だってあのオオカミさんはあたしのものだもの。お姉さんがそう約束したの。あたしだけのオオカミにしていいって」

「そのお姉さんは誰? 君とはどういう関係なの?」

「あなたには関係ない!」


 少女が叫んで一歩踏み出すと、足元にいた黒猫が尻尾をぶんと大きく振った。

 その様子を見て、少女は怯えを見せた。

 小さな猫とはいえ、その敵意が怖かったのだろうか。

 一歩、二歩と後ずさりをすると、そのまま駆けだしていってしまった。


「待って!」


 慌てて呼び止めるも、当然ながら少女は待ってくれない。

 階段を駆け上がる音をすぐに追いかけるも、追いつくことすら難しかった。

 特に戦ったばかりで息が上がってしまっている。

 呼吸を整えながら先を見つめ、ただただ焦燥感に駆られていた。


「アンバー……どうか無事でいて……」


 祈る事しか出来ないのは、あまりにもどかしい。

 そんな私に猫は駆け寄ってくる。

 慰めるように足元にぴったりと体をくっつけ、話しかけてくるように私に向かって鳴いた。

 その様子が心配しているように思えてならなくて、私は猫に返答を続けた。


「大丈夫だよ。ちょっと疲れただけ」


 猫は尻尾をゆらりと揺らし、私の向かおうとする先へと駆けあがり、振り返ってくる。

 そんな猫を追いかけながら、私は言った。


「さっきはありがとう。君のお陰で有利に戦えた」


 すると、まるで返答をするように猫は「にゃあ」と鳴いた。

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