【第25話】束の間の勝利
空気が重い……。
静寂に包まれた戦場を、馬の蹄が土を踏む音だけが、小さくもはっきりと響く。
ようやく平静を取り戻した愛馬に跨りながら、レヴィク将軍は緊張した面持ちで、自身を守る近衛隊が開けた道を進む。
人壁を横陣に展開した大盾隊に近づくと、腕を組んで仁王立ちしていたラドス近衛隊長が振り返った。
「……倒したのか?」
「はい。魔獣を、仕留めました」
大盾越しに声を掛けると、ラドス近衛隊長が歩み寄って、レヴィク将軍に答える。
我が軍に多大な犠牲を出した狼頭人の巨獣を倒したというのに、ラドス近衛隊長の表情は暗かった。
彼の手には、常に戦場を共にしていた自慢の愛槍は無い。
「シミング千人長は、戦死しました」
「……確認できたのか?」
「そこにいます。右に倒れている、狼頭人の足元です」
ラドス近衛隊長が指差した先へ、レヴィク将軍が視線を移した。
三メートルにもなる狼頭人の巨獣が二体、寄り添うようにして倒れている。
ラドス近衛隊長の言葉通り、右側の狼頭人の太い足に押し潰された形で、派手な装飾をした見覚えのある鎧を着た士官が倒れていた。
捻じ曲がった足を痙攣させ、深く切り裂かれた爪跡を身体中に刻まれ、血塗れになった軍馬が近くに倒れている。
もしかして、馬で逃げようとした所を押し倒されて、引き摺り回されたのか?
馬の近くに重なるように倒れた兵士達を見て、レヴィク将軍の表情が険しくなる。
おそらく、健気にも彼を助けようとした部下達だろう。
「やはり。狼頭人の魔獣を相手にするのは、犠牲が多過ぎます……。北への遠征時に、運悪く治癒の能力が優れた魔獣と遭遇した際も、多くの仲間を亡くしました」
おそらくレヴィク将軍が若き頃、仮想敵国であるアヴァロム魔導王国への侵略戦争を想定して、北へ遠征訓練に出かけた時の話をしてるのだろう。
国境線沿いを進軍していた時に、魔獣が率いる狼頭人の群れに襲われ、酷い目にあったと聞かされた。
「ですが……。コイツは、桁違いです……」
レヴィク将軍が胸元で組んだ太い腕に、力んだ指先が食い込む。
怒りに満ちたレヴィク将軍の瞳が、とある場所を睨みつけた。
無数の刃で身体を斬り刻まれ、その身に数えきれぬ量の矢と槍を貫かれ、治癒をする魔力も枯れ果て、静かに目を瞑り、寄り添うように倒れた二体の狼頭人の巨獣……ではなく。
息絶えた二体の前にいた、白銀の体毛に覆われた、もう一体の巨獣。
此度の戦闘で、新たに現れた狼頭人に視線を移した時、レヴィク将軍はゾクリと背筋が冷えるような恐怖を覚えた。
大きく見開いた二つの瞳。
己の前に立つ獲物を、全て食い殺してやると言わんばかりに、こちらを睨みつける目と視線が合った瞬間、レヴィク将軍は軍馬の手綱を握る手に、自然と力がこもったのに気づいた。
無意識のうちに、乗っていた軍馬を後ろにさがらせようとしたのに気づいて、レヴィク将軍は恐怖に負けぬよう歯を食いしばる。
「ラドス近衛隊長。もう一度、確認したい……。アレは、死んでいるのだな?」
「はい……。私の魔力を、全て注ぎ込んだ魔槍が奴の心臓を貫き、息の根を止めました。どうやら、倒れる前に死んだようですな……。恐ろしい執念です」
地に両膝を突いた巨獣の背中から、一本の槍が天高く伸びていた。
口元から赤黒い液体を零しながらも、胸元を貫いた槍を右手で掴み、引き抜こうとした状態で微動だにしない白銀の狼頭人。
誰が見ても致命傷と認識できるはずなのに、殺意が籠った瞳で力強く目を見開き、こちらを睨みつけながら絶命をしてるせいだろう……。
まるで生きてるかのような、錯覚をしてしまう。
「あの遠征の時でも、ここまで強い魔獣とは遭遇しませんでした。千人隊を壊滅させる程の魔獣は……」
「たかだか、五十の狼頭人の群れだったが……。あの三体の巨獣が加わったことで、千の兵を呑み込んだというわけか……」
「それだけではありません。あの魔獣の脅威に、五千を超える兵達が釘付けになったことで。またしても我々は、彼女をみすみすと逃がしたようです」
ラドス近衛隊長が指差した先へ、レヴィク将軍もまた視線を向ける。
自分達が最も意識を奪われた主戦場、五十の狼頭人の死体と、千にもなる兵の亡骸を越えた更に先。
剣と槍が降り注ぐ、天災にでも遭遇したかと思うような、死屍累々たる戦場を望遠鏡で覗き込む。
「酷いな。これは……」
「まさに、地獄ですな……」
顔をしかめたレヴィク将軍の言葉に、表情を硬くしたラドス近衛隊長が答える。
兵士の亡骸に混じり、猪牙人と豹頭人の死体も転がっていた。
しかし、レヴィク将軍が一番に欲する人物の首が獲れたと言う報告は、まだ聞かされていない。
魔獣との激闘を終え、静寂を取り戻した戦場を、生き残りの負傷者を探す者。
血塗られた天幕の中を覗いて、荷馬車の積み荷を確認する者。
戦後処理をする兵達を静観しながら、自分達が望む情報が来るのを、辛抱強く待ち続けるレヴィク将軍とラドス近衛隊長。
ようやく最後尾の状況を確認し終えた部下達が、馬を駆けながらレヴィク将軍達のもとへ戻って来る。
「ヘンミー千人長が指揮し、殿を務めていた千人隊は壊滅……。ピグダム千人長の指揮していた輸送部隊も、物資の半数を奪われた上に、敵の指揮官の逃走を許したということだな?」
「はっ!」
報告された内容を簡潔にまとめて、重々しく語るラドス近衛隊長に、部下が緊張した面持ちで返答する。
部下達が戦場で輸送物資を死守していたなか、落馬してから気を失って、いまだに夢の中にいるピグダム千人長に、殺意にも近い怒りを覚えるが、レヴィク将軍は深呼吸をゆっくりと繰り返して、少しだけ気を落ち着かせた。
「それで。その隣にいる者は?」
レヴィク将軍の静かな怒りを含んだ瞳が、報告した部下の隣に立つ者を見つめる。
「はっ! ピグダム千人隊所属、バドラク十人長であります!」
「彼は、輸送部隊を狙った者達の襲撃を運よく逃れ、敵の指揮官が逃走するとこまでを、目撃した者です。彼の口から直接、報告させた方が宜しいかと判断しまして……」
「なるほど……。バドラク十人長、君が見たことを教えてくれ」
「はっ!」
背筋を伸ばして敬礼をすると、バドラク十人長が見た内容を報告する。
「つまり、魔獣の咆哮に当てられて、乗っていた馬が暴走し、荷馬車が自軍から離れたと?」
「はっ。その通りです。襲撃の連絡を聞いて、慌てて予備の矢を補充していました。すると、荷馬車が突然に走り始め、運悪く転倒した際に頭を打ち付けて、気を失ったようです。しかし、すぐに目を覚まして、森の手前でようやく馬を停止させた時、犬頭人らしきモンスターが荷馬車へ乗りこんで、箱に犬顔を近づけてるのに気づきまして」
「待て、バドラク十人長」
「待って下さい、ラドス近衛隊長! 確かに物資を奪われそうになりましたが、猫頭人の矢を避け、襲撃者を追い払って、物資を死守しましてっ!」
「落ち着け、バドラク十人長。君を責めてるのではない……」
捲し立てるように早口で状況を説明するバドラク十人長の顔元に、大きな手をかざしてラドス近衛隊長が制止する。
部下達が将軍への報告をしてる中、ラドス近衛隊長だけが皆と異なる方向に顔を向けていた。
「レヴィク将軍。問題発生です」
「どうした?」
レヴィク将軍に背を向けて、ラドス近衛隊長が歩き始める。
周囲にいた軍人達も異変に気づき、ラドス近衛隊長が近寄ろうとしたモノに、皆の視線が集中した。
「おかしな話だと、思っていたのだ……。召喚士ルヴェンは、傭兵千人に辛くも勝利した程度の実力者であると。そう聞かされていた……」
独り言にしては大きな声で、己の疑問を口に出しながら、ラドス近衛隊長が天を見上げる。
ラドス近衛隊長が伸ばした手が、苦楽を長年共にした愛槍の柄を掴んだ。
「せいぜい、百魔将クラスの召喚士が。一万の兵を率いる我が軍に、無謀にも単身で挑むのだろうかと……」
皆が固唾を飲んで見守る中、ラドス近衛隊長が指先に力を込めた槍の柄に、バチバチと小さな紫色の雷が纏い始めた。
槍が刺さっていた箇所を中心に、亀裂が周囲に広がる。
元は白銀だった体毛が、毛先まで灰色に変色し、まるで化石のような姿をした狼頭人の巨獣の全身が、無数の亀裂で埋め尽くされた。
「しかし、コイツは……。野生の魔獣では無いッ!」
ラドス近衛隊長の手元から刃に向かって、紫色の雷光が走り抜ける。
紫色の閃光が放たれ、灰色の巨獣の身体が、同時に爆ぜた。
肉体を失った灰塵が、まるで何かに引き寄せられるような、意思を感じる動きで空へ舞う。
「レヴィク将軍。どうやら、斥候の情報に嘘が紛れ込んでいるようです……」
「嘘だと?」
「今回の戦で、およそ二千五百ほどの死傷者が出ました。前回の戦も合わせれば、三千は超える犠牲が出てます。もし、ルヴェンなる者が他の召喚士の力を借りずに、単独でこれだけのモンスターを召喚できるとなれば。既に千魔将クラスの実力を持っていることになります……。これ以上の進軍は、少し危険かもしれません」
千魔将……。
千を超える魔物を、単独で操れる召喚士か……。
そのクラスとなると、魔導王国の中でもかなりの実力者であり、我が軍の要注意人物リストに名前が挙がる程だ。
しかし、師団堕としで有名な英雄ギリムの息子といえど、ルヴェンは十六歳の成人を迎えたばかりと聞く。
それはさすがに、ありえぬ話だ。
「レヴィク将軍。仮に魔獣を召喚できる者がいたとしよう……。しかし、それは父親であるギリムが、息子の為に託したモノではないのか? そうであれば、ギリムは遥か遠くの北にいるから、問題は無い。千魔将クラスが関わっていたとしても、奴らの居場所もだいたい把握している。ここから目的地まで数日も掛からないのに、いまさら撤退などできんぞ。父上達への手土産も、無しにはな」
語気を強めた私の言葉に、レヴィク将軍が険しい顔で口一文字に結びながらも、一つ頷いて了承の意を示した。
……そうだ。
俺は、進むしかないのだ。
女であるディーナが指揮する、たかだが三百程度の魔物に、由緒ある将軍の家系である俺が……。
一万の大軍を率いた我軍が、何もできずに撤退したなど。
そんな情けない報告を、父上達にできるものかッ!
怒りを含んだ形相で、歯ぎしりをするレヴィク将軍の手が、軍馬の手綱を強く握りしめた。
* * *
「そうなの。レヴィク将軍は、進軍を止めなかったのね……」
月夜に照らされたのは、眼のふちに紅色のアイシャドウを入れた女性の顔。
眠らぬ城塞都市の女暗殺者であるベリコが、肩を落としながらため息を吐く。
森の前に立つ人影は、二つ。
地に片膝を突いた黒装束を纏う者に、ベリコが視線を落とす。
「一万も兵を率いてたら、あんな化け物を相手にしても、強気でいられるのかしらね?」
ベリコがそう呟いても、黒いフードを目深に被った者は、特に何も言わなかった。
懐から取り出した封書を、ベリコが差し出す。
「間者の偽装工作も、そろそろバレそうだけど。まあ、バレても問題無いから。また適当に、潜り込ませて頂戴」
黒装束の者が、受け取った封書を懐にしまった。
「それじゃあ。後は、よろしくね」
背を向けて立ち去ろうとした時、黒装束の者が立ち上がる。
「お嬢様」
背に掛かった声に反応して、足を止めたベリコが振り返った。
目深に被ったフードがずれ、月の明かりに晒された灰色の仮面が顔を出す。
感情の無い能面に開いた、二つの穴から覗く瞳が、静かにベリコを見据える。
「国に戻る気は無いと聞きましたが、本当ですか?」
「……ええ、本当よ」
流し目を送りながら、ベリコが感情の無い声色で答える。
「賠償金は、既に支払われたと聞きましたが」
「それなら、断ったわよ」
「……え?」
「知らなかったの?」
「それは、初耳ですね」
仮面越しに動揺を含んだ、戸惑う声色が漏れる。
「仮に賠償金を払って貰い、国に帰れたとしても。今の私は、組織での居場所が無いに等しいのよ……。部下を全滅させ、任務も失敗し、敵の捕虜になった。中忍をはく奪され、良くて下忍からやり直し。悪ければ、組織が運営する高級娼館で、豚共を相手にした情報収集任務かしらね……。そんな面白くも無い場所に、あなたなら行きたいと思う?」
目を細めたベリコの語りに、組織の者が無言で耳を傾ける。
「私の属する派閥は敵が多いから、あそこは窮屈だったの。ちょうど良い機会だし、しばらくコッチにいることにしたの。悪く無い条件で、彼も雇ってくれたしね。妙な注文が多くて、困っちゃうことも多いけど……」
「魔導王国は、大帝国と敵対してます……。西側に属する敵国に、協力するのは危険では?」
「そうよね……。幹部である父の威光があったとしても、今回の私の立場はかなり危ういわね……。でも、そんな私に協力しようとする者が、うちの組織に存在する。あなたのようにね」
ベリコがクスリと笑い、薄い笑みを浮かべて、再び同僚に流し目を送る。
「あの大帝国が、ドルシュ帝国を呑み込んだことで、我が組織内では大帝国を支持する派閥が増えました。しかし、今回のお嬢様の遠征任務で、魔獣を操る若き召喚士の出現に、魔導王国を高く評価する者も増えました……。謎の多い魔導王国に、組織内の誰よりも深く関わっている、お嬢様の報告を欲する者達が、派閥を問わず多くいます」
「フフフ。少なくとも今の私は、処罰を降す以上の価値があると、そう考えてもいいわけね……」
「ただし、大帝国を支持する派閥が、組織の半数を超えてることを忘れないで下さい。組織が不利になるようなことがあれば、お嬢様は」
「組織のために、蜥蜴の尻尾斬りをされる。そんなことは、分かってるわよ。あなたが私に聞きたいことは、それで終わりかしら?」
眠らぬ城塞都市の暗殺者が無言で頷くと、闇夜に紛れるように立ち去った。
「これで満足かしら? ご老体」
ベリコがそう呟くと、獣を模した仮面を被る黒装束の人影が、背後にいた樹から音も無く現れる。
「ワシはまだ、現役じゃぞ」
「孫が跡を継いでくれたから、後は静かに余生を暮らすだけって、言ってたじゃない」
抗議するような台詞を吐く老忍に、ベリコがそう言い返しながら跳躍した。
街道沿いの枝木を飛び移るベリコの後を追うように、老忍もまた空高く跳躍し、枝木を次々と素早く飛び移る。
「見ていて危なっかしいことばかりをする、孫が増えての。おちおち引退も、できないわい」
「勝手に私も、あなたの孫に含めないで頂戴。世間知らずなおたくの孫より、私はマシな方よ」
「ワシから見れば、どの子も似たようなもんじゃ。まだまだ経験不足な、青二才ばかりじゃよ」
ユイナの育ての祖父であるグレンと、そんな問答を繰り返しながら、枝木を飛び移るベリコの鼻を、香ばしい匂いがくすぐる。
「敵の大軍が近くまで迫ってるのに、宴会なんてしてる場合なの?」
「食材なら、敵から奪った物が余るほどある。問題は無いじゃろ」
ユイナがふと視線を下ろせば、街道に腹を出して寝転がる、猪牙人の姿が見えた。
昼間から呑んだくれていた、猪牙人達の飲み干した酒樽が、大量に地面を転がっている。
「そういう話をしてるんじゃなくて、おっと」
「フニャン?」
たまたま飛び移った枝木に、豹頭人が眠っており、危うく踏みそうになったのを寸前で避ける。
こちらも酔いつぶれて寝ていたのか、身体が傾いて落ちそうになる豹頭人。
しかし、逆Uの字にした身体を枝木へ器用に絡ませて、酒樽を抱きしめた状態で再び熟睡してしまった。
「お前さんの言いたいことも分かるが、彼女達は二度に渡る、死闘を経験してきたのじゃ。本当に命を賭した、痛みを伴う戦いをな……」
「最後の晩餐に、ならなきゃいいけどね」
目的の人物が目に入り、老忍のグレンと別れたベリコが、地面へと飛び降りた。
「ん? ベリコか?」
昼間から始めたにも関わらず、屋敷の前で飲んでは食って、バカ騒ぎが終わらないモンスター達を、樹に背中を預けて見守る人物がいた。
「ディーナ先生は、アレに混ざらないのかしら?」
「遠慮させてもらうよ。それにまだ、祝勝会という気分にはなれんからな……」
一万の軍勢を賄うための食材を、一日で消費するつもりかとツッコミたくなるくらいに、大皿に山ほどのせた食事を屋敷から持って来ては戻るの往復を、小鬼人のメイド達が忙しなく繰り返している。
身体の大きな狼頭人達が、山盛りに積まれた食事を手で掴み、一心不乱に勢いよく大口へ放り込んでいた。
妊婦のように、張り裂けんばかりに腹を膨らませて、リタイアして寝転がる狼頭人もいるようだが。
ウーフを含む、ルガンやウリガンの三体の巨狼は、口元を肉汁塗れにして、山積みされた肉を競い合うように貪っていた。
「頭が土に埋まってる子がいるけど、何があったのかしら?」
「あー。アレは、ブリンがやったんだ。ほら、あっちでも同じことが起こるぞ」
飲み慣れない酒に溺れてか、褐色肌を赤黒く染め、二人の猪牙人が言い争いをしていた。
大声で叫んでる話の内容から察するに、どっちが戦場で活躍して、強いのはどっちかで揉めているようだ。
傭兵達がいる酒場でよく見る光景をベリコが眺めていると、メイド服を着た小柄な小鬼人が、二人に歩み寄った。
取っ組み合いをし、今にも大喧嘩を始めそうな二人が、自分達を見上げる視線に気づく。
酔いが一瞬で冷めたのか、小さな悲鳴を漏らした二人が、逃げ出すよりも前にメイド小鬼人が素早く動いた。
握り締めた二つの拳が振り下ろされ、二人の猪牙人の後頭部にぶつかり、二つの頭が同時に勢いよく土へめりこんだ。
周りにいた酔っ払い猪牙人達が指を差してゲラゲラと笑い、手をパンパンと叩いた小鬼人のブリンが、一仕事を終えたような顔でその場を離れる。
「なるほど、理解したわ……」
「ベリコさん。なにか飲まれますか?」
「……私? そうね……」
さっきまで喧嘩の仲裁をしていたメイド小鬼人が目の前に現れて、少し驚くベリコだったが、酒を呑む気分でもなかったので、果汁ジュースを頼むことにした。
「ここにいると。モンスターって、獣の類だと思っていた私の常識が、いろいろと崩れるわね」
「魔導王国の中でも、ここは更に異質な場所さ。魔導王国の召喚士が皆、彼のように接してるとは思わない方が良いぞ」
果汁ジュースの入ったグラスを傾けながら、ディーナが目線を移した場所へ、ベリコも視線を向ける。
料理をたらふく食らい、酒を呑んで酔っぱらったモンスター達の中心に、ベリコを雇った変わり者の召喚士がいた。
皆が戦場で自分の活躍を、自慢げに口にしてるのを、楽し気に笑いながら耳を傾けるルヴェンを見て、ベリコの目が細く鋭くなる。
「敵の補給部隊を襲い、食料の大半は奪った。ディーナ先生が言うように、敵の士気は落ちたかもしれない。でも、奴らはまだ半分も減ってないのでしょ? ……勝算はあるのかしら?」
「……さあな。私もこれだけの大戦は初めてだから、やってみないと正直、分からんと言うのが本音だ」
グラスを大きく傾け、喉を鳴らしてディーナが飲み干す。
「だが、負ける気も無い。たしかに連中の数は脅威だが、その大軍を率いる将軍の底は見えた……。こちらに有利な巣穴まで、わざわざ入ってくれるなら、こちらの勝機はゼロでもないぞ……。せいぜい骨まで美味しく、じゃぶり尽くさせてもらうさ」
手の甲で口元を拭ったディーナが、口の両端を吊り上げ、獰猛な笑みを浮かべた。
ポイントが伸び悩み、作者のモチベも維持できなくなりましたので、本作品はここで投稿を終了とさせて頂きます。
ご愛読ありがとうございました。




