【第12話】幼馴染
「いやー、驚いたな。こっちでまさか、ディーナと顔を合わせるとはな」
「私もまさか、公園で昼寝をして。昼間から堂々とサボリをしてる軍人が、顔見知りだとは思わなかったがな」
「うっ……。いやー、参ったな……。アレだよ、アレ。昨日も、夜遅くまで仕事をしたからな。たぶん、そのせいだな、うん。だから、見なかったことにしてくれ、な?」
無精ひげの生えた顎を撫でながら、軍服を着た男が言い繕うように喋り、立てた人差し指を口元に当てる。
公園のベンチに腰掛けた人物が、男性を見上げて薄く笑った。
「仕方ないな……。目を離すとすぐサボろうとする癖は、国が変わっても相変わらずだな。ロエン」
「ハハハ。ディーナも相変わらず、元気そうで」
乾いた笑いを漏らしたロエンが、後頭部をポリポリと指でかく。
ロエンが苦笑いを浮かべつつも、――さり気なく横目で――遠くを眺める少女を見下ろす。
動くのに邪魔だと言わんばかりに、バッサリと切った緑色のショートカットヘア。
お洒落に目覚めそうな年頃でありながら、少女は薄化粧どころか、それらしき小物やアクセサリーの類をつけていない。
それどころか、腰のベルトにはサーベルらしき、物騒な二本の剣が提げられている。
僅かな胸の膨らみから、女性と判断できるレベルの服装。
ボーイッシュな容姿に意図的なモノを感じるのは、彼女の美意識がゼロと言うより、それ自体を無駄と思ってる節があるからだろう。
――太めの眉の下にある――意志の強そうな蒼色の瞳が、再びロエンを見上げる。
「ガトウの街で、父の仕事を手伝いしてた時は、ロエンには随分と世話になった。この街では、私の方が長いから。行きたい所があるなら、いろいろ紹介してやるぞ」
「それは助かるよ。まだ俺も、こっちに来て日が浅いんだ。それでディーナは、今日はどこで暴れる予定で?」
「む? 人を猛獣のように言うのは、やめてくれないか? 私は、魔獣の類ではないぞ」
「ハハハ。ディーナが、魔族を退治する度に、ディーナの戦いを初めて見る奴らが、口を開けっ放しにするのが、見てて面白かったよなぁ」
街道の運搬任務で、ロエンの所属する傭兵団の護衛として、参加した時の話をしてるのだろう。
ロエンがからかうように笑い、その時の彼女の活躍を、大袈裟な身振り手振りで再現しようとする。
「ディーナがいる時は、随分と楽させてもらえたな。正直な話、その辺の傭兵を数十人雇うよりも、ディーナ一人雇った方が……。どうした、ディーナ? 浮かない顔して……」
「いや……。懐かしいなと、思ってな……。実はな。ここ数ヶ月、まともに剣を振るう機会がなくてな……」
「え? なんだ。得意の魔族退治を、してないのか?」
「ああ、してない。私のお得意様だった森から、魔物退治の依頼が来なくなってしまってな。ようやく成人して、派手に一暴れしようと思ったら、いきなり開店休業状態だ」
「そうなのか? ディーナの担当は、どのあたりだ?」
「ロエンは、最近こちらに来たばかりだろうから、知らないかもしれないが。アヴァロム魔導王国との国境付近に、ヒキコモリ豚蛙の森と呼ばれる場所があってな。そこが、私の」
「え?」
「ん? どうした?」
「あ、いや……。うん。続けてくれ」
一回り以上は年上なのに、以前と変わらず腰の低い態度で、話の先を促すロエンを、緑髪の少女が不思議そうな顔で見つめる。
「もしてかして、知ってるのか? ロエン」
「えっと……。まあ、噂を小耳に挟んだことが、あるくらいだけどな。英雄の召喚士が管理する森だけど、きちんと管理できてなくて、野生の魔物が時々街道に顔を出すとか、だっけかな?」
「おお、よく知ってるな。その通りだ……。だがな、最近は真面目に仕事をし始めたのか、街道が平和になってしまってな……。いや、平和になることは良いんだ。ただ、私の懐が少々な……」
「余所の森は、行けないのか? ……ああ。もしかして、傭兵同士の縄張りか?」
ロエンの言葉に、少女が苦笑いを浮かべる。
「ロエンに教えてもらった、暗黙の了解と言うやつかな? 私が余所のエリアに手を出さない代わりに、ヒキコモリ豚蛙の森を独り占めしてたところがあったからな。今更、他所のエリアに首が突っ込みにくいのさ」
「難しいところだな……。言っちゃ悪いが。傭兵っていうのは、大きな戦争がなければ、ろくな稼ぎが無くて山賊にすぐ堕ちるような、連中ばかりだ。偉そうな上官の命令に従う軍人をするのは嫌だけど、腕っぷしだけが自慢な、ならず者共が行くところ。それが傭兵団だ」
「反論が、しにくい話だな」
ロエンの仕事を手伝った時に、魔物以外の武装した人族達から、幾度となく荷馬車の襲撃を受けた。
彼らは傭兵から山賊に堕ちた者が大半であり、ロエンの言葉には重みを感じる。
「傭兵一本で稼ぐのは、なかなか大変だ。今更ながら、この道で十年以上もやってきた、ロエンの凄さが分かるよ」
「ハハハ。よしてくれや、ディーナ。俺は、悪知恵が働くだけの小物だぞ。武術の才能があるディーナなら、すぐにデカい仕事もくるさ。なんなら、稼ぎの良い仕事があれば、すぐにディーナのことを紹介してやるぜ」
「そうか……。ありがとう」
少しだけ元気なさげな笑みを浮かべ、少女が礼を言う。
「おっと、いけね。ちょっと長居し過ぎたな。流石にそろそろ戻らないと、煩い上官に叱られちまうぜ」
公園の中央に立つ柱時計を見上げ、ロエンが立ち去ろうとする。
「それじゃあ、ディーナ。またな」
「ああ。またな」
手を振り上げたロエンが、口笛を吹きながら、公園から立ち去る。
「武術か……。確かに。私には、その道しか無いのだが」
少し寂しそうな顔をしたディーナが、自身の腰に提げた帯剣に目を落とす。
先程まで会話をしていた、男の背中を見送る少女の目つきが、鋭く険しいモノに変化した。
「あんな不良軍人でも、簡単に採用されるのに。私は……」
どす黒い感情が、ディーナの胸に渦巻く。
反射的に胸倉を手で掴み、服を痛いぐらいに握りしめる。
同時にディーナの顔が、苦虫を噛みしめたような、苦悶の表情に染まる。
一度大きく深呼吸し、ベンチへ仰向けに寝転がった。
日光を遮るよう、手の甲を目元に当て、自嘲気味な笑みを浮かべる。
最低だな……。
私としたことが、嫉妬心で彼に当たるなど。
目を閉じ、瞑想をしながら、心静かに時が過ぎるのを待つ。
荒んだ気持ちが少しだけ落ち着いた頃、ディーナは再び目を開ける。
ここ最近は上手くいかないことばかりで、心がすっかり荒んでしまったな。
時にして、三十分程。
公園の柱時計が目に留まり、ディーナも用事があったことを思い出した。
長い時間を掛けて、ようやく立ち直ったディーナが、ベンチから身を起こす。
成人してから、初めての仕事の依頼だ。
滅多にない直接指名の依頼を、すっぽかすわけにはいかん。
気持ちを切り替えつつ、石畳をブーツで踏みしめながら、目的地へと向かう。
――イグラード王国の国境城塞都市――オルエントの街は、今日も賑やかだ。
表情の硬いディーナは雑踏に紛れ混み、楽しそうに笑いながら歩く人波とすれ違う。
もし、軍部のクーデターが起こらず、両親がこの国に亡命してなければ?
もし、――大帝国に対抗するため――男女関係なく士官候補生を募集する軍事国家に、私だけが残ることができたら?
もし、自分が女ではなく、男として産まれていたら?
両親の祖国と、同じ出身地だった男の顔を見たせいか、そんなありもしない仮定の妄想ばかりが、ディーナの脳裏をよぎる。
軍部の面接は落ちても仕方ないと諦めるが、こっちの面接は絶対に合格しないと、そろそろ精神的にもマズイな……。
よくないことばかりを考える、最近の自分の精神状態に嫌気を感じながら、ディーナは目的の場所に到着する。
普段は決して入ることの無い、『一見さんお断り』と書かれた店の扉を開く。
カウンターに歩み寄り、上品な仕草で応対する受付の女性に声を掛ける。
「ユイナで予約をしてる、ディーナだが」
「はい。少々お待ち下さい……」
予約リストの類であろう。
受付女性が、パラパラと紙を捲る。
「はい、予約が入っております。どうぞ、こちらへ」
受付女性の案内に従い、ディーナは個室に通された。
多少は客がいるはずなのに、妙に静かな通路を歩かされる。
注意深く耳を澄ませたディーナは、壁を横目で眺めた。
さすがに、静かすぎるな……。
壁が厚いのか?
「どうぞ。こちらになります」
「うむ。ありがとう」
案内をしてくれた女性が、丁寧にお辞儀をして立ち去る。
その後ろ姿を見送った後、ドアノブに手を伸ばし、扉を開ける。
こじんまりとした室内には、一人の女性がおり、静かに紅茶を飲んでいた。
地味な服装をした、紫髪の女性だ。
人混みに紛れたら、一瞬で姿を見失いそうな容姿である。
お洒落に気を遣わないタイプのディーナとは違い、忍らしく研究された地味な恰好をした人物から、すぐに視線を外した。
ディーナは壁へおもむろに手を伸ばし、握り拳でコツコツと軽く叩いた。
耳を澄ませていたディーナは、音が壁に吸い込まれる感覚に気づく。
「なるほど……。密会には、もってこいの場所だな」
「お久しぶりですね。ディーナ」
壁に防音対策がされているのを確認したディーナの背に、静かに佇んでいた女性が声を掛ける。
「里を出たと聞かされてから、まさか一月でこのような場所で会うことになるとは思わなかったぞ、ユイナ」
「私もですね」
久しぶりの幼馴染との再会に、素直に嬉しさが込み上げる。
最近のディーナにしては珍しく、自然と笑みがこぼれた。
だが、その笑みを直ぐに引き締め、ディーナが椅子に座る女性の方へ振り返る。
「それで、私に仕事とはなんだ? お前が対処できないとは、凄腕の暗殺集団にでも喧嘩を売ったのか?」
「御爺様から、何も聞いてないのですか?」
「グレン殿から届いた手紙には、ユイナが困ってるから、手を貸して欲しいと書かれていたな。その次に、私がよく顔を出す――傭兵を斡旋する――組合で、珍しく私を指名した依頼が来た。受け取った紙には、この場所と日時で面接をしたいと、お前の名前が書れていたから、わざわざ足を運んだ。以上だ」
自分が把握してる限りの状況を説明した後、ユイナの対面にある椅子に腰を下ろした。
ユイナが注文したであろう紅茶が用意されており、ディーナがティーカップに手を伸ばす。
ホントは仕事が全くなくて、暇だったのだが、そこは内緒にしておいた。
ティーカップに口をつけ、軽く喉を潤す。
「なるほど。御爺様が、そこまで説明を端折るということは、あちらは相当に切迫した状況みたいですね」
「……切迫? ユイナ。一人で納得してないで、最初からきちんと私に分かるよう説明しろ」
伏し目がちに、ティーカップの中を見つめながら一人呟く幼馴染を、ディーナは鋭い目つきで見つめる。
「そうですね……。簡単に説明すれば、私は屋敷でメイドとして働くことになったのですが、その屋敷の主が何者かに命を狙われてるようなのです」
……メイド?
ユイナの口から出た言葉に、ディーナの頭に疑問符が湧いたが、忍の仕事の一環だろうと思い、そこは直ぐ自己完結をした。
「命を狙われるとは、穏やかではないな」
「はい。始まりは、屋敷への強盗でした。これは幸い、主の迅速な対応により、未然に防げたのですが。お爺様が主犯の尋問を行ったところ、彼らはよくある金銭目的の強盗ではなく、何者かに雇われた傭兵のようでした」
「ほう……。続けてくれ」
「御爺様の仕事を私が引き継ぎ、手が空いた御爺様は、傭兵を雇っていた者を調べるため、隣国へと足を運びました……」
グレン殿の仕事を、ユイナが引き継いだ?
たしか、グレン殿が仕事をしていた屋敷は……。
説明される内容の節々に、妙な引っ掛かりを覚えるディーナをよそに、ユイナは話を続ける。
「雇われた傭兵達の足跡を辿った御爺様は、ガトウの街で厄介な者達を見つけました」
「厄介な者達?」
「はい。どうやら主を賞金首にして、沢山の傭兵を集めようとする氏族がいたようなのです。大陸の極東から来たというその氏族達は、腕自慢の傭兵達をかなり囲っており、数日前に届いた手紙では、既に五百を超える規模になっていると書かれてました」
「五百を超える傭兵か……」
「数日前で、五百です。つまり、まだ増える可能性があります。氏族達の軍資金が、どこからきてるのかは不明ですが。目標とする数が集まり次第、彼らが主の住む屋敷に襲撃を仕掛けるのは、間違いないと思います。ここまで、よろしいですか?」
「ふむ……。ということは、私はユイナと協力して、その五百を超える傭兵共を撃退するのが、今回の仕事の依頼か?」
「違います」
「……なに?」
予想と異なる返答に、ティーカップを口に運ぼうとしたディーナの手が止まった。
「ディーナへの依頼内容は、傭兵を倒すことではありません。傭兵を倒すために、主の使役する魔族達を、教育して欲しいのです」
「……は?」
魔族を……教育するだと?
ディーナの頭に、大量のクエスチョンマークが湧き始める。
「ユイナ。一つ、確認したいことがある」
「なんでしょうか?」
「私の記憶が正しければ、グレン殿は召喚士であるギリム殿の屋敷で、執事として働いていたはずだ。ユイナが、その仕事を引き継いだということは、ギリム殿が召喚した魔族の教育を、私がするということか?」
「違います」
「……違う? どういうことだ?」
首を傾げて不思議そうな顔で尋ねるディーナを、伏し目がちだったユイナが顔を上げて、静かに見つめ返す。
「一つ言い忘れてましたね。御爺様の仕事は引き継ぎましたが、私が契約した御主人様は、ギリム様ではありませんよ」
「なに? どういうことだ? 言ってる意味が分からんぞ」
「私が働いてる屋敷には、ギリム様の血縁者がもう一人います。ディーナも、名前くらいは知ってるはずですが? 私が勤めてる屋敷近くの街道を、定期的に掃除してくれてたのは、ディーナと聞いてましたけど……」
「まさか……。お前の御主人様と言うのは?」
「私の御主人様は、ルヴェン様です」
平然とした顔で、そう告げた幼馴染を、ディーナは困惑顔で見つめ返す?
お前、本当にユイナか?
そう口に出しそうになった言葉を、寸前で飲み込む。
イケメン以外は、絶対に忍の仕事を受けないと豪語してたユイナが、あの悪名高きヒキコモリ豚蛙のメイドをしてるだと?
にわかには、信じられん話だが……。
「ディーナ」
「な、なんだ?」
「夢は、叶いましたか?」
脈絡のない唐突な質問に、動揺を隠しきれないディーナはしばし言葉に詰まる。
しかし、ユイナの口にした夢なる言葉に、里でユイナと将来を語り合った記憶が、すぐさま鮮明に蘇った。
「道半ば、だな」
苦虫を噛み潰したような顔で、ディーナはそれしか言えなかった。
「そのようですね。私より早く里を出たのに。未だに、軍人にもなれてないようですし。成人してから、本格的に始めた傭兵の仕事も、開店休業状態だとか?」
「ぐっ……」
耳が痛い話だ。
「あんなに熱く語っていた、将軍になる夢は、もう諦めたのですか?」
「諦めたわけではない。いつかなるさ、必ずな」
膝に置いた拳を強く握りしめ、そう強がるのが精いっぱいだった。
「お前こそ、どうなのだ? イケメン王子様の忍になるだとか、いろいろ言ってたが」
他にも、私ほどの優秀な忍なら、メイドに変装したついでに、御主人様の下着を盗むのは容易いとか、わけの分からないことを言ってた気もするが。
「私ですか? 私は、叶いましたよ」
……なん……だと?
「ユイナ……。まさか、御主人様の下着を盗んだのか?」
「ちょっと待って下さい。なんの話をしてるのですか?」
「お前なら、いつかやると思っていたが……。そうか。グレン殿には、幼馴染の性癖を知りながら、犯罪を止めれなかったのを、まずは謝罪せねばいけないな」
「ディーナ。会話が、噛み合ってませんよ」
「私は噛み合っている」
断言したディーナを見て、ユイナが頭痛を覚えたように、こめかみを人差し指で押さえる。
「まあ、犯罪は冗談としてもだ。どうせ、お前のアホな妄想の一つが、叶ったのだろう? そもそも、イケメン王子様の忍になるなど、どこの夢物語だ。現実を知れ」
天性の武術の才能を得た代わりに、女性として大切な何かが欠けてるとしてか思えない幼馴染に、ディーナはいつものアレが発症したのだと思い、冷たい対応で返す。
「ああ……。なるほど。そういう意味で、言ったのですね」
幼少時代からの長い付き合いだからか、ディーナの発言の意図を理解したらしく、ユイナが納得したような顔で呟く。
「しかし、あの悪名高い召喚士のもとで、表向きとはいえメイドとして働いてるのは、少し感心したぞ。面食いのお前のことだから、雇い主を選り好みし過ぎて、里にすぐ舞い戻ると思っていたからな……。なんだ、その顔は?」
「ディーナ。街の噂というのは、当てにならないものですね」
「……は? 何の話だ?」
「さて、何の話でしたかね……」
意味深な笑みを浮かべたユイナが、すぐに顔を真剣な表情に戻す。
「話が少し、脱線しましたね。本題に、戻りますよ」
ディーナも真顔になり、腕を組みながらユイナの顔を見つめ返す。
「先ほども説明した通り、私の御主人様であるルヴェン様が、極東から来た氏族と、彼らが雇った傭兵達に命を狙われています。召喚士であるルヴェン様は、使役する魔族達で徹底抗戦をする準備をしてますが、私から見ても武術に関する練度不足が否めません。御爺様と相談したところ、魔闘士であり、武技と集団戦に知識の深い者を、外から招くべきとの結論になり、その指導役の適任者として……」
「私が、選ばれたのか?」
「はい……。あと、とても暇そうだと聞きましたので」
「暇は余計だ」
事実ではあるが、そういう言い方をされると、すこし腹が立つ。
暇なのは、事実だが……。
「ついでに、懐も寂しいらしいですね」
「はぁ……。まったく、どこからそんなプライベートな情報を……」
隠し事はお見通しとばかりに、ユイナが薄く笑う。
それを見たディーナが、皺を寄せた眉間を指で揉んだ後、腕を組み直して再び幼馴染を見つめ返す。
「依頼を受けるのは構わんが、人族相手ならまだしも、魔族相手に私が教えるのは、はっきり言って時間の無駄にしか思えんぞ」
「それは、やってみないと分かりませんよ。今回は、それを見定めるための手合わせの一環だと思って下さい」
「ふむ……。分かった」
「今回は、数日間で終わるかもしれませんが、もしルヴェン様のお眼鏡に叶った場合。専属の軍事顧問として、正式な契約をして頂きます」
「……ぐんじこもん?」
ユイナが一枚の紙きれを、テーブルの上に差し出す。
それを手に取り、内容を一瞥したディーナが目を細めた。
「これは、本気で言ってるのか?」
「はい」
再び紙へ目を落とし、ルヴェンなる者が考えた今後の計画書に目を通す。
これがもし、本当に彼の考えた内容であり、その役割の一端に、私を本気で配置しようと考える人物だとすれば……。
本人と直接会ったことは無いが、街でよく耳にする噂とは、随分と印象が変わるな。
「ルヴェン様に、興味が湧いたみたいですね」
「少しな」
この部屋に来てから終始、険のある顔を崩さないディーナだったが、自分が笑みを浮かべているのに気づいた。
女性が浮かべる笑顔にしては、いささか獰猛さが滲み出ているが。
「いつものディーナに戻ったところで。私から一つ、お願いがあります」
「お願い。なんだ?」
「あなたは特殊な事情で、うちの隠れ里を幼少時代に過ごしました。本来なら、他人が知ることのない、私の秘密もいろいろ知ってます。私は、あくまで忍として、ルヴェン様のもとで仕事をしてます。つまりは」
「心配するな。ルヴェンとやらの前で、野暮なことを口にすることはないさ。私まで、同類と見られては困るからな」
「それは、どういう意味ですか?」
「さあな。面接は、もう終わりでいいか? 私は依頼を受けたので、屋敷へ向かうために、準備をしたいのだが……」
「分かりました。会計は、こちらでしときます……。フフッ」
席を立とうとしたディーナが、不意に笑ったユイナを不思議そうな顔で見つめる。
「この台詞、一度言ってみたかったのです。御婆様に紹介された密会部屋でしたが、なかなか面白い場所ですね」
「これから、たびたび使うことになるかもな……。では、折角なので、今回はご馳走になろうか。しばらく、どこかで時間を潰してくれ。一時間も掛からないと思う」
「すぐに終わるようでしたら、ここでしばらく待ってますよ」
「そうか。なら、また後で来る」
ディーナはそう言い残し、部屋を退室する。
静寂に包まれた部屋に、一人残されたユイナが、ティーカップに手を伸ばす。
「ディーナ。私は、人族を従えるだけが、将軍の道だとは思いませんよ」
幼馴染が出て行った扉を見つめながら、ユイナはひっそりと呟いた。




