第88話 勇者の父、約束する
「なるほど、そんな事情があったのか」
全てを話終えると、団長は深々と息を吐いた。
師匠と女王陛下と上司がいる前で、嘘をつくとは考えられない。
それに体に出来た傷や怯えた目を見て、ドーナが嘘をついていないのは明白だった。
「すまなかった、気付いてやれずに」
「い、いえっ、団長のせいではありません」
頭を下げた団長に、ドーナが慌てる。
元はと言えば、弱い自分の責任だ。だから団長が謝るなんて間違っている。
「あの三人のことは俺に任せてくれ。絶対悪いようには……」
「軍団長殿、待った」
団長の声をクロアが遮る。
思わぬ所からの待ったの声に、ドーナと団長は首を傾げた。
ウィエルはクロアの考えがわかるのか、微笑みを絶やさず頷く。ミオンとネプチューンも、苦笑いを浮かべた。
「お客人、どうかしたか?」
「この問題、俺が預かる」
「……何?」
クロアの言葉に、団長は目を見張った。ドーナも不安げに首を傾げる。
「いや、正確にはこの問題は本人に解決させる」
「……ドーナに、か?」
「ああ。その為に鍛えているしな」
クロアは大きな手で、ドーナの頭を撫でた。
ドーナは目を見開いて、クロアを見上げる。
確かにクロアは、自分を鍛えてくれている。でもそれも、まだたった二週間ほどだ。
だけどクロアは、ドーナになら自分の力で解決出来ると信じてくれている。
何だか胸の底から力が溢れてくるようで、ドーナは真っ直ぐに団長を見た。
「はい。軍団長、この件は私の問題です。……私の力で、解決します」
「……出来るか?」
「やります」
出来る、ではなく、やる。
信念の篭った言葉に、団長は思わず口角を上げた。
(たった二週間足らず見なかっただけで、ここまで変わるとは……いい師を持ったな)
本当なら一人一人に気を配りたいところだし、出来ることなら自分の手で部下を育てたいというのが本音だ。
しかし王国軍軍団長は、約二万の兵士の上に立つ。一人に割ける時間は限られている。
「お客人、どれほどかかる?」
「あと二週間もすれば、王国軍屈指の戦士にしてみせる」
「大きく出たな」
「俺が鍛えるからな」
「……ふっ。あなたほどの実力者が言うのなら、間違いなさそうだ」
団長は踵を返すと、ドーナに背を向けた。
「ならばやってみなさい、ドーナ。二週間後まで、欠勤は不問とする」
「あ、ありがとうございますっ、軍団長!」
去っていく団長を見送ると、ドーナの顔付きは今まで以上に凛々しくなった。
覚悟を決めた、男の顔だ。
「師匠、改めてよろしくお願いします!」
「うむ。……だがすまん、今の話で一つだけ嘘をついた」
「……嘘、ですか?」
「二週間で王国軍屈指の戦士にするというものだが、正直今の密度だと難しいだろう。良くて中堅から各隊の副隊長レベルだ」
「いや、それ十分じゃ……」
王国軍には一番隊から十番隊まであり、各隊をまとめる隊長と、補佐の副隊長がいる。
それぞれ十分化け物と言っていいほど強い。
あと二週間でそこまでいけるのなら、十分だと思う。
「いや、俺は軍団長殿に、王国軍屈指の戦士にすると約束をした。最低でも隊長格まで強くしないと、可愛い部下を預かる身として申し訳が立たない」
直後、ドーナの本能が警笛を鳴らした。
今すぐ振り返って逃げ出したい。
今すぐさっきの話は無かったことにしたい。
だが、逃げるという本能より恐怖という本能が勝ち、体が全く動かない。
硬直しているドーナの肩に手を置き、クロアは爽やかな笑みを見せ──
「という訳で、修行の密度二倍な」
──事実上の死刑宣告を与えた。
口から魂のようなものが溢れ出る感覚がする。
魂になってまで逃げ出したいという、矛盾した生存本能によるものだ。
まあそれもウィエルの魔法によって、即引き戻されたが。
「ドーナさん、可哀想ですね」
「ミオンちゃん、随分と他人事だな」
「え?」
「弟弟子が気張るんだ。姉弟子が気張らないでどうする」
爽やかな笑みはミオンにも向けられ。
とりあえずミオンの本能は、気絶という道を選んだ。
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