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【習作】モンスターファミリア(仮題)  作者: くろぬこ
【第02章】極東からの部族編
11/25

【第11話】ガトウの酒場にて

 

 キィと軋む音を立て、――間仕切り用の木製扉――スイングドアが左右に開いた。

 足鎧サバトンで床を踏み、――胸当てを装着し、腰に長剣を提げた――いかにも傭兵の恰好をした男が、店内に入室する。

 

「おい、女将。こっちにビールくれ!」

「女将、ツマミはまだかー?」

「はいはい、ちょっと待ってな!」

 

 ――薄汚れたエプロンを着た――恰幅のよい女が、両手の指で沢山の空ジョッキを摘まみながら、声高に叫ぶ男達に応える。

 注文を急かす酔っ払い達を適当に相手し、酒場の入口へ顔を向けた女将が、周りをキョロキョロと見渡し、誰かを探す様子の男に気づいた。

 

「おや、マグレン。珍しいね。ここに顔を出すなんて」

「やあ、女将。ロエンは、来てないのか?」

「ロエン? ……そういえば、最近は見てないね。どこにいるか、知らないけど。うちの旦那なら、知ってるかもね」

「女将、ビールはまだか!」

「はいよ。ちょっと待ちな!」

 

 足早に店内を歩く女将を見送り、マグレンはカウンターに足を向ける。

 左目に黒い眼帯を着けた、目つきの鋭い男が、濡れたジョッキを布で拭きながら顔を上げた。

 

「よう、マグレン。良い靴だな。北に行ったと聞いてたが、随分と稼いできたようだな」

「ごぶさただな、マスター。どっちかというと、これから稼ぐ予定だ。それより、ロエンの奴を知らないか? こっちに戻って来てから、アイツがいそうな酒場に顔を出してるんだが、どこにもいやしねぇ」


 マグレンの問いかけに、マスターが眉をひそめる。


「稼ぎの良い仕事があるんだけど、人が全然足りなくてな。えっと……ビール大で。それとツマミを……」


 壁に貼られた板に書かれたメニューを見上げ、マグレンが注文をいくつかすると、マスターが厨房に声を掛ける。

 通りがかった女将が、大ジョッキのビールをカウンターに置いた。

 一呼吸置いて、マスターがため息混じりに口を開いた。


「一足遅かったな、マグレン……。ロエンは、ギンブルと西へ行ったきり、一月は顔を見てねぇぞ」

「ギンブル?」

「ランブルって言う、首を跳ねられた男の弟だ」


 マスターが手刀を首に当て、斬首を意図するジェスチャーをした。


「はぁあ? もしかして、ロエンの奴。あの大馬鹿野郎がいた傭兵団で、仕事をしてたのか?」

「そうだ。その様子だと、北の方にも噂は広がってるみたいだな」

「傭兵の間じゃあ、有名な話だぜ……。リーダーは処刑されて、傭兵団も国から追い出されたってな。なんで、よりにもよってアイツらと……」


 肩を落として溜め息を吐いたマスターを見て、マグレンが目元に手を当てて、がっくりと肩を落とす。


「お前んところの傭兵団が解散した後、酒場のツケが返せなくてな。大馬鹿兄弟の仕事を、手伝ってたんだよ」

「はぁー。アホやっちまたな、アイツ……。もう少し待ってくれりゃあ。うちの傭兵団に誘ったのによぉ……」

「残念だったな。アイツが、この街に戻って来ることは、二度とないと思うぞ。あきらめて、他の奴を当たるんだな」

「はぁー。マジかよ……。くっそー。当てが外れたな」

 

 マグレンがジョッキを勢いよく傾け、グビグビと喉を鳴らして酒を飲み干す。

 

「わざわざ、ロエンを探しに来たってことは。今いる傭兵団は、大人数なのか?」

「ゲップ……。おうよ。人が増え過ぎて、団長が食料や備品を管理するのが得意な奴は、いないかって聞くからさ。ロエンが丁度良いと思って、わざわざこっちまで足を伸ばしてきたのによ……」

「それは、ご愁傷様だな」

「女将。ビール、おかわり!」

「あいよ」

 

 ヤケくそ気味に、マグレンが追加のビールを注文する。

 不貞腐れたように口を尖らせたマグレンが、赤らめた顔で店内を見渡す。


「なんか今日は、見慣れない奴が多くないか?」

「カウンター以外は、貸し切りなんだ。見慣れない奴らは、東の方からやって来た連中だ」

「東って言うと、お隣のドルシュか?」

「もっと東だ。正確に言えば、東の端っこにある国だな」

「へぇー。そんな、遠くから。わざわざ、ご苦労さんだな……。もしかして、アイツらも北へ仕事をしに?」

「いや。どうも、違うらしい……」

 

 なにか含みを感じる物言いをした後、マスターは空ジョッキを布で拭く作業を、無言で再開した。

 黙々と作業をするマスターを見ていたマグレンが、目を細める。

 

「いくらだ?」

「あん?」

「今のマスターが持ってる情報は、いくらで買える?」

 

 親指と人差し指で輪っかを作り、マグレンがマスターに問い掛ける。

 しかし、マスターは交渉にすぐ乗ろうとせず、渋い顔でしばらくウンウンと唸るだけだった。

 マグレンが、無言で見つめていると、諦めたような顔で重々しく口を開いた。

 

「金の問題じゃねぇんだ」

「……もしかして。ロエンに、関係ある話か?」

 

 マグレンがそう尋ねると、マスターは完全に沈黙した。

 懐に提げた小袋に手を伸ばし、マグレンがそれをカウンターに放り投げる。

 マスターは無言で小袋の入口を広げ、硬貨を何枚か取り出す。

 

「先に言っとくが、俺が持ってる情報は、噂程度だぞ」

「ああ、良いぜ。教えてくれ」

 

 小銭袋をマグレンに戻しながら、顔を近づけたマスターが小声で喋り始める。

 

「ロエンは、ギンブル達と西のアヴァロム魔導王国へ行って、ギリムの屋敷で強盗をしようとしたらしい」


 いきなりのマスターの物騒な発言に、耳を澄ましていたマグレンは目を丸くする。


「ギリム? もしかして、あのギリムか?」

「そうだ。第三次世界大戦で、派手に暴れ回った魔族達の長、召喚士ギリムだよ……。当然、ロエン達は失敗した。定時連絡の約束をしてた奴が、あれから姿を見てないらしい。お前と同じで、ロエンと付き合いの長かった奴が、うちの店に寄った時に教えてくれた。ただ、ロエン達がその後、どうなったかはよく分からんそうだ……。もしかしたら、王都に連れて行かれて、処刑されたかもしれん」

 

 伝えるべき情報を言い終え、顔を離したマスターが、静かに目を伏せる。

 

「あの、馬鹿野郎が……」

 

 声を震わせたマグレンが、ジョッキの取っ手を強く握りしめ、一気に飲み干した。

 下品なゲップをし、意気消沈したように目を伏せていたマグレンが、急に顔を上げる。

 

「いや、ちょっと待ってくれ、マスター。その話は、おかしいぞ」

「うん? なにがだ?」

「ギリムは、今は北にいるはずだ。ギリムの顔を知ってる奴らが、国境付近での小競り合いで、見たって言ってたのを覚えてる。間違いない。ギリムの屋敷を強盗したなんて、アホ野郎がいたら、傭兵仲間の耳にも絶対入るはずだ」


 怪訝な顔をするマグレンを見て、マスターが顎髭を撫でながら口を開く。

 

「あー、そうか。マグレンは、北の方で仕事ばかりをしてるから知らないのか。ロエンから聞いた話だが、イグラード王国の国境付近に、ギリムが管理する領地があるらしい。前回の大戦の報酬なのかは、知らんが……。まあ、ろくな管理をしてないから。野生のモンスターが屋敷の森からしょっちゅう出て来て、街道を利用してる行商人から、よく苦情が出てたらしいが」

「イグラードの……国境? ……んん? アヴァロムの……南の方の話か?」

「場所的には、そうだな」

 

 視線を宙に彷徨わせながら、地図を必死に脳内で描いてたのだろう。

 マグレンの問いかけに、マスターが頷く。

 

「じゃあ。誰が、ロエン達を捕まえたんだ?」

「おそらく、その屋敷によく顔を出す氷滅の老魔女が、たまたま捕まえたんだろうな……。まさか、ヒキコモリの豚蛙が、やったとも思えんしな……」

「マスター。ヒキコモリの豚蛙って」

「おい、野郎ども! 俺様が、でっかい仕事を持って来たぜ!」

 

 店の入り口にあるスイングドアが左右に開き、開口一番に大声で騒ぐ男が、マグレン達の会話を中断させた。

 マグレンの履いてる物よりも上等な足鎧サバトンで床を踏み鳴らし、燃えるような赤髪に極彩色のメッシュを入れた青年が、偉そうに胸を張りながら、我が物顔で店内へと入って来る。

 

「なんだ? あの孔雀鳥みたいな、派手な野郎は……」

「今日の貸し切りをやった、団体様の代表だよ」

 

 口をあんぐりと開けて、目を丸くしたマグレンの呟きに、マスターが丁寧に答える。

 

「おー。デクトルさん! やっと仕事が決まったんスか?」

 

 顔を赤らめた男の一人が、ジョッキを握った腕を上げ、身の丈程もある大剣を背負った青年に声を掛けた。

 

「おう! また人が増えるぜ。これで千人だぞ、千人。こりゃあ、大変だ。ヒャハッハッハッ」

 

 大声で馬鹿笑いをする青年に続いて、五十人程の武装した人族ヒューマンが、ぞろぞろと店内に入って来る。

 半数ほど空いていた席が、新たに現れた集団によって、あっという間に埋まってしまった。

 あらかじめ待機していたのか、女将以外の女性店員達が厨房の奥から顔を出し、追加客のオーダーを忙しそうにさばいている。

 

「さっきの話の続きになるんだがな……」

「へ?」

 

 人が倍に増えたことで、店内の喧騒も酷くなった。

 聞こえずらくなったマスターの声を聞くために、マグレンは顔をカウンターの方へ寄せる。

 

「あの派手な若者が、デクトル。次の氏族長の第一候補だ。彼らが遥々(はるばる)極東から来た理由は、来年の氏族長を決める選挙で有利になる戦果や活躍の場を、求めて来たからだ」

「……は?」

 

 脈絡のない客人の説明をマスターが語り出し、それを聞いていたマグレンがキョトンとする。

 

「まあ、最後まで聞け。あそこで、筋肉自慢をしてる大男がゴルズ。次の氏族長を決める選挙の第二候補だ」


 マスターが指差した先へ、マグレンが視線を移す。


「フンッ! どうだ、お前ら。俺の筋肉は!」

「さすが、ゴルズ様。熊殺しの名は、伊達じゃないっスね。よっ、良い筋肉!」

「ガハハハハ! そうだろ、そうだろ」

 

 目に留まった巨漢のスキンヘッドが、丸太を連想させる両腕を折り曲げ、自慢げにポーズを作る。

 すると、熊のような大男の周りにいる――民族衣装を着た――取り巻き達が、拍手をしながら歓声を上げた。


「ゴルズ様。この前の魔物退治で、野生の猪牙人オークを、サバ折りにしてやった話を、アイツらにも聞かせやって下さいよ」

「おうよ! 魔物モンスターていうのも、大したことないな。アレなら、暴れ大猪を素手で捕まえた時の方が、よっぽど大変だったぜ。ガハハハハ!」

 

 酒を呑んで体温が急上昇したのか、盛り上がった浅黒い肌の筋肉から、滲んだ汗のしずくを大量に流す。

 全身から湯気を立ち昇らせ、白い歯を見せて笑う巨漢のゴルズから、げんなり顔のマグレンが視線を外した。

 

「あっちのテーブルにいる優男が、第三候補のフォルト。ヒョロそうに見えるが、かなりの剣の使い手らしいぞ」

「……どいつだ?」

 

 すぐに見つけられず、マグレンが瞳を右往左往させる。

 

「ほら。赤い傘を閉じた女がいるだろう。その女の隣にいる、糸目の男だ」

 

 これだけ大勢の人がひしめき合っても目立つ、赤い傘を椅子に立てかけた女が目に留まる。

 外は雨が降ってなかったので、日傘の類であろう。

 今まで日光を直接浴びたことが無いのか、真っ白な肌が特徴的で、眼のふちに紅色のアイシャドウを入れた女性が、ゴルズ達が騒ぐテーブル席へ流し目を送る。

 

「はぁ~あ。ほんと、暑苦しい連中ね。さっさと魔物の餌にでもなってくれたら、静かになって良かったのに」

「ベリコ。その言い方は、良くないですよ。僕が族長になる為にも、彼らには生き残ってもらわないと困りますから。選挙を勝ち抜くための協力者達には、表面的でもいいですから、仲良くして下さい」

「はいはい。坊ちゃんは優しいのね……。ほら、お酒がきましたよ」

 

 色白の美女が、若い青年にお酌をする。

 

「タイツェン? 百魔将殺しが、いるじゃねぇか……。アイツら、あっちで見ないと思ったら、こっちに来てたのか?」

「マグレン、どうした?」

 

 色白美女がいる隣のテーブルで、静かに酒を飲みかわす奇妙な風貌ふうぼうの者達に向けて、マグレンが顎を突き出す仕草をした。

 

「顔見知りがいる。ちょっと北で、派手にやらかしてた連中だ……」

「なにをやらしたんだ?」


 渋い顔を作るマグレンを見て、マスターが尋ねる。


「アイツら、武術の腕前は本物なんだけどよ……。国境での小競り合いで奴らと一緒に行動した連中が、よく失踪したり、全滅したりするんだ。戦争だから死人は出るもんだけど、妙な黒い噂が絶えなくてな……」

「黒い噂?」

「仲間を殺して、闇商人に臓器売買をしてるだとか。人食い殺人鬼がいるだとかな……。目撃者がいるわけじゃないから、あくまで噂だが……」

「ありがちな話だな。長く戦争が続くと、おかしな奴も出てくる……。でもな、今回はそういう奴らも、ゴロゴロいるはずだ。なにせ、この街で腕自慢をしてる荒くれ共達が、過去の犯罪歴を問わず、スラム街も含めて、片っ端から声を掛けられたらしいからな。大勢の傭兵が、北へ出稼ぎに行ってるのに。この短期間で、よく千人も集まったもんだよ」

「それでか……。他の店に入った時に、先約があるからって、いろんな奴らに断れたけど……。やっと、納得したぜ。で、マスター。そんだけ人を集めて、コイツらは何をおっぱじめる気なんだ?」

「話は、最後まで聞けと言っただろう。彼らの仕事も、ロエン達と同じだ……。ギリムの屋敷を、襲撃するらしい」

「……は?」

「お前らぁ! 猛獣モンスター狩りも、そろそろ飽きてきただろぉ!」


 上機嫌に顔を赤らめたデクトルが、座っていた椅子を突き飛ばし、いきなりテーブルの上に飛び上がった。


「一週間後には、この街を出るぞ! 武器と食いもんを、しっかり用意しとけよ! 次の仕事は、ヒキコモリ豚蛙とか言う、珍獣召喚士を捕まえる大仕事だ! 寝坊して遅れた奴は、街に置いてくからな! ヒャハッハッハッ!」

 

 馬鹿笑いをしながら、握り締めたジョッキを、デクトルが天井高く突き上げる。

 

「今日は景気づけだ。派手に呑むぞぉおおおお!」

「ウォオオオオ!」

 

 腕を高々と振り上げ、瞳を爛々と輝かせた荒くれ者達が、野太い歓声を上げた。


「今度は強盗じゃなく、戦争をするんだとさ……。依頼主に、よっぽど恨みを買ってるみたいだな、ギリムは」


 そう言い終えたマスターは、洗い終えた空ジョッキに息を吐き、眼帯の無い右目で命知らずの傭兵達を見据えた。


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