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【習作】モンスターファミリア(仮題)  作者: くろぬこ
【第03章】次の戦へ
25/25

【第25話】束の間の勝利

 

 空気が重い……。

 静寂に包まれた戦場を、馬の蹄が土を踏む音だけが、小さくもはっきりと響く。

 ようやく平静を取り戻した愛馬に跨りながら、レヴィク将軍は緊張した面持ちで、自身を守る近衛隊が開けた道を進む。

 人壁を横陣に展開した大盾隊に近づくと、腕を組んで仁王立ちしていたラドス近衛隊長が振り返った。

 

「……倒したのか?」

「はい。魔獣を、仕留めました」


 大盾越しに声を掛けると、ラドス近衛隊長が歩み寄って、レヴィク将軍に答える。

 我が軍に多大な犠牲を出した狼頭人ワーウルフの巨獣を倒したというのに、ラドス近衛隊長の表情は暗かった。

 彼の手には、常に戦場を共にしていた自慢の愛槍は無い。

 

「シミング千人長は、戦死しました」

「……確認できたのか?」

「そこにいます。右に倒れている、狼頭人ワーウルフの足元です」


 ラドス近衛隊長が指差した先へ、レヴィク将軍が視線を移した。

 三メートルにもなる狼頭人ワーウルフの巨獣が二体、寄り添うようにして倒れている。

 ラドス近衛隊長の言葉通り、右側の狼頭人ワーウルフの太い足に押し潰された形で、派手な装飾をした見覚えのある鎧を着た士官が倒れていた。

 捻じ曲がった足を痙攣させ、深く切り裂かれた爪跡を身体中に刻まれ、血塗れになった軍馬が近くに倒れている。


 もしかして、馬で逃げようとした所を押し倒されて、引き摺り回されたのか?

 馬の近くに重なるように倒れた兵士達を見て、レヴィク将軍の表情が険しくなる。

 おそらく、健気にも彼を助けようとした部下達だろう。

 

「やはり。狼頭人ワーウルフの魔獣を相手にするのは、犠牲が多過ぎます……。北への遠征時に、運悪く治癒の能力が優れた魔獣と遭遇した際も、多くの仲間を亡くしました」


 おそらくレヴィク将軍が若き頃、仮想敵国であるアヴァロム魔導王国への侵略戦争を想定して、北へ遠征訓練に出かけた時の話をしてるのだろう。

 国境線沿いを進軍していた時に、魔獣が率いる狼頭人ワーウルフの群れに襲われ、酷い目にあったと聞かされた。

 

「ですが……。コイツは、桁違いです……」


 レヴィク将軍が胸元で組んだ太い腕に、力んだ指先が食い込む。

 怒りに満ちたレヴィク将軍の瞳が、とある場所を睨みつけた。

 無数の刃で身体を斬り刻まれ、その身に数えきれぬ量の矢と槍を貫かれ、治癒をする魔力も枯れ果て、静かに目を瞑り、寄り添うように倒れた二体の狼頭人ワーウルフの巨獣……ではなく。


 息絶えた二体の前にいた、白銀の体毛に覆われた、もう一体の巨獣。

 此度の戦闘で、新たに現れた狼頭人ワーウルフに視線を移した時、レヴィク将軍はゾクリと背筋が冷えるような恐怖を覚えた。

 

 大きく見開いた二つの瞳。

 己の前に立つ獲物を、全て食い殺してやると言わんばかりに、こちらを睨みつける目と視線が合った瞬間、レヴィク将軍は軍馬の手綱たづなを握る手に、自然と力がこもったのに気づいた。

 無意識のうちに、乗っていた軍馬を後ろにさがらせようとしたのに気づいて、レヴィク将軍は恐怖に負けぬよう歯を食いしばる。

 

「ラドス近衛隊長。もう一度、確認したい……。アレは、死んでいるのだな?」

「はい……。私の魔力を、全て注ぎ込んだ魔槍が奴の心臓を貫き、息の根を止めました。どうやら、倒れる前に死んだようですな……。恐ろしい執念です」

 

 地に両膝を突いた巨獣の背中から、一本の槍が天高く伸びていた。

 口元から赤黒い液体を零しながらも、胸元を貫いた槍を右手で掴み、引き抜こうとした状態で微動だにしない白銀の狼頭人ワーウルフ

 誰が見ても致命傷と認識できるはずなのに、殺意が籠った瞳で力強く目を見開き、こちらを睨みつけながら絶命をしてるせいだろう……。

 まるで生きてるかのような、錯覚をしてしまう。


「あの遠征の時でも、ここまで強い魔獣とは遭遇しませんでした。千人隊を壊滅させる程の魔獣は……」

「たかだか、五十の狼頭人ワーウルフの群れだったが……。あの三体の巨獣が加わったことで、千の兵を呑み込んだというわけか……」

「それだけではありません。あの魔獣の脅威に、五千を超える兵達が釘付けになったことで。またしても我々は、彼女をみすみすと逃がしたようです」


 ラドス近衛隊長が指差した先へ、レヴィク将軍もまた視線を向ける。

 自分達が最も意識を奪われた主戦場、五十の狼頭人ワーウルフの死体と、千にもなる兵の亡骸を越えた更に先。

 剣と槍が降り注ぐ、天災にでも遭遇したかと思うような、死屍累々たる戦場を望遠鏡で覗き込む。

 

「酷いな。これは……」

「まさに、地獄ですな……」


 顔をしかめたレヴィク将軍の言葉に、表情を硬くしたラドス近衛隊長が答える。

 兵士の亡骸に混じり、猪牙人オーク豹頭人ワーチーターの死体も転がっていた。

 しかし、レヴィク将軍が一番に欲する人物の首が獲れたと言う報告は、まだ聞かされていない。


 魔獣との激闘を終え、静寂を取り戻した戦場を、生き残りの負傷者を探す者。

 血塗られた天幕の中を覗いて、荷馬車の積み荷を確認する者。

 戦後処理をする兵達を静観しながら、自分達が望む情報が来るのを、辛抱強く待ち続けるレヴィク将軍とラドス近衛隊長。

 ようやく最後尾の状況を確認し終えた部下達が、馬を駆けながらレヴィク将軍達のもとへ戻って来る。


「ヘンミー千人長が指揮し、殿を務めていた千人隊は壊滅……。ピグダム千人長の指揮していた輸送部隊も、物資の半数を奪われた上に、敵の指揮官の逃走を許したということだな?」

「はっ!」


 報告された内容を簡潔にまとめて、重々しく語るラドス近衛隊長に、部下が緊張した面持ちで返答する。

 部下達が戦場で輸送物資を死守していたなか、落馬してから気を失って、いまだに夢の中にいるピグダム千人長に、殺意にも近い怒りを覚えるが、レヴィク将軍は深呼吸をゆっくりと繰り返して、少しだけ気を落ち着かせた。

 

「それで。その隣にいる者は?」


 レヴィク将軍の静かな怒りを含んだ瞳が、報告した部下の隣に立つ者を見つめる。

 

「はっ! ピグダム千人隊所属、バドラク十人長であります!」

「彼は、輸送部隊を狙った者達の襲撃を運よく逃れ、敵の指揮官が逃走するとこまでを、目撃した者です。彼の口から直接、報告させた方が宜しいかと判断しまして……」

「なるほど……。バドラク十人長、君が見たことを教えてくれ」

「はっ!」


 背筋を伸ばして敬礼をすると、バドラク十人長が見た内容を報告する。

 

「つまり、魔獣の咆哮に当てられて、乗っていた馬が暴走し、荷馬車が自軍から離れたと?」

「はっ。その通りです。襲撃の連絡を聞いて、慌てて予備の矢を補充していました。すると、荷馬車が突然に走り始め、運悪く転倒した際に頭を打ち付けて、気を失ったようです。しかし、すぐに目を覚まして、森の手前でようやく馬を停止させた時、犬頭人コボルトらしきモンスターが荷馬車へ乗りこんで、箱に犬顔を近づけてるのに気づきまして」

「待て、バドラク十人長」

「待って下さい、ラドス近衛隊長! 確かに物資を奪われそうになりましたが、猫頭人ワーキャットの矢を避け、襲撃者を追い払って、物資を死守しましてっ!」

「落ち着け、バドラク十人長。君を責めてるのではない……」

 

 捲し立てるように早口で状況を説明するバドラク十人長の顔元に、大きな手をかざしてラドス近衛隊長が制止する。

 部下達が将軍への報告をしてる中、ラドス近衛隊長だけが皆と異なる方向に顔を向けていた。

 

「レヴィク将軍。問題発生です」

「どうした?」


 レヴィク将軍に背を向けて、ラドス近衛隊長が歩き始める。

 周囲にいた軍人達も異変に気づき、ラドス近衛隊長が近寄ろうとしたモノに、皆の視線が集中した。


「おかしな話だと、思っていたのだ……。召喚士ルヴェンは、傭兵千人に辛くも勝利した程度の実力者であると。そう聞かされていた……」

 

 独り言にしては大きな声で、己の疑問を口に出しながら、ラドス近衛隊長が天を見上げる。

 ラドス近衛隊長が伸ばした手が、苦楽を長年共にした愛槍の柄を掴んだ。


「せいぜい、百魔将クラスの召喚士が。一万の兵を率いる我が軍に、無謀にも単身で挑むのだろうかと……」


 皆が固唾を飲んで見守る中、ラドス近衛隊長が指先に力を込めた槍の柄に、バチバチと小さな紫色の雷が纏い始めた。

 槍が刺さっていた箇所を中心に、亀裂が周囲に広がる。

 元は白銀だった体毛が、毛先まで灰色に変色し、まるで化石のような姿をした狼頭人ワーウルフの巨獣の全身が、無数の亀裂で埋め尽くされた。

 

「しかし、コイツは……。野生の魔獣では無いッ!」

 

 ラドス近衛隊長の手元から刃に向かって、紫色の雷光が走り抜ける。

 紫色の閃光が放たれ、灰色の巨獣の身体が、同時に爆ぜた。

 肉体を失った灰塵かいじんが、まるで何かに引き寄せられるような、意思を感じる動きで空へ舞う。

 

「レヴィク将軍。どうやら、斥候の情報に嘘が紛れ込んでいるようです……」

「嘘だと?」

「今回の戦で、およそ二千五百ほどの死傷者が出ました。前回の戦も合わせれば、三千は超える犠牲が出てます。もし、ルヴェンなる者が他の召喚士の力を借りずに、単独でこれだけのモンスターを召喚できるとなれば。既に千魔将クラスの実力を持っていることになります……。これ以上の進軍は、少し危険かもしれません」


 千魔将……。

 千を超える魔物を、単独で操れる召喚士か……。

 そのクラスとなると、魔導王国の中でもかなりの実力者であり、我が軍の要注意人物リストに名前が挙がる程だ。

 しかし、師団堕としで有名な英雄ギリムの息子といえど、ルヴェンは十六歳の成人を迎えたばかりと聞く。

 それはさすがに、ありえぬ話だ。


「レヴィク将軍。仮に魔獣を召喚できる者がいたとしよう……。しかし、それは父親であるギリムが、息子の為に託したモノではないのか? そうであれば、ギリムは遥か遠くの北にいるから、問題は無い。千魔将クラスが関わっていたとしても、奴らの居場所もだいたい把握している。ここから目的地まで数日も掛からないのに、いまさら撤退などできんぞ。父上達への手土産も、無しにはな」

 

 語気を強めた私の言葉に、レヴィク将軍が険しい顔で口一文字に結びながらも、一つ頷いて了承の意を示した。

 ……そうだ。

 俺は、進むしかないのだ。


 女であるディーナが指揮する、たかだが三百程度の魔物に、由緒ある将軍の家系である俺が……。

 一万の大軍を率いた我軍が、何もできずに撤退したなど。

 そんな情けない報告を、父上達にできるものかッ!

 怒りを含んだ形相で、歯ぎしりをするレヴィク将軍の手が、軍馬の手綱を強く握りしめた。

 

 

 

 

 

   *   *   *

 

 

 

 

 

「そうなの。レヴィク将軍は、進軍を止めなかったのね……」


 月夜に照らされたのは、眼のふちに紅色のアイシャドウを入れた女性の顔。

 眠らぬ城塞都市(ナイタイ)女暗殺者アサシンであるベリコが、肩を落としながらため息を吐く。

 森の前に立つ人影は、二つ。

 地に片膝を突いた黒装束を纏う者に、ベリコが視線を落とす。

 

「一万も兵を率いてたら、あんな化け物を相手にしても、強気でいられるのかしらね?」

 

 ベリコがそう呟いても、黒いフードを目深に被った者は、特に何も言わなかった。

 懐から取り出した封書を、ベリコが差し出す。

 

「間者の偽装工作も、そろそろバレそうだけど。まあ、バレても問題無いから。また適当に、潜り込ませて頂戴」

 

 黒装束の者が、受け取った封書を懐にしまった。

 

「それじゃあ。後は、よろしくね」

 

 背を向けて立ち去ろうとした時、黒装束の者が立ち上がる。

 

「お嬢様」

 

 背に掛かった声に反応して、足を止めたベリコが振り返った。

 目深に被ったフードがずれ、月の明かりに晒された灰色の仮面が顔を出す。

 感情の無い能面に開いた、二つの穴から覗く瞳が、静かにベリコを見据える。

 

「国に戻る気は無いと聞きましたが、本当ですか?」

「……ええ、本当よ」


 流し目を送りながら、ベリコが感情の無い声色で答える。


「賠償金は、既に支払われたと聞きましたが」

「それなら、断ったわよ」

「……え?」

「知らなかったの?」

「それは、初耳ですね」


 仮面越しに動揺を含んだ、戸惑う声色が漏れる。


「仮に賠償金を払って貰い、国に帰れたとしても。今の私は、組織での居場所が無いに等しいのよ……。部下を全滅させ、任務も失敗し、敵の捕虜になった。中忍をはく奪され、良くて下忍からやり直し。悪ければ、組織が運営する高級娼館で、豚共を相手にした情報収集任務かしらね……。そんな面白くも無い場所に、あなたなら行きたいと思う?」


 目を細めたベリコの語りに、組織の者が無言で耳を傾ける。


「私の属する派閥は敵が多いから、あそこは窮屈だったの。ちょうど良い機会だし、しばらくコッチにいることにしたの。悪く無い条件で、彼も雇ってくれたしね。妙な注文が多くて、困っちゃうことも多いけど……」

「魔導王国は、大帝国と敵対してます……。西側に属する敵国に、協力するのは危険では?」

「そうよね……。幹部である父の威光があったとしても、今回の私の立場はかなり危ういわね……。でも、そんな私に協力しようとする者が、うちの組織に存在する。あなたのようにね」


 ベリコがクスリと笑い、薄い笑みを浮かべて、再び同僚に流し目を送る。


「あの大帝国が、ドルシュ帝国を呑み込んだことで、我が組織内では大帝国を支持する派閥が増えました。しかし、今回のお嬢様の遠征任務で、魔獣を操る若き召喚士の出現に、魔導王国を高く評価する者も増えました……。謎の多い魔導王国に、組織内の誰よりも深く関わっている、お嬢様の報告を欲する者達が、派閥を問わず多くいます」

「フフフ。少なくとも今の私は、処罰を降す以上の価値があると、そう考えてもいいわけね……」

「ただし、大帝国を支持する派閥が、組織の半数を超えてることを忘れないで下さい。組織が不利になるようなことがあれば、お嬢様は」

「組織のために、蜥蜴の尻尾斬りをされる。そんなことは、分かってるわよ。あなたが私に聞きたいことは、それで終わりかしら?」

 

 眠らぬ城塞都市(ナイタイ)暗殺者アサシンが無言で頷くと、闇夜に紛れるように立ち去った。

 

「これで満足かしら? ご老体」


 ベリコがそう呟くと、獣を模した仮面を被る黒装束の人影が、背後にいた樹から音も無く現れる。

 

「ワシはまだ、現役じゃぞ」

「孫が跡を継いでくれたから、後は静かに余生を暮らすだけって、言ってたじゃない」

 

 抗議するような台詞を吐く老忍に、ベリコがそう言い返しながら跳躍した。

 街道沿いの枝木を飛び移るベリコの後を追うように、老忍もまた空高く跳躍し、枝木を次々と素早く飛び移る。

 

「見ていて危なっかしいことばかりをする、孫が増えての。おちおち引退も、できないわい」

「勝手に私も、あなたの孫に含めないで頂戴。世間知らずなおたくの孫より、私はマシな方よ」

「ワシから見れば、どの子も似たようなもんじゃ。まだまだ経験不足な、青二才ばかりじゃよ」

 

 ユイナの育ての祖父であるグレンと、そんな問答を繰り返しながら、枝木を飛び移るベリコの鼻を、香ばしい匂いがくすぐる。


「敵の大軍が近くまで迫ってるのに、宴会なんてしてる場合なの?」

「食材なら、敵から奪った物が余るほどある。問題は無いじゃろ」


 ユイナがふと視線を下ろせば、街道に腹を出して寝転がる、猪牙人オークの姿が見えた。

 昼間から呑んだくれていた、猪牙人オーク達の飲み干した酒樽が、大量に地面を転がっている。

 

「そういう話をしてるんじゃなくて、おっと」

「フニャン?」

 

 たまたま飛び移った枝木に、豹頭人ワーチーターが眠っており、危うく踏みそうになったのを寸前で避ける。

 こちらも酔いつぶれて寝ていたのか、身体が傾いて落ちそうになる豹頭人ワーチーター

 しかし、逆Uの字にした身体を枝木へ器用に絡ませて、酒樽を抱きしめた状態で再び熟睡してしまった。

 

「お前さんの言いたいことも分かるが、彼女達は二度に渡る、死闘を経験してきたのじゃ。本当に命を賭した、痛みを伴う戦いをな……」

「最後の晩餐に、ならなきゃいいけどね」


 目的の人物が目に入り、老忍のグレンと別れたベリコが、地面へと飛び降りた。


「ん? ベリコか?」


 昼間から始めたにも関わらず、屋敷の前で飲んでは食って、バカ騒ぎが終わらないモンスター達を、樹に背中を預けて見守る人物がいた。


「ディーナ先生は、アレに混ざらないのかしら?」

「遠慮させてもらうよ。それにまだ、祝勝会という気分にはなれんからな……」


 一万の軍勢を賄うための食材を、一日で消費するつもりかとツッコミたくなるくらいに、大皿に山ほどのせた食事を屋敷から持って来ては戻るの往復を、小鬼人ゴブリンのメイド達が忙しなく繰り返している。

 身体の大きな狼頭人ワーウルフ達が、山盛りに積まれた食事を手で掴み、一心不乱に勢いよく大口へ放り込んでいた。

 妊婦のように、張り裂けんばかりに腹を膨らませて、リタイアして寝転がる狼頭人ワーウルフもいるようだが。

 ウーフを含む、ルガンやウリガンの三体の巨狼は、口元を肉汁塗れにして、山積みされた肉を競い合うように貪っていた。

 

「頭が土に埋まってる子がいるけど、何があったのかしら?」

「あー。アレは、ブリンがやったんだ。ほら、あっちでも同じことが起こるぞ」


 飲み慣れない酒に溺れてか、褐色肌を赤黒く染め、二人の猪牙人オークが言い争いをしていた。

 大声で叫んでる話の内容から察するに、どっちが戦場で活躍して、強いのはどっちかで揉めているようだ。

 傭兵達がいる酒場でよく見る光景をベリコが眺めていると、メイド服を着た小柄な小鬼人ゴブリンが、二人に歩み寄った。

 取っ組み合いをし、今にも大喧嘩を始めそうな二人が、自分達を見上げる視線に気づく。

 

 酔いが一瞬で冷めたのか、小さな悲鳴を漏らした二人が、逃げ出すよりも前にメイド小鬼人ゴブリンが素早く動いた。

 握り締めた二つの拳が振り下ろされ、二人の猪牙人オークの後頭部にぶつかり、二つの頭が同時に勢いよく土へめりこんだ。

 周りにいた酔っ払い猪牙人オーク達が指を差してゲラゲラと笑い、手をパンパンと叩いた小鬼人ゴブリンのブリンが、一仕事を終えたような顔でその場を離れる。

 

「なるほど、理解したわ……」

「ベリコさん。なにか飲まれますか?」

「……私? そうね……」


 さっきまで喧嘩の仲裁をしていたメイド小鬼人ゴブリンが目の前に現れて、少し驚くベリコだったが、酒を呑む気分でもなかったので、果汁ジュースを頼むことにした。


「ここにいると。モンスターって、獣の類だと思っていた私の常識が、いろいろと崩れるわね」

「魔導王国の中でも、ここは更に異質な場所さ。魔導王国の召喚士が皆、彼のように接してるとは思わない方が良いぞ」

 

 果汁ジュースの入ったグラスを傾けながら、ディーナが目線を移した場所へ、ベリコも視線を向ける。

 料理をたらふく食らい、酒を呑んで酔っぱらったモンスター達の中心に、ベリコを雇った変わり者の召喚士がいた。

 皆が戦場で自分の活躍を、自慢げに口にしてるのを、楽し気に笑いながら耳を傾けるルヴェンを見て、ベリコの目が細く鋭くなる。


「敵の補給部隊を襲い、食料の大半は奪った。ディーナ先生が言うように、敵の士気は落ちたかもしれない。でも、奴らはまだ半分も減ってないのでしょ? ……勝算はあるのかしら?」

「……さあな。私もこれだけの大戦は初めてだから、やってみないと正直、分からんと言うのが本音だ」


 グラスを大きく傾け、喉を鳴らしてディーナが飲み干す。

 

「だが、負ける気も無い。たしかに連中の数は脅威だが、その大軍を率いる将軍の底は見えた……。こちらに有利な巣穴まで、わざわざ入ってくれるなら、こちらの勝機はゼロでもないぞ……。せいぜい骨まで美味しく、じゃぶり尽くさせてもらうさ」

 

 手の甲で口元を拭ったディーナが、口の両端を吊り上げ、獰猛な笑みを浮かべた。


ポイントが伸び悩み、作者のモチベも維持できなくなりましたので、本作品はここで投稿を終了とさせて頂きます。


ご愛読ありがとうございました。


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