約束の夜
本日は2話投稿しております。こちらは2話目です。
夜、百鬼夜行が町をゆく。
その先頭に立つのは、修と紗羅の双子の鬼。そして舞だ。
修は先代の神主に、『今日はこれを着ていけ』と直垂を渡され、窮屈だ、動きにくいとぶつぶつ言っている。今も、肩を時々動かしながら顔をしかめていた。
先代が若い頃に着ていたものらしく、一緒に渡された刀はいわくありげで、これが無ければ修は絶対に断っていたと紗羅は踏んでいる。
その紗羅は今日は白衣に紅の指袴というシンプルな出立ちだ。
舞とお揃いで、腕を組んで楽しげに話しながら歩いている。
今日はこれから土地の封印を解きに行くのだが、誰1人としてそんな気負いを感じさせない、どこかのんびりとした楽しげな雰囲気の道行きだった。
3人が百鬼とともにたどり着いたのは、やはり舞の家があった土地。山門の広場で、まだ昼間の舞台がそのままになっていた。
昼間は人で溢れかえっていたそこは、今は誰もいない。
商店街が近く、家なみが続くその中にぽっかりと空いたその広場からは、空の星がよく見えた。
ここに立つと、舞はまだ少し胸が痛む。
だがそれにももう慣れてしまった。
これから先ずっと、ここに立てばこの思いを抱くのだろうと思うが、それも自分だけなのだと思えば、この痛みを大切にしたい気がした。
昼間、舞はここで山門の結界を解いた。
そして今夜はこれから、土地にかけられた封印を解く。
その2つは全く違うものなのだと舞は教えられた。
結界を張ったのは、鬼の一族。
それはこの地を守るためだった。
この土地に古くからある封印を守るための結界。
その封印はこの土地から世界中へ広がり支える光の柱を封じたもので、5000年に1度、この星が光の星へと変わる進化の時期にのみ世界中で柱の封印が解かれるのだという。
その封印を解くため、5000年に1度のこの時期に生まれてくる子どもたちがいる。
舞はその1人なのだと、そう聞かされた。
本来なら、生まれてきてただ健やかにその土地で育てばそれだけでよく、舞は何もする必要がない。
10年もその土地にいればそれで充分なのだと。
封印を解く力はその魂を目がけて降ろされる。
舞は何をする必要もなく、ただ生と世界を味わえばそれだけで良かった。
それが上手くいかなくなったのは主に呪いのせいだ。
家族を失い、悲しむ舞を否定し、傷つける事で舞に自分自身を見失わせる。
それにより、降りるはずの力は目印を見失い届かなくなった。
もう何年も滞ったままだった力の流れが今は正されている。
それを一気に下ろして封印を解くのが今夜の目的だった。
修と紗羅が舞台に簡易な結界を張る。
舞台に上がる舞のそばに篤樹が寄り、神楽鈴を手渡した。
それを受け取り、舞は再び舞台に立つ。
しゃらん、と鈴が重なり鳴った。
それを合図に太鼓が響く。
どおん、どおん、と幾たびか打ち鳴らされ、その音が震えて夜闇の中に消えていくと。
舞はゆっくりと前に進んだ。
しゃらん。
摺り足で、ゆっくりと。
しゃらん。
一歩は小さく、焦らず。
しゃらん。
舞台の真ん中まで来ると、大きく腕を上げ、鈴を震わせる。
しゃらららららら……。
笛の音と笙の響き。
彼らは昼間も演奏してくれていた。
百鬼夜行の付喪神たち。
今は人の姿を取ることもなく、ただただ自由に歌い上げ、奏で上げる。
そして、実体のない闇のものらが集まってくる。
人ではないもの、人であったもの、人の姿をとって人に紛れるもの。
それらが舞の命を奪おうと、封印解除を阻もうとやってくるのだ。
光が多くの佑けをこの星に届けるように、闇もまた多くのものをこの星に送り込んでいる。
それは普段、人の形をしている。
善良な友人、良き隣人、誰からも愛される人気者の顔をしている。
そして周りを支配し、コントロールしているのだ。
けしてこの世界が光へと変わらぬように。
それが今、闇の本性を顕にして襲いかかってきた。
が、戦ごとならば鬼たちの本領だ。
双子と百鬼たちはそれらから舞を守ろうとそれぞれの武器を取った。
修は先代の神主から授けられた刀を握り、舞台の下で結界を守る。
紗羅は鉄扇を片手に、もう片方の手は爪を長く伸ばして、壮絶な笑みを浮かべながら闇の中へと飛び込んでいった。
その後ろには百鬼が続く。
舞が円を描いて回り出すと、星々が降りてきた。
今、封印を解く。
光の柱をここに立てる。
豊かさを解放する。
才能、それは光だ。
闇にはけして与えられない力。
光の才能、闇の権能、中立の万能。
それぞれが、それぞれの与えられる力を持つ。
才能は誰もが持ち得るものであるが故に個に依存し、
権能は他を圧するが故に他者の存在を必要とする。
そして万能は多くにおいて力を発揮するが故に飛び抜けた力を持つことがない。
それぞれがそれぞれに理由を持ち存在している。
そしてそれはいつか理解へとたどり着く。
だがまだ全ては途中。何もかもがただ未熟なまま前へと進む。
そしてこの惑星は己が何者であるかをすでに選んでいた。
舞がその両の腕を高く掲げた。
光が降りてくる、凝縮する。世界が今、繋がる。
そしてあるべき形へと変わっていこうと動き始めた。
─────………水面に一滴の雨粒が落ちるように。
さやかな音がひとつ響き、波紋をひろげていく。
歌が、始まった。
今、封印が解かれる。
光となる。
ここに定める。解放する。
力を、才を、幸いを、今解放する。
愛へと辿る道を開く。
そは光の道。
幾千年、幾万年と閉ざされた、我らが星が選びし道。
闇を退けよ。
全ての闇を。
邪悪なる闇、それらを選びし者らを退けよ。
ここは光なる星。
我らが母は光を選び、進化の道をゆく。その果てに愛を得るために。
全ての闇を打ち倒せ。
全ての邪悪から力を奪い、その権限を取り戻せ。
ここは光の星。
この先幾億年、幾億万年と続く弥栄なる星。
『我』はここに柱を立てる。母なる星の御心のままに。
幸いあれ、弥栄なれと、光り輝く母を讃えて。
光が降り注ぐ。
まばゆい光が。
舞は気づかない。
まだくるくると舞っている。
舞台の下では誰もが思わず目を閉じた。
そして。
笛の音がやみ、太鼓の音がやみ、笙の音もやんで。
舞台に夜が戻っていた。
けれど、わずかに光を感じる。
大きな、大きな、太い光の柱。
それはここから世界へと向かう未来の力だ。
舞は舞台から降りた。
もう、一生分舞った気がした。
側へ近づいてきて抱きしめてくれた修を、舞も無言で強く抱き返す。
これでやっと終わったのだと、舞はそう実感した。
舞台の下で、光の柱を背景に抱きしめ合う兄と大切な友人。
2人の姿を見つめて、紗羅は微笑んだ。それは心の底からの美しい笑みだった。
すると足元の闇が蠢いて、紗羅は忌々しげに舌打ちすると右手の爪を長く伸ばした。
そしてその爪を思い切り突き立てる。
闇はその形を崩して消えていく。さらさら、さらさらと。
実体のあるものはこれでもまだ死なない。
だがいずれここへやってくる事だろう。
結界が消え、光の柱により豊かになったこの土地へ、全てを乗っ取り穢すために。
「いずれ殺す。必ず、全て」
冷たく、吐き捨てるように呟くと、紗羅は穢れを祓うように爪を振った。
あちこちで百鬼たちが勝利の声をあげるのが耳に入る。
その心地よさに紗羅は小さく笑みを浮かべた。
紗羅はその昔、紗羅として生を受けるもうずっと昔に、闇の眷属だったことがある。
その頃の記憶は無いが、ただそうだったと知っている。
ただ、支配されていたと。
その後、光へと存在を移し、そしてこの星へと生まれてきた。
紗羅の母・美桜は遠い昔、この星が光へと進化する選択の時期にこの星にやってきた魂だ。
そのときの進化は失敗し、この星は変わらず混沌としたまま歩むこととなった。
美桜はそのときに生まれた世界へ戻れず、ここに縛りつけられた。ここには、そうして帰れないまま苦しむ魂が多く存在する。
紗羅は今度こそ進化を成功させると決めたこの星にやってきた。
光を降ろすため?
この星の人間を応援するため?
バカバカしい。
紗羅はもともと闇だった。
だからヤツらのやり口は知っているし、何をするかも大体想像がつく。
この体に生まれて、記憶も力も封印して、思い出せないことや気づかないことも多いが、それでもやれる事はたくさんある。
光の時代が来る。
そのために、闇を潰す。
目についたものは1つ残らず。必ず殺す。
紗羅は光の中でも武闘派だ。
多くの人間が勘違いをしているが、そもそも光は愛ではない。
闇が愛ではないように、光もまた愛ではない。
愛は、ただ愛だ。
光も闇も、どちらもただ愛を学んでいる最中なのだ。
もちろん、愛を学んだ美しい魂が光にも闇にもいる。
だが紗羅の心に愛はない。
だから、人がアリを踏み潰すように、汚いものをつまんで捨てるように、闇に関わるモノを潰して捨てる事ができる。
それは誰かにとって罪あることでも、紗羅の中では罪ではない。ただただ清々しいことだ。
1つ潰せば、世界は美しくなる。
ああきれいになったと笑うことができる。
これまで、人も光もこの星も、呆れるほどにお人好しで善良だった。過ぎるほどに善良だった。
だがそれももう終わりだ。
全てを切り捨てる時にきているのだ。
兄と抱き合う舞の姿を見て、紗羅は微笑む。
舞の周りに星々の加護が降りてきている。
太陽からは何の加護だろう。
月からはなんの加護だろう。
この星からは?
水星からは?
木星からは?
あれは遠い太陽系外からの加護。
あれは星座の加護。
あれはきっと天の川……。
1つ1つが彼女の力になってくれる。
彼女を幸せにしてくれる。
これでもう彼女は大丈夫。
他の封印や土地の浄化を依頼されたらまた苦労するだろうが、そんなものはこちらで断ってしまえばいい。
舞はもう苦労などしなくていい。
それに兄がどんな手段を取ってでもそれをさせないだろう。
下手をすれば、その土地を上物ごと更地にして手間を省く事だってやりかねない。
まあ、舞に無理やりそんな真似をさせようとするなら何をされても自業自得だが。
くすくす、と笑って長い爪を引っ込める。
紗羅は夜空を見上げて目を閉じると、遠い星との繋がりを感じた。
いつか、紗羅自身もそこへ帰る日が来るのだろう。
けれど、今はここで、愛する家族と共に幾百年、幾千年と過ごしていたい気がした。
たとえそれが鬼の血が薄い自分には無理な事であったとしても。
今はまだ、愛を知らないままでも。
光の時代がやってくる。
5000年に1度の進化の試練を越えて。
人の時代がやってくる。
それはきっともうすぐそこ。
夜の闇の中に、目には見えない光の柱が立った。
その柱は愛を抱いている。
それはいつか数を増やして、そして世界へと広がっていく。
何人かの視える者たちは、夜中に楽の音を聞いて起き出し、そして光の柱を見た。
美桜は、夫の鳳笙とともに神社の階段の上で。
弥生は、夫と長男、娘の菖蒲とともに、山の中の家の玄関口で。
そして世界がいつか光に包まれる日を、心に思った。
ー 了 ー




