第83話 一番弟子、面倒なことに巻き込まれる
◆海底の国ディプシー◆
「師匠ー!」
「レミィ、いらっしゃい」
転移してきたレミィが、懐いたわんこのようにウィエルへと向かっていった。
一つ結びにしているプラチナブロンドの髪が、レミィの気持ちを表すようにぶんぶん揺れている。
懐かしい反応に、ウィエルもつい笑みを零した。
「レミィ。久しいな」
「ん? おーネプ。相変わらずでっけぇな」
「お前も態度ばかりでかいな」
「胸もでけーだろ」
ふんすっと胸を張るレミィ。
ウィエルも相当なものだが、レミィも負けていない。かなりでかい。
と、レミィはキョロキョロと周りを見渡した。
「あれ? アニキはどこだ?」
「旦那様なら、あそこで修行を付けてますよ」
「修行?」
目を向けると、ミオンとドーナが二人のクロアから命からがら逃げ回っていた。
クロアは無表情だが、どこか楽しんでるように見える。
「あの二人が、今の弟子っすか?」
「はい。兎人族の女の子がミオン。魚人族の男の子がドーナです」
「てことは、妹弟子と弟弟子か。私も歳を取るわけだ」
しみじみしているが、レミィの見た目は二十代と言っていいほど若い。間違いなく、実年齢と見た目年齢は噛み合っていないだろう。
レミィは逃げ回っている二人を見て微笑んだ。
「体力増強か。私もやったやった。懐かしいなぁ」
「あなたの時はいつまでやってましたっけ?」
「三日三晩。三人のアニキから逃げ回ってましたね。いやー、後にも先にも、死を実感したのはあの時が最後っすわ」
「そうか。お前は生ぬるい十数年を送ってきたのだな」
「いやいや、私だって頑張って……え?」
クロアだ。ここにクロアがいる。
あそこには二人。ここに一人。
三人目のクロアだ。
「久々だな、レミィ」
「あ、あはは……お久しぶりっす、アニキ」
僅かな気配の違いでわかる。
あっちにいる二人が質量のある分身。ここにいるのが、本物だ。
クロアは地面に座ると、横をぽんぽんと叩く。
レミィも若干緊張した様子で、大人しく横に正座した。
同じ方向を向いて、無言で座る二人。
と、クロアがそっと口を開いた。
「楽にしていいぞ」
「はい」
返事をしながらも、レミィは足を崩さない。
雰囲気から、緊張のようなものが伝わってくる。久々に会ったクロアを前にして、少しばかり気が張り詰めているようだ。
見た目はオラオラ系だが、師匠であるクロアに対しては尊敬の念を抱いているらしい。
「随分と暇なようだが、この十数年何してたんだ?」
「ひ、暇じゃないっすよ。ちゃんと修行もしてますし、魔王軍とも戦ってます。東の方は粗方片付いたんで、アニキたちが旅してるって聞いて、追いかけて来たんです」
「俺を? 何故だ?」
「そりゃ暇で……あ、嘘です今のは口が滑っただけっす」
「口が滑ったなら本音だろ」
「しまった」
バツが悪そうに目を逸らすレミィと、ジト目を向けるクロア。
懐かしい光景に、ウィエルはほのぼのとした笑みを浮かべた。
「ま、まあそれは冗談として。アニキと師匠、ずっと平和な暮らしをしてきたじゃないっすか。だから会いに行くのためらってたんす」
「ふむ。つまり村を出たから、久々に会いに来たってことか」
「あとはまあ、ちょっとお手伝い願おうかと」
「……手伝い?」
その言葉に眉を顰めるクロア。
レミィが手伝ってくれと言う時は、大抵戦いに関してだ。
だがそれも、まだ修行時代の頃。レミィの実力はクロアがよくわかってるし、手助けが必要だとは思わない。
レミィは真剣な顔でクロアを見上げると、小声でぼそりと呟いた。
「魔眼皇バルバと魔触王ゴードンが手を組んで、勇者を潰す、という噂があるっす」
「……何?」
魔眼皇バルバと魔触王ゴードンと言えば、魔王軍四天王の二人だ。
しかもそのうちの一人、魔眼皇バルバの部下はミオンを攫っている。クロアたちからしても、少しばかりの縁がある相手だ。
「なるほどな。アルカに対して一人一人が相手をするより、二人以上で相手をした方が間違いなく潰せる……そういうことか」
「恐らくっすけど。魔族が話していたのを、少し聞いただけなので」
もしも。多分。恐らく。
だが可能性はゼロではない。魔王は勇者の力に怯えている。
なら、こっちも行動を起こすしかない。
「レミィ。お前アルカについて行け。師匠命令」
「職権乱用じゃないっすか。……って、そういやアルカって誰っすか?」
「俺のガキで、勇者だよ」
「……マジすか? さっきのちんちくりんが?」
「さっきのちんちくりんが、だ。それで、お前がアルカの師匠になってやれ。異能について一番詳しいのはお前だろう」
「それはそうっすけど……」
レミィの性格上、誰かにものを教えるのは得意としていない。はっきり言えば苦手だ。
クロアもそれは重々承知しているが、背に腹は変えられない。
「お前ももういい歳だ。弟子の一人や二人、持ってた方がいいだろう。魔法も使えるし、サキュアってハイエルフの子にも色々教えてやれ」
(めんどくせぇ……)
「何か言ったか?」
「い、いえっ、何も……!」
流石のレミィでも、クロアに口答えは出来ない。
返事はイエスかはいのどっちかしかなかった。
「アルカは勇者として、魔王討伐の旅に出ている。魔王軍四天王とも当たるのは確実だ。俺が全部解決してちゃ、あいつの為にならないだろう?」
「はぁ……わかりました、わかりましたよっ」
レミィとしては、クロアに魔王軍四天王をぶちのめして欲しかったのだが。なんだか面倒なことになった。
「わかったら行け。多分さっきの場所から動いてないと思う」
「うす。それじゃあアニキ、師匠。失礼するっす」
レミィは再度魔法陣を展開すると、空気に溶けるようにして消えていった。
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