第78話 勇者の父、成り行きで請け負う
「──はっ!? っつぅ……!」
「む、起きたか」
主治医に見てもらい、僅か数分で目を覚ました青年。
だが脳天が痛むのか、涙目で頭を摩っている。むしろ体の痛みより頭の方が痛いまである。
主治医が青年の体の至る所を確認し、朗らかな笑みを浮かべた。
「要安静ですな。特に頭の方。クロア様は昔から加減が苦手ですなぁ」
「これでも加減した方だぞ」
「ほっほっほ。確かに、ネプチューン様の顔面をぶん殴って丸一日昏睡させた時に比べたら、随分上手くなっているご様子」
「嫌味か」
「ほっほっほ」
主治医が笑いながら、クロアたちから離れる。
クロアは昔からこの主治医が苦手だ。なんとなく、掴めない性格というか。
しかし青年は、そんなことより主治医の言葉に目を見張った。
「ね、ネプチューン様、て……あ、あんた国王陛下を殴ったのか!? なんで死罪になってないんだ!?」
「何故と言われてもな」
あの時のネプチューンはかなり傲慢で、自信過剰で、人間そのものを馬鹿にしていた。
だから拳でわからせた。それだけだ。
それからはクロアの力に惚れ、何かある度に子作りを強要してくるようになったのだが。
クロアはその事を忘れるよう首を振り、ベッド横の椅子に座った。
「悪かったな、殴ってしまって。今はゆっくり横になるといい」
「……なんで……」
「む?」
「……なんで、俺を助けたんだ? 見て見ぬふりをしてもよかったのに」
「ああいう輩が嫌いなだけだ。反吐が出る」
クロアは別に正義の味方ではない。
かといって、あからさまな悪やいじめを見逃すほど人間を捨てていない。
クロアが助けられる範疇なら、助ける。それだけだった。
「……ありがとう、助けてくれて。正直、助かった」
「気にするな。それより、何故あんな目に? あの様子だと今回が初めてではないだろう」
クロアの問いかけに、青年は顔を伏せた。
思った通り、あれは日常的に行われていたことらしい。
確かに青年の体は、魚人族にしては細い。打撲の他に切り傷や抉られた後もある。
明らかに、数ヶ月単位の傷だ。
「聞いていたが、まさか弱いことを理由に?」
「…………」
無言の肯定。言葉にするにはプライドが許さなかったのだろう。
それを察し、クロアはそれ以上言及することはなかった。
「すまないが、俺もいつまでもここにいる訳ではない。見かけたら助けられるが、これから先何度も助けるのは無理だ」
「だ、誰も頼んでないっ」
自分にも騎士の誇りがある。
いつかは自分の手でこの状況を脱しようと、人一倍訓練にも励んでいる。
が、才能の違いか、体格の違いか。どうしても一太刀も浴びせることが出来ない。
悔しい。日に日にその思いは強くなっている。
無意識の内に布団を握り締めていると、それに気付いたクロアが腕を組んだ。
「聞くが、どうして騎士に固執する? 痛みや罵倒を我慢してまで、騎士にしがみつく理由はなんだ? はっきり言って、このままでは殺されてもおかしくないぞ」
殺すつもりがなかったとしても、不慮の事故というのはどうしてもある。特に、未熟な者同士では。
あの三人も、ただがむしゃらに剣を振るっていただけだ。力の加減も考えず、相手が死ぬことも考えず。
クロアの疑問はもっともだった。
青年は俯いて拳を握り締め、体を細かく震わせる。
「……海のギャングに、家族が殺された。親も、祖父母も、妹も……そいつらにどうしても復讐したい」
「海のギャング? ウツボ?」
「違う」
違うらしい。
「海のギャングっていうのは、ディプシーを追放された荒くれ者たちのこと。アイツらの人数は数百は超えてる。拠点は陸にあるみたいで、ネプチューン様のお力も届かないんだとか」
「なるほど。それで、国王軍の力を利用しようってことか」
クロアの呟きに、青年は頷いた。
その考えは間違ってない。
群れに対抗するなら群れ。理に適っている。
それに相手が海を荒らすなら、海を統べるネプチューン率いる国王軍が、対応するのも理解出来る。
だが、それとこれとは話が違う。
死んだら復讐も何もない。仮に死ななかったとしても、怪我による後遺症が残る可能性がある。
クロアの目から見て、青年にそこまでの覚悟があるようには見えなかった。
だからと言って、クロアには止める権利なんてない。
だとしても、黙って見ている訳にもいかない。
「……もし君がよければ、少しの間俺が訓練に付き合ってあげようか?」
「……へ?」
「このままじゃ君の犬死にはほぼ確定だ。事情を知った以上、見て見ぬふりは出来ない」
クロアは青年へと手を差し伸べる。
無骨で、大きい。まさに強者の手だ。
「残念だが、俺は旅の途中でな。最長でも一ヶ月。期間限定でよければ、俺が戦い方を教えてやろう」
「…………」
青年は思い返していた。
デコピンによる空気の弾。
そして自分の身にありありとわからせた拳骨。
他には、ネプチューンを殴って気絶させた? この男ならありえる。想像出来る。
考える余地はなかった。
「……ドーナ。俺、ドーナって言います」
「クロアだ。よろしく、ドーナ」
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