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【習作】モンスターファミリア(仮題)  作者: くろぬこ
【第02章】極東からの部族編
17/25

【第17話】三つ巴①

 

「空が、青いな……。雲一つ無い快晴ってヤツだぜ、マギシム」

「ああ……。そうだな」


 地に仰向けに寝転がり、空を見上げるカグイの独り言に、なんとなく反応する。

 

「これで、血の雨が降ってなければ、最高だったのにな……」

「本当だな」

 

 マギシムは溜め息を吐きながら、目を逸らしたい現実へ意識を戻す。

 自分達から少し離れた場所では、二百もなる大量の人の死体が転がり、生き残った少数の者だけが、死闘を繰り広げていた。

 

「あの、クソオークが……。あたいの腕を、斬りやがって」

 

 ドスの利いた低い唸り声が耳に入り、マギシムとカグイの身体がビクリと跳ねる。

 地にうつ伏せに倒れたマギシムが、恐る恐る声のする方へ振り返った。

 自分とカグイの下半身を押しつぶす、――身動きが取れない原因である――青と白の体毛に覆われた巨体が目に映る。

 丸太のような太い両腕は、手首から先が斬り落とされ、右足も脛から先が無い。


 大きな狼頭から苦悶の声を漏らしながら、体毛を血塗れにした狼頭人ワーウルフが、忌々し気な目で戦場を睨みつける。

 三メートルの巨体で、我が物顔で暴れていた狼頭人ワーウルフを、ここまでの悲惨な状況にした化け物へ、マギシムもまた視線を移す。

 

「貴様、俺の仲間達を……。よくも、よくも……」

 

 無残にも下半身を失い(・・・・・・)、口から血を流して息を引き取った、民族衣装の男の頭を抱きかかえ、片膝を地に付いたゴルズの頬に涙が落ちる。

 傭兵と狼頭人ワーウルフの亡骸で積み上げられた山の上で、――成人男性の身長はあろう長くて太い刀身の――大剣グレートソードを肩に担いだ者が、大口を開けて笑う。

 

「ゲハハハハ! なんだ、泣いてるのか? 弱いお前が、悪いんだろ?」


 ――猪牙人オークの特徴である――下顎から突き出た二本の牙に手を伸ばし、牙に付いた血糊を人差し指の腹で拭うと、大きな舌でペロリと舐める。

 死体の山から二メートルの巨体が飛び降り、ゴルズの数メートル先にある地面の砂埃すなぼこりが、宙に舞い上がった。

 ジャラジャラと鉄鎖が煩く擦れる音と共に、猪牙人オークの腕に巻かれていた物が、ドスンと重々しい音を立て、地に落ちた。


「さあ、お前の盾になってくれた奴は、皆死んだぞ。弱いお前を生かす為の作戦も、無駄死にで終わったな」


 死んだ仲間を地に寝かせ、開いた瞼を指先でそっと閉じたゴルズの身体が、ピクリと跳ねる。


「無駄死に……だと……」

 

 食いしばった歯がギシリと鳴り、ゴルズが怒りの形相で睨み上げる。

 

「そりゃあ、そうだろう。誰一人、俺に触ることすりゃ、できなかったじゃねぇか。俺の攻撃が、人間の盾如きで防げるわけがねぇのにな。馬鹿な奴らだよ」

 

 人の頭より大きな鉄球が、フワリと地から空中に浮かび上がる。

 鉄球には鉄鎖が繋がっており、大剣を持ってない方の手で、猪牙人オークが楽しそうに振り回している。


「お前だけは……絶対に……」


 二本の戦斧を握り締め、ゴルズが立ち上がる。


「絶対に、許さんぞぉおおおおお!」

 

 力強く咆哮するゴルズを目にした猪牙人オークのドズロムが、ニタリと笑う。


「ゲハハハハ! 来いよ。筋肉だけの、木偶の坊」


 見る者を不快にさせる嘲笑を浮かべながら、怒りに震えるゴルズを更に挑発した。

 両者の身体が、青の燐光を纏う。

 互いに魔闘気オーラを高め合いながら、ドズロムは鉄球を玩具のように振り回し、ゴルズは二本の斧刃を力強く打ち鳴らす。

 

 仕掛けるタイミングを計っているのか、どちらもすぐには動かなかった。

 ドズロムが振り回す鉄球だけが、縦に円回転を繰り返しており、円がみるみると大きくなっていく。

 不意に鉄球が地面に触れ、規則正しく回っていた鉄球が跳ねる。

 

 その隙を逃さず、ゴルズがいきなり跳躍した。

 一瞬遅れてドズロムが、回転の乱れた鉄鎖を軌道修正し、鉄鎖に繋がった鉄球がゴルズの頭上に迫る。

 百を超える傭兵達の頭や肉骨を砕いた鉄球は、距離を詰めたゴルズの頭には僅か届かず、地面に落下した。

 

「オォオオオオオ!」

 

 伸びた鉄鎖が肩にかかるが、肩口を擦り付けて肉に食い込む鉄鎖を、ゴルズは気にも留めない。

 跳躍したゴルズが咆哮を上げながら、身体を空中で弓のようにしならせ、猪牙人オークのドズロムに飛び掛かる。

 二本の戦斧を両手に握り締め、全体重をのせた必殺の一撃を、仇敵の頭上目掛けて振り下ろした。

 しかし、それを予期してたかのように、ドズロムは涼しげな顔で大剣を振り上げ、正面から受け止める。

 

 ゴルズは速さと技術はフォルトに劣るが、パワーだけなら氏族長候補の第一筆頭に挙がるデクトルに劣らないと、皆に言われていた。

 その全力の一撃を、猪牙人オークのドズロムは片手・・で受け止めた。

 

「ゲハハハハ! だから、おめぇらの攻撃は軽過ぎんだよっ!」


 ゴルズの足が地に触れるよりも先に、青い魔闘気オーラを纏ったドズロムが、足を蹴り上げた。

 その巨漢に見合わぬ素早さで、ドズロムの放った高速の蹴りが、ゴルズの腹にめり込む。


「オグゥ!?」

 

 ゴルズの身体がくの字に曲がり、二メートルの巨漢が宙を舞う。

 まともに受け身をとれず、ゴルズの身体が地面にぶつかり、地を無様に跳ねた。

 

「おら、どうした木偶の坊。仲間の仇を討つんじゃなかったのか? それとも、その筋肉はやっぱり飾りか?」

 

 ジャラジャラと鉄鎖が擦れる音を立てながら、放り投げた鉄球をのんびりと回収したドズロムが、再び挑発を繰り返す。

 ゴルズの身体がピクリと跳ね、口から血を吐いた。

 苦悶の表情で腹を押さえ、ゴルズが手足を震わせながら、それでも立ち上がろうとする。

 

「お前だけは……絶対に、許さ……ッ」

「あ、悪ぃ。お前があんまりトロいから、つい投げちまったぜ。ゲハハハハ!」

 

 くの字に曲がったゴルズの腹から、めりこんだ鉄球が地面に転がり落ちる。

 口から大量の血を吐きながら、両膝を折ったゴルズが、再び地面に力無く倒れた。

 

「おら、早くしろよ。次は立つまで待ってやるから」

 

 下種な笑みを浮かべながら、ドズロムが鉄球に繋がった鉄鎖を回し始める。

 必死に立ち上がろうとするゴルズに、待ちきれなくなったドズロムから、無情にも鉄球が飛んでくる。

 身体が頑丈なのが自慢だったゴルズも、極東には存在しなかった魔獣達に、勝つことはできなかったらしい。

 

 目の前で行われる公開処刑を、己の死さえ悟ったマギシムは、他人事のように見つめていた。

 ここに、デクトルとフォルトがいれば……。

 最初から三人が協力してれば、あの化け物にも勝てたかもしれないが……。

 氏族長になることで頭がいっぱいなアイツらに、そんなことはできるわけないよな。

 

 なんで、俺はこんな遠征について来たんだろう……。

 雲一つない快晴空を見上げながら、マギシムは自分の生い立ちを想う。

 最初から氏族長候補になれないのに、親がゴルズの親族に頭が上がらないって理由だけで、脳ミソまで筋肉な連中のサポートばかりをやらされて。

 挙句の果ては、故郷でもない場所でモンスターに殺される。

 俺の人生って……なんだったんだろうな?

 

「なんだ。もう、立ち上がる力も無いのかよ」

 

 足に力が入らないのか、全身が血塗れになったゴルズが、戦斧を支えにしながらも、それでも立ち上がろうとしている。

 どれだけ鉄球に打たれたのか、体中が紫色に腫れあがり、曲がってはいけない方向に、片腕は折れて曲がっていた。

 

「じゃあな。木偶の棒」

 

 飽きた玩具を捨てるように、ドズロムが雑に大剣を振り回し、ゴルズの首を跳ねた。

 親の繋がりで押し付けられたとはいえ、幼馴染の死を目の前にしても、マギシムの胸中には怒りも悲しみも湧かない。

 ただ、次に訪れる死は自分の番だなと、受け入れるしかなかった。

 

「カグイ、覚悟を決めろ。次は俺達の」

「ねぇねぇ、ルガン。ウーフ、待つの飽きた!」

 

 マギシムの頭上から、幼子のような声が聞こえた。

 おもわず後ろへ振り返り、目に映った光景にマギシムは息を呑んだ。

 口から血を吐きながら、戦場を睨みつける巨獣の狼頭人ワーウルフの頭上から、同じ大きさの狼頭がこちらを覗き込んでいる。

 まだデカイ奴が、いたのかよ……。

 新たに現れたのは、青と白の混じった体毛ではなく、白銀の体毛で全身を覆った狼頭人ワーウルフ

 

「知るか、クソチビ」

「ねぇねぇ。なんで、ルガンは腕と足が無いの?」

「見て分からねぇのかよ、クソチビ。魔力切れだよ」

「なんで、みんな寝てるの?」

「寝てるんじゃねぇよ、負けたんだよ。見て分かれよ、クソチビ!」

 

 マギシムの頭上では、新たに現れた幼子のような声を発する魔獣と、死にかけの魔獣がなぜか口論をしていた。

 状況が理解できず、横にいるカグイへ視線を向ければ、さっきまで空が快晴だとか呟いてた男は目を瞑り、仰向けに倒れている。

 口がキツく一文字に結ばれており、まるで息を殺してるように、マギシムには見えた。


 コイツ……死んだふりをしてるやがる。

 相手が古い付き合いのある、幼馴染ゆえに気づけたことだが、タイミングが最低だぞ、お前……。

 

「え? ルガン、負けたの!? チビしかいないから、ウーフが寝てる間に終わるって言ったよね?」

「うっせーな。耳元で喚くな! お前が寝てる間にアレが出て来て、みんなヤラれたんだよ」


 苛立たしい顔で唸り声を漏らした狼頭人ワーウルフが、動かした鼻先を前へ向ける。

 幼子のような声を発する狼頭人ワーウルフも、同じ場所へ鼻先を向けた。


「……野生魔族ノラ?」

「さあな。外から来たヤツか……。もしくはお前の狩り漏らした、ノラじゃねぇか?」


 なぜか口角を吊り上げ、クツクツと笑う狼頭人ワーウルフ

 対して、後から出て来た狼頭人ワーウルフは、静かに目を鋭くさせた。


「オサのテリトリーには、もう野生魔族ノラはいないって、どっかのクソチビは自慢げに話してたけど。アレは何だろうな?」

「ゲハハハハ! なんだ、まだ狼頭人ワーウルフがいたのか?」

 

 あちらもどうやら異変に気づいたらしく、遠方からドズロムの大きな笑い声が聞こえた。

 マギシムの目に映ったのは、青い魔闘気オーラを纏った猪牙人オークが、鉄球の繋がった鉄鎖を乱暴に振り回す姿だ。

 今まで最も長く、数メートルに渡り伸びた鉄鎖が、ドズロムの頭上で円回転を繰り返している。

 新しい玩具を見つけた子供のように、目をキラキラと輝かせたドズロムが、鉄鎖の動きに従うよう身体を捻り、一回転した。


 空中を浮かぶ鉄球が、猛スピードでこちらに迫る。

 新たに現れた狼頭人ワーウルフは、一歩も動かない。

 自身を狙って飛来する鉄球を気にも留めず、遠方にいるドズロムをただじっと見つめている。

 

「アレ、持って帰ったら。オサが喜ぶぞ。今晩は、ご馳走だな」

「ご馳走?」

 

 白銀の狼頭人ワーウルフの頭に触れた鉄球が、マギシムが聞いたことのない金属音と共に、突然に弾けた。

 いや、マギシムの目には、弾けたようにしか見えなかったのが、正しいのかもしれない。

 いつの間にか青い魔闘気オーラを纏った白銀の狼頭人ワーウルフが、右腕を高々と上げている。


 もしかして、あの手で振り払ったのか?

 新たに現れた狼頭人ワーウルフの腕には、他の狼頭人ワーウルフ達には無かった、人間がするような古びたガントレットが装着されていた。

 ただし、その大きさは規格外で、三メートルの巨体に合わせたような籠手が、二本の腕を重々しく纏っている。

 並の人間が扱おうとすれば、籠手ではなく盾として通用するサイズだ。

 

 鉄で縁を補強された木製の円盾を次々と破壊した鉄球は、あらぬ方向へ空高く宙を舞い、地中へ深く沈んだ。

 何が起きたか理解できぬ顔をしたのはマギシムだけではなく、遠方にいたドズロムもキョトンとした顔で固まっていた。

 

「さっさと狩って来いよ、ウーフ。他の奴らに、獲物が取られちまうぞ?」

 

 青い魔闘気オーラを纏った白銀の巨体が、マギシムの眼前から消えた。

 マギシムの目に映ったのは、まるで鳥のように、空高く舞う白銀の狼頭人ワーウルフ

 ルガンとは比べものにならない高さから落ちて来る狼頭人ワーウルフを、大剣を構えて見上げていたドズロムが、いきなり避けた。

 ドズロムがいた場所に、狼頭人ワーウルフが振り下ろした手甲が突き刺さり、蜘蛛の巣状の亀裂が地面に広がった。

 

「ウーフの獲物!」

「チッ! 狼如きが!」

 

 苛立たしい顔で舌打ちをしたドズロムが、両手に握りしめた大剣を振り回す。

 数多の傭兵達の胴体を泣き別れにし、狼頭人ワーウルフ達の四肢を切断した大剣が、白銀の狼頭人ワーウルフが装着したガントレットとぶつかる。

 重々しい金属音が、遠く離れたマギシムの耳に入る。

 マギシムが驚いたのは、大剣のフルスイングを受け止めた白銀の狼頭人ワーウルフが微動だにせず、ドズロムの顔が苦痛に歪んで身体を僅かによろめかせたことだ。

 

「ウーフの御馳走!」

「誰が御馳走だッ!」

 

 今までの戦いは遊びだったのか、片手で振り回していた大剣を両手で握り締め、ドズロムが高速で斬撃の嵐を繰り出す。

 白銀の狼頭人ワーウルフもまた、巨体に見合わぬ身軽さで腕を振り回し、大剣の刃をガントレットで弾く。

 

「くたばれや、クソ狼!」


 器用に全身を捻り、斜めに振り下ろしたドズロムの一撃を、斜めに交差したガントレットが、正面から受け止めた。

 その衝撃を物語るように、立っていた狼頭人ワーウルフの足が地面にめり込んだ。

 三メートルの高さにある白銀の狼頭が、二メートルの猪牙人オークを見下ろす。

 

「オルグより、軽い。せんせーより、遅い」

「あの女……。話が違うじゃねぇか!」

 

 口元から血が出る程に歯を食いしばり、猪牙人オークが全身に力を込めた。

 大剣の刃とガントレットの接触面から、チリチリと小さな火花が飛び散る。

 最初は均衡を保っていたが、狼頭人ワーウルフの右足が前に一歩進み、大剣の刃を力強く押し返した。

 

「ウーフの……お肉!」


 目をギラギラと光らせた狼頭の口が、大きく開いた。

 涎を垂らした大口が、猪牙人オークの顔に迫る。


「ざけぇんなぁあ!」


 悲鳴にも近い雄叫びを上げ、ドズロムが大剣の刃をずらし、無数の鋭利な牙が並んだ噛みつきを、寸前で防いだ。

 同時にドズロムが、狼頭人ワーウルフの胴体に蹴りを入れ、いきなり背を向けた。

 今までとは異なる情けない姿で、脱兎の如く逃げ出すドズロム。

 

「クックックッ……。バァーカ。そのまま、ウーフに食われちまえ」

 

 マギシムの頭上にある狼頭から、楽しそうな笑い声が漏れる。

 その意味を、マギシムはすぐに理解する。


 逃走を図ったドズロムが、突然に足を止めた。

 全身から冷や汗を流し、ドズロムが苦悶の表情で振り返る。

 ドズロムの視線の先にあるのは、鉄球の繋がった鉄鎖を握り締めた白銀の狼頭人ワーウルフ

 噛んでいた大剣の刃を口元から外し、白銀の狼頭人ワーウルフが後方へ放り投げる。

 

「ウーフノ、オニク。ニガサナイ!」

「くそ! クソクソクソ、クソウルフがッ!」

 

 自身の胴体を何重にも巻きついた鉄鎖を、ドズロムが必死に引き剥がそうとする。

 しかし、白銀の狼頭人ワーウルフが両手で握り締めた鉄鎖を引き寄せるたびに、ドズロムの肉体に鉄鎖が深く食い込み、どうにもできないらしい。

 ドズロムの抵抗も虚しく、互いの距離が徐々に縮まる。

 

「あぁあああああああ!」

 

 逃げ場が無いと悟り、半狂乱になって叫び出した猪牙人オークが、拳を握り締めて白銀の狼頭人ワーウルフに飛び掛かる。

 ――古びたガントレットを嵌めた――狼頭人ワーウルフの腕が天高く振り上げられ、握り拳が青い魔闘気オーラを纏う。

 

「カグイ……。俺は故郷に生きて帰れたら。アヴァロム魔導王国の魔獣だけには、絶対に喧嘩を売るなと皆に伝えるよ」

「おう。俺も協力するぜ」

 

 マギシムの呟きに、死んだふりをしていたカグイが反応する。

 直後に、うるさかった猪牙人オークの奇声が消えた。

 

「なあ、カグイ……。俺達、生きて帰れるかな?」

「無理じゃね?」


 頭が土の中に埋まり、動かなくなった猪牙人オークを見つめた男二人は、死んだ魚の目をして空を見上げた。


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