【第22話】再召喚と個から軍へ
「いきなり、大将首を狙ったのか?」
「ええ、そうよ。でも、雷を纏った凄い槍使いに、串刺しにされてボロ負けしたわ。あともうちょっと近づけたら、喉を斬り裂いてあげたのにね。フフフッ」
両手を広げておどけた仕草で笑うチェニータに、ルヴェンは苦笑いを浮かべた。
「あら? オサが言ったんじゃない。大将首を落とせたら、引き返してくれるかもって……」
「それはディーナと作戦会議をしてる時に、冗談で言ったヤツだ。いきなり大将首を狙って本当に落とせるなら、苦労しないから」
「たしかにそうね。もし、あの槍使いを倒せても、大将の周りに凄い数の兵隊さんがいたから、正面から突っ込んで大将首を獲るのは、ちょっと難しいかもねぇ~」
「凄い数だった。倒しても倒しても、次から次に湧いて来る」
チェニータの背後から、ボソリと呟いた声がルヴェンの耳に入る。
青と白の混じった体毛に覆われた、三メートルにもなる巨狼の狼頭人が二体、仲良く並んでワンコ座りしていた。
「そういえばウリガンは、死んだのは初めてか?」
右側に座る巨狼の狼頭人が、コクリと頷く。
「うん。蟻の巣を穿ったみたいに、人間がいっぱいいた」
ウリガンはたしか、デクトル達が襲撃をして来た時に、チェニータが率いてた狼頭人達と行動をしていたよな。
氏族長第三候補のフォルト相手に、全身を剣で斬り刻まれながらも、リーダーポジションの一人をしっかりと仕留めた優秀な子だと、ユイナが褒めていたな。
「クソチビ共が、あたいの身体にチクチクと剣を刺してきて。鬱陶しいたら、ありゃしなかったよ」
前回の戦闘で、大剣使いの猪牙人のドズロムに四肢をバラバラにされたのに続き、また死亡回数を一つ増やしたからか、グルルルと唸り声を漏らしながら、不機嫌そうにルガンが愚痴を零す。
「確認したいんだけど。ディーナは、ちゃんと逃げれたのか?」
宣戦布告の書状をディーナには託したが、再召喚した彼女達が口にした内容は、ルヴェンが想像していた何倍も激しい戦場だった。
人の身であるため、死に戻りはできないディーナの安否が気になり、ルヴェンが皆が尋ねる。
「私は大将首を獲るのに夢中だったから。敵の偉い人に手紙を渡した後は、先生がどうなったかは知らないわね」
「あたいは、何度かすれ違ったよ。百人長とか言うのを倒してくれって、アイツが指差したヤツを倒しまくって……あれ? そういえばアイツ、いなくなってたよな? 死んだのか?」
ルガンが不吉なことを口にしながら、隣に座るウリガンに視線を移す。
「生きてる。シグニ千人長を倒したから、オサに伝えてくれって言われた。お見送りもしたから、生きてる」
ディーナの無事を教えてくれたウリガンの言葉に、ルヴェンが胸をなでおろす。
ていうか、そんな大切な伝言をきちんと持ち帰って、戦場から離脱するところまで見送りをしたウリガンて、なにげに凄く優秀な子じゃないか?
「なんだ。アイツ、生きてんのかよ」
「さすが先生。しぶといわね~」
他の二名が酷いことを言ってるが、そちらは放置しておく。
死んでも再召喚できることばかりに気を取られてたけど、遠方の情報を死に戻りで持ち帰れるのって、実はかなりの利点じゃないか?
「ありがとう、ウリガン。その情報は、とても助かるよ。すぐにまた、戦場に戻ってもらいたいけど……。ブリン達が食事を作ってるから、飯ぐらいはゆっくり食っていけ」
「ウーフが、おみやげの肉が欲しいって、言ってた」
「大丈夫だ、ウリガン。保存が利く、お土産用のも作ってる」
飯と聞いて即座に部屋を飛び出したルガンとは違い、戦場にいるハラペコ狼娘への気配りができるウリガンは、間違いなく長女タイプだな。
「見送りの時までに、ブリン達に用意させる。飯を食って、少し休んでいけ」
「うん、ハラペコ。お外にいる間、あんまり食べれないから」
そう言いながら、のそのそとウリガンが部屋を退室する。
部屋に残ったチェニータと、ルヴェンの目が合った。
「配給は、どんな感じだ? やっぱり、少ないのか?」
「一日の量は、ディーナとブンゴが相談しながら、決めてるけど……。食い意地が張ってる子は、やっぱり足りないみたいで、森の中にいる獣を捕まえて食べてるわね」
「そうか。それは仕方ないな……」
普段から食事制限なんてしたことがないから、身体の大きなウーフ達はちょっと大変かもな……。
今後を考えて、遠征の訓練もやっぱり取り入れないといけないか。
「あっ、そうだ。チェニータ」
気になったことを書いたメモを取り出すと、紙をチェニータに渡す。
「ディーナと合流したら、伝えてくれ。再召喚は、問題なく成功。次はメンバーを増やしてくれと」
「了解よ、オサ」
* * *
「ディーナ先生。今日の御飯が来ましたよ」
頭上から自分を呼ぶ声に、ディーナは顔を上げた。
眠らぬ城塞都市の女暗殺者であるベリコが、程良い高さの枝木に立ち、望遠鏡を覗き込んでいる。
魔闘気を纏ったディーナが、一跳びでベリコのいる枝木に飛び移り、望遠鏡を受け取った。
「予定より、到着が遅かったな……。ルヴェン殿の予想通り、アヴァロム魔導王国の宣戦布告を聞いて、本国の召喚士達を警戒したか?」
「北の国境線は、大帝国の大軍との睨み合いで、たかだか一万の兵に応援を寄こす暇は無いって、私達は知ってるけど……。こっちは、まだ知らないかもね」
「王女の手紙のおかげで、チェニータ達との合流の時間は稼げた。ベリコ、皆を集めてくれ」
「はいはい」
訓練中の仲間達を呼びに、召集をかけるベリコの背を見送った後、再び望遠鏡を覗き込む。
前回の戦闘で、数百程度は削れたと思うが……。
あまり、減ってるようには見えんな。
長く連なる大蛇のように、どこまでも続く、武装した軍人の群れ。
ディーナ達が潜む森から少し離れた場所に街道があり、街道を中心にドルシュ帝国軍がゆっくりと進行している。
「ニャフフ。今日も凄い人の数ですぞ、ブチ」
「せやな」
ディーナがいる隣の枝木に、猫頭人のタマとブチが飛び移って来た。
周りを見渡せば、猫頭人だけでなく、豹頭人の姿も増えていた。
ディーナが立つ樹が、突然に振動で揺れる。
太い枝木がしなり、大木を挟んだ反対側から、豹頭人のチェニータが顔を覗かせた。
「先生。みんな、集まったわよ」
「そうか」
ディーナが枝木から飛び降り、森の開けた場所へと移動する。
「さて、諸君。ドルシュ帝国軍が、イグラード王国の国境を越えてきた。どうやら君達の襲撃は、大したことがなかったようだ」
まるで馬鹿にしたような態度でディーナが投げた言葉に、森の中から顔を覗かせた魔物達から、鋭い視線が送られる。
「私を睨んでも、どうしようもないぞ。前回は君達の好きにやらせたが、喧嘩が通用するのは傭兵までだ。お前達は、目の前の敵を道連れにして満足したようだが。足を止める程の脅威とは、奴らには思われなかった……。せいぜい、子犬が足に噛みついたくらいだろう」
自身に集中する視線を、ディーナが静かに睨み返す。
「お前達は、死んでもオサが蘇らせてくれる。そんな甘え考えで、戦っているのだろう? だが、よく考えてみろ……。もしお前達が全滅すれば、オサは誰が守るのだ? お前達の知らぬところで、あの大群がオサのいる館を襲撃し、身を守れぬオサが嬲り殺しにされるところを、想像してみろ……」
ディーナ言葉に、森の中から覗く者達が、静かにざわめく。
ルヴェンの傍には、常にユイナが護衛してるので、館が襲撃されても彼女が上手く逃がしてくれるだろう。
今回は、ものの例え。
命は一つしかない人間の我々とは違い、命は無限にあると思い込んでる彼女達に、それを考えるきっかけになればと思ったが……。
自分に集中していた、無数の鋭い視線が弱くなる。
ただし、さっきとは違い、異様に強い視線がディーナを射抜いていた。
まるで私がオサを殺したとばかりに、殺気立った目で睨む、褐色肌の大女とディーナの目が合う。
牙無しのオルグか……。
猪牙人の名の通り、彼らには雄雌の性別に関係なく、口からはみ出す程の牙が生えてるのが普通だ。
だが、彼女には猪牙人の特徴である牙が無い。
せいぜい下顎の犬歯が、ちょっとだけ人間より大きいくらいだ。
猪牙人のドズロムの戦魂を取り込んで、強化されたらしい彼女の働きには、少しは期待したいところだが……。
召喚士が強制命令を行うための首輪が無い彼女が、オサであるルヴェン殿ならまだしも、私の命令にどれだけ従ってくれるかは、未知数ではある。
とりあえず力を示せば、こちらに従う魔物達が多い中、どうにも彼女の態度は異質に感じる。
ユイナには、オルグが一番信用できると聞かされたが……。
「ディーナも、私と同じように乙女心が理解できるようになれば、オルグとは仲良くなれますよ」
何かを察した顔で意味深なことを呟いた、幼馴染の顔がディーナの脳裏によぎる。
性癖がねじ曲がった変態に、純粋な乙女心があるとは思えんが、もう少し分かりやすい助言が欲しいところだな……。
だが、悩んでも仕方がない。
雌ばかりとはいえ、血の気の多い荒くれ者達の猪牙人を束ねてるのは、間違いなくオルグだ。
今回の戦争でオルグとは、もう少し距離を縮めたいところだが……。
「あくまで想像の話だ。お前達の利点は、召喚士さえ生きてれば、何度でも蘇れることだが。戦争は、どんなに無様な負け方をしても、最後まで生き残った者が勝ちなのだ……。お前達の場合は、オサさえ生きてれば、また勝負を挑めるということだな」
樹の根元に立てかけられていた盾を手に取って、ディーナが皆に見せるように持ち上げた。
「今回は、私の指示に従ってもらうぞ……。個での戦いは終わりだ。今度は軍としての戦いを教えてやる。足への甘噛みではなく、血を流して足を引きずる程の痛みを、奴らに教えてやれ!」




