第5話 勇者の父、問う
少し休み、体力が回復したミオンの案内で森を歩く。
森の奥に進むにつれ、焦げた臭いが濃くなっていくのがわかる。
それに、血の臭いも。
それに別の異臭もする。これは焦げの臭いでも、血の臭いでもない。もっと別の嫌な臭いだ。
クロアは足を止め、顔をしかめた。
この臭い、覚えがある。昔旅をしていた時に、何度も嗅いだことのある臭いだ。
「あなた?」
「うむ……ウィエル、ミオンちゃん。ここから先は見ない方がいい。俺だけで行く」
「え? でも……」
ミオンがクロアの言葉に、困惑した。
確かにこの臭いは、ミオンにとっては辛いものだ。でも耐えられない程ではない。
だから一緒に行きたいのだが。
「ここから先の光景は、二人は見ない方がいい」
クロアは頑として譲らなかった。
その真っ直ぐな目に、ミオンは思わず後ずさってしまった。
「ミオンちゃん、ここは旦那に任せましょう」
「……わかり、ました。ですがお願いします。もし生きている仲間がいたら、どうか助けてください……!」
「わかってる。それじゃあウィエル、ミオンちゃんを頼んだ」
「はい。行ってらっしゃい、あなた」
ミオンをウィエルに預け、クロアは森の奥へと向かった。
歩いていくにつれて臭気が強まる。これだけの臭いは久しく嗅いでいない。クロアでも、気分の悪くなるものだった。
歩くことしばし。
茂みを抜けると、ようやく村の残骸に辿り着いた。
焼け焦げ、破壊された家。いたるところに転がる兎人族の死体。しかもその死体のほとんどが、見るに堪えないほど無残に殺されていた。
村を少し散策する。と、一つの大きな家だけ燃えずに残されていた。
この家から気に食わない臭気が漂ってくる。
クロアは眉間にシワを寄せ、建物の扉を開けた。
「やっぱりか」
そこには、五人の兎人族の死体が転がっていた。
しかも全員若い女。生前はさぞ美しかったであろう。
であろうというのは、もはや原型がないほど嬲り殺しにされているからだ。この濃い臭気は、男のアレの臭いだ。
兎人族を含めた亜人は、人間と比べると耐久力も生命力も高い。
どんなことをしても中々死なないということもあり、道楽でぼろぼろになるまで犯され、壊され、それでも生かされ、最後には殺される。
そんな光景をクロアは嫌というほど見てきた。
「……ん? こいつは……」
五人の兎人族の首に、何か付けられている。
首輪だ。黒くて硬質。表面には幾何学模様と謎の文字が掘られている。
「まさか……?」
これには見覚えがあった。
忌々しい、過去の記憶が蘇る。
爆発しそうな感情を抑え、クロアは足早に建物を後にした。
それからしばらく村を歩いて生存者を探すが、生きている兎人族は誰もいなかった。
が。
「あ? なんだ、生き残りか?」
「ちげーよ、人間だ」
「でっけぇ」
唐突に、人間の男が三人現れた。
ボロボロの装備を身に付け、極悪な笑みを浮かべている。
「この村を襲ったのはお前らか?」
「言う義理はねーな」
「それやったって言ってるもんじゃねーか」
「ちげーねー。ぎゃはははぺぽ?」
溜め込んでいた怒りが一気に沸騰し、クロアは一人の男の顔面を殴り砕いた。
ドラゴンの頭部すら砕く拳だ。人間の身に付けている防具なんて、紙のように役に立たない。
残りの二人は唖然としていたが、一人が剣を抜いて襲い掛かって来た。
「テメッ。殺ぱぺ」
もう一人の腹部を蹴り上げると、上空まで吹き飛ばされて爆散した。
それを見て、最後に残った一人は戦慄した。
拳と蹴りで人体を粉々にする。そんな人間、見たことも聞いたこともない。
「おいお前。俺の質問に答えろ。答えなかったら殺す。嘘を言えば殺す。答え以外を答えたら殺す」
「…………!!」
男は首が取れるんじゃないかと思う程、超高速で首を縦に振った。
逆らえば間違いなく殺される。悪党としての本能がそう告げていた。
「まず、お前ら奴隷商か?」
「へ、へい。正確には奴隷商に雇われた山賊でさっ……!」
奴隷商。
人間や亜人を捕まえ、高額で貴族や上流階級の人間に売る闇の商人だ。
世界中で奴隷の売買は禁止されている。だが、裏ルートや闇では頻繁に売買されている。
この男たちは、その奴隷商に雇われているただの山賊らしい。
「山賊は何人いる?」
「ご、五十です」
「かなりでかい規模だな……どこに潜伏してる?」
「いつもは森の奥の洞窟ですが、今半分はアプーの街に捕まえた亜人共を売りに行っているところでさ」
その後も、自分の命が惜しいからかクロアの質問に早口でぺらぺらと話す。
おかげで山賊の情報は詳しく知ることが出来た。
男は下っ端だからか、肝心の奴隷商のことは知らないらしい。ここに来たのも、綺麗な死体で遊ぶためだったとか。
「なるほどな。山賊の半数は、洞窟にいるのか」
「は、はいっ。これで俺の知ってることは全部でさ。……あ、あの、知ってることは話したので、俺は……」
「ん? ああ、そうだな。話してくれて助かった」
「へ、へへ。お、お安い御用でさ。そ、それじゃあ俺はこれで……」
「待て。どこへ行くつもりだ」
クロアは男の顔面を鷲掴みにすると、軽々と持ち上げた。
「……ッ!? …………!!」
口と鼻が塞がり、声を発せないようだ。
血走った目が助けを懇願するようにクロアを睨み付ける。
だがクロアは冷たい目で男の視線を受け止めた。
「質問に答えなかったら殺す。嘘を言えば殺す。答え以外を答えたら殺す。確かにそう言ったが、お前を生かして帰すとは一言も言っていない」
「!?」
「お前が……お前らが今までやって来たことを考えてみろ。本気で生きて帰れると思っていたのか?」
手に力が込められていくと、指が食い込み、頭蓋骨が軋んで歪む感覚が手に伝わってくる。
目からどす黒い血が流れ――グシャ。
頭部がぐしゃぐしゃに圧砕された。
「人の平凡な生活を壊して、自分だけがのうのうと生きていけると思うなよ」
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