第91話 弟子二人、成長する
翌日、訓練所にやって来たドーナ。
その顔つきは先日と全く違い、自信に満ち溢れたものだった。
ミオンも目を見開いて驚いている。
遠くから見るのと、近くで見るのでは圧のレベルが桁違いだ。
「ドーナ、掴んだか?」
「はい。ありがとうございます、師匠」
「礼は俺に一撃与えてからにしろ」
「押忍!」
ドーナは刃引きした模造剣を、ミオンは練った魔力を全身に漲らせ、構える。堂に入った、いい構えだ。
それに対し、クロアは腕を組んだまま動かない。
成長したドーナの目で改めて見ると、クロアの隙のなさがよくわかる。全く攻めることが出来ない。
ただ立っているだけで、全方位全種族へ向けた戦闘態勢。それがクロアだ。
生唾を飲み込んでいると、ミオンがドーナを横目で見た。
「ドーナさん、今何が見えてます?」
「化け物が」
「正解です。あれが普段から私が見てるクロア様です」
「あんなのにどうやって一撃入れるんですか」
「さあ。でもやるしかない。そしてやるには……動くしかないッ」
ミオンが超高速でクロアへと肉薄する。
ドーナも少し遅れてミオンを追う。
十数メートルの距離を一歩で詰め、ミオンが蹴りをクロアの顔面に放った。
が、クロアは僅かに仰け反って攻撃を避ける。
それに合わせ、ドーナがクロアの脇腹へ向け拳を捩じ込む。
しかしクロアはドーナの拳を人差し指で受け止めると、力の向きを変えて吹き飛ばした。
更にミオンの足首を掴み、ドーナへ向けて投げ飛ばす。
ギリギリのところでそれに気付いたドーナが、飛んできたミオンをキャッチするも、踏ん張った地面を抉って数メートルも後退させられた。
「くそったれ……!」
「悪態つく暇があったら攻める!」
「お、押忍!」
二人は左右に分かれ、クロアに接近する。
ドーナは剣撃を繰り出し、ミオンは蹴りを主体にした連撃を放つ。
だがクロアは、その尽くを避け、いなし、弾き、受け止める。しかも脚は使わず、全て手で止めていた。
今度はクロアが二人へ拳を繰り出す。
ギリギリのところで腕をクロスして防御するも、防御した箇所が急所になったかのようにダメージが刻まれた。
「ふむ……やはり成長したな、二人とも」
今までなら今の一撃で気絶し、ウィエルが回復していた。
だが二人はまだ立っている。著しい成長だ。
それに、クロアの手に残る甘い痺れが、二人の攻撃力の高さを物語っている。
「だが、まだ成長した体に気持ちが追い付いてないな。覚悟が足らないと言うべきか」
「覚悟、ですか? 師匠、それは……」
「ふむ……ミオンちゃんならわかってるんじゃないか?」
クロアとドーナの視線がミオンへ向けられる。
ミオンは一瞬考えるも、直ぐに答えが出た。
「……殺す覚悟、ですか」
「……ぇ……?」
「その通りだ」
ミオンの言葉にドーナは驚き、クロアは笑顔で頷く。
「訓練の相手によって力加減は変えていいが……俺を相手にする時は、殺す気で掛かってこい」
クロアの言葉に圧が増し、二人の体を強く叩く。
気の弱い者なら、圧だけで気絶しそうな程の圧だ。
ドーナの頬を汗が伝う。
今までの厳しい王国軍の訓練でも、あの三人に痛めつけられていた時も、死をここまで実感したことがなかった。
殺す覚悟なんて、今までの人生でしたことがない。
正真正銘……命のやり取りだ。
体と魂が震えているのがわかる。
だが王国軍に入ったのは、海のギャングへの復讐のため。
いつか訪れるはずだった命のやり取りの瞬間。それが今になった。それだけだ。
「ドーナさん、大丈夫ですか?」
「……はい。行けます」
「では、私がドーナさんに合わせて動きます。ドーナさんはとにかく、クロア様を殺す気で攻撃してください」
「押忍」
ドーナが剣を構え、息を深く吐く。
目付けは一点に集中するのではなく、遠くの山を見るように。
気持ちは炎のように熱く。だけど思考は氷のように冷たく。
そして、駆け出した。
一切の策がなくても、攻撃しないことには成長はない。
ドーナは覚悟を込めた剣をクロアへと振り下ろした──。
数秒後。
頭に特大のたんこぶを作った二人が、見事に大の字で気絶していた。
「まだまだ覚悟が足らないな、二人とも」
「クロア、流石に二人が可哀想であろう。もう少し手加減をだな」
「はっはっは。国王様、俺は二人の師匠ですよ。修行に手を抜くはずないじゃないですか」
確かにその通りだが、これじゃあ心を折ってしまうんじゃ。
そんな心配をしたネプチューンだが、隣にいたウィエルが「大丈夫ですよ」と口を開く。
「気絶する直前の動き、今までで一番いいものでした。だから旦那様も、かなり強めに殴ったのでしょ?」
「ウィエルに隠し事は出来ないな。今まで攻撃の時は一割しか力を使ってなかったが、今のはつい三割まで出してしまった。いやはや、俺もまだまだだ」
クロアの三割は、一般人なら木っ端微塵になってもおかしくない。
だが二人はたんこぶを作って気絶しているだけ。十分と言えるくらい成長している。
「なるほど……流石は、余を孕ませる男。ちゃんと考えておるのだな。惚れ直したぞい♡」
「ネプチューン様、怒りますよ」
じとっとした目をネプチューンに向けるも、ネプチューンは口笛を吹いて目をそらす。
わかりやすい誤魔化し方に、ついクロアは苦笑いを浮かべた。
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