第113話 亜人の少女、慟哭する
体の芯から温まった三人は、風呂を上がって客室へと戻る。
どこかの島国特有の服である浴衣は、火照った体にちょうどいい涼しさを与えてくた。
ほっと息を吐いて、夕暮れの外を見る。
部屋に戻る道中、かなりの数の幽霊とすれ違ったが、これだけ見るともう慣れてきた。
ウィエルの言う通り、見れた方が幸せなのかもしれない。
「こうして見ると、いろんな方がいらっしゃるんですね。人間はもちろん、亜人もすごく多い……」
「死には誰にでも、平等に訪れるものだからな」
「でも世界中の魂がここに集まると、それこそ大変なことになるのでは? 経営的にも、仕事的にもばたばたしそうですが」
ミオンの疑問はもっともだ。
そんな疑問に答えたのは、ウィエルだった。
「ちょうどいい機会です。広域探知の魔法を使ってみてください」
「は、はい」
広域探知魔法は、海の上でウィエルから教わった魔法だ。
襲って来そうな海獣の探知を絶えず行うことで身につけた。それはもう、死に物狂いで。
その結果、ミオンの魔力コントロールの才能と相まって、かなり広域の探知が可能となった。
ミオンは集中すると、両手の平に魔法陣を展開。
祈るように両手を魔法陣ごと合わせると、広域探知魔法が発動した。
(──ぇ……?)
広がる。広がる。まだまだ、広がる。
広がるごとに、頭の中に屋敷の地図が作られていく。
が……ミオンの探知能力の限界である2キロに到達しても、まだまだ全容を把握できなかった。
「……広すぎませんか、これ……?」
「その通り。私の探知魔法でも、全てを認識することはできませんから」
「うそん」
ウィエルの魔法の腕は、世界最高だと思っている。
そんなウィエルの探知魔法でも探れないだなんて、どれだけ広いんだろうか。
「で、でもここまで広かったら、普通に生者のお客さんも見つけられそうですが……」
「ここは生と死の間にある領域なので、生者は簡単に来れないんですよ」
じゃあなんで二人は簡単に来れたのか。
そんな野暮な質問はしなかった。
答えは簡単。クロアとウィエルだから、だ。
「働いている方々も、生者ではありません。かといって、死者でもありません。そういうものとして認識していれば大丈夫です」
「……なるほど!」
ミオンは考えることを止めた。
露天風呂から客室へ戻ると、ティティが三人に恭しく頭を下げた。
「皆様、宴の準備ができております。どうぞ、大広間へ」
「ありがとうございます、女将さん」
クロアとウィエルは、慣れたようにティティについて行く。
だがミオンは腑に落ちなかった。
なぜ、来たばかりの自分たちのために、宴を催すのか……。
聞きたかったが、それよりもお腹の虫が何か食わせろと喚いて仕方ない。
今は大人しくついて行くことにした。
ティティの案内で歩くこと数分。
一際大きな襖の前で立ち止まると、待機していた女中が厳かに開けた。
「う……わぁっ……!」
ミオンの目に飛び込む、豪華絢爛な料理の数々。
鼻腔をくすぐる食欲を誘う匂いは、食という本能を刺激するかのようだ。
「これは見事だな」
「いつもこんなに良くしていただいて、申し訳ありません、ティティ様」
「いえ。生者のお客様は本当に珍しいですから。いらした方は全力でおもてなしをする。それが当宿のモットーなので」
ティティの言葉に、さっきの疑問が解消した。
だから宴が催されるのか、と。
でもそんなことはどうでもよかった。早く食べたくて食べたくて仕方ない。
ミオンが料理に飛びつこうとすると、ティティが「お待ちを」とミオンを静止した。
「本日は宴です。なので、死者のお客様をお招き致したく」
「し……死者、ですか……」
思わず顔をしかめてしまったミオン。
だが察してほしい、この気持ちを。慣れたとはいえ、幽霊と一緒に料理を囲むのは気まずすぎる。
「まあまあ、いいじゃないですか、ミオンちゃん」
「うむ。食事は賑やかな方がいいだろう」
「あちらの方々も、是非にとのことで」
「う……わ、わかりましたよぅ……」
三対一。ここでいくら駄々をこねてもミオンの意見は通らないだろう。
なら、いっそのこと受け入れる方がいい。
幸い、世界最強の夫婦が傍にいるのだ。死ぬことはないだろう。……たぶん。
ティティが微笑み、自分たちが入ってきた方とは反対側の襖に手を掛け……開いた。
「ッ…………あれ?」
身構えたが、そこには誰もいない。ただ暗い廊下が続いているだけ。
──いや、違う。いる。
襖の影から見える、兎耳。
そして……ひょこ。
『……ミオン……?』
幼馴染みの女の子が、顔を覗かせた。
「………………ぁ……」
そうだ。そうだ。そうだ。
どうして、こんなことに気付かなかったんだろう。
ここは死者の魂が集まる宿。
なら、いてもおかしくない。
……あの時、殺されてしまったみんなが。
『わーっ! ミオンだー!』
『本当に来てたんだ!』
『アランとこの嬢ちゃんか』
『少し見ないうちに精悍な顔つきになったじゃないかい』
『ミオンねーちゃっ、あしょぼー!』
襖の奥からやってきた半透明のみんなが、わらわらとミオンの周りに集まる。
馴染みのある顔ばかりだ。みんな半透明だが、みんな元気そうな笑顔を見せている。
その中で、まだ呂律が回ってないほど幼い女の子が、ミオンの腕に抱き着いた。
ミオンに懐いていて、たくさん遊んで、たくさん笑った……妹のような、女の子だ。
温もりは、感じない。けどひんやりとした冷たさは感じる。
物理的な感覚は一切感じないが……そこにいる。そこにいるのを、感じる。
次の瞬間、ミオンは女の子を力いっぱい抱き締めた。
そこに感触はない。でも力いっぱい抱き締めることはできるという、不思議な感触。
いろんな感情が溢れ出てくる。いろんな想いを伝えたくなる。
けど、真っ先に口をついたのは──。
「み、んな……ご、ごべ……ごべんなざあああぃっ!! わ、わ、わだっ、わだじがおぞぐで、おぞがっだがらっ! わ、わだじのぜい、でっ、ああああああああああああ!! うわああああああああああああああああああんっ!!!!」
慟哭と、謝罪だった。
今まで我慢してきたものが、全て溢れてくる。
これを一言で表すなら、後悔だろう。
ミオンの胸につっかえていた後悔が、涙になって流れ出る。
『ミオン、謝らないで』
『俺たちなら大丈夫だから』
『ミオンのせいじゃないわよっ』
『精一杯頑張ってたの、知ってるからよ』
『ミオンねーちゃ、よしよし』
みんながミオンを必死になって宥める。
しかしミオンは泣き止まず、料理から湯気が消えるまで、泣き続けたのだった。
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