第69話 亜人の少女、地獄を見る
クロア達が海へ出て一週間が過ぎた。
今日も快晴。大きな波ひとつない大海原だ。
最初はミオンもテンションは高かったが、こうもずっと青いと気が滅入ってくる。正直なところ、精神的に辛いものがあった。
それもそうだ。人間というのは、同じ色ばかりを見ていると精神的に参ると言われている。
いくら朝焼け、夕焼け、満天の星空と見ていても、大半の時間は青い空と青い海だ。
控えめに言って帰りたかった。
「く、クロア様。なんかずっと晴天なんですが……」
「いいじゃないか。嵐より気分がいい」
「それはそうですけど」
「いい修行だろう? 精神が鍛えられる」
「天候まで修行に紐付けないでください」
確かに、いつ着くかもわからない場所に向かって、同じ色の場所を延々と歩き続けるのは、精神を鍛えるにはもってこいかもしれない。
だがしかし、限度があるだろう、限度が。
「ま、気付くまでこのままだな」
「ちょ、あなた」
「あ」
「……気付く?」
クロアの言葉とウィエルの反応に首を傾げたが、ここでようやく気付いた。
ウィエルから、僅かに魔法の気配を感じる。
本当に注意深くなければ感じられないほど微量だが、常に上空に向かって何かしらの魔法を使っているみたいだ。
「ウィエル様、その魔法……」
「やっぱり気付きましたか……あなた、ダメじゃないですか。こういうのは自分で気付かせるものなんですよっ」
「す、すまん。ついぽろっと……」
ウィエルのお叱りに、珍しくクロアがたじろいだ。
ということは、本当にウィエルは魔法を使っているみたいだ。なんの魔法かはわからないが。
ウィエルはそっとため息をつくと、人差し指を立てた。
「本当は、ミオンちゃんが自力で気付くまではこのままと決めていたんですが」
「バレてしまったな」
「誰のせいですか」
「ごめんなさい」
クロアの「ごめんなさい」が出た。初めて聞いた。
「バレてしまっては仕方ありません」
立てた指をそっと振るう。
と、ガラスが割れたような音と共にウィエルから迸っていた魔法の気配が消えた。
次の瞬間、何やら空気が変わった。
まとわりつく空気というか、空気の匂いというか。さっきまでは膜が張っていたかのようで、今はクリアに感じる。
「なんの魔法だったんですか?」
「天候操作です」
「へぇ」
…………。
「へ?」
「天候操作魔法で、ここら一帯の天候を快晴にしていたんです。理由はミオンちゃんを精神的に追い込み、感覚を鋭敏にすること。まあ、誰かさんのせいで簡単にバレてしまいましたが」
ウィエルからジト目を向けられ、クロアがそっと目を逸らした。
だがミオンはそんなこと気にならないくらい、明らかに狼狽えていた。
天候操作。天気を操る魔法。
魔法の勉強をして間もないミオンでも、その壮大さとデタラメさは理解出来る。
それをあんな僅かな魔力で展開していたなんて、想像すら出来ない。
「まあまあウィエル。魔法は見破られたけど、ここからが本番じゃないか」
「まあ、そうですね」
「……本番? 本番ってなんですか?」
クロアの言葉に嫌な予感がする。
クロアは爽やかな笑みを浮かべて、そっとサムズアップした。
「大自然の脅威ってやつだ」
「無理ぃ! 無理無理無理無理無理ーーー!!」
「ミオンちゃん、魔力コントロールがおざなりですよ」
「気合い入れろ、ミオンちゃん」
ウィエルが魔法を解いた一時間後。辺り一帯は暴風と豪雨に晒されていた。
高波が押し寄せ、渦は生まれ、足元の海流が乱れる。
空には雷が鳴り響き、なんなら空を飛ぶ魔獣や魔物の影も見える。
まさに地獄。この世とは思えないほど、海は荒れていた。
そんな地獄の中で、ミオンは魔力コントロールに全神経を集中し、必死に海の上に立つ。
クロアとウィエルは平然な顔でそれを見ていた。
「あのあのあの! やっぱり晴天がいいんですが! 青空大好き! 青い海大好き! 最高! 万歳!」
「もう遅いです。これが修行のフェーズ2ということで、諦めてください」
「早く移動しないと、海の底からミオンちゃんを食おうと魔物も出てくるぞ」
「ぴっ!?」
思わず声にならない声を上げてしまった。でも察して欲しい、この気持ちを。
「ほらほら、あんよが上手ですよ」
「懐かしいなぁ。アルカが初めて立った時のことを思い出す」
「こんなところで思い出に浸らないでくださいよーーーーーーー!」
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