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【習作】モンスターファミリア(仮題)  作者: くろぬこ
【第03章】次の戦へ
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【第23話】実戦教育


「フゴッ。奴らは、今日も攻めてこないのですかね? やっぱりレヴィク将軍の周りは、フブーッ。もっと人数を割くべきだと思うがね、ラドス近衛隊長」

「ご心配には及びませんよ、ピグダム千人長。我ら近衛隊千人がしっかりと護衛をしておりますので、レヴィク将軍の身に危険が迫ることはないですよ」

 

 ここ数日、飽きもせず似たような問答を繰り返す二人を、レヴィク将軍が横目でチラリと見る。

 

「フゴッ。この前の襲撃で、いったい何人がやられたと思ってるのかね? 言ってみなさい、ラドス近衛隊長」

「死者を含め、およそ千人程の負傷者が出ましたな」

「千人! 千人も出たのですぞ、ラドス近衛隊長。ブフーッ!」

 

 豚鼻をフゴフゴと鳴らし、興奮した様子で喚くピグダム千人長を、周りにいる兵達がまた始まったかと言いたげな顔で、白い目で見ている。

 

「一度の戦闘で、千人規模の死傷者が出るのは、よくあることです。むしろ、シグニ千人長を失ったことの方が、大きな痛手ですな」

 

 ラドス近衛隊長の言葉に、レヴィク将軍も内心で強く同意した。

 千人の兵を集めるのは容易いことだが、千人規模の部隊を指揮できる武将を作り出すのは、簡単ではない。

 大貴族である親族の金とコネで将官の地位に着いた、隣にいる箱入り豚息子の千倍は、シグニは有能な千人長だった。


「千人の死傷者が出ることが、よくあることですかブヒィ? ドルシュ帝国軍は、勇猛果敢で負け知らずな兵の集まりと、聞いたでブヒね?」


 ピグダム千人長が唾を飛ばしながら、嫌み混じりにラドス近衛隊長を睨みつける。


「シグニ千人長は、対人においては問題の無い武将でした。ただ召喚士の操る魔物相手は、人とは勝手が違う。彼の敗因は、魔物を想定した経験不足によるもの。そもそも、盾と槍を構えた二重の防衛陣を、いきなり飛び越えて弓兵を襲うなど。どの教本にも、書いてない戦法で」

「その言い訳も、聞き飽きたフゴよ。私は魔物に襲われても絶対に安全な場所が、どこにあるかを聞きたいブフーよ」


 丁寧に説明したのを遮られて、生真面目なラドス近衛隊長も、さすがにムッとした不機嫌顔になる。


「いい加減にしないか、ピグダム千人長。彼が大丈夫だと言うのなら、この場所は安全なのだ。ラドス近衛隊長を信じろ」

「ブヒッ。しかしですね、レヴィク将軍。この本陣が、もしも万が一つにも、魔物に襲われるようなことがあれば、私に身の危険が、あいや、レヴィク将軍が襲われて、大怪我されることがあれば、一大事ですよ。ブフーッ!」

 

 初めての魔物の襲撃に、――目に深いクマを作って――夜も寝れない程に怯えてるのは分かるが、連日この調子だとさすがにうっとうしい。

 俺の近くではなく、後方を移動する兵糧輸送隊のリーダーとして、部下達を指揮して欲しいのだが……。


「ピグダム千人長。そろそろ、自分の持ち場に戻ったらどうかね? そろそろ君が戻らないと、君を探して困ってる部下もいるだろう」

「心配御無用ですよ、レヴィク将軍。うちの部下は優秀ですからね。それに、あそこはここから遠すぎて、戻るのがめんど、おっと。いいことを思いつきましたぞ、ラドス近衛隊長。むしろ、我が輸送隊をこちらに移してはどうですかね? そうすれば、配給の時にも早く食事にありつけますぞ。我ながらいい考えですな、ブフーッ!」

「ピグダム千人長が、持ち場に戻れば良いのではありませんか?」

「は? 正気かね、ラドス近衛隊長。なぜ、陣を一番厚くした場所から、私が離れないといけないのかね? 私にもしものことがあれば、君は責任を取ってくるブヒかッ!?」

 

 豚のように丸々と太った顔を真っ赤にさせて、ピグダム千人長が喚き散らす。

 

「敵襲! 敵襲!」

 

 ピグダム千人長の軍馬の尻に鞭を打って、豚を落馬させてやろうとそろそろ本気で考え始めたタイミングで、悪い報せがレヴィク将軍の耳に入る。

 

「敵襲!? どこブヒかッ!?」

「レヴィク将軍、後ろです!」

 

 望遠鏡を部下から受け取り、長く連なる自軍の遥か後方を覗き込む。

 森から飛び出して来たのは、見覚えのある狼頭人ワーウルフだ。

 三メートルはあろう巨狼の狼頭人ワーウルフが二体、他の狼頭人ワーウルフを引き連れて……ん?

 青白い光を纏った巨大な影が、狼頭人ワーウルフの群れを追い抜く。

 

「三体目だと……」

 

 驚きを含んだラドス近衛隊長の声が耳入り、レヴィク将軍が運良く目で追うことができた三体目が、シミング千人長の指揮する部隊に衝突する瞬間を目撃する。

 三メートルの巨体がゴロゴロと激しく転がり、逃げ遅れた弓兵部隊を押しつぶしながら巻き込む。

 四肢を地面に力強く突き、身を起こした新たな三体目の巨狼が、こちらを睨みつける。

 白銀の体毛に覆われた巨狼が、眩いばかりの青白い光を纏う。

 

「ガァアアアアア!」


 巨狼が大口を開いた瞬間、音が視認できたと錯覚するような、青白く光る薄い膜が円を描いて広がる。

 その咆哮は、遥か遠方であるはずのレヴィク将軍の耳にも、はっきりと聞こえた。

 雷魔法が直撃したような痛みが、全身にビリビリと走る。

 

「ヒヒーンッ!」

 

 悲鳴のような高い鳴き声を発し、レヴィク将軍を乗せた馬が暴れ始めた。

 レヴィク将軍が手綱をしっかりと握り締め、振り落とされまいと馬上で踏みとどまる。

 

「ブヒンッ!?」

 

 誰かが落馬したのか、悲鳴が耳に入る。

 馬主がいなくなった馬が一頭、混乱する近衛隊を突き飛ばしながら、走り回っていた。

 自身の馬が落ち着いたところで、なんとなく足元へ目を落とし、豚のような鳴き声した場所を探してみる。

 予想通りピグダム千人長が、仰向けに倒れていた。

 全身鎧を着ているので、もしかしたら運悪く兜で頭を打ち付けて、死んでいるかもしれない。

 

 近くにいた者がピグダム千人長を助け起こすと、兜の中から苦しそうなうめき声が聞こえた。

 死んでないのか……。

 残念だな。

 事故死で、処理するつもりだったが……。

 

「レヴィク将軍、まずいかもしれませんぞ」

 

 望遠鏡を目元から外したラドス近衛隊長が、珍しく焦った表情を見せる。


「アレは、本物の魔獣かもしれません」

「本物? ……どういう意味だ?」

「優秀な召喚士は、魔闘気オーラを纏う魔物を操る場合があります。しかし、大抵は手で数えるほど。魔闘気オーラを扱える魔物は強いですが。魔物が魔力を多く保持すれば、それだけ強制命令の首輪が多くの魔力を消費するのは、レヴィク将軍もご存じでしょう?」

「ああ、知っている」


 アヴァロム魔導王国と隣接する我が帝国は、もともとアヴァロム魔導王国を仮想敵国と想定してた。

 召喚士に関する知識も、軍事教育の一つとして受けている。

 

「ただし召喚士達が例外的に、あえて森の中で放置していた、野生の魔獣。召喚士達でも手に負えないような、凶暴な魔獣を引っ張り出してくることがあります。先程の痛みを伴う咆哮は、魔装具に関係なく、己の声に魔力がのってる証拠です」

 

 周りを見渡せば、先ほどの咆哮を受けたことで、全ての軍馬がパニック状態に陥っており、ピグダム千人長のように落馬をしている将官も何人かいるようだ。

 おそらく後方の部隊は、ここ以上の混乱が生じているだろう。


「早くこちらの足並みを揃えて、応援に駆けつけなければ、多大な犠牲がでますぞ……」


 過去に魔獣絡みで苦い経験をしたのか、ラドス近衛隊長が唇を噛みしめる。

 ラドス近衛隊長が進言するように、早く後方に応援を向かわせたいが……。


 どこぞの豚が余計な口出しをしたせいで、俺を中心に自軍の前方は人の厚みを増やし過ぎていた。

 味方同士のおしくらまんじゅうで、ラドス近衛隊長一人でさえ、味方陣の外に出すことが困難な状態である。

 軍馬に乗る将官が多いせいで、落馬による混乱で指揮系統も乱れ、すぐに収束できそうにもない。


 ……まさか、ディーナ。

 これが、お前の狙いか!?

 

 

 

 

 

   *   *   *

 

 

 

 

 

「ウーフの咆哮で、馬が混乱しているわね」

「それは好都合」


 隣を歩くベリコの報告に、ディーナが鋭く目を細める。

 ディーナ達が目指す先では、千はいるであろう軍隊に迷わず飛び込んだ二体の巨狼、ルガンとウリガンが弓兵部隊に襲い掛かって、敵陣の中央で大暴れしていた。

 しかし、二体の巨狼では千の軍隊の一部を混乱させてるに過ぎない。

 こちらの接近を気づいた者達が盾と槍を構えて防御陣を作り、無傷の弓兵部隊がディーナ達にやじりを向けていた。

 

「もうすぐ、歓迎の雨が降って来るぞ! また矢で身体を貫かれたくなければ、盾を構えろ!」

 

 声高にディーナが叫び、半身を守るように円形の木製盾(ラウンドシールド)を構えた。

 先頭を歩くディーナに歩調を合わせて、後方で横一列に並んで前進をしていた百の猪牙人オークが、一斉に盾を構える。

 数分も経たずに、周りの地面にパラパラと、雨のように矢が降り注ぐ。

 腕の良い射手が放った矢が、ディーナの盾に命中した。

 

 チラリと視線を向けたディーナが、後方の部隊を観察する。

 今回は盾も持たずに突撃し、狙い撃ちされた矢でハリネズミになって、接敵する前に倒れる者はいないようだ。

 痛みを知ってまで愚行を繰り返すほど、馬鹿な猪牙人オークはいないか……。

 この調子で、戦場で長く生きるすべを、どんどん学んでもらおうか。

 

 視線を再び前に戻し、蛇のようにどこまでも長く連なる人の列を見つめる。

 森の中から遠目に観察していた時、蛇が卵を呑み込んだ直後のように、前方は何重もの分厚い人の防壁が作られていた。

 いきなり大将狙いの襲撃が効いたのかもしれんが、最後尾の応援にすぐ駆け付けれないのなら、こちらとしては好都合。

 

 前方から後方へ、素早く視線を走らせたディーナの視線が、無数の荷馬車を護衛する輸送部隊でピタリと止まる。

 腹が減っては、戦はできぬ。

 人がいても予備の武器が無ければ、戦争は続けれない。

 兵を減らすのも重要だが、兵の士気を落とすのも、戦争において重要なこと。


 ピグダム千人長が指揮する輸送部隊は、後方に配置されている。

 事前にドルシュ帝国へ潜入し、軍の内部情報を入手したグレン殿から渡された資料をもとに、記憶に該当する士官を探す。

 千人の兵を指揮するべきピグダム千人長が、なぜか大将のいる先頭部隊にいたのかは分からんが、輸送部隊の前後にはシミング千人長の指揮する千人隊と、殿を務めるヘンミー千人長の指揮する千人隊が守りを固めていた。

 シミング千人長の指揮する千人隊が、ウーフが率いる狼頭人ワーウルフ達の対処に、時間を割かれている間に輸送部隊から使える物資をどれだけ奪えるか……。

 

「ここからは、時間との勝負だな……」


 矢の雨を越えた先に、盾と槍で待ち構える防御陣を、ディーナが鋭い瞳で睨みつけた。

 さて、次の試練だ……。


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