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【習作】モンスターファミリア(仮題)  作者: くろぬこ
【第01章】目覚め編
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【第03話】敗北を知る召喚士

 

戦魂ソウルの回収をしたいから、タマ達が倒した小鬼人ゴブリンを探してくれ。森の方へは行くなよ」

「はーい」

 

 小鬼人ゴブリン三人娘が、声を合わせて返事をする。

 

「ルブン、ブンゴ、どっち行くです?」

「ブンゴ、あっち」


 小鬼人ゴブリンのブンゴが指を差し、それを見たルブンが無言で別の方向を指差す。

 

「ブリンは、こっちです」

 

 三方向に散った小鬼人ゴブリンを見送ったルヴェンは、足元に転がる猪牙人オークの亡骸に目を落とす。

 正面から殴り合いを挑んでも、全く勝てそうにない体つきをした巨漢の猪牙人オークが、仰向けに倒れていた。

 上半身の周りには赤黒い染みが広がり、首や心臓を中心に複数の――ポチやルトが剣で止めを刺した――傷跡がある。


 俺もウーフくらい、魔闘士の素質があればなぁ……。

 魔力を身体能力の向上に変換できれば、幼女でも二メートルの大男を容易く倒せる。

 ベアトニス先生曰く、多くの魔導士が羨む召喚士の才に秀でた自分が、更に他の才能を求めるのは、欲張り過ぎかもしれない。

 でも、猪牙人オークを素手で倒した光景を目の当たりにすると、どうしてもその才能を羨んでしまう。


 俺の重い身体が、魔法の力で軽くなればな……。

 樽腹を指で摘まみながら、ルヴェンは溜息を吐く。


 この世界で目覚めてから、早一月。

 食う寝るのみだけだったらしい怠惰な食生活を改善して、ひきこもり生活から脱却し、今の自分は積極的に身体も動かすようにした。

 しかし、見た目の変化は、まだまだである。

 顎を手で撫でた時に、ちょっとだけスリムになった気もするが、まだ誤差の範囲だろう。

 どんだけ前の奴は、大食らいで運動嫌いだったんだよと恨み節を吐きたくなったが、今しばらくは我慢の時であると、ルヴェンは沈んでいた思考を切り替えた。

 

「よいしょっと」

 

 ボンレスハムのような片膝を折りながら、猪牙人オークの胸元に掌をのせる。

 召喚士の能力である、戦魂ソウルの回収を行う。

 触れた手を通して、体内に何かが流れ込む感覚が走る。

 褐色だった肌から血の気が失せ、猪牙人オークの身体が灰色に変化した。


 全ての戦魂ソウルを回収すると、猪牙人オークの全身に亀裂が入り、粉々に砕け散った。

 肉体を失った灰塵かいじんが、無人の集落を吹き通る風に乗って、空中へ四散する。

 

 これで、この森を循環する瘴気が少し減り、次に産まれる世代の魔族は、弱体化されるはずだ。

 魔族を倒せば、それで終わりではない。

 瘴気を含んだ死体を浄化しない限り、魔王が遺した忌々しい呪いは、この地に残り続ける。

 ベアトニス先生の講義を思い出しながら、ルヴェンは何気なく指先を擦り合わせた。

 コイツが召喚できたら更に良いんだが、たぶん無理だろうな……。

 

「オサ。小鬼人ゴブリン、いるです。こっちです」

 

 近くにいた小鬼人ゴブリンのブリンに手招かれて、集落の中を移動する。

 重ねた枝木が崩れ落ち、屋根代わりにしていたであろう皺くちゃに乱れた獣の皮が、ブリンの足に踏まれていた。

 ブリンの足もとには、見覚えのある小鬼人ゴブリンが仰向けに倒れている。

 自分が止めを刺した小鬼人ゴブリンの雌に歩み寄り、ルヴェンが腰を落とす。

 小さな角を一つ生やした額に、掌をのせた。


 亡骸から戦魂ソウルの回収を終えたルヴェンが、肩を落としながら溜息を吐く。

 たぶん今回も召喚できるのは、この小鬼人ゴブリンの雌だけ――。


「え?」


 ルヴェンの思考が、耳に入った悲鳴混じりの奇声にかき消される。

 なんだ、今の悲鳴は……。

 声のした方へ顔を向けたが、魔族モンスター達の住処が視線を遮り、先が見えない。

 慌てて立ち上がり、なぜか呆然と立ち尽くすブリンのもとに駆け寄った。

 口元を両手で押さえ、目を見開いたブリンが見つめる視線の先へ、ルヴェンも顔を向ける。


 嫌な予感は、的中した。

 この集落に棲む魔族モンスターは全滅させたはずなのに、集落の奥で大勢の小鬼人ゴブリン達が、得物である石斧や石槍を振り回して、元気よく騒いでいる。

 森から新たにやって来たのか、集落にいた小鬼人ゴブリン達の倍以上はいる気がする。

 興奮したように喚き散らす小鬼人ゴブリン達の中心には、そいつらの親玉であろう猪牙人オークがおり、足元に転がるナニかを見下ろしていた。


 猪牙人オークの握り締めた石斧の先端から、ポタリ、ポタリと、赤黒く濡れた液体が、地面に滴り落ちている。

 赤黒い水溜りに頭を沈めて、仰向けに倒れた小鬼人ゴブリンが、ルヴェンの瞳に映った。

 

「ブンゴ!」

 

 ようやく声を発したブリンの言葉で、倒れているの者が自分の召喚した小鬼人ゴブリンの一人であることに、ルヴェンはやっと気づく。

 どう行動するべきか、ルヴェンは躊躇してしまうが、横にいたブリンが駆け出した。

 その背中を自然と目で追ったルヴェンの瞳に、集落の屋根を悠々と超える人影が映る。

 集落の隙間を縫って、前方右側から現れた数十の小鬼人ゴブリン達。


 視界を遮るよう登場した小鬼人ゴブリン達に、仲間のもとへ駆けつけようとしたブリンの足が思わず止まる。

 集落の中央にワラワラと集まった小鬼人ゴブリン達は、ブリンになぜか興味を示さず、別の方向を見ている。

 奥にいる小鬼人ゴブリン達に向かって、手に持った石斧や石槍などの武器を振り回し、威嚇していた。


 背を向けた小鬼人ゴブリン達とブリンの間に、巨漢の人影が姿を現す。

 小鬼人ゴブリンが持ってる小型の得物と比べ物にならない、重々しい石斧を握り締め、下顎から牙を生やした猪牙人オークが、ルヴェンの方へ顔を向ける。

 

 まずいな……。

 この数を相手に、勝てる算段が思い浮かばない。

 今から駆け出しても、あの猪牙人オーク小鬼人ゴブリンの集団から、自分一人で彼女ブリンを助け出せるかも怪しいくらいだ。

 こちらへ足を向けようとした猪牙人オークが、足元で見上げているブリンに気づく。

 首を傾げる素振りをみせたが、手に持っていた石斧を、無言で振り上げた。

 仲間だと勘違いして、見逃してくれることを期待したが、ルヴェンの願いはあっさりと砕かれる。


 恐怖で身動きが取れないのか、ブリンは呆然と立ったままだ。

 ルヴェンは行動を起こせず、無情にも石斧は振り降ろされた。

 他の猪牙人オークに倒された小鬼人ゴブリンの少女と、ブリンの姿が重なる。

 今の無力な自分は、その光景を見つめることしかできない……。

 ブンゴも同じような状況で、石斧で頭を殴打されたのかもしれない。

 

 石を樹の蔦で巻いて縛って、固定しただけの簡易な石斧。

 それを力いっぱいに振り下ろせば、人の頭など簡単に割ることができる。

 ましてや、魔闘気オーラを纏った者が扱えば、頭蓋骨を砕くことも容易だろう。

 

 ……魔闘気オーラ

 自身の目に、青い光が映っていたことに気づき、ルヴェンは彼女の存在を思い出す。

 骨と皮だけの痩せこけた背を、ルヴェンに向けた人物の両手には、猪牙人オークが武器にしていた大きな石斧が、握りしめられていた。


 腰を落として、餅つきをした直後の体勢をした女性が、不機嫌そうな顔でこちらへ振り返る。

 猪牙人オークの顔には、石斧の先端が結び目の位置まで、深々とめり込んでいた。

 誰が見ても、即死だと分かる光景だ。

 その石斧は、さっきウーフが倒したヤツが持ってた物か?


 折れた牙が、地面に転がり落ちる。

 顔に石斧をめり込ませたまま、二メートルの巨体が後ろへ傾いた。

 さっきまで騒いでいた小鬼人ゴブリン達が、口をあんぐりと開けて硬直している。

 ――魔闘気オーラの青い光を全身に纏った、褐色肌の少女――オルグが、腰が抜けて地面にへたり込んだブリンへ、手を伸ばす。

 

「ほら、立て」

「ムリ、です……」

 

 涙目になったブリンが、声を震わせて首を横に振る。

 歩けないと判断したのか、オルグが溜め息混じりに、ブリンを肩に担いだ。

 こちらに歩み寄り、ルヴェンの耳元でオルグが囁く。

 

「逃げるぞ」

「あ、ああ……」

 

 いまだに頭が混乱して、生返事をしたまま動かないルヴェンの背中へ、オルグが骨と皮だけの細い腕を回す。


「数が多すぎる。死にたいのかよ」

 

 彼女一人でもなんとかなるのではと思った、ルヴェンの甘い考えを打ち消すように、オルグが強い口調で言う。

 そういやオルグは、餓死同然から復活したばかりだったな。

 魔闘気オーラによる補正のおかげで、ルヴェン達を軽々と肩に担ぎ、その貧弱な体躯に見合わない力強さで、ルヴェン達を集落の外へ連れ出そうとする。

 ただし、かなり無理をしてるのか、オルグの息は荒い。

 

「ルブン! ルブンが、まだいるです!」

 

 ブリンの声が耳に入り、ルヴェンも遅れて気づいた。

 そういえば集落には、もう一人の小鬼人ゴブリンがいるはず。

 

「もう死んでるよ」

 

 森の中を駆けるオルグが、淡々と告げる。

 ルヴェンの目に映ったのは、集落の左側から現れた新たな小鬼人ゴブリンの大群。

 オルグが猪牙人オークを倒した群れに、別の猪牙人オークが率いる小鬼人ゴブリン軍団が、なだれ込んできた。

 ルヴェン達など眼中に無いとばかりに、魔族達モンスターが同族同士の戦争を繰り広げている。


 あの様子では、集落に残された彼女達は、もう生きてないだろう……。

 それが理解できたのか、ブリンも押し黙り、オルグに大人しく運ばれている。


 魔族達モンスターが、同族を襲うくらいだ。

 彼らは、よっぽど食料に困っているのかもしれない。

 

 獲物を捕えて喜びに喚く、耳ざわりの悪い奇声が、徐々に遠のいていく。

 映り変わる深緑の景色を見つめながら、ルヴェンは静かに歯を食いしばった。

 

 

 

 

 

   *   *   *

 

 

 

 

 

「コイツも、やっぱり無理か……」


 片膝を折り曲げ、白線で床に描かれた魔法陣を、ルヴェンはじっくりと見つめた。

 脂肪を多分に含んだ顎を撫でた後、持っていた本をパラパラとめくる。

 なんとなくそれっぽいかなと思う場所に、チョークで白色文字を追加してみた。

 魔法陣に手を当て、召喚の儀式を再度試みるが、欲しい反応は返ってこない。

 

 予想はしてたけど、コイツも駄目か……。

 猪牙人オークの雄型が召喚できれば、かなりの戦力になるんだけどな。

 戦魂ソウルの回収は上手くいってるはずだし、何が問題なんだろう?


 さっき倒した小鬼人ゴブリンの雌は召喚に成功したし、雌型の召喚は今まで失敗したことがない。

 初めて試みた再召喚で、ブンゴとルブンの復活にも成功した。

 だから、俺の召喚士としての素質には、問題が無いと思いたいけど……。

 タプタプと下顎を手で揺らしながら、真剣な顔で魔法陣を眺めていると、扉の開く音が耳に入る。

 

「初めての討伐は、失敗したらしいな。ルヴェン君」

 

 優雅な黒色のドレスを着た女性が姿を現すなり、今のルヴェンにとって最もキツイ言葉を、開口一番で投げてくる。

 口の端を吊り上げ、どこか楽しそうな笑みを浮かべながら、ベアトニスが部屋に入って来た。

 執事のグレンが扉を閉めた後、ティーセットをお盆に載せて、部屋の隅にあるテーブル席へ、物言わず歩いて行く。

 

「十五年も放置された森は、どうだったかね? 熟成されたワインのように、濃厚な瘴気で満たされた森を、堪能できたのではないかね?」


 グレンが後ろへ引いた椅子に、ベアトニスが腰を下ろす。

 なぜワインに例えたのかはよく分からないが、酷い惨敗を経験したルヴェンは、苦笑いで返すしかなかった。

 

「自分の考えが甘かったと、身をもって知りました」


 反省すべき点は、沢山ある。

 まず駄目だった点をあげるとすれば、一つ目の集落を攻略した時点で気が抜けてしまい、周囲の警戒が疎かになっていたこと。

 ウーフが単独で森の奥へ入ってしまい、タマ達がそれを追いかけたせいで、偵察要員が誰もいなくなってしまった。

 あの時は自分を含め、皆の危機感が薄すぎたのかもしれない。


 ブンゴとルブンの死を聞かされて、タマ達も凹んでいたが、今回は自分勝手な行動を取ったウーフのせいだ。

 しかし、ウーフも幼いが故の短絡的な行動であり、仲間を守ろうとして敵を追いかけただけで、誰かを責めるつもりはない。

 今回の件に関しては、皆の役割をしっかりと理解させなかった、俺が一番の問題なのだから。

 

 現時点で、巨漢の猪牙人オークと一対一でやりあえるのは、魔闘気オーラを扱えるウーフとオルグだけ。

 戦闘能力が申し分ないのは証明されたので、皆の成長を気長に見守るしかないだろう。

 そのあたりは、生前の世界で新人教育をした経験があるので、まだまだ許容できる範囲だ。


「今回の失敗を糧に、次は上手くやれるようにしたいですね」

「ほう……。あの森を攻略するのを、君は諦めてはいないのかね?」

 

 愛用の煙管きせるを手に取ったベアトニスが、意外そうな顔をする。


「はい。試してみたいことは、いろいろあります」


 予想外の大群を目の当たりにして、頭が真っ白になって動けなくなり、仲間二人を失うという失敗を犯した。

 戦争の無い平和な世界で生き、実戦経験の無い俺は、今回はリーダーとして上手く立ち回れなかった。

 ならば、その失敗を反省して、次に活かせば良いだけのこと。

 

 自分一人ではどうにもならないが、俺には召喚と言う魔法が使えるし、頼りになる魔族モンスターがいる。

 死を経験したブンゴとルブンも、心が折れた様子はなく、また森の討伐に挑戦したいと意気込んでいた。


 ならば、俺が足を止めるわけにもいかないだろう。

 なにより、今の俺が一番悔しい思いをしてるのだ。


「前から思っていたが、君は可愛げのない子だな」


 思考を巡らせていたルヴェンは、ベアトニスの言葉に思わず顔を向ける。

 頬杖を突きながら、口を軽くすぼめたベアトニスが、ゆっくりと白煙を吐き出した。


「それで、ルヴェン君。次は何をする気だね?」


 ルヴェンは机の上に山積みされた本の中から、一冊の魔導書を手に取る。


「ベアトニス先生。午後の講義ですが、この本を教材にして欲しいのですが……」

 

 ルヴェンから渡された本を手に取り、ベアトニスが表紙のタイトルを指でなぞる。

 

「融合召喚か……。なるほど。良いだろう」

 

 ベアトニスが本を開き、おもむろにページをパラパラとめくる。

 ルヴェンは辞書を片手に、別の魔導書を読み始めた。

 

「グレン。今の森を攻略するなら、どれぐらい掛かると思う?」

 

 ギリムの研究資料に目を通しながら、ベアトニスが呟いた。

 背中越しに尋ねられ、紅茶の準備を終えたグレンが口を開く。

 

「ギリム殿が何を考えているかは分からぬが、あの森を十五年も放置するなど、正気の沙汰とは思えん。普通の召喚士なら、あの森に足を踏み入れた時点で、諦めるレベルじゃのう」

「ふむ……」

「ワシが把握してるだけでも、大小様々な集落が千を超えておる。ギリム殿なら、攻略は可能かもしれんが……。雄型の召喚ができぬ、致命的な欠陥を持つ小僧じゃ、一生賭けても不可能じゃろう」

「おおむね、同意見だな……。でもな、グレン。もしもだぞ……。彼があえて、森の瘴気を放置してたとしたら?」

「なんじゃと?」

 

 興味なさげな顔で、退室しようとしたグレンの足が止まる。

 

「仮にだが、十五年も放置された、あの森を呑み込めた場合。どんな召喚士が、現れるのだろうな……」

 

 本に目を落としたまま、ベアトニスが目を細める。

 『融合召喚は、魔族に強大な力を与えるが、軍隊として扱うのは不可能』と書かれた一文を、指先でゆっくりとなぞりながら。


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