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【習作】モンスターファミリア(仮題)  作者: くろぬこ
【第02章】極東からの部族編
18/25

【第18話】三つ巴②

 

 ベリコは自分が、周りからどのような評価を受けてるかを、よく理解していた。

 若くして下忍達を纏める中忍に昇格したのも、親の七光りで幹部達から推薦されたのだと、陰口を叩かれていたのも知っている。

 十代後半だと知られて馬鹿にされるのも癪だから、歳を誤魔化して大人びた色香を出す意識も常にしてきた。

 今の立場になるまでに、血の滲むような努力をし、その結果が今であるという自負は、もちろんあった。

 だが、しかし……。

 

「背中が、ガラ空きよ」

 

 肩越しに耳元で囁き、フッと耳に息を吹きかけられて、背筋がゾっとする。

 背後に回り込んだ者へ向けて、ベリコは逆手に持った忍刀を突き刺した。

 

「ハズレ」

 

 後ろへ振り返っても声の主はおらず、今度は前方からアイツの声がした。

 ベリコが顔を前へ向けたと同時に、目と鼻の先に黒い豹の頭があった。

 チェニータを名乗った獣人が、白い歯を見せて獰猛な笑みを浮かべる。

 この状況で、まだ笑っていられる余裕があるのが信じられなかった。

 コイツはこの殺し合いを、本当に楽しんでいるのだろう。


 二対一・・・の殺し合いを――。

 ベリコと見つめ合う黒い豹頭人ワーチーターの左右から、二本の刃が現れた。

 私では反応できない速度の刃が、ハサミで小枝を切るように、黒い体毛で覆われた胴体に迫る。


「チッ」


 舌打ちをしたのは、チェニータの背後にいた――強襲を仕掛けた側の――タイツェン。

 黒い体毛で覆われた二メートルの巨躯に、濃厚な青い魔闘気オーラが纏う。

 逆手に持った紫色のククリ刀が、タイツェンが振り払った二本の刃を、胴体が触れる寸戦で止めている。

 力が拮抗してるのか、触れあった刃同士が小さな火花をチリチリと散らせていた。

 黒い豹頭が、再び私の前に迫る。

 

「あなた達の戦い方は、だいたい分かったわ……。そろそろ、狩っても良いかしら?」

 

 私の目を覗き込む金色の瞳に、再びゾクリと寒気を感じた。

 沸き上がる恐怖を振り払うように、ベリコは忍刀を横薙ぎに振るう。

 

「ぎゃんッ!」


 だがそれよりも先に、突き出した蹴りがベリコの腹を強打する。

 後方の樹に叩きつけられたベリコの口から、情けない声が漏れた。


「あら、可愛い悲鳴も出るじゃない」

 

 馬鹿にした笑みを浮かべたチェニータを、羞恥心で頬を赤く染めたベリコが睨む。

 

「まずは、あなたから相手をしてあげる」

 

 背後へ首を回し、獰猛な笑みを浮かべる豹頭を、タイツェンが睨み返す。

 

「調子に乗るな、獣頭。俺はまだ……本気を出していないぞッ!」

 

 声を怒りで震わせたタイツェンが、青く光る薄い膜を全身に纏う。

 ベリコの前から、二つの影が消える。

 だがそれは一瞬で、すぐさま剣戟の応酬が始まった。

 樹々で密集した動きにくい地形を物ともせず、縦横無尽に駆け回る黒い豹頭人ワーチーター

 それを追うようにタイツェンが駆け抜け、激しい刃の嵐を降り注ぐ。

 

 これが、タイツェンの本気か……。

 ベリコが悔し気な顔で、歯を食いしばる。

 やっぱり私には……速過ぎるわね。


 とてもじゃないが、彼の剣技についていける気がしなかった。

 若さゆえの経験の差は、如何いかんともしがたい。

 素直に認めたくないが、百魔将殺しの名は伊達じゃないようだ。

 彼ほどの実力があって、ようやく目の前の獣人と同等に並べるということか……。

 だが、獲物を追うことに夢中な獣人が、こちらへの警戒を解いた隙を、見逃すつもりもない!

 

 私の努力を否定し、下忍と馬鹿にした奴と協力するのは癪だが、今回はしかたあるまい。

 胸元に巻いた革ベルトのホルダーから、ベリコが二本の投擲ナイフを引き抜く。

 最後の二本を握り締め、その時を待つ。

 

 互いに相手の刃を、全て弾けてるわけではない。

 肩口や脇腹、腕や頬と斬り傷が増え始め、私の目も少しずつ両者の動きを追えるようになってきた。


 その大きな身体に見合わぬ身軽さで、チェニータが地を蹴り、高所にある太い枝木に飛び乗る。

 地面に靴底を滑らせ、砂煙を上げながら比較的開けた場所で、タイツェンが足を止めた。

 高所から見下ろす黒の豹頭人ワーチーターと、それを睨み上げる狂信者。

 太い枝木をしならせ、ヒラリと空中で身軽に回転した後、チェニータが地面に着地した。

 

「フフフ、楽しかったわ。そろそろ、終わりにするわね」

「そうだな……。俺の刃も、少しずつ当たるようになってきた。次で、お前の首を跳ねてやろう」

 

 二本の刃を構えた両者が、静かに睨み合う。

 タイツェンの瞳だけが動き、どこかをチラリと見た。

 ……ん?

 いま、タイツェンはどこを見て。

 当然ながら、その隙を彼女が見逃すはずは無かった。

 

「よそ見なんて、ずいぶんと余裕じゃない」

 

 黒い獣人が、タイツェンの懐近くまで飛び込む。

 

「お前も、俺ばかりを見過ぎだな」

 

 チェニータの目が見開き、勘付いた豹頭とベリコの目が合った。

 だが、そのタイミングで気づいても遅い。

 ベリコが放った二本の投擲ナイフが、チェニータの豹頭と脇腹に吸い込まれた。

 そのまま両者の刃が交差し、大量の血飛沫が舞った。

 

「やはり、師とは違う、人の身では……。バケモノには、勝てぬか……ゴフッ」

 

 口から大量の血を吐いて、タイツェンが膝から崩れ落ちる。

 タイツェンの上半身がゆらりと傾き、血溜まりにバシャリと沈んだ。

 虚空を見つめるタイツェンの胸元には、二本のククリ刀が突き刺さり、背中まで貫いていた。

 誰が見ても致命傷と分かる。

 

「フーッ、フーッ。グルルルルッ」

 

 チェニータが唸り声を漏らしながら、鼻息を荒くしてベリコの方へ顔を向ける。

 ベリコの投げた投擲ナイフが、口元の一部を割きながらも、牙で噛みしめられていた。

 

「やってくれるじゃない、人間。おかげで、酷い目にあったわよ」

 

 口に咥えた投擲ナイフを手に取り、脇腹に刺さったもう一本の投擲ナイフを、チェニータが乱暴に引き抜く。

 チェニータも無事ではないらしく、肩から脇腹に向けて斜め十字の刀痕とうこんが、深々と走っていた。

 地面に大量の血を落としながらも、地を踏み締める足取りは力強く、殺意の満ちた瞳で次の獲物を睨みつける。

 

「両方死んでくれたら、一番良かったのだけどね」

 

 ベリコが苦笑いを浮かべながら、ゆっくりと背中にある忍刀へ手を伸ばす。

 表面上は冷静を装っているが、冷や汗が止まらない。

 手負いの獣とはいえ、タイツェンを倒した獣人に勝てる気が全くしないのよね……。

 さすがに、生きては帰れないかしら?

 

「チェニータ。殺しては駄目です。この子には、聞きたいことがあるので、生け捕りにします」

 

 耳元で告げられた聞き覚えの無い声に、ベリコが驚いた顔で目を見開く。

 

「動かないで下さい。あなたの護衛任務は、失敗しました」

 

 ベリコの喉元には、短刀が添えられている。

 引き抜こうとした忍刀の柄には、背後に立つ者の手がのせられていた。

 

「ボス。本気で言ってるの? 私の身体を見てちょうだい。その女のせいで、私の身体はアイツに斬り刻まれて、ズタボロなのよ」


 黒装束に身を包んだ女性を、チェニータが不満げな顔で睨む。

 ボスと呼ばれた女忍者は、獣を模した仮面を被っており、二つの穴から覗く目を細める。


「さっきから見てましたが。その大怪我は、あなたの油断から負ったものです。このアサシンが今のあなたにしたように、二人の共倒れを最初から狙っていれば、くだらない怪我もせずにすんだと思いますが」

「……それを言われると、ツライわね。だって、混ざった方が楽しそうだったのよ」

「チェニータ。あなたへの説教と教育は、後回しです。どうしても、まだ暴れたいのでしたら。さっきから、こちらを監視していた者を追いなさい。ソイツなら、殺してもかまいませんから」


 女忍者が苦無クナイと呼ばれる短刀の先端を、森の奥へ指し示す。

 さっきタイツェンがチラ見をしていた方向へ、豹頭が振り返る。

 

「たしかに……。さっきから私のことをチラチラ見てて、すごく鬱陶しかったのよね。じゃあ、そっちで我慢しておくわ」

 

 不機嫌そうな顔で、チェニータが空高く跳躍した。

 深手を負ってるはずなのに、気にした素振りも無く樹々の間を飛び跳ねて、森の奥へと消えて行く。

 

「さて、後はあなたの処遇ですが。まだ抵抗しますか? 護衛対象も死にましたし……。お金にならない無駄な戦いをしたいのなら、彼女達としばらく遊ばせてあげますが」

 

 ベリコが周りを見渡せば、勝敗は既に決していた。

 目的地に向かっていた傭兵は既に全滅しており、ベリコの部下達も狼頭人ワーウルフに狩り殺されている。

 護衛対象であったフォルトは、他の狼頭人ワーウルフよりもさらに一回り大きい、三メートルの巨体を揺らす狼頭人ワーウルフに頭を踏みつぶされ、その身を血溜まりに沈めていた。


 善戦はしたのか、体中を斬り刻まれた狼頭人ワーウルフの胴体には、フォルトが愛用してい二本の剣が深々と刺さっている。

 一番身体の大きな狼頭人ワーウルフが、胴体を貫いた二本の剣を乱暴に引き抜いた後、不機嫌そうな顔でベリコの足元へ放り投げた。

 最後の生き残りを取り囲む狼頭人ワーウルフ達を見て、溜め息混じりに肩を落としたベリコが、渋々と両手をあげる。

 

「降参するわ」

「そうですか。では、主のいる館まで来てもらいます」

 

 女忍者に武器を取られ、用意された縄で腕を縛られたベリコは、大人しく彼女に従うのだった。


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