第115話 勇者の父、送り出す
「……至福……」
「よ、よかったですね、ミオンちゃん」
「はい。幽霊なんて怖いことばかりだと思っていましたけど、こんなに幸せな気持ちになるなんて……」
客室に戻り、今までにないくらいとろけている顔を見せるミオン。
喜ばしいことだが、クロアから事情を聞いた後だと素直に祝えない。むしろ、《混沌の霊視》を使ったことを少し後悔しているほどだ。
ウィエルは困り顔でクロアを見るが、クロアはお茶をすすって肩を竦めた。
今回の件に関してはノータッチといった感じだ。
そういうことなら、ウィエルもあまり突っ込んだことは言わないようにしよう。
しかし、これ以上幽霊たちのことについて言ってしまうと、ミオンの未練はもっと大きくなってしまうかもしれない。
話を逸らすべく、ウィエルは「そうだっ」とわざとらしく手を叩いた。
「ここのお宿なんですけど、遊園地のような施設もあるんですよっ。生前そういうことに恵まれなかった方たちを労うために。どうですか? 行ってみませんか?」
「お気遣いありがとうございます。でも大丈夫です。明日、みんなと行く予定なので」
「そ……そうですか」
早い。行動が早い。もう明日の予定までつけているなんて。
それを聞いていたクロアが、ミオンを手招きで呼んだ。
首を傾げ、ミオンはクロアの前に正座する。
「ああ、かしこまらなくていいぞ」
「は、はい」
返事をしながらも、ミオンは脚を崩さない。クロアは腕を組み、少し目を閉じた。
ウィエルから見たら、子をしかる親のような構図だ。昔のアルカを見るみたいで、少し顔がにやけてしまう。
「ミオンちゃん。みんなと会えて嬉しいか?」
「は、はいっ! すっごく、嬉しいです……!」
「そうか。……なら、ここにいる間は楽しんで来なさい。一週間後に、ここを出発する」
「い、一週間……」
ミオンは目を泳がし、指を折って何かを考えた。
たっぷり考えること数分。
ミオンは立ち上がると、襖を開けて外に出た。
「み、みんなともっとお話ししてきます! 一週間じゃあ、とてもじゃないけど時間が……!」
「うむ。ここにいる間は、修行はなしだ。自由にしなさい」
「ありがとうございます!」
低空を飛ぶ鳥のように、ミオンは超高速で廊下を駆けていく。
危ないから廊下は走るなと言いたいところだが、時すでに遅くミオンの姿はかけらもなかった。
小さくため息を吐いたウィエルは、ムッとした顔でクロアの膝の上に対面で座り、頬を両手で挟んだ。
「いいんですか? 一週間もここにいたら、もしかしたらミオンちゃん、ここにずっといたがるんじゃ」
「しょーははらはひは」
「何言ってんのかわかりません。ちゃんとしゃべってください」
「ひゃーへをははへ」
クロアはウィエルの手をそっと握り、両頬から離した。
旦那様の顔に触れる機会なんてそうそうないから、もっと楽しみたかったのだが。
そんな胸中を隠すように、ウィエルはクロアの胸にぐりぐりと頭を擦り付ける。
「酔っているのか?」
「あの程度じゃ酔いません」
「樽が三つくらい空いていた気がするが」
「誤魔化さないでください」
「俺が悪いのか、これは」
クロアは少し笑ってウィエルの頭を撫でる。
少しだけ怒っていたウィエルだが、クロアに撫でられたことで少しだけ心が躍った。我ながら単純だと思う。
けど、最近ミオンのことを撫でて自分のことは撫でてくれなかったから、ちょっとだけ嫉妬していたのも事実だ。
ウィエルの頭を撫でながら、クロアは「大丈夫」と口を開く。
「ミオンちゃんだが、絶対に大丈夫だ。ここに囚われることはないだろう」
「どうしてそう言えるんですか?」
「うまいことは言えないが……まあ、直感だと思ってくれていい」
「なんですか、それは……」
でも、クロアの直感は当たるのは事実だ。
野性的な直感というのだろうか。とにかくクロアは、こういったことに関しての直感が並外れている。
クロアが大丈夫だというのなら、信じるしかない。
「あなたがそう言うなら、私も信じて待ちます」
「その方がいい。修行のない久々の休息だ。俺たちも、ゆっくり羽を伸ばそう」
「ですね。ミオンちゃんも、恐らくしばらくは皆さんと一緒にいるでしょうし」
と……そこで気付いた。
ミオンがいない。ということは、夫婦水入らずということ。
お酒の勢いもあるが――あえて抑えていたウィエルの欲求が、一瞬にしてリミッターを振り切った。
「あなた」
「ん? ……そうだな。俺たちも自由にさせてもらおう」
クロアの大きな手が、ゆっくりとウィエルの浴衣に伸ばされ……そして……。
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