表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【習作】モンスターファミリア(仮題)  作者: くろぬこ
【第02章】極東からの部族編
19/25

【第19話】捕虜

 

 ペン先にインクを付け、ルヴェンは紙にペンを走らせた。

 

「それでは、尋問を開始します」


 顔を上げたルヴェンが、書斎の床に両膝を着いた数名を見渡す。


「もう状況は理解してると思いますが、君の仲間達はほぼ全滅しました。君達の態度次第では、本国に身柄を渡した後に処刑もありえます。以前にも、俺の屋敷に強盗が入ろうとして失敗しましたが、その時の主犯であったギンブルは、本国で処刑されました。捕虜になったから、君達に命の保証があるとは限らないと、肝に銘じて下さい」


 両腕を後ろ側に回し、縄で縛られて拘束された者達が、険しい顔や青ざめた顔でルヴェンを見つめ返す。


「ユイナ、まずは左側から、一人ずつ紹介してくれないか?」

「はい」

 

 いつものメイド服ではなく、黒装束に身を包んだユイナが、左端に移動する。

 

「こちらにいる者はカグイ、氏族長候補の一人です。隣にいる者は、同じく氏族長候補の一人であるマグレンです」

 

 鷹のように鋭い目をした青年と、茶色の垂れた前髪が目立つ優男をルヴェンが見つめる。


「約二百五十名の傭兵を率いた、氏族長第二候補のゴルズと一緒にいた者達です。ウーフ率いる狼頭人ワーウルフ二十五名と衝突。しかし、戦闘中に割り込んだ猪牙人オークのドズロムにより、両陣営は共に壊滅。奥に控えていたウーフがドズロムを倒して、戦闘は決着しました」

「ふむ」


 ユイナが報告する内容を、ルヴェンが紙にメモをする。

 ウーフが死体を運んで来たくれたから、ドズロムの戦魂ソウルは回収できた。

 かなり強い猪牙人オークみたいだから、器の容量的に融合召喚を使う相手は決まってるけど……。

 ウーフ以外は全滅との結果報告に、ルヴェンの顔が険しくなる。


「分かった。では、その隣の……」

 

 ――燃えるような赤髪に極彩色のメッシュを入れた――派手な髪が目に飛び込み、ルヴェンの言葉が詰まる。

 

「この如何にも、頭の悪そうな髪を生やした男が、氏族長第一候補のデクトルです。約五百名の傭兵を率いて、正面から堂々と館に向かっているところを、オルグ率いる猪牙人オーク百名と衝突。最後まで生き残ったのが、オルグと彼のみです」

「ケッ。人質が取られてなければ、全員ぶっ殺してたのによ」

 

 一目見たら忘れない派手な髪型の青年が、忌々し気な表情で背後にいるユイナを睨みつける。

 デクトルの言葉を無視して、ユイナが隣にいる者の背後に歩み寄った。


「こちらにいる女性が、リーン。彼女も氏族長候補の一人です」

 

 ユイナが背後に立つと、栗色の三つ編みを背中に垂らした女性の肩が、ビクリと跳ねた。

 女性でも氏族長になれるのは、意外だな。

 

「彼女は今回の襲撃に参加せず、後方で待機をしていた者ですが、タマとポチの率いる猫頭人ワーキャット犬頭人コボルトの五十名が強襲を仕掛け、彼女を人質として確保。その後、こちらに戻っていたグレンと共に、デクトルと戦闘中のオルグと合流。人質に取った彼女に手を出さないことを条件に、デクトルが投降しました」

 

 主犯をほぼ無傷で捕らえれたのは、ありがたい。

 隣国で斥候任務をしていたグレンが丁度良いタイミングで帰還して、タマとポチに無駄な殺生をせず、人質を取る提案をしてくれたのも良い判断だったと思う。

 

「あのまま、勝負を続けていれば。負けていたのは、オルグの方だったでしょうな」


 地味な村人の恰好をした老人、ではなくスパイ活動用に変装したグレンが、壁際に寄りながら口を開く。

 グレンの凄いところは、ただ帰還するだけでなく、俺の屋敷に襲撃を仕掛けようとした集団の中に、しれっと混ざっていたことだろう。

 しかも、人質に取っていたリーンの御者役をしてたのだから、流石としか言いようがない。

 

「余裕で勝てそうだったのに、邪魔されたとオルグは言ってましたが。グレンさんの言い方ですと、厳しい戦いだったみたいですね……」

「はい」


 ルヴェンの問い掛けに、グレンが静かに頷く。


「ディーナさんを講師に招いてから、まだ数日しか経っていません。強い猪牙人オークの死体も回収できましたし、オルグはこれからに期待しましょう。じゃあ、次を……」


 視線を隣にずらしたルヴェンが、再び困惑した表情を浮かべる。


「私の名前は、ベリコ。氏族長第三候補のフォルトに、眠らぬ城塞都市(ナイタイ)で雇われた暗殺者アサシンよ。あなたには、見事にやられたわ。イケメンの召喚士さん」


 胸元を大きく開いた黒色のレオタードの上に、所狭しとナイフホルダーの革ベルトが大量に巻かれた女性を、凝視していたルヴェンがおもわず唸る。

 うーん……すごい格好だな。

 

「彼女とフォルトの率いていた約二百五十名の傭兵が、チェニータ率いる狼頭人ワーウルフ二十五名と衝突。なぜか、百魔将殺しのタイツェンと仲間内で殺し合いをしており、こちらに有利な森の地形を活かした戦いもあって、狼頭人ワーウルフ数名を残して勝利しました」

「アイツが余計なことをしなければ、あの豹頭のバケモノくらいは、倒せたかもしれなかったわね」

 

 ベリコがクスクスと笑う。

 

「そして最後に、こちらの女性ですが」

 

 床に両膝を突き、事のなりゆきを静観していた者の背後で、ユイナが歩みを止めた。

 どこにでもいそうな、金髪碧眼の地味な格好をした村娘。

 やや中性的なボーイッシュな顔立ちだが、それくらいしか個性を見い出せず、その辺を歩いてそうな一般人にしか見えないが……。

 

「間者です」

「……間者?」

「立ちなさい」

 

 ユイナに命令され、女性が無言で立ち上がる。

 女性のスカートの裾を掴むと、いきなりユイナが捲り上げた。

 

「太もものベルトに、刃に毒を塗ったナイフを数本差してました」

 

 ユイナの指摘通り、女性の太ももにはナイフホルダーが巻かれていた。

 

「御者役を装って紛れ込んでいたのを、グレンが発見したそうです」

「リーンの護衛をしとる者と、裏でコソコソとやり取りをしとりましてな。鉄仮面の女と護衛の者が姿をくらました後、さりげなく逃げようとしたところを捕らえました」

 

 ユイナの発言を引き継いで、グレンが説明を補足してくれる。

 

「ここに来るまでに、簡単な尋問をしましたが。ネイラという名前以外は、分かっておりません」

「部下に調べさせたけど。たぶん、ドルシュ帝国の間者だと思うわ。ネイラは、もちろん偽名ね。私達が依頼をこなせるか、監視役をしてたかもね」

 

 唐突に口を開いたベリコの発言を聞いて、それまで無表情だったネイラの表情が、みるみると変化する。

 不愉快な表情を浮かべ、隣にいるベリコを睨みつけたネイラが、舌打ちをした。

 

「余計なことを喋り過ぎです、暗殺者アサシン。それとも田舎のアサシンは、口が軽いのが常識なのですか?」

「ここで彼に媚を売って私の利用価値を上げれば、生き残る確率が高そうだからね。鉄仮面の女とは、仲良しだったのは把握してたけど……。タイツェンが邪教集団だったのも、最初から私達を裏切るつもりだったのも、知ってて放置してたのかしら?」

 

 紅色のアイシャドウを入れた目を細めて、ベリコが鋭い目つきでネイラを睨み返す。

 

「どいつもコイツも、使えない者ばかりで困りますね。辺境の田舎者とはいえ、館の一つくらいは制圧できると期待していた、私の目が節穴だったようです。氏族長候補と大袈裟に言う割には、無名の召喚士一人にも勝てないとは……」

「んだと、てめぇ。ぶった切ってやろうかぁ?」

 

 口を開ければ次々と飛び出す辛辣な言葉に、怒りで顔を朱色に染めたベクトルが、片膝を上げて立ち上がろうとする。

 すかさずユイナが背後にまわり、ベクトルを押さえつけた。

 ピリピリとヒリつく空気を纏って、仲間だったはずの三人が睨みあ合う光景を、ルヴェンが興味深げに見つめる。

 金で雇われた傭兵の集まりだと、やっぱり一枚岩とはいかないか……。

 

「君もなかなかの策士ですね。魔物の一人も操れない召喚士との噂でしたが、やはり英雄ギリムの息子。まんまと我々が、一杯食わされたというわけですね」

 

 クツクツと自嘲気味な笑い漏らすネイラに、ルヴェンがおもわず苦笑する。

 最近まで、まともに召喚できなかったのは事実だが、それをあえて言う必要もないだろう……。

 

「噂と違って、君が召喚士として優れていたのは、こちら側の誤算です。しかし、召喚士としてはまだまだ若い……。師団堕としには、遠く及ばず。やはり恐るるに足らず」

「……何が言いたいのですか?」


 先程までの自嘲気味な笑いとは違い、明らかに嘲笑する態度に変化したネイラを見て、ルヴェンが訝し気な顔をした。

 

「田舎者のアサシンの言う通り、私はドルシュ帝国の間者です。それとギンブルをそそのかし、ベクトル達にここを襲撃するように仕向けたのも、ドルシュ帝国です……」

「ほう」

 

 急に饒舌に喋り出した帝国の間者に、ルヴェンは警戒の眼差しを向ける。

 

「もしかして、デクトル達を倒して危機は脱したと思ってませんか? これで平和が戻り、安心して眠れると思ってますか?」

 

 ネイラが口の両端を吊り上げ、不気味な笑みを浮かべた。

 

「ここからが、本当の悪夢の始まりですよ。今回の任務が失敗し、国への定期連絡を私が送れなかった場合。ドルシュ帝国からこの地に、一万の兵が送られる手はずになってます……」


 ネイラの発した言葉に、その場の空気が凍りつく。


「は? 一万だと? って、おいコラ女。俺の髪を踏むんじゃねぇ!」

 

 再び立ち上がろうとしたデクトルを、ユイナが即座に背中を踏みつけて押さえつける。

 

「さっさと荷造りをして、この館を即座に明け渡すことを、あなたに強くお勧めします。今回は鉄仮面女の気まぐれで、あなたは生かされたに過ぎません」

 

 ネイラが漏らした鉄仮面女の単語に、ルヴェンの眉がピクリと跳ねた。

 

「シェイラから、別れ際に聞きましたよ。弟子のタイツェンを倒して、調子に乗って追いかけて来た豹頭人ワーチーターを、バラバラにしてあげたと」

「弟子?」

「あら? もしかして、ご存じなかったのですか? まさかタイツェンが、本物の百魔将殺しだと思ってましたか? 彼は、百魔将殺しシェイラの弟子ですよ。シェイラが派手に暴れた後に、残されたタイツェンと残骸を見て、勝手に流れた噂を信じてましたか? あらあら、それは大変残念でしたね」

「よく喋る間者ね」


 急に饒舌になり、挑発する言葉の目立つネイラを、隣にいるベリコが呆れた顔で見つめる。

 

「千の傭兵に手こずるあなたでは、一万の軍人には勝てるはずがありません。シェイラも、玩具にしていた猪牙人オークのドズロムと弟子を殺されて、あなたに興味を持ったようです。先ほどは、逃げた方が良いと言いましたが、それは危険かもしれませんね。夜道にシェイラと出くわして、バラバラにされてしまうかもしれません。想像するだけで、恐ろしいでしょう? でしたら、私を今からでも丁重にもてなして、帝国への使者として送り返すことをお勧めします。そうすれば、シェイラから逃げる時間くらいは、私が上手く稼いであげますよ」

 

 ネイラの濁った青い瞳が、ルヴェンの心の内を探るように、上目遣いで覗き込んでくる。

 女アサシンの言う通り、本当によく喋る間者だな。

 

「ネイラ、君に一つ感謝したいことがある」

「……感謝、ですか?」

「君がいろいろ喋ってくれたおかげで、次に戦うべき相手が分かった。ありがとう」

「……まさか。一万の軍隊と戦うおつもりですか?」


 馬鹿にしたような表情で、ネイラがルヴェンを見上げる。

 

「もう一つ、君に教えておきたいことがある」

 

 ルヴェンが机の上に置いてあった、紫色のククリ刀を握り締め、ユイナとアイコンタクトを取る。

 事前の打ち合わせ通りに、ユイナが書斎の扉に近づいてドアノブを回した。

 その様子を眺めていた者達が、開かれた扉から現れた者を見て、表情を一変させた。

 

「バラバラねぇ……。たしかに、アレは痛かったわぁ~」


 部屋に入って来た者が、黒い体毛に覆われた首を、左右にコキコキと音を鳴らして捻る。

 ルヴェンが座る机の前まで悠々と歩み寄ると、ルヴェンが差し出した二本のククリ刀を受け取り、黒い豹頭が後ろに振り返った。

 傷一つ無い身体で、受け取ったククリ刀を空中で回転させ、器用に受け止めたチェニータが獰猛な笑みを浮かべる。

 よっぽど酷い目にあったのか、女アサシンのベリコは顔を真っ青にして、チェニータから目を逸らせる。

 先程まで余裕ありげな笑みを浮かべていた間者のネイラも、濁った青い瞳を丸くして固まっていた。

 

「あの鉄仮面女、シェイラと言うのね。覚えたわよ」

「まさか……。さっき殺されたのは、嘘だったのですか?」

「それは本当ですよ。チェニータは、シェイラに殺されました。でも、俺が召喚士なのをもう忘れたのですか?」

 

 呆然としたネイラの瞳が、静かに目を細めたルヴェンの視線と重なる。

 

「千人が一万になったところで、やることは変わりませんよ……。俺の家に土足で入って来る強盗は、全員叩き潰す。それだけです」


 そう告げた後、ルヴェンは爽やかな笑みを浮かべた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ