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【習作】モンスターファミリア(仮題)  作者: くろぬこ
【第02章】極東からの部族編
15/25

【第15話】裏切り者達

 

 深緑に覆われた森の中を、武装した集団が前進していた。

 集団の前方にいる者達が、ナタを振り回して茂みを刈り取り、魔族が潜んでないかを慎重に探りながらも、前へ前へと進んでいる。

 傭兵を含めた数は、二百四十。


 武器や服装などの装備がバラバラで、前方を移動する傭兵達とは違い、後方で殿を務める者達は服装が統一されていた。

 三十名程の集団の中心で、赤い傘がクルクルと回り、傾けた傘の中から女性が顔を出す。

 

「順調ね、坊ちゃん」

 

 眼のふちに紅色のアイシャドウを入れた女性が、薄く笑いながら横を歩く者へ声を掛ける。

 ――糸目が特徴的な青年――フォルトが、鬱蒼と茂る森の中でも気にせず、傘を差す女性の方へ顔を向けた。

 

「坊ちゃんの思惑通りに、事が進んでるじゃない」

「そうですね、ベリコ。順調ですよ。全ては、僕の思惑通りに進んでます……。君の部下達が、優秀なお陰ですよ」

 

 黒い笑みを浮かべながら、フォルトが背後に振り返る。

 フードを目深に被り、フォルトと行動を共にする氏族長候補の若者が五名。

 彼らには、皆の記憶に残るよう指定した外套を着させたが、今の彼らは会議に出席した時とは、既に中身が別物・・になっていた。


 枝木の先が触れ、目深に被ったフードの一部が捲れたことで、一瞬だけ外気に晒された顔は、灰色の仮面であった。

 ――あえてそうしてるのか、感情の無い仮面――能面と呼ばれる仮面。

 その仮面を見た者は、フォルトの周辺を取り囲む、黒装束を着た者達が同じ仮面を着けてることに気づくだろう。

 ここにいる者達の中に、フォルトと同郷の者は一人もいない。

 つまり、極東の風習を知らぬ傭兵達が、入れ替わった者達がいる事実に気づけるはずもなく、この依頼が終わった時に同郷の者達が戦死したと報告しても、問題は無いということです。

 

「予定より、早く始末しちゃったけど。組織票の為に、最後まで残しとくのも、アリじゃなかったの?」

「これから、僕達がしようとしてることを知って、逃げ出す恐れもありますからね……。彼らが逃げ出すならまだしも、族長達に知れたら僕の身が危なくなります。仕方のない犠牲ですよ」

「ホント慎重ね。でも、坊ちゃんのそういう性格、嫌いじゃないわ」

かしら


 氏族長候補になりすました者の一人が、前に歩み出て来て、ベリコの耳元で何かを囁く。

 

「ふーん、そうなの……。坊ちゃん。会議中の偵察は、この辺りまでらしいわ。念のため、部下を先に行かすわね」

「ええ、よろしく頼みますよ」

 

 ベリコが手慣れた動作で、ハンドサインの指示を出し、後方にいた黒装束を着た者達が森へ散開する。

 ホント、優秀ですね……。


 遠征の道中に立ち寄った街で、彼らを雇って正解でしたか。

 親族がどういう経緯で、東方の暗殺組織と縁をもったのかは知りませんが、眠らぬ城塞都市(ナイタイ)暗殺者アサシンは報酬さえあれば、どんな仕事でも受けてくれると聞いた。

 親族に聞かされた通り、随分と高額な報酬金を要求されたが、今回の仕事が無事に成功し、分け前を自分一人が手に入れることができれば、問題ない話です。

 

 ベリコ達の助言を聞き、時間稼ぎの会議中の間に森へ斥候を入れたお陰で、僕の部隊はモンスターのいない安全な道を、恐れることなく進む。

 高い報酬金の分は、彼らにしっかり働いてもらわないと……。


 優秀な斥候のいないデクトルとゴルズの部隊は、いつモンスターに襲われるかと警戒し、必要以上に慎重な行動を取っているはず。

 頭の悪いあの二人には、僕がした嘘の助言も与えてますから、あえて時間の掛かる行動ばかりを選択し、僕の部隊との距離は開き続けることでしょう。


 目的の屋敷には、老執事と『氷滅の老魔女』なる魔導士がいたらしいが、それもベリコの部下達による事前の情報収集で、屋敷には不在と聞いてる。

 つまり、このまま僕の部隊が先行して屋敷に到着し、ターゲットを生け捕りにすれば、表の目的(・・・・)は完了。

 後は、モンスターの襲撃に見せかけて、氏族長候補達を始末できれば、もう一つの目的も完了。

 

 ベリコだけでは、腕の良い護衛達で固めてるデクトルを堕とすのは失敗の恐れもあるので、万が一を想定して百魔将殺し(タイツェン)達も雇入れた。

 召喚士を倒す為に雇った者が、自分達を殺すためだと彼らが気づいた時には、もう遅い。

 初めから君を殺す為に雇ったのですよ、デクトル。

 ……フフフ。

 

 僕の持つ組織票と合わせれば、第一筆頭に挙がるデクトルの組織票に拮抗できるからと、協力を持ちかけたゴルズには悪いですが、彼と一緒にこの森で死んでもらいましょう……。

 優秀な候補者は、初めから僕しかいかなった。

 これで、僕の描いたシナリオは完成です。

 

 一つ、懸念があるとすれば……。

 万が一に任務が失敗した場合に備え、リーンが退路を確保する役目として、森の外で待機してることくらいですか。


 頭の悪いデクトルの癖に、たまに余計なことをするのが面倒ですね。

 あのお嬢様も、自分がまた除け者にされたと思って、デクトルと大喧嘩をしてましたが、まさか自分が命拾いをしたとは思ってないでしょう。

 あなたを助けてくれたデクトルは、この森で確実に死んで頂きますが、組織票も固めれないあのお嬢様は、しばらく放置ですかね。

 従者のラグレンをこちらに懐柔できるまでは、身を隠す物陰が少ない開けた場所で、モンスターの襲撃に偽装した暗殺は、少し無理がありますから。

 今は下手に刺激せず、次の機会を狙う方針でいきましょう。

 

「坊ちゃん、止まって」

「ん?」

 

 考え事をしていたフォルトの視界に、赤い着物姿がいきなり割り込んでくる。

 フォルトが視線を上げると、真剣な顔つきに変化したベリコが、横側の茂みをじっと見つめていた。

 周りにいるベリコの部下達も、武器を手に持ち身構える。

 警戒する皆の視線が集まった先、奥の茂みがガサガサと激しく揺れた。


 茂みの中から飛び出したのは、黒装束に身を包んだ人影だった。

 その者は、フォルト達の前に飛び出すなり、膝から崩れ落ちる。

 どうやら負傷してるようで、衣服が斬り裂かれた右肩を自らの手で押さえた男が、片方の膝を地につけて跪く。


 よく見れば、その男は先ほどベリコの指示で先行偵察を任された、ベリコの部下だった。

 いつも装着していた、顔を覆う仮面はどこかで落としたのか、苦悶に歪む男の顔がはっきりとフォルトの目にも確認できた。

 

かしら、問題が発生しました」

「何があったのかしら? 報告して頂戴」

 

 目を鋭くさせたベリコが、部下に詳細を尋ねると同時に、前方から傭兵達の絶叫が森に響き渡った。

 

 

 

 

 

   *   *   *

 

 

 

 

 

「ゴルズ。アレは、狼頭人ワーウルフだ。ガトウの見世物小屋で、見たことがあるから、たぶん間違いない。真ん中にいる一番デカいのが、おそらくボスだろう……。どうする?」

「うーむ……」

 

 氏族長候補の一人であるマギシムが、望遠鏡を目元から外し、隣に立つ巨漢の男を見上げる。

 ――獣の皮から作られた民族衣装を着た大男――ゴルズが、顎を太い指で撫でながら、唸り声を漏らす。

 

 小鬼人ゴブリンでも棲んでたのか、開けた場所に枝木を重ねただけの貧相な住処で、腰を休めていた傭兵の集団は、森の中から現れた狼頭人ワーウルフと対峙していた。

 ――フォルトの部隊と同じく――傭兵を含めた二百四十名を束ねるリーダーを任されたのは、二メートルの大柄な体躯のゴルズ。

 ゴルズの補佐役として、いつものようにサブリーダーを任命されたマギシムは鋭く目を細め、ゴルズへ尋ねるように視線を上げる。

 

「でっけぇ狼だなぁ、マギシム。アレを全部倒したら、しばらく飯には困らねぇな!」

「食う気かよ……。狼頭人ワーウルフって、美味いのか? ていうかゴルズ、今回は新人の傭兵もいるから、奴らと足並みを揃えて……」


 話しかけるマギシムを無視して、ゴルズは民族衣装の胸元を両手で掴む。

 そのまま乱暴に服を脱ぎ、衣服を投げ飛ばした。


「ふんぬぅ! 俺の血が、たぎるぞぉおおおお!」


 握り拳を高々と上げ、ゴルズが咆哮する。


「ゴルズさん、斧っス」

「おぅ!」


 なぜか上半身が裸になった巨漢のスキンヘッドが、取り巻きから手渡された斧を、両手に握りしめた。

 取り巻き達も鉄兜を被り、手際良く戦闘の準備を始める。

 互いの斧刃をギンギンと打ち鳴らし、鼻息を荒くしたゴルズが、火花を散らせて気合を入れた。


「おめぇら、俺について来い! 狼狩りだー!」

「うぉおおおおお!」


 手に持った円形の盾に斧をぶつけて、取り巻き達も咆哮する。

 集団の中心地にいたゴルズが、心酔する者達を引き連れ、――作戦の指示も貰えず、右往左往する傭兵達を押しのけ――前方へと進む。


「あーあ。やっぱり、こうなるよな……。こんなんばっかりだと、陰険フォルトの誘いに乗った方が、マシだったと考えちまうよな」


 茶色の垂れた前髪を手でかきあげ、マギシムが気だるげな表情で溜息を吐く。

 

「マギシム、どうする?」


 近くにいた若い氏族長候補の青年が、望遠鏡で周辺を見渡し、警戒を怠らないマギシムに声を掛ける。


「どうもこうもねぇよ。いつも通り、前はゴルズ達に任せとけ。やる気のある傭兵は、どうせ勝手について行くだろ。射手が得意な奴にも、何人か声をかけたし、カグイもいる。様子見の残った奴らは、いつも通りゴルズの後詰めだ」

「さすが、マギシムだ。頼りになるぜ」

「喜ぶのは早いぞ。問題は、こっちだ。見ろ、あっちもそっちも、囲われてる」


 手渡された望遠鏡を青年が覗き込み、マギシムが指差す先へ目を凝らす。


「豹みたいな頭の奴が、樹の上にいる……。あそこにもだ。見えるか?」

「……ああ、見つけた」

「まったく途中まで獣一匹、出なかったくせに。俺達が休憩しようとしたタイミングで、出て来やがって……。野生の魔物が出るとは聞いてたが、ガトウの森で遭遇した魔物と違って、妙に知恵が回りやがる……。脳筋ゴルズ共を上手く誘導して、この場所をさっさと切り抜けるぞ。どうにもここは、落ち着かねぇ」


 腰鞘を手で握り締め、周囲を警戒していたマギシムの腕が、いきなり仲間に掴まれる。


「あん? どうした?」

「マギシム……。まずいぞ」


 望遠鏡を覗き込んでいた男が、青ざめた顔で後方を指差す。

 手渡された物を受け取り、男が指差す場所に望遠鏡を向け、マギシムが目を凝らした。

 すぐさまマギシムの口元が歪み、歯ぎしりをする。

 

「あの鉄仮面女……。やりやがったなッ」


 マギシム達が来た森の奥から、太く長い複数の鉄鎖を引き摺ずる巨漢の人影が、ゆっくりと姿を現した。


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