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CALLAIS  作者: ねこじゃ・じぇねこ
吸血鬼の愛し子

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14.旅立ちの理由

 はるか昔、世界の覇者は魔物たちだったと言われている。

 歴史上に名前のみが残されて消えた文明や、大国の中心は魔物たちであり、人間たちはせいぜい奴隷か、それよりも扱いの酷い家畜だった事もあったらしい。

 しかし、その立場が逆転する出来事があった。

 それが、魔物の陰に隠れながら集まった人間たちが発見した魔物たちの命を奪う素材と、それを用いて作られた数々の武器の存在だった。

 しかし、その素材は希少であるため、剣や槍で戦っていた時代からずっと魔物狩りが許されるのは特別な人間だけだったと言われている。

 時には畏れられ、時には蔑まれ、時には敬われてきた狩人たちは、私が生まれてくるよりずっと昔から技能と知識を継承し続け、今に至る。


 剣や槍から形を変えて、銃弾となった今もまたその形式は変わらない。

 揃って合格を貰った私とアンバーが数日後に連れて行かれたのは、組合の本部だった。

 ペリドットからの申請が正式に受理されたという連絡が届いたためだ。

 新しいメンバーが誕生すると、原則として組合の全てのメンバーが顔を合わせることになる。

 特別な事情や依頼がない者たちが集まるのだと聞かされ、私はだいぶ緊張した。


 本部は、ペリドットの家から一山超えた先あたりにある大きな町の外れにある。

 アンバーの身の上をよく知る者たちでもあるので、組合長のオブシディアン直々の計らいにより、道中で満月の日がこないようにスケジュールは調整された。

 そして、現在の全て組合員と顔を合わせ、簡素な入組式にゅうそしきの最中に、私たちは待望の武器を受け取ったのだった。


 対魔物用武器一式。

 専用の拳銃に猟銃、弓にナイフ、そして弾丸やナイフ用の塗薬だった。

 いずれも名前が刻まれている。

 その意味も聞かされた。

 いざという時はこの武器が身分を証明する。

 遺体を残さずにこの世を去った場合も、その安否を探る手掛かりとして使われるのだという。


「君たちの師であるペリドットから話は聞いているよ」


 穏やかな声でオブシディアンは言った。


「この先、あなたたちを守るのはこの武器たちである。これまでも通常の武器で散々訓練を重ねただろうけれど、対魔物用武器の恩恵にはさらに限りがある。新たな支給には時間もかかり、場合によっては届けることが困難となる。依頼を受ける際は、その事を常に頭に入れ、備蓄を切らさないように重々注意するように」


 その他、簡潔な注意事項を粛々と伝えてきたオブシディアンは、最後に私たち二人を見比べてから告げた。


「吸血鬼というのはね、魔物の中でも非常に執念深い生き物だと言われてきた。あなた達を引き裂こうとした吸血鬼ルージュもまた私が生まれるより遥か昔からこの世にひっそりと存在し、その執念深さで多くの血を流してきたと記録されている。もしも、あなた達が彼女を恐れ、遠ざかろうとしたとして、彼女の方から近づいてくるだろう。その時もまた、あなた達を守るのはこの武器であり、あなた達自身の判断であることを覚えておきなさい」


 その言葉を最後に、入組式は終わった。

 あとに待っていたのは、組合の特定のメンバーたち──主にアメシストが企画した歓迎会だった。

 一応は全員がそのまま参加したのだが、やはり私たちへの眼差しが手厳しい者も存在した。

 前々から私とアンバーが苦手としているジルコンもその一人だったが、彼が特に厳しい眼差しを向けるのは、人狼であるアンバーの方だった。


「魔物が魔物狩りね……」


 オニキスから改めて祝いの言葉を貰っている最中に、彼はちくりとそう言った。

 赤銅色の目はこちらを向いていない。

 独り言のようにごく自然に言ったのだ。

 誰もがその言葉に顔を歪ませるも、はっきりと注意できる大人はいない。

 角が立たないようになのか、メンバーの一人がジルコンに声をかけ、移動させていく。

 その背中を見送っていると、私たちの傍にいた青年が声をかけてきた。


「相変わらずカッカしているな、オレの師匠は」

「師匠?」


 問い返すと、彼はにこにこ笑って私たちへと顔を向けてきた。

 彫刻のように整ったその顔は、まるで吸血鬼のようでぎょっとしてしまった。

 だが、多分、浅黒い肌の様子からして普通の人間なのだろう。


「挨拶が遅れてごめんね。オレはモリオン。君たちの先輩だよ」

「数か月だけね」


 透かさず近くにいたアメシストが口を挟む。

 だが、モリオンは軽く笑い飛ばして肯いた。


「まあ、数か月だけど先輩は先輩だ。今言った通り、ジルコンはオレの師匠なんだよ。まあ、弟子なんて取るつもりなかったみたいなんだけどね。魔物のせいで死んだオレの両親と古い付き合いだったらしくてさ」

「じゃあ、同じ年頃の、孤児同士ってわけだね」


 アンバーがそう言うと、モリオンはまたしても笑いながら肯いた。

 ジルコンとはずいぶん対照的だとすぐに感じた。

 目の色は寧ろジルコンの方が明るい印象があるというのに。

 その時点ではそのくらいの印象に止まっていたのだが、彼がその話題を振った瞬間、事情はすっかり変わってしまった。


「ところでさ、カッライスだったっけ。君は……ルージュの手から逃げてきたんだってね」

「──そうだけど」


 警戒しつつ答えると、モリオンは怪しく目を細め、私に向かって告げた。


「じゃあ、今も彼女は君を探しているかもしれないね。何なら、君に囮になってもらえば、ほいほい姿を現してくれるかも。ねえ、君、これから独立するわけだし、オレと組まない?」

「モリオン……だったね。ルージュを追っているの?」


 思わず食いついた私の手を、アンバーがぎゅっと握ってきた。

 その力強さにはっと我に返る。

 彼がルージュを追っていたとしても、組んだところでやるのは囮役。

 そう、囮役だ。

 あんな事になった経緯を思い返せば、不吉な誘いに他ならない。


「ごめん、モリオン。しばらく私、一人で行動しようと思っているんだ。まずは一人で生き抜くことに慣れないといけないから」


 そう言って断ると、モリオンは分かっていたと言わんばかりの苦笑を浮かべた。


「いいよ。でも、良かったら考えていて。それに、ルージュの事が怖くたって大丈夫さ。彼女はオレが仕留めるって決めているんだよ」

「ずいぶんとお熱なんだね。親の仇だったりするのか」


 そう言ったのはアンバーだった。

 私の手を掴んだ手はまだ放していない。


「……それとも、奴に惚れでもしたのかな」


 冗談交じりに彼女は言ったのだが、モリオンは平然と答えた。


「オレの両親はね、人狼に食われて死んだんだ。だから、親の仇ではないね」


 思いもしない言葉にアンバーは黙り込んでしまった。

 そんな彼女を見て、モリオンはフォローするように続けた。


「ああ、言っておくが、オレは師匠と違うからね、君が人狼だからって差別したりはしないよ。それはもういいんだ。親の仇はとっくに毛皮になっている。高く売れたらしい。で、それはルージュには関係ない」


 彼はそう言って得意げに笑ってみせた。


「アンバーだったね。君の言う通りさ。オレはルージュに惚れてしまったのさ。初めて見たのは子供の頃。師匠の稽古の際に、たまたまオレたちの近くを彼女が通りかかった。今思えばあの時、彼女は君を探していたんだろうね、カッライス。確か、君が保護されて間もなくの事だったからさ。だが、そんな事はどうでもいい。ひと目見ただけで、だ。それだけで、オレは心の半分を奪われてしまったんだ。取り返すには、彼女を仕留めるしかない。仕留めて、この手で解体する日を夢見ているのさ」


 はっきりと語るモリオンの様子は、明るいがために不気味に思えた。

 だが、感じたのはそれだけではない。

 華々しい夢を語るような彼の表情を見ているうちに、私の心は大きく揺さぶられてしまっていた。


「そういうわけだから、カッライス。安心するといい。君の最大の敵は、放っておいてもいつかはいなくなるからね」


 モリオンが自信ありげに笑うのを見つめながら、私はしばしルージュへと思いを馳せた。


 私がアンバーによって助け出されたあの直後、武器の準備が整い、組合の正式なメンバーの数名でルージュの居座るあの屋敷に乗り込んだらしい。

 だが、そこにはすでに彼女の姿はなく、まるでずっと廃屋であったかのようになっていたそうだ。

 幽鬼のように現れ、幽鬼のように去るのが吸血鬼であることは教わっていた。

 だからこそ吸血鬼退治には悟られない慎重さと狡猾さが人間側にも求められるのだと。

 そのような戦いを長きに渡って繰り返してきただろうルージュが、そう簡単にやられるだろうか。


 とはいえ、絶対にあり得ないなんて言う事も出来ない。

 モリオンだって私たちよりも先に組合に入れて貰ったベテランの狩人なわけだ。

 吸血鬼がいかにずる賢い生き物だとしても、コンシールのように少しの気の緩みを突かれて命を落とすことだってある。

 追い求め続ければ、いくらでも好機は巡ってくるだろうし、そのうちの一つをうまく掴んで本当にモリオンがルージュを仕留める日が来るかもしれない。

 その事を思えば思うほど、心にもやもやとしたものが生まれたのだ。


 このまま黙ってモリオンに、ルージュを取られていいのか。


 ──そんなのは、嫌だ。


 何故か、私はそう思った。

 とにかくこれが、嫉妬心のような、独占欲のようなものが、私の心に巣食っていることを自覚した瞬間だった。


 それから翌日には、私たちはペリドットの家へと戻った。

 独り立ちした以上、ここに居続けるも出ていくも私の自由。

 そうなった直後、私が始めたのは、ルージュにまつわる情報集めだった。


「これがアメシストから届いた情報だ」


 そう言って、ペリドットが手渡してくれたのは、一枚の紙だった。

 そこには地名と共に吸血鬼被害の詳細が記されていた。


「吸血鬼の手口なんていつも似通ったものだ。しかし、このケースは少し異様だったらしい。食い荒らした現場にね、口紅で文字や記号が書かれていたらしいんだ。犠牲者の血ではなく、口紅でね。主に何が書かれていたかというと、報告書にある通り、シンプルなチェックマークの他、『私はここにいる』『いい子にしなさい』という文字。そして、『ベイビー』という単語」


 呼ばれている。

 すぐにそう感じた。

 きっと勘違いなんかではないだろう。

 ルージュは私を待っている。


 この現場にもモリオンは向かうのだろうか。

 そう思うとますます心がそわそわした。

 躊躇っているうちに、彼に取られてしまう。


「カッライス」


 と、口を挟んできたのは、端で聞いていたアンバーだった。

 彼女も独り立ちしたからには、ここに居続けようと旅立とうと自由だ。

 だが、その体質もあり、どうやらここを拠点に依頼を受けて稼ぐつもりでいるらしい。

 それは別にいいのだが、彼女は何故だか私を睨みつけてくる。


「まさか、行くつもりじゃないだろうな」


 咎めるように言ってくる彼女に対し、返答したのはペリドットだった。


「カッライスはもう一人前の狩人だ。私にも君にも止められないよ」

「分かっているよ。分かったうえで、言っているのさ」


 アンバーは興奮気味にそう言った。

 そんな彼女を諭すように、ペリドットは語り掛ける。


「私だって心配だよ。それでも、これは組合の掟でもある。いくら師弟関係であったとしても、独立した弟子の行動を阻害することは出来ない」


 しかし、アンバーは納得しない様子だった。

 ペリドットに何も言い返さない代わりに私に近づいてくると、そっと小声で告げてきたのだ。


「覚えているね、カッライス。あんたは今もアタシの支配下にあるんだ」

「ああ、覚えているさ。君がここで命じれば、私はきっと諦めざるを得なくなるんだろうね。……それで、君はそうするの?」


 見つめ返すとアンバーは黙り込んだ。

 しばらく沈黙と緊張が流れていった。

 彼女がどう動くにしろ、私に出来る抵抗はこれまでだ。

 彼女がもしもここでその力を使って命令を下せば、私の意志は捻じ曲げられてしまっていただろう。


 しかし、忘れてはいない。

 アンバーはアンバーなのだ。


「……あんたの勝ちだよ」


 小声でそう言うと、アンバーは私の手を握ったままペリドットへと顔を向けた。


「師匠……やっぱり気が変わった。アタシもここを出ようと思うんだ」

「ほう、ここを出てどうするんだ? 満月の日の事は覚えているだろうに」

「そこはちゃんと気を付けるよ。ただ、ちょっと心配だからね。しばらく同行しながら、周辺の厄介な魔物でも退治しようと思う」

「カッライスと一緒か。それなら少しは安全かな」


 ペリドットはそう言って私をちらりと見つめてきた。

 私の意思を確認したのだろう。

 そんな私の意思はというと、非常に複雑だった。

 口を出されたくないという反抗心がありつつも、どう問われようと、私はアンバーの支配下にあるのだろう。

 彼女が一緒に来てくれる。

 その申し出は、私にとって嬉しいものでもあった。

 そんな私の複雑な心境をどのように捉えただろうか。

 ペリドットはしばらく考え込み、やがて納得したように頷いた。


「いずれにせよ、君たちがしたいようにすればいい。寂しくはなるけれどね」


 彼女はそう言って、目を細めた。


「この間まで子供だったのに、あっという間だった。これから自分で決めた道を選び、進んでいくといい。だが、これだけは忘れるな。どこへ行こうとこの家は君たちの家でもある。狩人としてという場合に限らず、人として、生きる上で、何かに困ったときはいつでも戻ってくるといい」


 彼女の温かな言葉が、私の心身に沁みこんでいった。

 今でもその時の表情が記憶に刻まれている。

 かつて私は彼女の横顔を睨みつけた事もあった。

 ここが家であるという事を拒んだ事もあった。

 そこから随分と変わったものだ。

 しみじみとそんな事を思いながら、私はペリドットに頭を下げたのだった。


「行ってきます」

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