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【習作】モンスターファミリア(仮題)  作者: くろぬこ
【第03章】次の戦へ
24/25

【第24話】実戦教育2

 

 大蛇の如く長い長い大軍勢の最後尾、殿を務めるヘンミー千人長の指揮する千人隊を目指して、私の指揮する軍勢が接近する。

 千を超えるドルシュ帝国軍から見れば、こちらは百程度の少数の軍勢。

 十倍の数ならば部隊を横陣に展開して、盾と槍で待ち構えるのは当然の戦術だ。

 徐々に近づく盾壁の隙間からは、こちらを威圧するように槍の穂先が顔を出している。

 先日の戦のように何も考えず、猪牙人オーク達が正面からぶつかれば、槍で串刺しにされた死体がいくつも転がるだろう。

 

「止まれ!」

 

 私の発した命令で、盾を構えて進軍をしていた猪牙人オーク達が足を止めた。

 あと数歩も進めば、槍の間合いに入ろうとした直前で足を止めた自軍に、ドルシュ帝国軍が訝しげな視線を送って来る。

 

「ガァアアアアア!」


 互いが静かに睨み合う中、ウーフの咆哮が戦場に轟く。

 

「ヒッ」

 

 魔力を含んだ魔獣の声に、油断なくこちらを警戒していたドルシュ帝国軍に、わずかな乱れが生じた。

 小さな悲鳴を漏らして、盾を構えながらも声のする方へ、顔を向けた兵達。

 

「やれ、チェニータ」

 

 その隙を逃さず、私は背後にいた者へ合図を送る。

 黒い人影が跳躍し、盾を構えた者達の背後に、それは降り立った。

 

「後ろから、失礼するわよ」

 

 紫色の光沢を放つ刃を構え、逆手に二本のククリ刀を握り締めた黒色の豹頭人ワーチーターが、敵陣の真ん中で気軽な挨拶をする。

 チェニータのすぐそばにいた兵士が、いきなり喉元を斬り裂かれた。

 何が起こったのか理解できない顔のまま、兵士が膝から崩れ落ちる。

 

 まるで豹のように、敵陣の中をチェニータが身軽に駆け抜けた。

 通り魔の如く、黒い猛獣が紫色のキバを振り回し、ザクッ、ザクッと血飛沫が舞う。

 地に倒れる仲間を見た兵達が、数秒遅れで反応した。

 

「て、敵は一人だ! 取り囲め!」


 周りにいた者達が慌てて剣を握り締め、豹頭人ワーチーターに襲い掛かる。


「簡単には、狩らせないわよ」

 

 魔闘気オーラを纏ったチェニータが、素早い動きで反応し、兵達の刃を弾いた。

 

「あら、危ない」

 

 チェニータの死角を狙って、背後から飛び出した穂先を避け、相手の喉元を同時に切り裂く。

 身体を捻りながら回し蹴りをし、よろめく槍兵の背中を取り囲む者達に向けて、チェニータが蹴り飛ばした。

 盾を構えたディーナと睨み合っていた兵の一人が、おもわず後ろへ振り返る。

 笑みを浮かべたチェニータと、兵士の目が合った。

 

「さようなら」

 

 無防備に背を向けた兵に、チェニータの強烈な蹴りが入る。

 鎧を着た男が宙を舞い、ディーナの足元へ転がった。

 目の前に来た兵士へ、ディーナが容赦なくサーベルを振り下ろす。

 

「オルグ、デクトル。行け!」

 

 止めを刺したディーナの左右から、盾を放り投げた二人が飛び出す。

 豹頭人ワーチーターのチェニータがこじ開けた隙間へ、猪牙人オークのオルグと極彩色の派手な頭をした傭兵が飛び込んだ。

 二人が持つのは、身の丈程もある大剣。

 魔闘気オーラを纏った二人が、息を合わせたように身体を同時に捻る。

 勢いよく円回転した刃が、周囲にいるドルシュ帝国軍を斬り飛ばした。

 

「いかん! 防御を固めろ! 突破されるぞ!」

「もう遅い。盾を構えた兵を飛び越える芸当ができるのは、狼頭人ワーウルフだけじゃないのを教えてやれ」

 

 指揮官が命令を下すよりも前に、猪牙人オークの後ろに控えていた者達が跳躍していた。

 チェニータを真似て、敵陣に飛び込んだ豹頭人ワーチーター達が、内部から強襲を仕掛ける。

 

「さあ、敵は丸裸になったぞ。食い散らかせッ!」

 

 背後の安全が確保できなくなった最前列の兵達に、猪牙人オーク達が襲い掛かる。

 矢の雨と盾の壁を超えるまでに、死傷者が多く出た前回の戦とは違い、ほぼ無傷で敵の防御陣を突破できた。

 乱戦に持ち込めば、後はこちらの得意分野だ。

 

 敵陣の中へ切り込んだので、当然ながら取り囲んだ兵士達が襲い掛かって来る。

 魔闘気オーラを纏った兵士の一人が私の頭上を狙い、素早い動きで剣を斬り下ろす。

 袈裟懸けに振り下ろされた刃を盾で防ぎつつ、間を空けず前へ踏み込んだ私は、相手の首をサーベルで跳ねた。

 一瞬で兵士の一人を倒した私を見て、私を包囲していた敵兵達が怯んだように見えた。

 

「相手の刃を剣で弾こうと、カッコつけるな! お前達には十年早い! お前達が持ってる盾は、何のためにある! 長く生き残りたければ、面積の広い盾を使え!」

 

 周りで戦う猪牙人オークの雌達に、声を大にして戦いの基本を教える。

 本来は二本のサーベルを使って戦うスタイルだが、あえて彼女達に合わせた戦い方に変更し、自分を参考にさせて猪牙人オーク達への実践教育をする。


 私は、ルヴェン殿に召喚されたモンスターでは無い。

 モンスターの彼女達からすれば、他所から教育係として招かれた、口煩いだけの人間だ。

 そんな私の指示を素直に従い、彼女達は前回とは違った、基本に忠実な戦い方をしている。

 

 私とルヴェン殿の読みは、正しかったようだ。

 前回は彼女達のすきなようにやらせて、敗北の味を教えた。

 全滅した彼女達とは違い、私だけは戦場から生き残った。

 誰だって、死にたくはない。

 生き残るために、彼女達は生還者の言葉に、耳を傾けてくれる。


 私の訓練も、真面目に受けてくれるようになった。

 この変化は、個ではなく軍で戦うために、とても重要なことだ。

 

「味方から離れすぎるな! 孤立すれば、すぐに死ぬぞ!」

 

 眼前の敵に夢中で、前へと出過ぎた猪牙人オークに、私は声を張り上げて注意する。

 戦争をするための訓練を重ねた兵士が、孤立した獲物を見逃すはずは無かった。

 槍を構えた兵の一人が、隙だらけの横腹を狙うように、猪牙人オークの懐へ飛び込む。

 敵の接近に気付くのが遅れた猪牙人オークの横腹を、槍の穂先が掠めた。

 

「うおっ。あぶねっ」

 

 喉元に投擲ナイフが刺さった(・・・・・・・・・・)兵士が、苦悶の表情を浮かべてよろめく。

 ――猪牙人オークの雌に特徴的な――下顎から牙がはみ出た褐色肌の女の脇から、豹頭の女が飛び出す。

 黄色の体毛に黒点のヒョウ柄模様の女が、飛び出した勢いのまま兵士の腹を蹴り飛ばした。

 

「前に出過ぎよ、ヂェゴ! そんなに、すぐ死にたいの? さっさとお下がり!」

「うるせぇ、ギルコ! 分かってる!」


 豹頭人ワーチーターの雌に叱られて、猪牙人オークのヂェゴが不機嫌そうな顔で怒鳴り返す。


「ディグル、カバーして!」

「あいよ」


 もう一人の猪牙人オークが前に出て、仲間の死角をカバーする。

 味方のいる場所まで、三人が後退した。


「良い感じね」


 私と同じ感想を抱いたのか、ベリコの声が耳に入る。

 視線をチラリと後ろに向ければ、私の後方を守るように立つ眠らぬ城塞都市(ナイタイ)女暗殺者アサシンが、私の目に入った。

 ナイフホルダーの革ベルトを身体に沢山巻いた、暗殺者にしては奇抜な格好をしたベリコと、私の目が合う。

 

「急造にしては、三人一組スリーマンセルが機能してるんじゃない?」

「お前に教育させたナイフ投げと、アレ(・・)も上手く機能してるようだな」

「フフッ。そうみたいね」

 

 私と背中越しに会話をするベリコが、クスリと笑みを浮かべた。

 前に出過ぎた猪牙人オークに気づいたのは、槍兵一人だけではない。

 槍兵に続くように、数人の兵士が周りにいたが、彼らは突然に現れた(・・・・・・)豹頭人ワーチーターに驚いて、足を止めたのだ。

 

「アレは、暗殺者の集団が相手ならまだしも。表の戦場では、あまり目にする機会はないかもね」

「そうだな。だからこそ、見慣れぬ彼らにはよく効く。魔闘気オーラを纏うことが必須条件な、ドルシュ帝国軍の軍人には、特にな……」


 こちらは猪牙人オーク百名に、豹頭人ワーチーター五十名を合わせた少数の混成軍。

 しかし、今のドルシュ帝国軍には、我々はどんなふうに見えてるのか、興味は尽きない。

 我々を完全に包囲しながらも、なぜか攻めあぐねているドルシュ帝国軍を観察しながら、私はそんなことを考える。

 

「ヒッ」


 小さな悲鳴を漏らした兵士の声が耳に入り、私の視線がそちらをチラリと見る。

 どうやら、再び前に出過ぎた猪牙人オークを、討ち取ろうと接敵した兵士がいたようだ。


「あら、どうしたのかしら? お化けが出たみたいな、怖い顔して。ずっと私は、あなたのそばにいたわよ」

 

 手を少し伸ばせば触れる距離で、真横に立つ豹頭人ワーチーターのチェニータを、兵士が怯えた顔で見上げる。

 「さようなら」と耳元で囁きながら、チェニータがククリ刀で相手の喉元を貫いた。


「チェニータ」

「なにかしら、先生?」

「そろそろ、大人しくするのも飽きただろう? オルグ達と一緒に、ヘンミー千人長を倒して来い。ただし、潜るのを忘れるな」

「先生は、簡単に言ってくれるけど。オルグに合わせて潜るのって、大変なのよ?」

「潜るのがユイナの次に上手いのが、お前なのだ。文句を言わず、行って来い」

「はいはい、分かりましたよ」


 面倒臭そうな顔をしながらも、黒豹の豹頭人ワーチーターが自身に纏う魔闘気オーラを調整し始める。

 明らかに身分が高いと分かる派手な衣装に身を包み、上等な鎧を着たヘンミー千人長へ、私は視線を向けた。

 その背後に見える、荷馬車が連なる輸送部隊からも視線を外し、次の作戦へ移行する。

 

 つむじ風のように大剣を振り回して、前方で大暴れしている――元氏族長第一候補の――デクトルに、私はサインを出した。

 私の指示に気づいたデクトルが、オルグに声をかけて次の目標を指差す。

 周りの敵を倒すことに必死な猪牙人オークのオルグとは違い、さすがに戦慣れしているデクトルは、まだ周囲に気を配る余裕を感じられた。

 

「我々も、前進するぞ! オルグ達に続け!」


 強引に道を切り開き始めたオルグ達に続き、私達は更に奥へと歩を進める。

 一歩間違えれば、逃げ場を失った我々が全滅する危険を孕んでいるが、ここが攻め時だ。


「ヘンミー千人長。どちらの兵が上か、勝負といこうか」

 

 

 

 

 

   *   *   *

 

 

 

 

 

 前回の戦でシグニ千人長が、狼頭人ワーウルフによる想定外の奇襲に動揺し、部隊を壊滅させられたのは把握していた。

 その狼頭人ワーウルフ達の大半がこちら側に来なかったので、もしかしたら油断をしていたのかもしれない。

 猪牙人オーク豹頭人ワーチーター、それと数名の人間が入り混じった百五十名程の部隊が、自分のもとへ徐々に距離を縮める光景に、ヘンミー千人長は内心ひどく焦っていた。

 できることなら自身も後退をしたいが、後方にある輸送部隊の近くでは、二体の狼頭人ワーウルフの巨獣が暴れ回り、近づける状況ではない。

 

「ガァアアアアア!」

「ヒッ」


 遠くからでもはっきりと聞こえる、三体目の巨獣の狼頭人ワーウルフが放つ咆哮に、周りにいる兵達から小さな悲鳴が漏れる。

 声に魔力でも籠っているのか、総毛立つような肌にヒリつく小さな痛みは慣れてきたが、士官達が騎乗する軍馬達はそうもいかない。

 もはや騎乗するのを諦めた自分の馬も、魔獣の声に怯えて逃げ出そうと暴れ回り、部下達が手綱を握り締めて必死に宥めていた。

 

「大盾で奴らを囲え! これ以上、奴らを前に出させるなッ!」

 

 自軍の外側を守る大盾隊を集めるよう、声を張り上げて部下達に指示を出す。

 厄介なのは、身の丈程もある大剣を軽々と振り回し、先陣を切る男女の二人組。

 魔闘気オーラを操るのに不得手なヘンミー千人長でさえ、はっきりと視認できる程の魔闘気オーラを身に纏い、行く手を阻む者達を次々と切り倒して行く。

 厳しい訓練を乗り越えて、我が隊に配属された兵達は、決して弱くはないが……。

 

「調子に乗るなぁッ!」

 

 魔闘気オーラを身に纏った百人長の一人が、――褐色肌の猪牙人オークの大女――オルグに挑む。

 常人ではありえぬ身体能力で大剣を振り回し、両者の刃が激しくぶつかる。

 他の兵達が数合も打ち合えずに刃を弾かれ、四肢を斬り落とされるなか、百人長は意地をみせた。

 鍔迫り合いした後、互いに後方へと飛び、両者が睨み合う。

 

「フーッ、フーッ……。残念だったな。時間は稼がせてもらったぞ……」

 

 肩で息をする百人長の背後に、大盾を構えた兵達が壁を作る。

 ヘンミー千人長を守る最後の防壁が展開され、百人長が自身の仕事を終えたように、満足気な笑みを浮かべた。

 猛禽類を連想させるような鋭い目で、対峙する百人長を睨んだオルグが、力強く深呼吸をする。

 

「ハハッ。冗談キツイぜ……」

 

 乾いた笑いを漏らす百人長が見つめる先で、オルグが更に濃厚な青白い光を纏い始めた。

 まるで見せつけるように、濃厚な魔闘気オーラを溢れ出しながら、オルグがゆっくりと腰を落として大剣を構える。

 

「てめぇら。気合を入れて、大将を守れッ!」


 部下達に激を飛ばし、魔闘気オーラを纏った百人長が飛び出した。

 ヘンミー千人長が指揮する千人隊の中で、上から片指で数える位置にいた実力者の百人長が、つむじ風の如く両手剣を振り回す。

 勢いよく飛び出した百人長が、青白い光を纏った巨大なつむじ風に、一瞬で呑み込まれた。

 青の粒子が周囲に飛び散り、一刀両断した相手の返り血を全身に浴びた大女が、靴底を地面で削りながら勢いを止めた。

 口から吐く息でさえも、青白い色を纏ったオルグを、周囲にいる者達が最大限に警戒する。

 

 皆がオルグと百人長の一騎打ちを注視していた中、ヘンミー千人長だけは空を見上げている。

 横薙ぎにオルグが大剣を振り抜いた際に、周囲に撒き散る青の粒子が、千人長の前を守る大盾隊の間を通り抜けていた。

 四散する魔闘気オーラに混ざるようにして、それ(・・)は大盾を構えた兵達を飛び越える。

 自身の前に降り立った黒い人影を、ヘンミー千人長は呆然としながら見上げていた。

 

「……どうなっている?」


 ようやく絞り出したヘンミー千人長の言葉に、二メートルにもなる長身の豹頭人ワーチーターが、薄い笑みを浮かべた。

 千人長の眼前に敵がいるにも関わらず、前方で盾を構える兵達は、誰一人気づいていない。

 

「あなた、さっきから私のことが見えてるみたいね。もしかして、魔闘気オーラがまともに扱えない、素人なのかしら?」


 目の前に立つモンスターが言うように、ヘンミー千人長は魔闘気オーラを操るのが人並み以下だった。

 ドルシュ帝国軍の軍人には必須である、魔闘気オーラによる肉体強化が、自分にはできない。

 軍人一族でありながらも、産まれながら保有する魔力マナが一般人並みに少なく、不合格のラインであったところを、貴族の名を借りて合格した。

 しかし、人を指揮する才には恵まれていたから、この地位まで順調に上り詰めた自負はある。


「あなたの首、貰うわね」


 獰猛な笑みを浮かべた黒豹が、逆手に握り締めた紫色の短刀を構える。

 逃げ場の無い状況に、死を悟ったヘンミー千人長が、腰に提げた剣を鞘から抜いた。


「ヘンミー千人長!」

 

 周りにいた部下が、ようやくこちらの異変に気づく。

 目の前の敵を斬り割こうと、振り抜いた私の刃は、虚しく空を斬った……。

 

「ズルしてるみたいで、嫌いなのよね。このやり方は」

 

 逆手に握り締めた紫色の刃を、紅の液体で濡らした豹頭人ワーチーターが、ヘンミー千人長の横をすれ違いながらボソリと呟く。

 そうか……目か……。

 このタイミングで、ヘンミー千人長は違和感の正体に気づいた。

 数で圧倒的に勝る部下達が、なぜ取り囲んでいた者達を、攻めあぐねていたのか……。

 私には豹頭人ワーチーターが見えて、なぜ彼らには彼女達が攻撃を仕掛ける直前まで、まるで見てないように気づけなかったのか。

 

 魔闘気オーラを纏うことで身体能力を向上させる訓練の中に、必須事項として目の強化をする訓練がある。

 基本訓練の身体強化でさえ、まともにクリアできなかった自分は、視野強化訓練など参加すらできずにいた。

 素人同然の私だから、皆と違う景色が見えていたのか……。

 致命傷の攻撃を受け、膝から崩れ落ちるヘンミー千人長の身体を、駆け寄った部下が抱き止めた。

 

「ゴフッ」

「ヘンミー千人長!」

 

 将軍への伝言を頼みたかったが、己の口から出るのは吐血ばかり。

 喉を斬り裂かれたヘンミー千人長は、無念に顔を歪ませながら、部下の腕の中で息を引き取った。


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