第112話 亜人の少女、見る
◆
「ぬあぁ……つ、疲れた……」
客室に通され、ミオンはだらしなく床に大の字になった。
数週間の海上歩行に加えて、半日の登山。その上幽霊の出る宿と聞いたら、肉体的にも精神的にも疲れるのは当たり前だった。
いぐさの香りを堪能していると、ウィエルが窓を開けて外の空気を入れた。
「ミオンちゃん、そんなに幽霊さんが怖いのですか?」
「こ、怖いというか……はい、怖いです」
言い訳しても無意味と思い、素直に認めた。
そう、ミオンは幽霊が苦手なのだ。
父アランの怪談が怖かったというのもあり、ミオンと同じ年代の子供たちは、大抵幽霊が苦手である。
全てアランのせいだ。今度会ったら文句のひとつでも言いたいところ。とりあえず今は念力で恨み節を送ることにする。
アランがいるであろう方向に向かって念力を送っていると、座布団に座ったクロアが苦笑いを浮かべた。
「ミオンちゃん、安心しろ。幽霊は基本、生者に介入してくることはない。それにさっきミオンちゃんも見た通り、生者の目に映ることはないんだ」
「そういえば……」
「幽霊が食べているのは、料理や飲み物に僅かに含まれている生気。だからあの大広間も、料理が手付かずだったんだ」
クロアの説明に合点がいった。
害がないなら安心……なのだろうか。まだ不安だが。
ミオンの不安が伝わったのか、ウィエルがミオンの頭を撫でた。
「よしよし。幽霊さんは見えないから怖いですよね」
「はい……」
「そこにいるかいないかもわからないのに、音だけするのって怖いですよね」
「はい……」
「じゃあ見えたら怖くないですよね」
「はい……」
…………。
「はい?」
「《混沌の霊視》」
ミオンが抵抗する間もなく、ウィエルがミオンに魔法をかける。
ゼロコンマ数秒の間、ミオンの景色が僅かにぶれたが、すぐに元に戻った。
「なっ、何をしたんですか……!?」
「《混沌の霊視》。この世ならざるものが見えるようになる魔法です。ほら、窓の外をご覧なさい」
「外……?」
ウィエルに連れられ、窓の外を見る。
──下半身のないものが浮いていた。
「!?!?!?!?!?!?!?!?!?」
まるで首を絞められたような声が、ミオンの喉から漏れ出る。
いる。そこに。足のない半透明のもの。物体。煙。もや。かすみ。──幽霊。
いろんな考えが泡のように脳裏に浮かんでは消え、浮かんでは消える。
ミオンは少しでも孤独感と恐怖心を紛らわせるべく、ウィエルの腕に抱きつく。
が、まったく震えが止まらない。まるで自分の体じゃないみたいに、言うここを聞かなかった。
「なっ、ななななっ、なっ、なっ……!?」
「はい。あれが幽霊さんですよ」
「かっ、かっ、かっ……!!」
「下半身がないのは、単にあれは人魂が実体化しているだけなので。上半身は人の形。下半身は人魂だと思ってくれれば大丈夫です」
知りたい情報を、ウィエルがちゃんと説明してくれた。
理屈はわかったし、理解もできた。
けど、それでも怖いものは怖い。これなら見えない方がよかった。
「見えない方よかった。と思っていませんか?」
「おおおおおおおおおもおもおもおもおもっ……!」
「でも、見えた方が幸せかもしれませんよ?」
ウィエルの言葉の意味がまったく理解できなかった。
幽霊なんて、見えない方がいいに決まってる。いったい何を言っているのか。
「二人とも。話すのもいいが、そろそろ風呂に入ろう」
先に風呂に入る準備を済ませていたクロアが、二人へ話しかけた。
確かに汗や潮風で、体がベトベトだ。
幽霊の宿だろうと、今のミオンの不快指数に勝るものなし。
ミオンはいそいそと準備をして、クロアとウィエルと共に大浴場へ向かった。
「ぬあぁ〜……とけりゅ……」
「久々の温泉、気持ちいいですね〜……」
衣服を脱ぎ捨てた二人は、目の前に山と川、滝が見える広々とした露天風呂に使っていた。
十人の大人が手足を伸ばしても、まだまだ余裕があるくらい広い。
温度もちょうどいい。一生入っていられる。
大絶景を前にした露天風呂に、二人の疲れた心はとろけていた。
「まあ……あれが見えなければ、ですが……」
ミオンの視線の先には、ふよふよと浮いている子供の幽霊が五人(?)ほどいる。
けど、みんな楽しげに話している。半透明具合と下半身にさえ目をつむれば、普通の子供のようだ。
「幽霊は怖いものじゃありませんよ。私たちと同じように、そこにいるだけです」
「本当に、害はないんですか? 憑かれるとか、呪われるとか……」
「ふふ。それは創作物の見すぎですね。幽霊はそんなことしませんよ。というか、できません」
「そ、そうなんですね……ちょっと安心しました」
全面的に安心したわけじゃないが、害がないのがわかればそこまで怖がる必要はない。
……まあ、怖いものは怖いのだが。
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