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【習作】モンスターファミリア(仮題)  作者: くろぬこ
【第01章】目覚め編
10/25

【第10話】女忍の一日体験メイド(後編)

 

「廊下に集まって、何してるですか?」

 

 お盆を両手で持ったメイドが、不思議そうな顔で首を傾げる。

 

「もしかして、またネズミが出たのですか?」

「そうよ、ブリンちゃん。大きなネズミが出たの。さっき捕まえて、外に放り出したから。もう大丈夫よ」


 ククリ刀を空中で回転させ、器用に受け止めたチェニータが、短刀を腰元に納める。

 先程まで、殺伐な空気で対峙していたはずなのに、それが嘘だったみたいに、優し気な笑みを浮かべるチェニータ。

 周りにいた豹頭人ワーチーター達も、いつの間にか姿を消しており、長い廊下には女性三名だけが立っていた。

 

「ブリンちゃん。この子、ユイナちゃん。メイドの仕事を、体験しに来たの。一緒に仕事をするのは、今日だけかもしれないけど。仲良くしてあげてね」

「そうなのですか? ブリンです。よろしくです」

 

 左右に尖った耳と、目尻がつり上がった、キツイ印象を受ける吊り目。

 小鬼人ゴブリンに特徴的な容姿を持つ、メイド服を着た雌型の魔族モンスターが、丁寧に頭を下げる。

 

「ユイナです。よろしくお願いします」

 

 同じメイド服を着る先輩に、ユイナも頭を下げた後、通行の邪魔にならないよう、廊下の端に身を寄せた。

 雌型の小鬼人ゴブリンは、ホワイトブリムを載せれる程度の毛髪はあるのですね……。

 それにしても、この小鬼人ゴブリンも妙に身体が大きい気がする。

 

 隠れ里の森にいた魔族モンスター達が、たまたま小さかっただけなのかしら?

 自分の背丈と、同じ程にある小鬼人ゴブリンの背中を見送りながら、ユイナは不思議に思う。

 人生の大半を隠れ里で過ごしたせいか、里の外は驚くことばかりですね……。

 

小鬼人ゴブリンのメイドって、やっぱり珍しいのかしら?」

「少なくとも私は、聞いたことが無いですね。このような仕事は大抵、人族ヒューマンの女性がするものですから」

「やっぱり、そうなんだ……。オサも、同じようなことを言ってたわね」

 

 ……オサ?

 魔族の言うオサは、確か……。

 

「オサって言うのは、ルヴェン様のことよ。召喚士に召喚された魔族モンスターは、召喚した御主人様を族長オサって呼ぶのよ」

「それは知ってます」

「そうなの? ユイナちゃんって、物知りなのね」

「この屋敷に、人族ヒューマンの女性はいないのですか?」

「侍女は、いないわね。だから、小鬼人ゴブリンちゃん達が代わりに、メイドをしてるのよ」

小鬼人ゴブリンのメイドは、何人くらいいるのでしょうか?」

「両手じゃ、数えきれないくらいかしら」

「お、多いですね……」


 召喚士の魔族モンスターは、大抵は雄型が多い。

 理由は雌型よりも雄型の方が、戦闘に向いた体格をしてるからだ。

 ただし、召喚士が同時に召喚できる魔族モンスターには、限界がある。

 二つの巨大な勢力に挟まれた我が国は、いつ戦争が始まるか分からない状況であり、わざわざ戦闘に向かない雌型を召喚する物好きは、まずいない。

 御婆様には、そう聞かされていたのですが、どうにもこの屋敷は……。

 

「雷お爺ちゃんも、もうすぐ契約が切れていなくなるし。お茶出しくらいは、できる人がいないと困るからって、雷お爺ちゃんがうちの小鬼人ゴブリンちゃんに侍女の仕事を覚えさせたのよね……。身内相手には、小鬼人ゴブリンでも問題ないけど。流石に、外から来たお客様相手には、人族ヒューマンの方が良いって、雷お爺ちゃんは言ってたけど。募集を出しても、人が全然来ないのよ。困った話よね」


 それはつまり、この屋敷で仕事をすれば、あの役目が人族ヒューマンの私に、回って来る可能性が高いと?

 チェニータの口から出た話に、ユイナの目がキラリと光る。

 

「本当は、ユイナちゃんが来たら、オサのお茶出しをしてもらおうかと思ってたけど……。ユイナちゃんは、裏方の仕事を希望らしいから、食堂の方を案内するわね。今の時間なら、厨房の手伝いが体験できるかも」

「……え?」


 チェニータの口から出た台詞に違和感を覚え、過去の記憶がユイナの脳裏に高速で流れる。

 『裏方の仕事を希望』をキーワードに、祖父に告げた記憶が蘇った。

 

 しまったぁああああああ!

 

 自らの頭を両手で押さえ、ユイナは膝から崩れ落ちた。

 今日ほど、自分の発言を激しく後悔した日は無い。

 もし、私が裏方の仕事を希望しなければ、今頃は……。

 

 ティーセットをお盆に載せて、屋敷の主人がいる部屋へ向かう、小鬼人ゴブリンメイドの後ろ姿を、ユイナは感情の消えた眼で見送る。

 ああ……なんてことを……。

 イケメンの顔を間近で覗き見る機会を、自ら棒に振るなんて……。

 一生の不覚……。

 

「あら。ユイナちゃん、どうしたの? すっごく落ち込んじゃって」

「いえ。なんでも、ありません……」

 

 意気消沈の様子で、両膝を床に突いたユイナに気づき、チェニータが目を丸くする。

 力無くフラフラと立ち上がり、メイド服の乱れを整える。

 

「そう? うちの子達に殺気を向けられても、あんなにイキイキした目をしてたのに。今のユイナちゃん、死んだ魚のような目をして……。まるで、別人みたいよ? 顔色も悪いし。本当に、大丈夫?」

「だ、大丈夫です……。お気になさらないで下さい……。ハハハ……」


 乾いた笑いを漏らしながら、ユイナは歩き出す。

 さらば、夢にまで見た、私と御主人様のティータイム……。

 ユイナは涙をのみ込み、己の職場へ向かった。

 

 

 

 

 

   *   *   *

 

 

 

 

 

「新人、次はコッチ! モップ、持って来て!」

「はい」

 

 部屋の外から、汗だくの先輩メイドが手招く。

 ここには人族ヒューマンの侍女はいないから、もちろん指示を出すのは、小鬼人ゴブリンのメイドだ。

 ユイナはモップを肩に担ぎ、水の入った桶に雑巾を放り込むと、掃除道具を持ち上げて次の部屋に走る。

 部屋の中を覗けば、布で口元を覆った小鬼のメイドが、ハタキを振り回して、室内に溜まったホコリを床に落としていた。

 

「オサが、また新人を増やす。この部屋も、使えるようにするの! 分かった?」

「はい」

「新人、雑巾!」

「はい」

 

 水につけた雑巾を絞り、先輩メイドに渡す。

 ユイナはエプロンで額の汗を拭い、モップで床の雑巾がけを始める。

 体力には自信がある方なので、掃除仕事に問題は無い。

 掃除する場所が、人族ヒューマンの屋敷ではなく、離れにある魔族モンスターの宿舎なので、モチベーションが上がらないことを除けば……。

 

「ベッドの下、ホコリいっぱい。モップ入れるの!」

「はい」

「ここも、雌が来るの。だから、キレイにするの! 分かった?」

「はい」

「この部屋、洗濯カゴ無い。新人、オサの屋敷、持って来て! 新人、モップ!」

「はい」

 

 小鬼メイドが雑巾を水桶に放り投げ、持っていたモップを奪われる。

 屋敷から取って来いと言われたので、ユイナは部屋の外へ駆け出した。

 小鬼人ゴブリンなる魔族は、こうも仕事熱心なのでしょうか?

 それとも雌型だけが、そうなのですかね?

 

 屋敷へ走りながら、背後にある宿舎を見上げる。

 チェニータに、百を超える魔族が住むと教えられた、魔族専用の宿舎。

 驚くべきことに、ここに住んでいる魔族は全てが雌型(・・・・・)と聞かされた


 てっきり魔族の雌型を集めるのが趣味な、変態の召喚士かと思ったが、あれほどに勤勉な小鬼メイド達を見た後では、それはない気がする。

 そんなことを考えながら屋敷の倉庫に入り、予備に置かれた洗濯籠を重ねる。

 

「ユ・イ・ナ・ちゃ~ん」

 

 重ねた洗濯籠を持ち上げ、急いで倉庫を出ようとしたら、ドアの隙間から顔半分を覗かせ、ニヤニヤと笑うチェニータと目が合った。

 なんですか、この忙しい時に……。

 少し苛立ちながら、手招くチェニータのもとへ向かう。

 

「ブリンちゃんがね。ユイナちゃんに、お願いしたい仕事があるんですって。私と一緒に、行きましょう」

「え? でも、これを宿舎に持って来いって……」

「そうなの? それなら私が持って行くから、問題ないわよ。はい、こっちこっち」

 

 人使いが荒い先輩達ですね……。

 心の中で溜息を吐きながら、仕方なくチェニータの後をついて行く。

 屋敷のとある扉の前で足を止め、チェニータがドアノブに手を伸ばす。

 ブリンが用意したのか、扉の前には掃除道具が置かれていた。

 ニヤニヤと笑うチェニータを訝しながらも、ユイナは開かれた扉の中を覗き込んだ。


 こ、こ、ここここ、この部屋は、まさか!?

 部屋の壁に飾られた、価値のよく分からない絵画。

 床に広げられた、いかにも高そうな絨毯。

 そして……一人で寝るには、大きすぎるベッド。

 つまり、この部屋は……。

 

「脱ぎ散らかされた、オサの服が沢山あるわね~」


 なぜかヒソヒソ声で、耳元で囁くチェニータ。

 

「ここは、オサの部屋だから。時間を掛けて、綺麗に掃除をして欲しいって、ブリンちゃんが言ってたわね。それじゃあ、よろしくね」

 

 重ねた洗濯籠を取り上げられ、チェニータが扉を閉めようとする。


「ユイナちゃん、ごゆっくり~。フフフ……」

 

 扉の隙間から、なぜか怪しげな笑みを浮かべるチェニータ。

 バタンと扉が閉まり、ユイナは部屋に一人取り残される。 

 周りの気配を探り、物陰に誰も潜んでいないことを確認する。


 誰もいない、この密室の空間で。

 今の私が、するべきことは……。

 大きく深呼吸を繰り返したユイナは、先程から目が離せないベッドへ、吸い寄せられるように歩み寄る。


 脱ぎ捨てられた、男性の衣服……。

 これはもしかして、今朝がたルヴェン殿が脱いだ服なのでしょうか?

 早朝に、一度だけ見た爽やかなイケメンの顔が、脳裏に浮かぶ。

 脱ぎ捨てられた衣服を掴み、ゆっくりと持ち上げる。

 

 ……ゴクリ。

 思わず唾を飲み込む。

 これは……つまり……良いんですよね?

 誰に問いかけてるのか分からないが、乱れた衣服を顔に寄せた。

 

「あっ……」

 

 これが……殿方の、かほり……。

 ユイナにとって、初めての経験だった。

 異性の匂いが、こんなに素敵なものだと気づいたのは……。

 

 夢にまで見た、至福の時。

 この時間こそが、屋敷に努める侍女に許された権利。

 そうですよね、御婆様……。

 今までの疲労が吹き飛び、凛々しい顔になったユイナは、ふと気づく。

 

 何かが、足りない。

 ベッドに散らばる衣服をかき集め、全ての匂いを嗅ぎ終えて、気づいたことがあった。

 ルヴェン様の……下着が無い。

 

 部屋の扉を開け、掃除道具を取り出す。

 先程まで習った知識を総動員し、部屋の隅々まで掃除を行った。

 塵一つ無くなった部屋を見渡し、ユイナは指先を口元に当て、心静かに一考する。


「さて……」


 ベッドの下も、タンスの裏も、花瓶の中も覗き、汗の染みついた衣服をまとめた洗濯籠の中に、ついでに顔を突っ込んでみたが、アレは見つからなかった……。

 となると、あえて最後まで残した仕事に、アレが隠されている可能性が高い。

 自分が寝るには、広すぎるベッドへ歩み寄る。

 ベッドの前で靴を脱ぎ、頭に載せたホワイトブリムを外し、靴の傍に置く。

 スカートの両端を持ち上げ、ユイナは品のあるお辞儀をした。


「旦那様。ベッドメイキングを、させていただきます」


 満面の笑みを浮かべた後、ユイナは瞳を鋭くさせ、力強く跳躍した。

 川面へ飛び込む時のように腕を伸ばし、重ねた両手の先から布団の隙間へ、滑るように潜り込む。

 

 ふぉおおおおおおおお!

 水を得た川魚の如く、肌触りの良い布に包まれながら、布団の中を隅々まで泳ぎ切る。

 

 うっひゃぁあああああ!

 衣服の乱れも気にせず、全身を横に激しく回転させながら右から左へと、ベッドの両端を何度も往復する。

 

「ふぅ……」

 

 少し息が乱れ、疲労も感じたが、心は満たされていた。

 侍女になったら、やりたかったことの一つを終え、ユイナが身を起こす。

 ユイナがいる場所の布が、人型に盛り上がる。

 

「なにが、ふぅなのかしら?」

 

 不意に声を掛けられ、ユイナの心臓が跳ねた。

 ベッドの端から、布団の中を覗き込む豹頭の女性。

 ニコニコと笑みを浮かべるチェニータと目が合い、ユイナは高速で頭を回転させる。

 

「こ、これは……その……。ベッドメイキングを、してるところなのです」

「へー。なるほどねー。そうなんだー」

 

 モゾモゾと芋虫の如く、ユイナは布団の中から這い出る。

 どう見ても信じてなさそうな顔だが、ここは押し切るしかない。

 できる限り冷静さを務めながら、乱れた衣服を整える。

 

「仮にベッドメイキングだとして。どうして、オサの布団の中に入ってたのかしら?」

「そ、それはですね……。部屋の掃除をした際に、どうしてもアレが見つからなかったので……」

「アレって、何かしら?」

「その……ルヴェン様の下着が……」


 これは事実だ。

 掃除をしていたのも事実だし、脱がれた衣服を洗濯籠に集めた際、なぜかルヴェン様の下着だけが見つからなった。


「ですので。もしかしたら、ベッドの中にあるのではないかと考え、手を伸ばした際に……」

「ほー。なるほど……。その時に足を滑らせて、中に入っちゃったのかしら?」

「そう、なりますね……」


 たまたま脱いでいた靴を履き直し、絨毯に落ちていたホワイトブリムを、平然とした顔を意識しながら頭に載せる。

 

「足を滑らせた割には、随分と遠くまで滑ったわね。ベッドの端の方まで、行ってたわよ」

「うぐっ……。ちょっと、派手に転んでしまいまして……。思ったより勢いよく、滑ってしまって、その……」

「へー。そうなんだー」

「は、はい……」

 

 この顔は、全く信じてませんね……。

 

「ところで、オサの下着は見つかったのかしら?」

「……あ」

 

 チェニータに指摘されて、ユイナは一番重要な物を見つけてないことに気づく。

 

「いえ、まだですね……」

 

 真面目にベッドメイキングを再開し、布団をめくったりしてみる。

 しかし、どうしても下着だけが見つからなかった。

 まさか……。

 ルヴェン様は……穿かない派、なのですか?

 

 素早く身体を捻り、洗濯籠に積まれた衣服に、鋭い視線を走らせる。

 つまりは……さっきまで、私が嗅いでいた衣服の中に、ルヴェン様のアレがナニしたモノが、混ざっていたのでは……。

 

「ゴクリ……」

「あっ。ユイナちゃん。オサの下着、あったわよ」


 ベッドの反対側から顔を出したチェニータが、嬉しそうな顔で手を振る。

 ……え?

 そんな、馬鹿な。

 掃除はきちんとして、隅々まで確認したはずなのに。

 

「どこにあったのです、か……」

 

 駆け寄ろうとしたユイナの足が止まる。

 チェニータは両手に何も持っておらず、なぜか胸元を強調させるようして、前屈みの態勢を作っていた。

 

「ほら、ここに。ちゃんと、オサの下着を回収しといたわよ」

 

 大きな谷間からはみ出た、布切れの端が顔を出している。

 や、やりやがったな……。

 この豹頭ぁああああああ!


 イケメンの匂いが染みついてあるからこそ価値があるのに、よりにもよって他人の匂いを擦り付けるとは……。

 それでは、脱ぎ立ての意味が無いでしょうが、この馬鹿豹ぉおおおおおお!

 思いつく限りの罵詈雑言を心の中で吐いた後、ピクピクと頬を引くつかせながら、ユイナはぎこちない笑みを浮かべた。

 

「あ、ありがとう、ございます。チェニータ、さん」

「どうしたの、ユイナちゃん。うちの子と睨みあった時より、怖い顔をしちゃって」

 

 落ち着け……。

 落ち着け、私……。

 コイツが、ワザとやってるのは分かっている。

 耐えろ、涙を呑んで耐えるのです……。


 私は祖父の紹介で、この屋敷の一日メイドをしてるのだ。

 ここでキレて暴れては、祖父の顔に泥を塗る……。

 プルプルと手を震わせながら、チェニータの谷間に腕を伸ばす。

 やっとの思いで、谷間に挟まれた物を引き抜いた。

 

 はぁー……。

 馬鹿豹にマーキングされたせいで、脱ぎ立ての価値が……。

 溜め息混じりに下着を広げたユイナは、目をパチパチと瞬く。

 

「あれ? ……チェニータさん。これ……雑巾じゃ」

「あら残念。こっちが本物でした」

「ふがぁっ!?」

 

 突然に、ユイナの視界が真っ暗になった。

 あまりの酷いイタズラの連続に、ついにユイナの怒りが頂点に達する。

 一発殴ってやろうかと、顔を覆うモノを掴もうとして、ユイナは気づいた。

 

 なんだ、この臭いは……。

 先ほど、洗濯籠に頭を突っ込んだ時とは、違う臭い。

 布団に潜り込んだ時に、ルヴェン様に抱きしめられたような、殿方の体臭に包み込まれたのとは、異なる臭い。

 では、この不思議な臭いは何だ?

 

 視界を暗闇に覆われた中、ユイナは手を伸ばして顔に張り付いたモノを、手探りで確認する。

 この肌触りと、この形状……。

 これは女性物の下着では、ありえないモノ。

 つまり、コレが意味するモノは……。

 

 体中の血液が沸騰し、頭が熱を帯びる。

 私が触れているのは、ルヴェン様のナニがアレして、アレがナニした……。

 鼻先に熱いモノが込み上げ、妄想が加速し、限界に達する。

 

「ぶふぉっ!?」

 

 奇妙な奇声を発し、男性の下着を頭に被ったメイドが、直立不動で後ろに倒れる。

 力無く倒れた先には、運よくベッドがあり、ユイナの身体は柔らかい布団の中に、深く沈んだ。

 チェニータがベッドに近づき、ユイナに被せた物を剥ぎ取り、顔を覗き込む。

 

「ユイナちゃん、大丈夫?」

「……ふぁあ?」

 

 色白の顔を赤く染め、鼻から血を垂らしたメイドが、言葉にならない返事をする。

 

「これで、今日のお仕事は終わりらしいわよ。雷お爺ちゃんが、帰る前に顔を出して欲しいって……。元気になったら、帰りに寄ってあげてね」

「……ふぁい」

 

 焦点の合わない碧色の瞳で、天井を見上げるメイドを放置して、チェニータが主の寝室を退室する。

 『お掃除中』と書かれたプレートを、ドアノブに引っかけた。

 

「ちょっと、やり過ぎたかしら? 雷お婆ちゃんの手紙に、書いてた通りにやったけど……。こんな子を雇って、本当に大丈夫なのかしらね? フフフ……」

 

 口元に手を当てたチェニータが、悪戯っぽい笑みを浮かべ、扉の前から離れて行く。

 寝室のベッドでは、未だに意識を朦朧としたユイナが、虚空を見上げている。

 

 御婆様。

 わたくし、仕えるべき主を、見つけました……。

 ユイナの脳裏には、逃げ出したくなるくらいに辛かった修行の日々と、それでもまた頑張ろうと思うくらいに素敵な、元メイドだった祖母の口から語られた、お屋敷勤めの侍女物語が流れていた。

 

 御婆様。

 本物のお屋敷務めは、私の想像以上に……。

 

「しゅごいでしゅ……」


 鼻から赤い液体を垂らしながらも、ユイナは幸せそうな笑みを浮かべ、ゆっくりと目を閉じた。


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